【9】面接
さて次は
……どんな仕事なんだろ、私にもできるのかな?
だって私、使えないぞ? 昭和では何もできないぞ?
幸子に連れられ働く予定の所へ向かう。
おばちゃんも買い物がてら一緒に出かけることになった。
おばちゃん、喋る喋る。めちゃくちゃ喋る。
そしてそれを華麗にスルーする幸子と頷くだけの私。
しばらく歩くとすごく賑わってきた。
すごい、どこ見ても人! 人! 人!
途中おばちゃんと別れて目的地に到着。
どういう所か予め聞いておきたかったのにおばちゃんのマシンガントークでほとんど話せなかった。
「ここやで」
喫茶アベル……ここか
……よくある、いかにも路地裏にありそうな喫茶店。だけど、なんだろう、木の温もりもあるのにシンプルでいい感じ
カランカラン……
ふわっとコーヒーのいい匂い……
と共にタバコのニオイ! くさい!
店内はオレンジっぽい照明で温かみがあってすごく素敵な喫茶店。それなのにタバコが最悪!
「いらっしゃい……ああ、幸子ちゃんか、悪いけどちょっとそこらで座って待っててくれるか?」
「和夫兄ちゃん、ごめんなぁ、忙しいときに。うち、何か手伝うわ!」
ん? お兄ちゃん?
「え、幸子、お兄ちゃんおったん?」
「は? なんでやねん。幼なじみや。ほれ、美羽も一緒に手伝うで!」
え、え、え、手伝うって、何したらいいの
何も教えてもらってないのに!
幸子と、和夫兄ちゃんっていう人はバタバタ動いてる。何も教えてもらってない私は邪魔にならないように端の方に立っていた。
「おーい、姉ちゃん! お冷やくれや」
……姉ちゃん?
え、こっち見てる……まさか私に言ったの?
いや、でも私まだ店員じゃないし、ムリムリムリ!
「おーい、お冷や! ……チッ。なんやねん! おう! 和夫! なんやこの姉ちゃん、どないなっとんねん!」
なになになに! めちゃくちゃ怖い!
和夫さんが向かおうとするところを制して幸子が笑顔でやってくる。
「ごめんなぁ、おっちゃん。この子初めて働くねん、まだ何もわからんで今日は見学やねん。はい、お冷や〜」
「なんやそうかいな〜。けったいな店員やと思たわ、しっかり勉強しいやー」
なにもできない、動けない私はただその様子を見てた。
するとそのおっちゃん、幸子のお尻をペンッと叩きながら
「姉ちゃんも頑張りや〜」
と、ニヤニヤして言った。
はぁ!? 今、お尻触った!?
すると幸子は
「もー、おっちゃんアカンてぇ」
と笑顔でおっちゃんの手を軽く叩く
おっちゃん、嬉しそうにおどけてみせる。
はぁ? はぁ? はぁーーーーー!?
いや、テヘペロ、じゃねーよ! 触るとか、有り得んわ!
私は顔が真っ赤になるくらい腹が立っていた。
幸子がこっちに向かってくる。
「あんた顔真っ赤やで? どしたん? もう厨房のほうに入っとき」
言われるままに指さされた方に向かうと、狭い厨房に背の低いおばあちゃんがいて洗い物をしている。
どうしよう、オロオロしてるとおばあちゃんがこっちに気づいた。
「あんたが幸子ちゃんの言ってた猫ちゃんかいな?
ほら、こっちおいで」
猫ちゃん?
「あ、あの」
「ほら早く、この洗ったやつを拭いて」
え、え、
言われるまま食器を拭く。
「……あの、どこに置けば」
「それ拭いたらな、次はお皿を下げてきてな」
いやいや、だから、この拭いたやつどこに置けばいいの? ここに置いといていい?
そのままお皿を下げに行こうとしたらおばあちゃんに止められた。
「あんた何やってんの、お皿なおしていき〜」
だからさっき聞いたやん!
「どこに置けばいいかわかりません」
「見たらわかるやないの、同じとこに置くだけや」
同じとこ? 同じとこって? 何と同じとこ?
「……わかりません」
おばあちゃん、呆れたような不思議そうな顔で
「何言うてんの、見たらわかるわ」
見たらわかる? なんのこと? 初めてのところなのに教えてもらわずにわかるわけないやん!
おばあちゃん、首を傾げながら色んな戸棚を開ける
「ちゃんと見てみい、同じところに入れたらいいんや」
あ、そういうこと?
同じ皿があるところに入れろってことね。
それならそうと最初からちゃんと教えてくれたらいいのに。いじわるだなぁ。
お皿を片付けて、言われた通り客席のお皿を下げに向かいながら思った。
いやいや、タダ働きかよ
席の方を見ると少し落ち着いたみたいでお客さんも何組か帰ったみたいだった。
幸子が空いた皿をまとめていたから受け取って、それを厨房に持っていき、おばあちゃんに渡す。
「おおきになぁ、あとは大丈夫やから和夫の所に行ってきー」
客席のほうを覗くと、カウンターのところで洗い物を終えた和夫が美羽のほうを見た。
ドキン、とした。
なんだなんだ、よく見るとちょっとカッコよくない?イケおじっていうのかな、俳優さんみたい!
「手伝ってもらって悪かったなぁ、アルバイトの話やろ? 昨日幸子ちゃんから聞いてるで」
「あ、あの、あ、はい」
私は幸子のほうをチラッと見る
「はぁー、ちょっと落ち着いたな、そうそう、アルバイトな。ホンマは住み込みで、と思ったけどなぁ、さすがに和夫兄ちゃんとひとつ屋根の下ってわけにはいかんからなぁ。若い男女やから外聞も悪いしなぁ」
ん? 若い男女?
若い? 和夫さん? え、30過ぎくらいなんじゃないの? おじさんだよね?
私が首を傾げたのがどういう意味かピンと来たようで、和夫さんが
「おじさんやと思ってんのやろ、まあええけど。あんたからみたらおじさんや」
幸子が笑いながら
「和夫兄ちゃん、昔から老けて見られるもんなぁ」
え、何歳なんやろ
心の声が聞こえたのか、和夫が答えた。
「わし、26やで」
やば! 4つ上?
「まあ、座り。モーニングサービスも落ち着いたしな、ランチの仕込みは済んどるし、手伝ってくれたお礼に食べていき」
うっふ、この顔で「ランチ」て
私のニヤニヤに気づかず幸子が答える
「ほんま? ええの? ほなお呼ばれしよ」
カウンターの端の方に座って、和夫さんの作業する姿を眺めながら幸子に質問する。
「えっと……私は和夫さんのこと、なんて呼んだらええかな?」
「えー? なんでもええんちゃう? マスターでも和夫さんでも」
「私、ここで何したらいい? ……いや、ていうか、さっきのアレ! あんなお客さんいていいの?」
幸子が不思議そうに首をかしげる
「あんなお客さんって?」
「幸子、お尻触られてたやん! 信じられへん! あんなんセクハラやん!」
「せくはら? なんなんそれ」
あーもう!
「えっと、えっと、性的? 嫌がらせ? 何だっけ、不同意……違う、とにかく! 痴漢やん! 犯罪者や!」
「どしたん、落ち着いてや、お尻触られたくらいで大袈裟やなぁ。あのおっちゃんなぁ、いつもあんなやねん。ほんま困ったおっちゃんや」
ななななななな
困ったおっちゃん? そんな感じなん? 嘘やろ……
「私、あんなん無理やわ、みんなあんなことするん? 昭和では当たり前なん?」
「えぇ〜。当たり前ではないけどなぁ。そんな大騒ぎするほどのことちゃうで?」
無理! 理解できない!
「私……家にお風呂がないより無理。あれは無理。あんなこと我慢せなあかんの? ……ここで働く自信ないわ」
「そないに!?」
私は涙目で訴える。
「んー、でもなぁ、あんなおっちゃん、どこにでもおるで?」
……絶望だ、昭和は頭おかしいのか
喫茶アベルの店主、和夫。26歳。
20歳のときには既に30歳と言われてました。いいんです、別に気にしません。それより、普通にしてても「怖い」と言われるほうが気になります。目が、怖いそうです。生まれつきです。
※「セクハラ」という言葉の認知のきっかけは1989年。
社会で定着するのが1992年。1997年の男女雇用機会均等法の改正で「配慮義務」が出てきて、やっと2006年の改正で「雇用管理上の措置義務」つまり「義務化」された。らしいです。
※ネット調べの上、簡略化して書いています。詳しくは検索してみてください。




