【10】幸子
昭和って「あんなおっちゃん」がどこにでもいるの?
私が言葉を失っていると、話を聞いていたマスターが
「幸子ちゃん、どこにでもは言い過ぎや。……えっと、何ちゃんやったかな?」
「みうです」
「……猫ちゃん、嫌なら嫌でちゃんと言ってええんやで? それでも触る奴はおるけどな、何度でも怒ったらええ。それで文句言うやつはワシが追い出したる」
マスター、かっこいい! けど、名前諦めやがったな
「……ありがとうございます。みうです」
「み、……みゆ」
「み! う! うです! みう!」
「なんやハイカラな名前やなぁ、みう、な」
はぁ、名前のくだりほんとめんどくさい
どんだけ珍しいねん
「ほな、みうちゃん、お盆明けからお願いしてええか? 明後日まではお手伝いのおばちゃんがおるから。今日もそろそろ来る頃や」
「はい! あの、本当になんにもわかりませんが頑張ります!」
「だいたい今ぐらいの時間に来てもろたらええけど、朝からきたら朝ごはんもなんかあるで。お昼も賄いあるしな」
良かった、朝ごはんと昼ごはんは解決した。あとは晩ごはん、自炊かぁ。お昼にお腹いっぱい食べて夜は我慢するとか? ダイエットになるかな
ランチが出来上がる頃に、お手伝いのおばちゃんもきて一緒に食べて、その後私たちは店を出た。
はあ〜疲れた、昭和、疲れる
ちょっと早いランチを済ませてこれからどうするか話す。
「夜は宿でみんなでご飯やなぁ。その前に銭湯は済ませたいけど、それまで何するかなぁ」
そうだね、何したらいいんだろう
何もないよ、家でゴロゴロしながらスマホいじったり映画やアニメ見たいけど
あ、そういえば
「幸子、今日はお墓参りに行く予定やったんちゃう?」
「ん? うーん、まあ、そやけど。別にええねん」
「ここから遠いん?」
「そやなぁ、ここからなら40~50分てとこかなぁ」
「ほな、行けるんちゃう?」
「え、でもみうはどうするん? 帰っとくか?」
「私も一緒に行っていい?」
「え? うちの墓参りについてくるんか?」
「うん! だめ?」
「……まぁ、ええけど」
だって幸子が私のおばあちゃんなら、私の家族ってことだからね
「電車賃もあとで返してもらうからな?」
はい、返します! 働いてちゃんと返します!
幸子に付いて人だらけの街を歩いて行く。
この辺ってもしかして、今のあのアーケードがある辺りかも。多分そうだ
駅に着いた。
うーん、見たことあるような、ないような
……日本橋駅?
えっ! 日本橋駅なん? わかる! わかるわ!
すごいすごい! 初めてわかる場所や!
「この駅、私の時代にもあるで!」
テンション上がってしまう
幸子は「そーなん」と言うだけで、なんかテンション低い
人混みに揉まれながらひたすら幸子に付いて行く。
電車に乗り、降りてからもなぜかずっとテンション低い幸子。
私、付いてこないほうが良かったのかなぁ
なんとなく話しかけづらいまま歩いて、墓地に着いた。
この墓地も知ってる。あれ? ここ、小さいときにおばあちゃんに連れてきてもらったような……
忘れてたけど、断片的に思い出す。
おばあちゃんと2人できたような気がする。あれ? 違ったかな? うーん、はっきり覚えてないや!
「あ、そういえば、お花もお線香も持ってきてないで?」
「……まぁ、ええねん。手ぇ合わせに行くだけやから」
そんなもんなの?
あるお墓の前で止まる幸子。
墓石を見ると『岡田家』と書いてある。
岡田? あれ? 藤原じゃない? 初めて聞いた名前
墓石の汚れてるところを手で払って幸子が腰を落とす。
それを見て私も同じように座る。
お花もちゃんと供えてあるし、お線香の灰がたくさん落ちてる。誰かがお参りしたあとなんだろう。
静かに手を合わせる幸子。
私も同じように拝む。
なんだろう、聞きづらい。
誰のお墓? なんて
ただ黙って横に居た。
しばらく沈黙が続いたあと、幸子がこっちを見てふふっと笑った。
なんだろう、と幸子を見ると
「名前、違うやろ? 岡田はな、うちのホンマの両親の姓なんよ」
黙って聞く。
「うちが生まれたあとな、お母ちゃん産後の肥立ちが悪うて亡くなったらしいねん」
……ヤバい。サンゴノヒダチって、なに? 産後の? ……流そう、とても質問できない
「元々身体の弱い人やったらしくてなぁ、それやのに……」
下を向いて話していた幸子が顔を上げる。
「そのあとはな、叔母ちゃん……お母ちゃんのお姉ちゃんにうちのこと面倒見てもらいながら、お父ちゃんむっちゃ働いたらしいねん」
「けどなぁ、お父ちゃん無理しすぎたんかなぁ、仕事中に足踏み外して落ちて亡くなったんやて」
「うちな、生まれたときは岡田やったんやで。けど、お母ちゃん死んで、お父ちゃんも死んでしもたから、叔母ちゃんがうちのこと引き取って育ててくれてん」
「叔母ちゃんも、旦那さん戦争で亡くしてしもうてなぁ。1人で頑張って生きてはったんやけど、突然うちみたいな赤ん坊の世話までせなあかんくて、相当苦労しながら育ててくれたんやて」
……なんて答えればいいのかわからない
どんな言葉を選べばいいかわからない
ただ黙って頷くことしかできない……
「そん時にな、助けてくれたのがあの下宿屋のおばちゃんや! 2人、女学校の同級生なんやて! おばちゃんがうちのこと面倒見てくれて、叔母ちゃんが昼も晩も働いてくれてな、うちあの2人には頭上がらんわ!」
ふふっと笑いながら幸子は言う。
私はただ微妙な作り笑いで頷くことしかできなかった。
あ、あのとき言ってた……
「シズコさん、て……」
「ああ、そう、それが叔母ちゃん、お母ちゃんのお姉ちゃんや」
「……じゃあ藤原は、シズコさんの?」
幸子がふいっと視線を逸らして答える。
「ああ、藤原は、叔母ちゃんの再婚相手の名前や」
あ、これは、聞いちゃいけないやつなのかも。
でも、んー! 気になる! 聞いちゃえっ
「再婚相手はイヤな人なん?」
幸子がびっくりしてこっちを見てアハハと笑う。
「ちゃうちゃう! むっちゃええ人やで。うちのことも大事にしてくれてなぁ」
え、じゃあさっきの変な感じはなんだったん
「いい人やのに……あんま実家に帰らへんの?」
「……うん、いや、別にな、帰ってもええねんけど……」
なに? なんなん?
「ま! ええやん! ホンマ深い理由も特にないねん。なんとなくや、なんとなく。この岡田家もな、こうやってちゃんと守ってくれる人がおるからな、別にうちが来んでもええねん。さぁ早よ帰らんと銭湯行く時間なくなるで!」
なんとなくて、なんやねん
ま、でも、あまり知らなかった、なんなら多分私のお母さん達も知らない話を聞けたなぁ。
……「多分おばあちゃん」から、「ほぼ確おばあちゃん」に格上げしたぞ!
帰り道はまた令和と昭和の違いで盛り上がる。
私はセクハラについて熱く語った。
「ほな、一旦うちはアパートに戻って銭湯の準備してからまた来るわ。みうは寝床整えときー」
「うん! またあとで」
美羽が黙って聞いてくれるから、つい話し過ぎてしまった幸子でした。
※美羽は、「和夫さん」か「マスター」を、決めきれずに気分で変えてますね




