【61】わからへん②
立ち聞きは、ダメやで?
わかっとる。ただな、ちょっと、廊下におってもええやろか……
台所から廊下に出て、角を曲がって玄関に近い辺りに電話が置いてある。
角の手前にこっそり立つ。
そしたら、こっそりおばちゃんも私の隣りに立つ。
アイコンタクトを取り、お互い頷く。
ジーコジーコと、電話をかける音が聞こえる。
「……あ、お母さん? ……うん、うち」
「……うん。読んだよ。あの……うん、あの……」
「……うん、……あ……うん、……うん、あの……」
あぁ、これ多分お母さんが喋りまくってんな、わかるわ。頑張れー! 弘子ちゃん!
「……お、お母さん…………うん、お母さん、あのね……おか…………お母さん! 聞いて!」
わぁ! 頑張れー!
「うち……うちな、あの……あんな? うち、洋裁学校行く予定やねん!」
言った!
「……ちゃう! そうやない! 花嫁修業のためやないんや! うちは、仕事がしたいんや!」
ん?
「……ちゃ、ちゃうて、そうやなくて、大阪や、うちは大阪で……学校行って、働いて、いつかデザイナーになりたいねん!」
だ、大丈夫か
「…………」
あれ? ……これはもしかして、お母さんがまくし立ててる?
「……ちゃう、ちゃうねん……グスッ……」
……あぁ
「……わかっとる……うん……それはわかってんねん……ただ……グスッ……うん……うん……うん……そうや……ただ、言っておきたかっただけや……うん……そやな……へ、へへ……うん……うん……そやな、そうするわ……うん……わかった……うん……ほな……はーい」
チン
……どうなった?
しばらく待つけど、弘子ちゃんはこっちに来ない。
おばちゃんと顔を見合わせる。
台所に戻っとくか?
でも……
すると、角の向こうから弘子ちゃんが出てきた。涙を拭いて、慌てて整えたような顔で。そして私たちに気づいて、へへっ、と笑った。
「なにやってねん2人とも〜」
「……堪忍」
「すまんな……気になってもうて……」
「あはは! もう……いややなぁ。大丈夫や……」
弘子ちゃんの笑顔が歪む。
「だい……大丈夫……うっ、うぅぅぅ……ック……うぅぅぅ……ぜ、全然……あかんかったぁ……グスッグスッ……」
「弘子ちゃん……」
私とおばちゃんは何も言えず、ただ、腕の辺りをさするくらいしかできんかった。
しばらくして弘子ちゃんは落ち着き、顔をゆっくり上げた。
「へ、へへ。堪忍……恥ずかしいわぁ、泣いてしもたわ……へへ」
「……お母さん、わかってくれへんかったん?」
「うーん……お母さんな、ほんまにうちが結婚することで幸せになる、て思ってんねん」
「そ……やから……それは……」
「みうちゃん」
「……」
「わかってんねん。みうちゃんの言うことも」
「……」
「そやけど……お母さんも、お父さんもな? ほんまにうちの幸せを考えてくれてんねん」
「……」
「……みうちゃんもやな。へへ。おおきに」
「……」
弘子ちゃんは、目をゴシゴシ拭いて、笑顔で言った。
「うち、仕事やめて、田舎帰るわ」
「弘子ちゃん……」
「しばらくは花嫁修業やな。服の作り方も習ってな、子どもの服つくろ。周りを驚かすくらいおしゃれなやつやで!」
「弘子ちゃん、そ……」
「みうちゃん」
「……」
「ほんま、おおきに。うち、結婚するわ」
「……」
何も言わんといてくれ、てこと?
「うん。わかった……おめでとう」
「ありがとう」
……弘子ちゃんの人生や。私はもう、何も言えん
3人で台所へ戻り、晩御飯の仕込みをする。
パチン、パチンと枝豆を切り、笑顔で話をする。
玉の輿やで、すごいなぁ! とか言って、笑顔で話をする。
もう、決まったんや。幸せになるんやと、思うしかないやんか……
仕事から帰ってきた典子ちゃんにも、弘子ちゃんは報告した。
「そうかぁ……親御さんが縁談を決めたんやね。そうかぁ……」
典子ちゃんは少し苦しそうな顔をしてる。
「弘子ちゃんは……」
みんな一瞬ピリッとする。
典子ちゃんは言いかけた言葉を飲み込んだように見える。そして小さくため息をついた。
「……おめでとう。そやけど寂しなるなぁ」
そう言って、無理矢理作ったように微笑んだ。
「へへ……おおきに」
弘子ちゃんも元気なく微笑む。
「さぁ! ほら、あんたら典子ちゃん待ってたんやろ? 3人で早よ銭湯行っといで! 帰ってきたら、ビールと枝豆で乾杯や! 弘子ちゃんの結婚の前祝いやで! ……あぁ、そや、幸子ちゃんも呼べば良かったなぁ」
「あぁ! ほんまやな! ちょっと電話かけてみよか」
「ほなうち、かけてみるわ!」
弘子ちゃんが幸子のアパートの大家さんに電話をかけると、仕事から帰ってきたあと出かけてたから、多分銭湯ちゃうか、てことだった。
「ほな、あっちで会うかもな、行こ行こ、早よ行こ」
私たちは典子ちゃんの準備を待って、急ぎ足で銭湯へ向かった。
番頭さんにいつものように挨拶して、今日は幸子は来てるか聞いたらさっき来たでと教えてくれた。
中に入り幸子を見つけて話しかけたらびっくりしてた。ササッと洗って4人で湯船につかり、弘子ちゃんが幸子に報告する。
洋裁学校に行く話も夢の話も、私が前に話していたから幸子も知ってる。
だけど幸子も典子ちゃんと同じような反応だった。
夢を諦める辛さもわかるけど、親が決めた結婚を受け入れる気持ちもわかる、てことなのかな
私には、この時代の人たちの感覚が、どうしてもわからへん……
「そっかぁ、お祝いの乾杯か、ええやーん。ほなお呼ばれするわぁ」
「明日仕事やろ? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! そやけど、泊まらせてもらおかな。朝帰ってから仕事行くわ」
弘子ちゃんと典子ちゃんと私の3人は顔を見合わせて、
「……彼氏さん、大丈夫?」
と聞く。イヤな思い出が……
すると幸子は伏し目がちに微笑み、
「大丈夫や。最近ずっと忙しいみたいでな」
と言った。
あの話は、まだみんなには内緒や。お互いの両親に挨拶が終わるまでは黙っといて欲しい、と言われてる。
4人で下宿屋に戻り、みんなで晩御飯の準備をする。
「ほな! 弘子ちゃんの玉の輿を祝って、乾杯!」
「あはは! 乾杯!」
「かんぱーい!」
「あははは!」
「かんぱーい!」
みんなはビール、私はコーラで乾杯した。




