【59】あれれ?②
フミさんはため息をつく。
「……中山さんはなぁ、かれこれ……15年、いやもっとやな……。おじいさんが細々とやってるときからの長い付き合いや」
セクハラおやじのことやら興味ないわ。何の話なん
「ここ建て替えたのが12年前くらいやな……まだボロ屋の頃から来てくれててなぁ。和夫がまだ小学生の頃やな。そん頃、家族みんな忙しゅうてなぁ。アベルは定休日もなくて……。ここにコーヒー飲みに来ては、和夫と真理子のこと、気にかけてくれてなぁ」
「……マリコ?」
「……あぁ、和夫の妹や」
「妹!? 妹がおるん!?」
「もう嫁にいっとるけどな」
「ふぇー」
「勉強見てやるでー、言うてな、できたら頭撫でまわしてなぁ。遊びに連れてってくれたことも何度もあるわ。和夫が中学入って荒れてた頃なんかは、ゲンコツして怒ったりな」
「ひ、人の子に、ゲンコツ!?」
「……おかしいか?」
「え……いや、その……おかしくないですか?」
「……そうか、それもおかしいんか」
「……」
「うちにゃ、ようわからんけどなぁ……そうやって、大人がみんなで子どもを育ててきたもんやけどなぁ」
……叩いて? ようわからんわ
「確かになぁ、あん人はすぐ触る」
「イヤやぁ!」
「はは。そやな。……けどなぁ、あん人にとっては、親しみを込めた触れ合いのつもりやねん」
「……触るほうはそのつもりでも、触られるほうはたまらんわ」
「……まぁな。そら、いやらしいことされるんは、うちかて嫌やで」
「そうや! 最悪や!」
すると、フミさんがスッと腕を伸ばしてきた。何するんかな、と見てたら、私の腕をポンポン、とした。
首をかしげると、フミさんは私を見て聞く。
「嫌やったか?」
「へ? なんで? なんも嫌とかあらへんけど」
「中山さんが触ろうとした、言うたよな?」
「え、はい」
「今みたいなこと、しようとしたんやないか?」
「……」
「みうちゃんが、しかめっ面しとったから、なだめよう思たんちゃうか? うちが長年見てきたあん人は、そういう人や」
「そ……それでも、イヤや」
「それもあかんのか」
フミさんは、びっくりした顔で私を見る。
そらイヤやわ、なんでおっさんに触られなあかんねん。絶対イヤや!
「……嫌なもんを、無理矢理我慢せぇとは言われへんな」
イヤやない意味がわからん!
「そやけど……なんや寂しいなぁ」
寂しい?
「確かになぁ、すぐに触るし、短気で声も大きいからな、恐いおっちゃんに見えるかもしれへんけど、義理堅くて、人情のある人なんやで」
「触るのはダメです! それと、色気を出せやなんて……考えられへん」
「そぉかぁ……」
フミさんは、顎に手を当てて考えてる。
話、通じひんなぁ、て思てはるんやろな。私かて、通じんわぁ、て思てるわ
フミさんは顔を上げる。
「……それは、中山さんだからあかんのか?」
「え?」
「例えば、和夫でもあかんのか?」
はい?
「か……和夫さん……は……」
頭の中で、色々想像する。
色気を出せ? あかん、腹立つわ、無理無理
触ろうとする? え! ちょ……待て待て、落ち着け。一旦落ち着け。
腕をポンポンは? ……これは、多分大丈夫や
「色気を出せとかはイヤやけど、腕をポンポンってするのは多分大丈夫」
「和夫は男やけど、それはええんか」
「はい。和夫さんは、そんないやらしいことせんやろうし、さっきのフミさんみたいに、優しさでしてるのがわかるから、大丈夫」
「ふーむ……」
フミさん、なんやカウンセリングの人みたい。理解しようとしてくれてるのか、言い聞かせようとしてるのか、知らんけど……
「……つまり、関係性ってことか?」
「へ?」
「信頼できる相手なら、触ってもええんか?」
「そうですね……いや、でもな……裏切られることもあるやろうし……。信頼というか、相手にいやらしい気持ちがなかったら……大丈夫?」
なんや、わけわからんようになってきたわ
「中山さんかて、いやらしい気持ちはなかった思うで?」
「そ! それは……」
あれれ? 論破されてへん?
いやいや、違う違う
「幸子のお尻触っとったから、アウトです!」
「アウト?」
「あ、あー。ダメです。いやらしいことしたのを、目撃しました!」
「ほな、それ見てなかったら、ええんか?」
「あ……う……」
「それに、和夫はいやらしくないんか? 見てへんとこで、いやらしいことやっとるかもしれんで?」
「う……いや……」
あれー!? なんで? セクハラはダメやねん! そやのに、反論できん!
「まぁ、でも、わかったわ。要は、中山さんが幸子ちゃんのお尻を触ったとこ見て、嫌悪感があったんやな」
「……そうです」
「女が身を守るための本能のようなもんやろなぁ。そやからそれは、しゃーない思うわ」
「……」
「そやけどなぁ、中山さんにとっては、みうちゃんには何も悪さしとらんのに、しかめっ面で接客されて、腕を伸ばせばバイ菌みたいに避けられて、どう思ったやろな?」
そやかて……あいつは、セクハラを……
「それからな、色気を出せってのは、何もいやらしい気持ちで言うたんとちゃうで?」
……いやらしい気持ちやなかったら、なんなん?
「なんて言うんやろなぁ……女性らしさとか、柔らかさとか、愛想良う、にこにこしとき、てことやで」
「……そんなん、男女差別や」
「男と女は、ちゃう生き物や」
「……え?」
「……考え方は色々や。そない四角四面に考えんと、もっと柔らこう……ま、若い時分にはな、そういうとこもあるわな」
なに? 全然わからへん
「まあ、またな、中山さん、ひょっこり現れるわ」
「え! 二度と来ん言うてたけど」
「あはは! そういう人や。義理堅い人やでな、うちらが苦労して商売してきたんをずっと見てきとるからな。行ったらなあかん、て思てくれとるはずや」
苦労……
「まあ、そやから、いきなりバイ菌扱いされるんは、うちはちょっと寂しいわ。……そうは言っても嫌悪感があったらなぁ……無理な気持ちもわからんでもないし……どうしても中山さんの接客ができんなら……」
……クビ!?
「そんときは、厨房におったらええ」
……
「……あぁ、すまんな。時間過ぎてしもうたわ。計算しなおすから、ちょっと待っててな」
「……はい」
私は、エプロンを外して帰り支度をする。
しばらくすると、フミさんがいつものように封筒を渡してくれる。
「今日もおおきにな」
「……はい、おつかれさまでした」
和夫さんは何も聞かずに、いつも通り、
「おつかれさん。また明日も頼むわな」
と言った。
私は、いつもと違い、俯いて下宿屋まで帰った。




