【57】おっさん
次の日は、外国人は来なかった。
ただ、この前クッキーくれたおじが来た。
「みーちゃん、甘い物好き言うてたやろ? こんなんも好きやろうか」
そう言って、小さい箱に入ったキャラメルをくれた。
なんでキャラメル?
「あ……ええんですか?」
「いや、ちょっとな、たまたま目に入ったからな。……若い子がどんなん好きか、あんまわからへんけど」
「はは。……ありがとうございます」
優しいおじさんやな。まぁ、くれるんならもらっとこ。またみんなにあげよ
下宿屋に帰って台所に置いとく。誰か食べるやろ
翌朝。
今日は木曜日。弘子ちゃんは公休らしい。
「行ってくるで。……入学金、払ってくるわ!」
典子ちゃんはとっくに仕事に出かけてる。私とおばちゃんで見送る。
「行ってらっしゃい!」
「気ぃつけるんやで! バッグしっかり持ってな!」
弘子ちゃんの気合いと緊張が伝わってくる
ずっと節約して貯めてた、て言うてた。偉いわ
私もだいぶ貯まったから、この前、家賃と食費を払おうと思ったけど、食費はいらん、ておばちゃん言うし……
典子ちゃんと弘子ちゃんにこっそり聞いたら、毎月3千円払ってるって。もらってくれんと食べられへん、て言うて渡してるんやて。
そやから私もその手を使って、食費も渡すわ言うたら、ほな8月分の家賃と合計で、4千円でええ、て……家賃6千円やで!? おかしいわ
結局おばちゃんは、それ以上は受け取らん、あとはしっかり貯金しとき! て言うから……
いつか、未来に帰るときには、お金は全部おばちゃんに渡そ。幸子に借りてた分はちゃんと返したしね
今日もアベルでバイト。
いつも通り、賄いを食べ終わったあとから忙しくなる。
あぁ、また常連さん来たわ。この人は何さんだったっけ。何回か来てるけど、大した話もせんから思い出せん
アイスコーヒーを注文してタバコに火をつけ新聞を広げる。
ザ、おっさんやな
そんなおっさんがいっぱいおるわ。たまに、耳に赤鉛筆挿してる人もおる。なんで耳に鉛筆乗っけるんやろ
名前忘れたおっさんにコーヒーを出すと、私の方を見て、
「おおきに。みーちゃんは今日も美人さんやなぁ」
と言うてきた。
「はは」
適当に愛想笑いや
おっさんたちは、だいたいこういう感じのこと言うねん。イチイチ相手してられへんわ
けどこのおっさん、どうしても気になる……というか、マジで無理。なんで、小指の爪だけ伸ばしてんのやろ……
あんま見んとこ。キモいし
なんか、今日はおっさんデーやな
若い男の人はおるけど
まだ女のお客さん見てへんわ
カランカラン……
おっさんが1人入ってきて、2人掛けテーブルに座る。
またおっさん……あれ、何か見覚えがあるような……
お冷やを注ぎながら考える。……お冷や……
……
あー! セクハラおやじだ! 幸子のお尻を触った! あいつだ!
うわ、最悪……
チラッと和夫さんを見たけど、気づいてないのか覚えてないのか、いつも通り仕事してる
しゃあない、持っていくか
お冷やとおしぼりを持っていく。絶対背中を向けないよう、そしてできるだけ近づかない。
注文はコーヒーだった。チラッとこっちを見たような気がしたけど、私はサッと離れる。絶対に隙は見せへんからな
一瞬、和夫さんにコーヒー持っていってもらおうかな、と思ったけど、なんか申し訳ない気がして言えへんかった
よし、持っていくぞ。気合いだ!
セクハラおやじのテーブルに向かう。
「お待たせいたしました」
コーヒーを置いていると、話しかけてきた。
「なんや、姉ちゃん見たことあるなぁ」
こっち見んな、最悪
「はぁ」
サッと離れようとしたら、
「あぁ! あん時の姉ちゃんやな! 見学言うてたなぁ! どや、仕事覚えたか」
あーも……
「はは……失礼します」
サッと離れると、後ろから
「なんやぁ! 愛想ないのぉ」
と聞こえてきた。だけど振り返らない。
カウンターに入ると、和夫さんが心配して小さな声で話しかけてくる。
「なんや? どないしたん」
「……この前のセクハラおやじです」
「セクハラ? ……あぁ」
めっちゃ説明したの、覚えてくれてた。
「……なんかあったらわしが出るから、みうちゃんは他のお客さん頼むわ」
「ありがとうございます」
カウンターに入ってグラスを洗おうとしたら、ナントカさんが話しかけてきた。
「なんや、どないしたん」
「あ、いや、別に何でもないです」
「ほぉかぁ? なんや困ったことあったらわしに言うてええで。助けたるさかい」
「はは、ありがとうございます」
グラスを洗って拭いて、片付けていると客席から声がかかった。
「おーい! 姉ちゃん! お冷や!」
げ、またあいつや
さっさとコーヒー飲んで帰れや
チラッと和夫さんを見ると、私に目配せしてお冷やの入ったピッチャーを持ってセクおじのとこへ行ってくれた。
セクおじが和夫さんに文句言うてる。
「なんや和夫。あの姉ちゃん愛想ないでほんまぁ」
声でかいて。全部聞こえとるわ
和夫さんは頭を下げてこちらに戻ってくる。
「……和夫さん、すみません」
「あ? あぁ、ええて。気にしな」
今はそんなに忙しゅうないからええけど、いつまでも和夫さんに頼られへん。そやけど……セクハラするような人に絡まれるやなんて、いやや
そんなことを考えてたら、ナントカさんが立ち上がった。
「ここ、置いとくでな。ごっそさん」
「はい。ありがとうございました」
いつもコーヒー代を置いて帰ってくれる。手間が省けて助かる
カウンター席の方に回って、片付けようとしたら、タバコとライターが置いてあった。中はぎっしり入ってる。
うわ、忘れもんやん
もうナントカさんは店を出てる。追いかけても、名前がわからへん。
和夫さんの方を見ると、私がタバコを握って固まってるのに気づいてくれた。
「金田さんの忘れもんか」
あ、金田さん、そうそう
頷くと、和夫さんはタバコを受け取り
「……置いとってもええやろうけど、まだその辺おるやろか」
そう言ってお店を出ていった。
そやそや、金田さんやったな
そう思いながらカップや灰皿を片付けようとした瞬間。
「おーい! 姉ちゃん!」
振り返ると、セクおじが手を挙げてる。
はぁ!? さっきお冷やのおかわりしたよね? もうないん? え、追加注文?
セクおじは手をちょいちょいと、招くようにしてる。
仕方ないからそっちに向かう。
えー、めっちゃイヤなんやけど……




