【49】バトンタッチ
グスッグスッ……
「……おばちゃんは……そんな時代を……グスッ……生きてきたんやね……」
おばちゃんは、笑顔で頷く。
「おばちゃんだけやないで。今生きている人、みんなが何かしら背負って、泣いて、踏ん張って生きてきたんや」
「……お兄さんは?」
「お兄ちゃんはあれから少しずつ元気になってな、仕事もして、お父さんの跡を継いで、昔から顔馴染みだったお嬢さんと結婚してな、子どもにも恵まれて……ま、GHQの政策でな、以前のように裕福ってわけにはいかんかったけどな、幸せに生きてはるで」
出た、GHQ……何したんだっけ
「……おばちゃんは? 再婚は考えんかったん?」
「うちは義雄さん一筋や」
わぁー!
「この辺りが復興するのに時間はかかったけどな、少しずつ借り手も決まってな、それからはずっと、誰かしら住んでくれとる。義雄さんはうちの心の中に生きとるでな、みんなで食卓を囲んでる。うちら2人の夢は今も続いてるんやで」
……素敵や
「そ、それで、その後は? 静子さんはどうなったん?」
おばちゃんは遠い目をして答えてくれる。
「……静子ちゃんの両親も、義理の両親もな? 別に意地悪で言うてたんやないで? 静子ちゃんの幸せを考えてのことやったんや」
「静子さんの幸せ?」
「そうや。あの時代はなぁ……戦争未亡人が、他人と再婚したら、不義理だ、とか、はしたない、とかいう、そんな人もおってなぁ」
「はぁ!? なにそれ!」
「ほんまになぁ……未だにそういうこと言う人もおるけどな、あん頃は、戦死した夫の兄弟に嫁ぐ、ということもあったんや」
……意味がわからない
「静子ちゃんは断固として拒否してな、あちらの両親がええ人やったみたいでな、そのままの家に住まわせてくれて、他にええ人がおったら、いつでも再婚してくれてええで、てな」
「良かった……」
「……そやけどなぁ、静子ちゃんの実家が、GHQの政策でうまくいかんようになってなぁ。生活は苦しくて……そのうち、双子の妹の澄子ちゃん、幸子ちゃんのお母さんやな、澄子ちゃんが結婚して、幸子ちゃんを産んだあと、すぐに亡くなってしもてな……ほんま可哀想に……」
幸子……
「……ああ、そんときなぜか、静子ちゃんも倒れてなぁ。原因不明やったけど心痛やったんか栄養不足やったんか……」
「幸子ちゃんのお父さんが働いてるあいだ、静子ちゃんが幸子ちゃんの面倒見てたんやけどな、1年も経たんうちに、お父さんまで仕事中の事故で亡くなってしもうて……」
幸子が言うてたわ……
「……ほんまはな、幸子ちゃんのお父さんと、静子ちゃんとの再婚の話も出てたんや」
「……えぇ!?」
「浮ついた気持ちとちゃうで? 幸子ちゃんのお父さんは、澄子ちゃんのお姉さんである静子ちゃんが苦労しているのを知っていたからな、澄子ちゃんが生きているときから、一緒に暮らさへんか、てよく話してたみたいや」
待って待って、頭がついていかへん
「澄子ちゃんの夫としての責任やな。静子ちゃんのことも面倒みようと思てたみたいや」
「実際、静子ちゃんの苦労も相当なもんやったんや。義実家の長男さんとの再婚もせん、実家にも帰らへん、どちらからも見捨てられた、そんな理不尽な噂話に相当心も弱っててな……再婚したほうがええのか、悩んでたわ」
「そんなん……他人に関係あらへんやん!」
腹立つわぁ!
「そうなんやけどなぁ……そのうち、幸子ちゃんのお父さんが亡くなって、実家にも頼れず、まだ赤子の幸子ちゃんを抱えて、とても見てられんでな、うちが、下宿屋で幸子ちゃんを見とく、そやから静子ちゃんは働いて、うちら2人で育てるで! てな」
それで……
「幸子ちゃんは5歳までここに住んでたんやけどな、また世間は好き勝手言うんや、父無し子、やら、私生児、やら言うて、近所の子がな、意味もわからんと、しょっちゅう幸子ちゃんをからかうんや。親が言うてるんやろな。ほんま、腹立つわ」
ほんまや! 腹立つ!
「幸子ちゃんもな、幼いながらになんか感じるもんがあったんやろな、段々笑顔がなくなってな……」
可哀想や……
「……静子ちゃんは、昔から器量良しや。子持ちでもええ、再婚せぇへんか、て何年も言うてくれる人がおってな」
キリョウヨシ、てなに
「もうこれ以上、幸子に不憫な思いはさせられん、後添いでもええ、意地張っとらんと、再婚するわ! て決意したんや」
それで、藤原になった、と……ノチゾイてなに
「決断したら早いでな、静子ちゃんはさっさと動いて再婚や。ええ人みたいやし、割と裕福らしくてな、うちはいらん言うたけど、払えてへんかった家賃も全部払ってくれたわ」
なんかもう……キャパオーバーや
「ほんま、戦争なんてろくなもんやないで。うちらの人生めちゃくちゃや……もう二度と、戦争なんてやったらあかんで。みうちゃんの時代は大丈夫か?」
「え! あ、うん! 大丈夫や! ちゃんと憲法守って、平和になってるで!」
「そうかぁ、良かったわ……うちらの思いは、ちゃんと次の世代に受け継がれてるんやな。みうちゃんの世代も、ちゃんと次の世代に繋げてかなあかんで。戦争は、何も生まん、不毛や」
「バトンタッチやな!」
「なんて?」
「あ……次に、繋げる、絶対戦争なんてせぇへん!」
「頼むで……ところでみうちゃん、アルバイトは何時からなん。まだ行かんでええのか」
「!!」
壁時計を見る。
「ヤバい! 遅刻や!」
「やばい?」
「あかん! 行ってきます!」
私は走って玄関へ向かった。




