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S↔R ~令和女子、昭和に放り出される~ 「1970年」マジありえない文化なのに人情に泣ける。そして未来へ繋がる……  作者: 髙井菜是


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【46】下宿屋のおばちゃん⑫/⑭

トキちゃんが田舎に帰る日が来た。


毎日、2人で食料調達に走り回った数日間……

「ほんま、おおきに、トキちゃん」

「え? なにが?」

「……うちが、突然1人にならんように、しばらくおってくれたんやろ?」

「え、へへ」

「……ほんま、感謝しとるで。うち、あのまま1人やったら、結構しんどかったわ」

「……ほんまは、まだおりたいけど」

「大丈夫や! うちは、義雄さんが帰ってくるのを待つだけや!」

「……千代子さん」

「ん?」

「うちの住所、わかるやろ? なんかあったら、いつでも来てな?」

「ほんま? うち、いつか会いに行くわ!」

「……絶対やで。待ってるわ」


トキちゃんを見送り、下宿屋へ戻る。

今日から1人や……頑張らな。義雄さんがいつ戻ってもいいように、食料調達や!


毎日、掃除と食料調達の繰り返しや。早よまともにご飯食べたいわ。……あんみつ食べたい。なぁ? 静子ちゃん。また会えるやろか……


朝晩は、すっかり冷えるようになった。秋やなぁ。

お母さんが最近しょっちゅううちに様子見にきてくれる。いつも、少しの食料を持って。1人で寂しないか? 実家で過ごさへんか? て。大丈夫やのに。

義雄さんは、まだ戻らへん。色々、大変なんかな。


冬がきた。食料はいまだに不足しとる。だけど、うち今ならどんな料理かて、できる自信あるわ。色々工夫してきたからな。しょっちゅう来るお母さんにも自慢してるわ


下宿屋の新しい借り手はなかなかいないようや。女性限定やしなぁ。お父さんのところへの紹介制ってのもあって、まだ話はないようや。蓄えはあるから、ゆっくり、ちゃんとした人に貸したいからな


年が明けた。豪華なお節などあるはずもなく、相変わらず質素なご飯で過ごす。来年こそは、義雄さんと一緒にお雑煮が食べたいわ


もうすぐ2月……。寒いなぁ。義雄さん、寒い思いしてへんやろか。早よ帰っといで。

お母さんは3日に1回とか来てくれる。そないに寂しない言うてるのに……


ある日の午前中、お母さんがまた下宿屋へ来た。

「千代子! 千代子!」

「お母さん、どないしたん?」

「お兄ちゃんが! 帰ってきたわ!」

「えー! ほんまに!?」

「ほんまや! あぁ、良かっ……あ……」


お母さんが、俯いた。

「どしたん? 良かったわ!」

「そ、そやな」

「うち、明日会いに行くわ」

「あ……うん……あぁ……」

「……なんなん? ほんま、どしたん?」


お母さんは言いにくそうに口を開く。

「……義雄くんがまだやのに、無神経やったわ。堪忍」

「何言うてんの! かめへんよ! お兄ちゃんが帰ってきたんやろ! 嬉しいわ!」

「あ……、うーん、それがな……」


聞くと、お兄ちゃんが帰ってきて、お父さんと喜んで、少し豪華なご飯でも、と3人で食卓を囲んだけど、突然奇声を発して食器を払い落として、自分の部屋に引きこもってしまったらしい。


「今日の朝も、トイレ以外部屋から出てこんのや」

「なんなんそれ……どうしたんやろ」

「わからへんねん。……しばらく様子みるしかないな」

「そうなんや……もう少し落ち着いてからがええかな?」

「堪忍なぁ。そうしてくれるか」


お母さんは帰っていった。

お兄ちゃん……どないしたんやろ。


一週間くらいしてから会いに行ってみたけど、お兄ちゃんはやせ細って、目が虚ろ。話しかけても反応もしない。出征が決まって報告にきてくれたときとは別人のようになっていた。

主治医の先生に来てもらったけど、とにかく食べさせるしかない、とのこと。

一応点滴だけ打ってくれたらしい。

どないしたらええんやろ。


次の日、ラジオを聴きながら朝ごはんを食べていて、日付を言われて気づいた。

ああ、18歳や。今日うち、18歳になったわ。

義雄さんは、あと13日で22歳やな。ふふ、うち、もう大人の女性やで。……義雄さん、綺麗なったな、とか……いや、言わへんな。言うてほしいけどなぁ


3月や。まだまだ寒いな。最近お母さんは、お兄ちゃんのことで忙しいんやろな、来る頻度が減ったけど、うちは大丈夫やで。

相変わらず食料調達は大変やけど、うち、頑張るで。料理食べてみてほしいわ。義雄さん褒めてくれるやろか。こんだけの食料でこんなに作れるのか! てな。

早よ、一緒に寝ようや。寒いわ。


もうすぐ4月や。相変わらず借り手がおらんみたいで、うちはずっと1人や。たまにお母さんが心配して訪ねてくれるけどなぁ。お兄ちゃんも相変わらずで、お母さんが無理矢理、芋粥を口に入れてるらしい。


だいぶ寒さも和らいできた頃、うちは幸せな夢を見た。

うちの料理を、素敵な笑顔で美味しそうに食べてくれる義雄さん……気づくと食卓には可愛い女の子が2人。うちと義雄さんの子や。あれっ、悪戯坊主の男の子もおるわ。末っ子は甘えん坊やからなぁ。

2階からは、せっちゃんとトキちゃんが綺麗な洋服を着て降りてきた。なんやぁ、元気やったんかぁ! みんなでご飯食べようやぁ! あはははは……


「ははは……」

わ、うち、今、夢見て笑ってた? なんや恥ずかしいわ

顔を洗って朝ごはんを作る。

1人で食卓に座る。……あぁ、早くあの夢のようになりたいわ。義雄さーん! 早よ帰ってきてや!


4月、日中は少し暖かくなってきたな。今日はお兄ちゃんの様子を見てから、食料調達に行こう。

実家に行くと、庭に桜が咲いていた。何日か前に来たときは咲いてへんかったのに!


お母さんと少し話して、お兄ちゃんの部屋へ行く。

相変わらずや。布団は敷いたまま、横になっている。話しかけても目も合わない。

「また、くるでな」

ため息をついて外に出る。風が強く吹いて桜の花びらが舞う。綺麗やなぁ。暖かくなったし……思い出したわ、毛虫! ふふっ。義雄さんと一緒に、この桜見たいなぁ。来年になるんかなぁ


食料調達して下宿屋へ帰る。今日も少しだけやったなぁ


お昼ご飯の準備しよ。といっても朝の残りや。1人分やしなぁ。毎回毎回作ってられんわ

ラジオを聴きながらご飯を食べる。質素なもんで、すぐ食べ終わる。


はぁ、片付けよ……


ガラガラガラ……

「ごめんください」


なんやお客さんや

「はーい」


玄関に向かうと、知らない男の人が帽子を握って立っている。


「こんにちは。自分は、井上誠(まこと)といいます。石田さんのお宅でしょうか」


「はい、そうです……どちらの井上さん?」

「……自分は、石田義雄さんと同じ部隊におりました」

「義雄さん!?」

「はい……義雄さんは、1年前の3月13日に、フィリピンにて……」

「……え?」


井上さんは、ポケットから何かを取り出して、うちに差し出した。手が、震えてる……

恐る恐る、受け取った。

なに?


……これは


すると、突然井上さんは、土下座した。

「もっ、申し訳……うっ、うぅぅぅ……自分だけ……うっうっ、生き残ってしまっ……うぅぅぅすみません! すみません! うぅぅぅ……」


なに? なに言うてんの?


「よ、義雄さんは……いつも、それを大事そうに……持っていました……自分っ、いつも……うぅぅぅめ、迷惑をうわぁぁぁん……ごめんなさい、ごめんなさい、うぅぅぅ……」


井上さんは、大きな体を小さく丸めて震えて泣いている。

うちは、座って、井上さんの肩に手を添えて聞いた。

「……なに、言うてるか、わからへんわ。義雄さんは? いつ戻ってくるん?」


すると井上さんは一瞬固まって、顔をゆっくり上げた。

「……義雄さんは……いつも……自分のことを……自分、鈍臭くて、いつも、隊に迷惑を……そんな自分を……義雄さんは……いつも……みんなを気にかけて……色々……話しました」


井上さんは思い出すように遠い目をして話している。

淡々と。

「しっかりしぃや、と、何度も言われました……帰るんや、と……生き残るんや、と、周りに聞かれんように……生き残るんや、と……だから、頑張れ、と」


そう言って井上さんはうちのほうを見た。

「妻が……待っている、と……わしは絶対帰る、と」


そうや、義雄さんは帰ってくるんや


「……それなのに……うぅぅぅ……自分の……うぅぅぅ……自分のせいでっ……本当に、本当に、すみません!」


そう言ってまた井上さんは頭を下げる。


「……それが、最期に……と……飛んで……きて……せめて……これだけは、絶対に、渡そうと……」


うちは座ったまま話を聞いていた。

井上さんは、姿勢を正して、また謝って、帰っていった。



なに、言うてはんねやろ



ブルっと寒気がして気がついた

……いつのまに夜になったん?

玄関開いたままや、さすがに4月とはいえまだ夜は冷えるわ


玄関を閉めて……

えっと……


なに、したらええんかな


廊下に佇む


なに、したらええん?


ふと、手に何か握っていることに気づく


……これは

うちが、義雄さんにあげたお守りや


部屋に持っていって机の上に置く


……なにしたらええんやろ

あぁ、お手洗い行きたいわ


済ませて、ほんで?

……寝よ


布団を敷いて横になる。


朝になったけど、別にすることないしこのままでええわ……


夜になったなぁ

まぁ、ええわ


……朝か、なんもすることないわ


……夜? そうかぁ


……朝……もう、ええわぁ


……よ……る


……


……チクッ

い、痛い、なに


重い瞼をゆっくり開ける。

ぐるぐる回って、よくわからへん


「千代子ちゃん!」


誰……


「あぁ、まだ、寝かせてあげて下さい。そして、できるだけ最初は固形物は避けて……」


誰……


「うち、今日はここ泊まるからな! 目が覚めたら覚えときや!」


なに……誰……

うちはまた、眠りに落ちた。





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