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S↔R ~令和女子、昭和に放り出される~ 「1970年」マジありえない文化なのに人情に泣ける。そして未来へ繋がる……  作者: 髙井菜是


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【45】下宿屋のおばちゃん⑪/⑭

朝、起きてトキちゃんとご飯の準備をする。


茶碗を出して、芋の入ったおかゆをよそうとした。

「……千代子さん」

「……え?」

トキちゃんの目線を辿ると、茶碗が、3つ


「……あ」

そう……やった……


……おらんのや


昨日は3人で朝ごはんを食べた。

いつもの席に、せっちゃんが……おらん


2人で静かに泣いた。


朝ごはんを流し込み、トキちゃんに聞く。

「トキちゃん……職場は、働ける状態なん?」

「……わからへんけど、一応、行ってみるわ」


玄関でトキちゃんを見送る。

「……トキちゃん!」

トキちゃんが振り返り首をかしげる。

「……っ」

うちは、言葉を飲み込んだ。

「……行ってらっしゃい、気をつけてな」

「うん。行ってきます」


……うちは、何を言おうとしたんや! あかん、トキちゃんは、お国のために働いとるんや。せっちゃんかて、お国のために……そやのに、うちは……


うちは、せっちゃんのことをお父さんに伝えるために実家に行ったけど、すでに会社のほうから話があったらしい。2人とも心配してたけど、うちは下宿屋の仕事をせんとあかん。すぐに帰路についた。


トキちゃんは夕方帰ってきた。

工場へ行くと、とても働ける状態ではなかったらしい。そやけど人手不足で、別の工場へ行くように言われて、他の人たちとそこへ行ってきたらしい。


「……ほな、明日からはその別の工場で働くん?」

「そやねん、少し遠なるわ」

「……そうかぁ、大変やなぁ」


……行かんといて。……あかん、お国のためや……勝つまでは国民一丸とならんと……


トキちゃんは毎日ちゃんと仕事に行く。うちは、支えるために泣き言は言うたらあかん。日本が勝つまでは我慢するんや! みんな頑張っとるんや!


食料の調達、度々起こる断水、昼夜問わずに鳴る警報、避難、トキちゃんの帰宅に毎日ホッとする。

毎日を必死に過ごす。日本が勝つまでは!


8月、そろそろお盆やけど、石田屋はすでに焼失していて義雄さんの両親は親戚のところへ身を寄せている。

……生活が落ち着いたら、日本が勝って義雄さんが帰ってきたら、その時は、一緒に行こう。

トキちゃんも頑張って働いている。

最近はなんや、広島や長崎では新型爆弾が落とされた、とか……。新型爆弾て、なんやろ


8月14日、朝からまた警報や。

避難して、なにも起こらないまま、防空壕で待機。すると解除されたから家に帰った。またか。

するとまた、お昼頃に警報。

なんやねん、何度も。そやけど避難する。


しばらくすると、遠くのほうで攻撃されている音が聞こえてきた。ドーン、ドーン、ズズーンと。


うちは、空襲がこの辺ではなさそうやから防空壕から出て、音の鳴るほうを見ていた。


わからへんけど、1時間くらい経った頃に静かになった。それからしばらく様子を見て、家に帰った。


今日も、トキちゃんは仕事から帰ってきた。

ホッとして、いつものようにラジオを聴きながら2人でご飯を食べて、就寝の準備をする。


すると、ラジオから不思議な内容が流れてきた。

明日の正午、重要な放送があるから、国民はラジオを謹んで聴くように、という内容だった。


なんやろう? と2人で首をかしげながら、防空服装で就寝した。


翌朝もごはんを食べ、トキちゃんを見送った。そのあと、ラジオでは今日の正午に放送を聴くように、と言っている。

ただ、今日の内容は驚くものだった。天皇陛下が、おん自ら放送されるというものだった。


うちは慌てて、洗濯をしたり、掃除も、お昼ご飯も済ませて、ラジオの前で、正座をして正午を待った。


放送が始まり、起立して、君が代を歌う。

そしていよいよ、天皇陛下のお声が……


……何言うてはるか、全然わからへん

あかん……全く頭に入ってこん、どないしよ


わからないまま、天皇陛下のお話は終わった。

放送は続く。必死で聞く。


……え、なに?


……戦争継続が、不可能?

どういうこと?


……ポツダム宣言を……受諾? やむなき?


平和再建? 


……


……負け……た?

大日本帝国が、負けたって、こと?


うちはその場に座り込み、しばらく理解ができずにいた。


負けたん? ほんまに? なんで……

……どしたらいいん? 日本は、どうなるん?

日本のために、お国のために、みんな……死んでいった人たちは!? どうなるん!? せっちゃんは!? なんで!? 負けた……せっちゃんは……なんで、死んだん?


涙も出てこない。この感情は、なんやろ。

うちは、ジッとしていられず、実家へ向かった。


ぽつぽつと、人が集まって話をしている。多分、みんな理解ができてへんのやないやろか。

そんなことを考えながら、急ぎ足で向かう。


実家に着くと、お母さんが抱きついてきた。

「千代子! 終わったなぁ、終わったなぁ!」

……お母さんは、喜んではる?

「……お父さんは?」

お母さんは体を離して、俯いた。

「お父さんはなぁ……1人にしてほしい言うて部屋にこもってはるわ」


「……日本は、負けたんやな」

「……そうやな」

「お母さんは、悔しないの?」

「……悔しいで? なんで戦争なんかすんねん、て」

「え!?」

「戦争なんかして、国民は幸せになったか?」

「そ! ……それは」

「……そやけどなぁ、国には逆らえんからなぁ」

「……なんやったん。我慢して、頑張って、この戦争って、なんやったん」

「ほんまやなぁ」

「……なんで、せっちゃんは……うっ、うぅぅぅ」


お母さんに抱きついて、うちは泣いた。

我慢してきた分、全部泣いた。


しばらくして落ち着くと、お母さんは頭をぽんぽんとして言った。

「千代子、これから大変になるで。生活は一変する、人が動き出す、食料もない、物資もない、そやけど生きていかなあかんのや」

「……そやな、泣いてる間ないな」

「そうやで、終わったんや、心新たに頑張らな」


「そうや、終わったんや。お兄ちゃんも義雄さんも、帰ってきはるわ!」

「……それは」

「な? いつ頃になるんやろな」

「……千代子」

「なに?」

「……覚悟は、しとき」

「覚悟?」

「そうや。……無事に帰ってこれるかは、わからへん」

「な……何言うてんの」

「……お母さんかて、帰ってきてほしい。けど……」

「お母さん、大丈夫や。信じて待つんや」

「……そやな」


お父さんは部屋から出てこんかったけど、うちは、トキちゃんを出迎えんといかん。

生活は続くんや


下宿屋について、部屋を見渡す。

……終わったんや。……何をしたらええんやろ。

……何をしたらええかわからず、しばらく佇んでいた。


ガラガラガラ……玄関の開く音がした。

「ただいまぁ」

トキちゃん?

玄関へ行くと、トキちゃんが何とも言えない顔で立っていた。

「……どないしたん? えらい早かったやないの」

「……工場……閉鎖やて……」

「え!?」

「……千代子さん……日本は、負けたん?」

「……そうや」

「……なんで? なんで……うっ、うぅぅぅ」

「トキちゃん、とにかく、上がり」


トキちゃんの肩を抱いて部屋に連れて行き、畳に座る。

トキちゃんの肩をさすりながら、何かを言おうとするけど、言葉が出てこん。

「……日本は……なんで……」

トキちゃんが絞り出すような声で言う。

「……なんで……せっちゃんは……うぅぅぅ……」

何も言えへん

「せっちゃんは、町の人たちは、なんで死ななあかんかったん!? 酷いわ! うわぁぁぁん」


うちは、何も言えず、ただ一緒に泣いた。


トキちゃんはしばらく泣くと落ち着いたみたいで、工場でのことを話してくれた。

正午前には全員集合させられて、ラジオを聴いたこと。天皇陛下がお話をされるとは知らずにびっくりしたこと。内容が全然わからず、みんな首をかしげていたこと。責任者が簡単に説明してくれたこと。トキちゃんがおった工場は閉鎖することになったこと。


「……何年も我慢して、頑張ってきたのに……なんやったん。うちらは、何をしてたん?」

「……そやなぁ」

「うち……田舎に帰らなあかん」

「……そっか、寂しなるなぁ」

「お給金も交通費も、今日もらってきたんよ。そやけど……そない急に……」

「うちは……トキちゃんがおりたいだけおってもろてええで?」

「……ふふ。おおきに。……何日か、お世話になってええ?」

「もちろんや」


2人で晩御飯を作ろうとして気づいた。

「……混乱するんちゃう? 配給とか、ちゃんとあるんやろうか」

2人で、食料を調達するために出かけることにした。少しだけ手に入ったけど、これからも毎日手に入るとは限らへん。明日からも毎日、食料の調達のことを考えんとあかん。


ラジオを聴きながら晩御飯を2人で食べる。

いつものように防空服装に着替えようとして、気づいた。……今日からは、寝間着でええんや。

トキちゃんも、同じことを思ったみたいで、寝間着を抱えてうちの部屋に来て笑っていた。

「空襲は、もう来んやろけど、一緒に寝てもええ?」

「ああ、ほんまやな。もう、警報で起こされることはないんやな」


うちらは2人で、寝間着に着替えて寝た。



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