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S↔R ~令和女子、昭和に放り出される~ 「1970年」マジありえない文化なのに人情に泣ける。そして未来へ繋がる……  作者: 髙井菜是


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【38】下宿屋のおばちゃん④/⑭

「うち、石田屋の義雄さんやなかったら、結婚せえへんで」


お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、固まっている。何か変なこと言うた?

お父さんが口を開く

「……なんで石田屋なんや」


え、なんで、て……

「……優しくて、素敵や」

「そんな理由で……わかってんのか? あそこはうちの下請けの中でも下のほうや」

「それがどうしたん」

「……千代子、結婚は家同士の結び付きやというのは、わかっとるか」

「わかっとる」

小さい頃から何度も聞かされてるわ


「わかっとるなら、家同士が支え合える関係やないとあかんこともわかるやろ」

「なんで石田屋さんやと支え合えへんの?」

「……力の差がありすぎるわ」

「差があったらダメなん?」

ほんまに、何言うてんのかわからへんわ


「……とにかく、そこは駄目や」

「ほんならうちは結婚せえへんわ」

「千代子……それはあかん、ほんまに時間がないんや」

「……うちのため?」

「そうや!」

「うちのための結婚やのに、家のために好きでもない人と結婚すんの?」


「……」


「うちが、その候補の人らと結婚せんかったら、高木家が困ることになるん?」


「……いや」


「じゃあ、どうして石田屋さんやとあかんの?」


お父さんは、頭を抱えている

うち、そないにおかしなこと言ったんやろうか


「……石田屋の三男やったら、結婚するんやな?」

「はい!」

「はぁ……あちらさんのほうが気の毒や」

なんで!?

首をかしげると

「こちらからの申し出なら、あちらは断りにくいやろう」


……断られる

そうや、うち、自分のことしか考えてへんかった

義雄さんは、うちみたいな子供と結婚やなんて嫌かもしれん!

「とにかく、まずは打診する。そして話し合いの場を早急に設けよう。それからや」


あ……どうしよう、進んでまう

そやけど、うちは義雄さん以外は考えられへん


うちが悩んでいる間に、両家話し合いの日になった


1944年1月中旬


うちとうちの両親、義雄さんと義雄さんの両親が対面する

……義雄さんの両親、めちゃくちゃ恐縮してはるのが伝わるほど、動きがぎこちない


うちのお父さんが口を開く

「高木家としては、うちの長女、千代子を、義雄くんの元へ嫁がせたいと思っている。……千代子、ほんまにええんやな?」


「……はい。うちはそうしたいと思っています」

義雄さんをチラッと見るけど、無表情で何を考えているのかわからない。あぁ、困らせとるかもしれん

……やっぱり、やめたほうがええのかも!

「あの! あの、でも、義雄さんが望まないのなら、結婚できなくても構いません!」


「な、なにを言い出すんや、千代子!」

お父さん、堪忍やで。そやけど、義雄さんが望まんのやったら、無理強いできんわ!


「発言してもよろしいでしょうか」

「ああ、もちろんやで、義雄くん」


嫌や、怖い! 聞きたない!


「私は、構いません」


え! ほんまに!?


義雄さんをパッと見ると、義雄さんの目線はうちのお父さんに向いている。


「ただ……私は、来月20歳になります。いつ招集されてもおかしくありません。もしものときは、千代子さんには再婚をして欲しいと思います」


え? なに? もしものときって……


「……そうしよう。ええな? 千代子」

「え……あ……はい」

もしも、やんな?


「ありがとうございます。では、このお話、謹んでお受けいたします」


お受け……え、義雄さんが受け入れてくれた!

うちは、ただただ、嬉しいと思った


うちは、零れそうな笑みを抑えて幸せを噛み締めていた。お父さんたちはなんや色々お話をしている。


式の日取りや新居の話、時折、よくわからへん会話も。

「恐縮です、まさかうちの息子がこのような良縁を……上2人は出征しとるもんで、ほんま有り難いことで……」

「正直私では力不足ですが……」

「いや、感謝している。なにしろ昨今の状況は……」

「ええ、急いだほうがいいでしょう……」

「いつ国に取られるかと思うと……」

「早急に……」

「では日取りは……」


なんやようわからんけど、急がんとあかんみたいや


そこからはとんとん拍子に進み、うちが16歳になる2月に式が執り行われることになった


1944年2月中旬


結婚式は簡素なものだった。何年か前の従姉妹の式のような華やかさは全くなかった。国からは、できるだけ質素なものにするように、という指針もあるし、このご時世では仕方ない。これもお国のためや。

花嫁修行もほとんどできないうちに、うちは結婚した。

式のあとは写真館で義雄さんとうちの晴れ姿を撮影。


うちは今日から「石田千代子」として生きていく


式までの準備の間、お父さんは、うちたちの新居を探してくれていた。

贅沢は敵やから、嫁入り道具はほとんどない。代わりに新居となるお屋敷を準備してくれた。


よくわからへんけど、元々商家だったお屋敷で、色んなものが不足し商売がうまくいかずに手放した、とか。そのお屋敷が、これからうちたちが生活していく場所になる。


「今日からここが、うちたちの家になるんやね」

「そうやな。石田家は、女中なんか雇えんからな、これからは何でも自分たちでせなあかんで。あんた、大丈夫か」

「うち、頑張るわ!」


初めての食卓は、酷いもんやった。

うまく出汁を取れず苦い味噌汁、焦げた魚、芯の残ったご飯……

簡単そうやったのに……

「堪忍、義雄さん……」

「誰でも初めてはあるんや、気にしな」


うちは、掃除も洗濯も綺麗になるから好きや。そやけど、料理だけはほんまにどうすれば上手くいくのか全然わからへん


それでも義雄さんはひとつも嫌な顔せず、毎日うちの作ったご飯を食べてくれる。


実家から、お味噌や魚、お米に卵をたまに貰えるけど、このご時世、大事に使っていかなあかんのに


1944年3月18日

義雄さんが新聞を読みながら呟いた

「やっぱりこうなったか……」

ん? 何?

うちは義雄さんが見ているところを覗き込む

「……女子挺身隊……制度強化?」

「ああ、親父さんが危惧していたことや」

「なんのこと?」


義雄さんが簡単に説明してくれた。

女子挺身隊とは、男子が戦場へ駆り出されたため、軍需工場などの人手不足を女子が補うことを目的とした組織のことらしい


「お国のためやん。国民は一丸となって戦わな」

「……そやな。問題は、それが強制になるということや」

「強制やと、あかんの?」

「どこへ行かされるか、国が決めるんや。どないな過酷な環境でも受け入れなあかん可能性も考えられる」

「……過酷?」

「そうや、自宅から通えず寄宿に身を寄せることもある。何より恐ろしいのは、軍需工場は、敵の標的になりやすいんや」


敵の標的……


「今までは強制ではなかったんや。この、女子挺身隊制度強化方策要綱によると、期間は原則1年間。その間、ずっと危険と隣り合わせや」


「……お父さんは、そうなることがわかってたん?」

「いや、わかっていたわけやない。そやけど、いずれそうなることはよく考えれば想像できる」


「結婚を急いだことも関係あるん?」

「基本的には、未婚女性が中心なんや」


「もし結婚してへんかったら……うちも、軍需工場で働かされて敵の標的になったかもしれんの?」

「そうなる可能性はあった」


怖い……うちは、そないなことになるやなんて全く想像してへんかった

ただ漫然と、働きたい、自分で自分の人生を決めたいと思っていた

……何もわからんまま、うちは静子ちゃんに酷いことを言ってしまった


「……義雄さんの言う通り、うちは守られてたんやね」

「千代子」

「はい」

「働きたいという気持ちはあるか?」

「そないな恐ろしいところ、いやや!」

「……ああ。ははっ」


なに? なんで笑うん!?


義雄さんは笑いを堪えるようにして言った

「すまん……ふっ。いや、そうやなくてな、安全な場所で働きたいという気持ちはあるか?」

「安全な場所?」

「そうや、このお屋敷を、下宿屋にせえへんか?」


……下宿屋?

「どういうこと?」

「ここは、わしら2人には広すぎるやろ?」


……そう。部屋がたくさんあるから、とか、うちがまだ若いから、とか言うて、結婚したのに一度も寝所を共にしたことがないんや……


「それにな、万が一のときにも千代子が働ける場所があったほうがええと思うんや」

「万が一?」

「……このご時世、先がどうなるかわからんからな」


よくわからへん。どういうこと?

首をかしげていると、義雄さんはうちの頭をぽんぽん、とした

「このお屋敷を下宿屋にして、わしら2人でここを働ける場所にせえへんか?」


2人で、働ける……

「素敵や」

「ははっ。そやろ?」


下宿屋……

「けどうち……このお屋敷に知らん人が住むんはちょっと怖いわ」

「ああ。そやからここは、女性だけにしか貸さんほうがいい」

「それやったら大丈夫そうやわ」


「今の時世は、借りたいというのはほとんどが男や。女性の借り手はなかなか見つからんかもしれん。先を見据えて土台作りってとこやな」

「……どうやって借り主を探すん?」

「千代子の親父さんは、仕事柄、顔が広いやろ?」

「お父さん?」

「そうや、身元がしっかりしてる人にしか貸さんようにしたいからな。商工関係や偉いさんを通して親父さんへ話を持ってきてもらうんや」


はぁ……すごいわぁ、義雄さん。そないなことまで考えてはるんや


「うちはどんなことをやったらええの?」

初めてのお仕事や。うちは期待に胸を膨らませた。


「そやなぁ。掃除や賄いやろか」

「……賄い?」

「そうや、下宿人に飯の準備をするんや」


無理や、うちは料理だけは苦手なんや……

「賄い、無しじゃあかん?」

「……あかんことはないと思うけどな」

「……無しや。この下宿屋は、賄いなしや!」

「ははっ。まあええんやないか」


それからは2人で下宿屋にするべく毎日少しずつ作業をすすめた。



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