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S↔R ~令和女子、昭和に放り出される~ 「1970年」マジありえない文化なのに人情に泣ける。そして未来へ繋がる……  作者: 髙井菜是


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【36】下宿屋のおばちゃん②/⑭

なんで心の準備してへんときに会うねん!


「千代子お嬢さん、こんにちは」

義雄さんが礼儀正しく頭を下げた


「こ、こんにちは、義雄さん」

あー! こ、こ、て言うてしもた!


「今、お帰りですか」

「はい」

「……お気をつけて。失礼します」

「……」

もう終わり?


義雄さんの後ろ姿を見送る


……もう、終わり?

でも……そらそうよ、お話するような仲ではない

別に、うちかて……


トボトボと、家に帰る

それからも、うちは遠回りすることはなかった。

稀にすれ違うことがあっても、義雄さんは礼儀正しく頭を下げるだけ


一年近く経っても同じ距離


なんやねん

なんや、一線引かれとるみたいで面白くない

相変わらず仕事部屋には入られへんし

面白くない


最近は女学校でも勤労奉仕として農作業をする日もある。お国のために働いてるんや。女だって働けるんや。


最近は、お父さんも同じ食卓で食事をしている。ちょっと前まで、仕事だ接待だ、で夕食の時間にはほとんどいなかったのに。

お父さんの跡を継ぐお兄ちゃんは、学校に通いながらも仕事に慣れるよう時々手伝い、卒業してからは本格的に家業に就いた。

2人で仕事の話をしている。なんの話か全然わからへん。

「なぁ、うちも卒業したらお兄ちゃんみたいにお父さんの仕事やりたいわ」

「千代子はいつまで子どもみたいなこと言うてるんや。もう14歳やで。しっかり花嫁修行して、ええとこに嫁いで子供を産む、これが女の幸せや。お父さんとお母さんを困らせたらあかんで」

「……うち、結婚なんてせぇへん。うちかて働きたいわ!」

「千代子……」

お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、いつも優しい。……ちゃんと話せばわかってくれるんやないか


「お父さん、うちにも、仕事教えてください」

「あかん」

そんな!

「ちょっとくらい考えてくれてもええやん! なんであかんの!?」

「あかんもんはあかん! この話は終わりや!」


酷い! 大嫌い!


うちは外に飛び出した。

なんやの! 話くらい聞いてくれてもええやないの! 

なんであかんの! 


住宅街を抜けトボトボとあてもなく歩く

商店の並ぶ通り、ポツンポツンと控えめに灯ってる照明の中、家路に急いでるのか早歩きの人、商店で閉店作業をしている人、自転車の人……薄暗い街並み……何年か前とは違い、人通りは多くない。


……勢いで飛び出してしもたけど、心細くなってきた

どうしよう、やっぱり帰ったほうが……いやや、心配させてやるんや!


「千代子お嬢さんやないか?」

「ほんまや」


突然後ろから名前を呼ばれて振り返る。今すれ違った男性3人や。


「……あ」

石田屋の三兄弟や!


「こないな時間に、お一人でどないしたんですか?」

長男さんが聞いてきた。

うちは、なんと答えたらええかわからず俯く。

三兄弟、困ってはる……うちも、どうしたらええかわからへん

「義雄、お前家まで送ってあげ」

「え! ……ああ」


……え! 義雄さんが、送ってくれはる!?

びっくりして顔を上げると、義雄さんを残してお兄さんたちは踵を返して帰っていく。

義雄さんは、少し困ったような顔をしてうちを見ている。

……あぁ、困った顔も、素敵やわぁ

「……行きましょうか、女性の一人歩きは危険です」


夢のよう…………ハッ、あかん!

「うち、帰らへん」

「なっ……はい?」

「うち、帰らへんから!」

「……」


……どないしよう、義雄さん怒らせてしもたやろうか

あぁ…… そないにジッと見られると頭が真っ白になってまうわ


「……では、少し歩きましょうか」

え……歩く?

義雄さんはうちの返事も待たずに踵を返して歩きだす。

え? え? ま、待って!


慌てて追いかけ、義雄さんの少し後ろを歩く。

ひゃ、ひゃあー! 義雄さんと! 歩いてるわ! うち! 


無言で歩き、商店街を抜けてしばらくすると公園が見えてきた。義雄さんは公園に入り、薄明かりの街灯とベンチがある場所で立ち止まり、ベンチの汚れを手で払い、うちにどうぞ、と勧めてくれた。


うちは言われるままに腰掛ける。少し離れて義雄さんも腰掛けた。

……ど、どないしよ。こんなん初めてやわ!


無言で俯いていると、義雄さんが聞いてきた。

「なんで、帰りたくないんですか?」

「……」

「はぁ……言ってくれへんかったら何もわかりません」

「……なんで女は働いたらあかんの?」

「え?」

「なんでうちは仕事部屋に入ったらあかんの? なんで義雄さんは子どものときに仕事部屋に入れたん? なんで女の幸せは結婚なん!?」

あーーー!! うち、何言うてんの!? 


義雄さんがうちの方を見てる気がする……うちは義雄さんの顔、見られへん!


「それは……わしにもわかりません」

「……」

「親父が決めることやと思います」

そんな! 義雄さんの方をバッと見る

「なんでなん!? そんなんおかしいやん! 自分のやりたいこと、自分で決めたらあかんの!?」


義雄さんは、びっくりしたあと、ふっ、と笑った。

「千代子お嬢さんは、幸せなんやろな」

……どういう意味? なんや、少し棘があるような

首をかしげていると、義雄さんは遠くを見るように呟いた

「選択肢なんて、あれへんわ」


な、なに? 意味がわからへん!

「……義雄さんは、今のお仕事がいやなん?」

「……」

えっ、答えてくれない……どないしよう

「あ、あのぅ……」

「はぁ……すまん。八つ当たりや」

「え?」

義雄さんがうちの顔をジッと見る。

「ええですか、千代子さん。このご時世、仕事を選んでる場合やないんですわ」

ち、千代子さんて! いやぁ!

「親父は、必死で家業を守るために働いています。わしら兄弟も家族のために必死です。選択肢なんてない、家族のために働く、それが男の役割です」


わ、わかるような、わからへんような……

「千代子さんの親父さんもやで。あんたら家族を守るために働いとるんや。選択肢なんてないんや」


「そ、それやったら、うちも家族のために働くわ!」

「はぁ……わからん人や」

「わからへんわ!」

「なんでわからへんねん! あんたは守られとるんや!」

「うちかて働けるわ!」

「千代子!」


はいっ!!


え、千代子?


「はぁ、アホらし……あんたもなぁ、親になったらわかるわ、子を思う親の気持ちが」

「何言うてんねん、義雄さんかて子供おらへんやん」

「ほんま、ああ言えばこう言う……」

「うちは言いたいことは全部言うわ!」

「……ふっ」

笑った?

「はははは! あんた、おもろいな」

な、なにが?

「……これは、嫁の貰い手もないかもしれん」

「な! 失礼やわ!」

「え? あんた、結婚せんと働くんやろ?」

「う、あ……」

「ははははは!」

な、なんやねん……笑うと一段と素敵や


ちょっとだけ口を尖らせて俯くと、義雄さんがうちの頭を優しくぽんぽん、とした

なんやねん、子供扱いして……

「こんなご時世やなかったらなぁ……わしらにももっと選択肢があったんかもなぁ」

……ようわからん、どういうこと?

「ま、千代子ちゃんはまだ14歳や。結婚するにしてもまだ先のことやろ? 焦らんとじっくり考えたらええ」

そう言いながら、義雄さんは足元の小石を拾っては、ピーン、ピーンと投げている。


うーん、確かに……

「さあ! 家族に心配かけへんのも、家族を守ることと同じや! 帰るで!」


義雄さんがスっと立ち上がった。手に持っていた小石をパラパラと下に落とす。

「あ」

「どないしたん」

「今の小石、なんや綺麗やわ」

義雄さんは手を伸ばしていくつか拾う


「これ、これや。なんや綺麗やな」

すると義雄さんは自分の服で小石をゴシゴシとこすって、うちに渡してくれた。


わぁ! ふふ、なんや嬉しいわぁ

「おおきに」


義雄さんは無言で歩きだした。うちも慌てて立ち上がりついていく。

歩きながら、あ! と思い出し、毛虫のときは泣いてしもて堪忍やったなぁ、と伝えると、また義雄さんは大笑いした。

なんで? うち、なんも変なこと言ってへんわ


家まで義雄さんは送ってくれて、家族みんなが出迎えてくれた。うちは、義雄さんに促されて「心配かけてしもて、堪忍」と呟くと、お母さんが優しく肩を抱いてくれた。

そして義雄さんにお礼を告げると、義雄さんは控えめだけど素敵な笑顔で頭を下げて帰っていった。


義雄さん……うちはまだ働くこと諦めてへんで



1942年、秋、うちはまだ呑気に将来について悩んでいた




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