【29】それぞれ
「洋子ちゃん、仕事前に何か食べて行くやろ? 簡単に何か作ったろか?」
あ、そっか。夜働いてるって……
「あ、今日はお客さんとご飯行くねん。おおきに、おばちゃん」
……お客さんとご飯? あ、接待とか? ん? え? なんの仕事?
「さて急いで準備せんとな。ほな」
洋子さんは2階へ上がって行った。
「……洋子さんって、なんの仕事してるんですか?」
「クラブや」
……くらぶ?
くらぶくらぶ……クラブ? あの、なんか踊ったりするところ? ……なんか、イメージ違うな
首をかしげていたら、おばちゃんが聞いてきた。
「クラブは未来にはないんか?」
「あ、いや、あるんだけど……なんかそういう騒がしいところで働いてるようなイメージじゃなくて」
「騒がしい? 未来ではクラブは騒がしいんか」
「え!? そりゃ……音楽かけてみんなで踊ったりお酒飲んだりするから……行ったことないけど騒がしいと思いますよ」
おばちゃんも行ったことないよね
「……そら踊ることもあるやろけど、騒がしいとことちゃうで? お酒を飲みながらゆったりお話をするところや」
ん? ……あ、わかった、なんかおじさんとか大人の人が行くほうのクラブだ。納得、洋子さんぽい
「ふふ、ごめん、おばちゃん、勘違いした」
「ほーか」
さて、ずっと立ち話してたぞ、銭湯に行く準備しよ
……今日は1人か、弘子ちゃんはまだ仕事だし、典子ちゃんはまだ帰ってこないのかなぁ
「おばちゃん、典子ちゃんはまだ帰ってこないのかな?」
「ああ、どうなんかなぁ。みうちゃんが散歩行ったくらいには着替えて出かける準備してな、お弁当作って図書館行ったで。何時になるんかわからんなぁ」
「そっか……じゃあ、1人で銭湯行ってきます」
ちぇ〜。仕方ない、1人で行くか
自分の部屋に行きドアを開けると入り口のすぐ横に布団が畳んで置いてあった。……そうだった、昨日パジャマパーティで典子ちゃんの部屋に置いたままだった。ごめん、典子ちゃん
……幸子、どうしてるかな
銭湯セットを準備する前に、とりあえず今日もらった400円から100円だけ抜き、机の引き出しに入れる。100円あれば、銭湯代は足りるんだよね
……幸子に、銭湯代や電車賃、万博のお金も返さないと。はぁ。顔、合わせづらいな……でも、このまま知らんぷりなんてしたくないよ
はぁ
1人でぽてぽてと銭湯に向かう。
毎回人任せにしていたから自分で支払うのは初めてで、ちょっと緊張した
あとはもう、またイヤだイヤだとお風呂を済ませる。
帰り道も1人。寂しい
何をしてても、ずっと頭の片隅に幸子の腫れた顔と「赤ちゃん」て言葉が残ってる
だけど何もできない……はぁ
下宿屋に帰ると、洋子さんはもう出かけていて、典子ちゃんは帰ってきてて銭湯へ行く準備をしていた。弘子ちゃんはまだ仕事から帰ってきてないみたい。
「みうちゃん、みんな揃ってから晩御飯にしよかー? それまでテレビでも見とき」
確かに、部屋に戻ってもすることないな。昭和のテレビでも見てよ
ドライヤーで髪を乾かしてからテレビのあるお座敷へ向かっていたら、弘子ちゃんが帰ってきた。
すぐに銭湯に行ってくる! と言ってバタバタ準備して出て行った。
なんか、こっちに来てからこんなに1人の時間があるのがすごく違和感。前は当たり前だったのに、こっちにきてからはずっと誰かと一緒にいたからなぁ
ぼんやりとテレビを眺めながらそんなことを考えてた。
……あ〜、テレビの内容、なんも入ってこん
ずっと頭の中にあるのは幸子のこと。
どうしたらいいかなんて一生わかんないよ。ぐるぐるぐるぐる、ずっとそればっかりで、嫌になる
何もできない、幸子に幸せになってほしいのに……
テーブルに突っ伏して、ただただボーッとしてるだけ
誰もいない座敷にテレビの音だけしてる
誰もいない、静かだな……
……
……わかってる
ほんとは
何もできなくて落ち込んでいるんじゃない
……最低だ、私
自分のことだけ考えてる
……幸子に拒否られたことがショックなんだ
涙がジワッと出てくる。
何もできないうえに、自分のことばっかり
情けない、恥ずかしい……幸子に嫌われた!
「……ウッウッ……」
涙が、止まらない……
ガラガラ
「ただいまぁ」
典子ちゃんが帰ってきた! 涙止まった! 慌てて顔を上げて涙を拭く。は、恥ずかしい! なんか1人でひたってた!
典子ちゃんはまっすぐ洗面所へ行きドライヤーをかけてるようだ。今のうちに顔を整えないと!
典子ちゃんはそのあと台所へ行ってからこっちに向かってきた。よし、間に合った!
「みうちゃん、お待たせ。もうすぐ弘子ちゃんも帰ってくるで」
「おかえり!」
ニコッと笑ってみせる。
すると典子ちゃん、ジッと私を見てくる。
そ、そんなに見ないで。え、バレた? 泣いたってバレる?
「……っ」
何かを言いかけて口を噤む典子ちゃん。
えー! 何何? ど、どんな顔が正常だっけ! 私、今、引きつってない? 大丈夫?
「みうちゃん」
「はい!」
「……電話で時間を聞くってやつ、教えてなかったよね? 今やってみる?」
「……へ?」
な、何? 何のタイミング?
首をかしげながら典子ちゃんに付いて行く。
玄関に近い辺りの廊下に黒電話が置いてある。
「受話器を上げてね、117にかけてみて。あ、かけ方わかる?」
わかりますよ! こっちにきて初日にやりましたから!
頷いて、かけてみる。
1、ジーコ、1、ジーコ、7、ジーーコ
『……ポーン、ただいまから、7時、11分、30秒を、お知らせします、ピッピッピッ、ポーン、ただいまから』
えー! 何これ!
びっくりして典子ちゃんのほうを見る
典子ちゃんはニコニコしながら黙って頷く
……なんでこのタイミングだったのかは謎だけど、ちょっと、落ち着いたな
2人でポツポツ喋りながら座敷の方へ戻っていると、突然典子ちゃんが私の肩を後ろから抱くようにポンポン、と軽く叩いた。
え? と思って典子ちゃんの方を見ると
「……何があったか知らんけどなぁ、一人で抱え込んだらあかんで」
バレてるー!
なに、もう、普通にバレてるやん!
え、なんで? 典子ちゃんエスパーなん? こわっ
……ほんと、典子ちゃんって人のことよく見てる。多分、いつもと違うって思ったんだろうな……
見て、くれてる……嬉しい
また少し涙がジワッと出てきた。
「……へへ。ありがとね、典子ちゃん」
典子ちゃんも、ふふっと笑う。
それから2人で台所へ行き、食器の準備をする。
おばちゃんと3人でキャッキャ話していたら弘子ちゃんも帰ってきた。座敷へ全部運び、畳に座る。
お茶は私が入れたよっ
みんなで「いただきまーす!」
おばちゃん、本当に有り難い。私、自炊なんてできないよ。作ってもらえるなんて幸せなことだったんだなぁ
「典子ちゃん、図書館はよく行くん?」
やっぱり優秀な人ってそういうところに行くんよね
「ん? そうでもないで?」
あれ?
「今日は何か調べもん?」
これだ、昭和はスマホがないからね、調べたいときは図書館なんだろうな
「へへ、うん、ちょっと気になることがあって……」
「なになに?」
みんなで典子ちゃんのほうを見る
「……みうちゃんが、話してくれたやん?」
「へ? なんだっけ」
「……未来では、自由だ、て。偉い人が変えてくれた、て」
あ、あ〜そういえば……
「え? それで何を調べてたん?」
「政治学」
「えー!!」
……すごい。あんな話を聞いて、よし、政治を学ぼう、て、なる?
「……典子ちゃんって、本当に優秀なんだねぇ」
「そないなことないよ。全然わからへんかったもん。……そやけど、なんやジッとしとられんで……」
……なんだろ、グッときた
そこからは私はみんなの話があんまり入ってこなかった。




