第六章 マルタ奇襲Ⅷ
第六章 マルタ奇襲Ⅷ
【十六】
誰しもそれぞれの人生があり、それぞれの事情を持っている。
ロイヤル・サヴリンと艦長のバークリーは、誘いに乗ったわけではなかった。
バークリーの事情というのは、駆逐艦のことである。
マルタに常駐している駆逐艦は一隻で、あと一隻がドック入りしているにすぎない。
ロイヤル・サヴリンが派遣されるにあたり、バークリーはカニンガムに駆逐艦の同行を要請した。
この申し出自体は正当なもののはずだった。
戦艦だろうと空母だろうと、単艦では行動できないからだ。
耳目、手足となる取り巻きが必要だった。駆逐艦である。
カニンガムとしては頭の痛い問題だった。
空母航空隊と戦艦のみならず、今度は駆逐艦まで寄越せという。
駆逐艦は小型で安価と思われているが、それは消耗が激しいことの裏返しでしかない。
本国の地中海に対する姿勢を見るに、消耗の補充すらなされるかどうか怪しいものだ。
だがカニンガムも船乗りである。
バークリーの主張は理解していた。
ただ、無い袖が振れないのも事実である。
そこでカニンガムは地中海艦隊、および地中海で活動する艦艇に、できるだけマルタに寄港するよう通達した。
これであればマルタに常駐できずとも、マルタにはなにかしらの艦艇がいる、可能性が高まるはずだ。
バークリーもカニンガムの事情は理解し、それで手を打った。
実際、今も六隻の駆逐艦がグランド・ハーバーに停泊していた。
だが絶え間ない航空攻撃と艦砲射撃にさらされて、一隻が大破着底、二隻が火災炎上で鎮火の見込みなしとなっていた。
「艦長、セント・アンジェロより入電です」
「……読め」
「ユーステノプテロンは駆逐艦を率いて地中海艦隊を先導せよ、です」
バークリーは口もとを歪めて笑った。
戦闘中に堂々と避退せよとはいえないから、地中海艦隊を迎えに行けというわけだ。
フォード司令渾身の作文である。
グランド・ハーバーの状況は、端的にいえば悪かった。
イタリア海軍は、徹底的に港湾施設を潰したいらしい。
戦艦二隻に重巡洋艦三隻まで攻撃に加わって、すべてのものが破壊されている。
忌々しきは、空母が飛ばしているだろう航空隊だ。
蠅のように飛び回り、糞を落とし、別の虫を呼びよせる。
高射砲や艦船の対空砲も奮戦しており、いくつかの機は落としている。
落としているが、その能力と意志を奪うにはいたらなかった。
航空機は出動できる状況になさそうだ。
飛行場が吹っ飛ばされるのは、ここからでも確認できた。
イタリア空軍の爆撃隊は暇になったのか、手当たり次第に軍事施設を攻撃している。
セント・アンジェロにも爆弾が落とされているらしい。
港湾と艦艇が狙われるのも時間の問題か。
セント・トーマス湾のほうではイタリア陸軍が上陸したとかしないとか、それをトーマス・タワーが撃退したとかしないとか、あいかわらず状況はなにもわからなかった。
「本艦は」
「彼らの行動を支援せよ、とのことです」
まあ、そうなるだろう。
地中海戦略を左右する駆逐艦を、ここで浪費するのは正しいことではないからだ。
軽巡と駆逐艦が逃げるから、ロイヤル・サヴリンがその盾をやるというわけである。
「敵艦隊に動きがあります」
「重巡戦隊を前進させたか」
「どういうつもりでしょうか」
「わからないか? やつらも焦っているのさ」
「どうされますか」
「わからないか?」
幕僚の問いに、バークリーは決然と応える。
「受けて立つのさ」
【十七】
一方で、ご指名のあった軽巡洋艦「ユーステノプテロン」である。
こちらも未明から、忙しない時間を過ごしていた。
ペンドルトン中佐は、ユーステノプテロンに乗り組んでいたことがある。
あやしい商船を臨検したり、古参の下士官に手を焼かされたり、あまりいい思い出はない。
だが、そのあまりいい思い出のない同艦に、今は艦長として乗っていた。
巡洋艦の艦長は大佐以上が務めることになっているが、戦時特例といえば全ての規則は運用で補うことができた。
ユーステノプテロンは本国艦隊の所属であり、マルタとも地中海艦隊とも関係はない。
ただ地中海近傍を航行の艦艇は可能な限りマルタに寄るべし、との通達が出ていた。
その通達によりマルタに寄港していたのだが、正直ちょっと後悔していた。
真水くらいしか補給させてもらえず、食糧も燃料も分けてもらえなかった。
同島も苦しいのだろうが、これでは寄った甲斐がない。
さらに悪いことに、副長が水か魚にあたったらしく、陸上施設で療養していた。
これも島の軍医から嫌味を言われてしまい、寄るんじゃなかったという思いばかりが募る。
極めつけは、今さっきのことである。
フランス降伏の速報とともに、イタリアがマルタに攻めてきた。
グランド・ハーバーにおいては、戦艦や高射砲、沿岸砲が対抗しているようだが、ずいぶんと叩かれているらしい。
ユーステノプテロンは港のなかでも、すみっこに停泊させられていた。
おかげで、なんとかお目こぼしされていた。
それでもさっさと脱出したい。
とはいえユーステノプテロンもイギリス軍である。
所属が違うからといって、勝手に逃げだすわけにはいかないのである。
「なんでこんな目にあうんだ」
「お気持ちはお察ししますが、中佐、われわれもなすべきことをなしませんと」
航海長はペンドルトンのことを中佐と呼ぶ。
艦長〈キャプテン〉とはつまり大佐〈キャプテン〉だから、おまえはキャプテンではない、ということなのだろう。
「われわれがなすべきこととは、なんのことかね」
「まずは副長を連れ戻すことでしょう」
「うん、まあ、それはそうだな」
ペンドルトンは納得した。
「で、だれが行くんだ?」
「わたしは艦長より出航準備を命じられております」
「知っている」
「砲術や水雷も、いまは忙しいでしょう」
「……わたししかいないということか」
「こればかりは、なんとも」
なんでこんな目にあうんだ。胸中で呟いて、下士官兵を何名か出させようとする――が、どの部署も忙しいと突っぱねられる。
「……行ってくる」
「お気をつけて」
そう思うなら協力しろよ。そう思うが、もはやなにを言うのも面倒である。
ペンドルトンはひとり、砲火硝煙の漂うグランド・ハーバーへ降り立った。
そこへ有刺鉄線をぶち破り、一台のトラックが駆けこんできて急停止する。
陸軍のトラックが、どうしてこんなところに。
そう思う間もなく、運転席の窓が開く。
土と血で汚れた陸軍軍曹である。
すでに陸軍も一戦を交えているということか。
「ちょっとすいやせん。グランド・ハーバーってのはここですかい?」
「あ、ああ。そうだが」
「……海軍のえらい人が、こんなとこでなにしてんです?」
かくかくしかじか、伝えてやる。
すると助手席に座っていた陸軍大尉が顔を覗かせる。
「わたしどもで良ければ、お手伝いさせてください」
「いいのか、大尉」
「困ったときはお互いさまです、艦長〈キャプテン〉」




