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第六章 マルタ奇襲Ⅴ

挿絵(By みてみん)

第六章 マルタ奇襲Ⅴ


【九】


 ボックス・フォックスの面々は、爆弾に巻き上げられた土砂を浴びつつ、それでもなんとか生きていた。

 爆撃があるに至って、タワーのほうでも異常に気づいたらしい。

 小銃を手にした兵たちが、中隊単位で駆けつけてきた。

 プレストンは舌打ちをする。

 駆けつけてきた兵たちが、部隊として機能しているかは疑問だったからだ。


「面倒を見る相手が増えましたね」

「もはや近代軍とは思えんな」


 思わず突いて出た悪態に、軍曹も吹き出した。

 とりあえず手近な陣地から兵で埋まっていく。

 発砲許可もしていないのに、浜辺にある倉庫や上空の水上機を撃っている。

 こんなもんどう指揮しろって言うんだ。


「水上機は反撃してきませんね」

「ああ。もう始まるぞ」

「おまえら! よおく頭を下げておけ!!」


 軍曹が叫ぶ。

 理解しているものは、鉄帽をかぶり直して地面に伏せた。

 そのようすを見て笑っているものは、爆風に煽られて死ぬことになる。


 沖に、光があった。

 複数の光が連なって、帯のように広がっていく。

 プレストンが思っていたより、数が多い。


「軽巡洋艦が二隻と二個駆逐隊ってところかな」

「詳しいですね」

「さっきの水上機も四機だったろう。おそらく二隻で二機ずつ飛ばしているんだ。射出機の都合だろうな」

「失礼ですが、海軍さんですか?」

「沿岸陣地の陸軍将校だぞ、ジェーン年鑑くらい読むさ」

「サー・ジェーン年鑑、われわれは生き残れますかね?」

「大丈夫だろう」

「なぜそう言えるんです」

「まだ釣りを教えてもらってないからな」


 そう言って、二人は地に伏せた。

 身体を丸め、後頭部を抱える。

 不格好なのは承知のうえだ。死んだら格好もなにもない。

 ひゅるる、というまぬけな音を立てて、破壊が落ちてきた。

 着弾、爆発。

 砂と石と、それが砕けたものが、ばらばらと背中を叩く。痛い。

 これはおそらく駆逐艦の十センチ砲だろう。

 海軍にとっては小口径だが、陸軍にとっては大きめの野砲くらいある。

 これが遊弋し、自由に砲撃を加えることができる。


 海軍の砲火力は桁が違う。

 桁が違うと言えば、軽巡洋艦のそれは、まさにそうだった。

 その十五センチ砲は、土塁と胸壁ごと、隠れていた兵を薙ぎはらった。

 しかもそれが砲塔一基に連装されており、しかも一隻に砲塔が三つも四つもあるのだ。

 文字どおり手も足も出ないありさまだった。

 なんならダンケルクから命からがら脱出してきて、この地中海の島で手も足も吹き飛ばされて死んでいくのは、どんな気持ちなのだろう。

 だが、まあ、次の瞬間には自分もそうなっているかもしれないのだ。

 人生というのは、そういうものと思うよりない。


 どれくらいの間、そうしていただろう。

 砲撃が止んでいる。

 おそるおそる頭を上げてみると、周りもそのようにしていて、お互いの生を確かめていた。

 海からは、再び倉庫の船が押し寄せていた。

 あれに手を出せば、またしても爆撃のいい的になる。

 じっと耐えるのが男の修行である。

 だが落ち着きのない兵たちは、勝手に小銃を撃ちはじめている。


「あいつら、寿命を縮めてますね」

「若いってのは、そういうもの――いや、待てよ」

「どうしました」

「さっきの倉庫は船に四つ乗っていた。今のは二つ、さっきのやつより大きいのか」

「それはどういう意味があるんです」


 軍曹の問いに、プレストンは答えられなかった。

 代わりに、浜へ乗りあげた大箱が口を開けて答えてくれた。

 ――まさか、中から戦車が現れるとは。



【十】


 イタリア陸海空軍が運搬箱を使っていると、出入りの業者もそれを真似するようになった。

 すると業者から業者へ、運搬箱が広がっていく。

 いつしか国内の物流は運搬箱が行き来するようになっていた。


 ところでイタリアは海が多い。

 海岸線が長いので、国内の海運も活発だった。

 そこで運搬箱を乗せる、水上トラックとも言うべき船が現れた。

 海岸線沿いに近海を往来するため、造りは簡素で喫水は浅い。

 四つほどの運搬箱を積めるのが一般的で、これがかなり普及していた。


 マルタ攻略の研究会が、この水上トラックに目をつけた。

 イタリア陸海軍の上陸戦準備は、控えめにいってお粗末な状況だったのだ。

 スペイン内戦において、運搬箱を築城資材にしていた戦例も採用した。

 つまり土砂を詰めた運搬箱を突っ込ませるというわけだ。

 これが浅瀬や浜に転がれば、防御陣地の火線から身を隠せる。


 ただし水上トラック自体は、操縦席が前にあった。

 これは陸上トラック同様である。

 だがこの状態で敵地へ上陸しようとすれば、操縦者が撃たれる恐れがあった。

 そこで上陸戦仕様の水上トラックは前後を逆に改造した。

 運搬箱そのものを操縦者の盾にしながら接近するのだ。

 ただし視界は最悪だった。視界いっぱい運搬箱である。

 ゆえに前方視界は、左右に取りつけた鏡で確認することにした。

 見えないよりはましだが、視界は悪いし左右が混乱してしまう。

 それでもここは操縦者に慣れてもらうよりないということで決着した。


 そして今、運搬箱から戦車――CV33が軽快な駆動音を響かせて現れる。

 その後ろには完全装備の歩兵小隊が随伴している。

 また別の運搬箱からはCV33が迫撃砲を引きだしている。

 迫撃砲は歩兵が運搬、運用可能な軽量砲だが、車両で引けるならそれに越したことはないのである。

 だがこのイタリア式びっくり箱にも、国内物流の影響が反映されていたのだ。


 もともとイトー運搬箱の規格は、幅二・縦三・高さ二メートルである。

 これにCV33は入らない。

 CV33のことは別にして、陸空軍は運搬箱の拡張版を要求していた。

 装備は高性能化、大型化していたし、運搬箱のために装備の性能が左右されては意味がないということだ。

 

 海軍は規格が増えることに反対していた。

 しかし、陸空軍の主張にも一理あるとは理解した。

 そこで提案したのが、長尺用運搬箱である。幅三・縦四・高さ二メートルの外寸だ。

 これなら二つのイトー運搬箱と、一つの長尺用運搬箱を同じ体積として計算できる。

 それに積み下ろしの時間を考えれば、ひとつの箱が大きいほうが効率がいいのは確かだった。

 また、この長尺用運搬箱には、おもしろい現象も起きていた。

 イトー運搬箱はトラックに合わせて寸法されていた。

 だから長尺用運搬箱はトラックに積めないはずだった。


 だがすでに、イタリアにおいてトラックとは「運搬箱を積む車両」を意味するまでになっていた。

 ゆえに長尺用運搬箱が運用されてしばらくすると、長尺用運搬箱を積めるトラックが開発、販売されはじめたのだ。

 このようにして、CV33を入れる箱ではなく、CV33が入る箱が生まれたというわけである。


 水上トラックが次々に浜辺へ乗りあげていく。

 浅瀬で座礁するのもあるが、CV33は戦車である。

 そこから強引に上陸するくらい、わけないことだった。

 イギリス軍の混乱ぶりは、上空を飛ぶモレッティからも手に取るように見えた。

 小なりといえど、CV33は戦車なのだ。

 装甲車両が目の前に上陸した衝撃は、想像に難くない。


 しかもイギリス軍陣地はその防御火力が不足していた。

 さすがに小銃でCV33を止めることは叶わなかった。

 それに、浅瀬と浜辺に転がった運搬箱が上陸部隊の生命を救っていた。

 きれいに上陸できた部隊ばかりではない。

 遅滞した部隊、混乱した部隊も当然あった。

 その彼らが集結し、部隊を立て直す防壁として、十分以上に機能していた。

 逆にいえばイギリス軍は、イタリア軍の混乱につけ込めなかったというのも、苦戦の要因のひとつであった。


 CV33が防御陣地を踏破していく。

 小銃と手榴弾での抵抗は、虚しく履帯に蹂躙される。

 イギリス兵たちは戦友の生命で時間を買って、ひとつ、またひとつ後ろの陣地へ後退していく。

 浜を確保できたあたりで、また新たな箱が到着する。

 七五ミリ野砲だった。

 組み立てに時間がかかるので、投入はこの時機ということになっていた。

 これがだめ押しの一手になる――はずだった。

 戦車と迫撃砲、そして野砲の火力はイギリス兵を圧倒していた。

 それでも白旗は揚がらない。

 加藤司令の言葉でいえば、敵は“土俵際”で踏みとどまっている。


「これが大英帝国か」


 モレッティは、ひとり呟いた。



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