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第五章 マルタ奇襲Ⅱ

挿絵(By みてみん)

第六章 マルタ奇襲Ⅱ


【三】


 加藤航空隊において、最初に着任した搭乗員は四人だけだった。

 その最年少だったロッシ青年も、今や中尉として飛行中隊をまとめる身となっていた。

 グランド・ハーバー上空は、とても静かだった。

 ここには澄んだ空と冷たい潮風、あとはおれたちしかいない。


 港はそれが軍港であれ漁港であれ、暗いうちから動きはじめる。

 だから湾内には小さな雑役船が行き交っているし、船の周りに人の姿も確認できた。

 迎撃機が上がってくるようすはない。奇襲は成功する。


〈18610317、18610317、18610317〉


 隊長のベッリ大尉から無線が入る。

 一八六一年三月十七日、イタリア王国の統一記念日が「奇襲成功、攻撃開始」を表す信号だった。

 ちなみに強襲だった場合は〈19400622〉とされていた。


 攻撃開始の信号を受け、ロッシは眼下の港を睨みつける。

 彼の飛行中隊は、潜水艦泊地を叩くことになっていた。

 部下の一人が、翼を振る。

 見ればグランド・ハーバーの中ごろに、黒い船体を晒した鯨が繋がれている。

 マルタを根拠とするイギリスの潜水艦は五隻程度と目されていた。

 ここには、三隻がいる。


 行くぞ、と中隊に通信して、ロッシは自らの機首を下げる。

 ドイツが得意とするような、急降下爆撃は望むべくもない。

 CR.42がいかに優秀とはいえ、複葉の、しかも戦闘機なのだ。

 しかし複葉戦闘機でも、できることは少なくない。

 たとえば下翼の左右に六つずつの十五キロ爆弾を懸架する。

 さらに胴体には同じ規格の発煙弾をぶら下げる。

 これに緩降下の慣性を乗せて、一斉に投下するのだ。


 一発の爆弾が小さいので、軍艦の重装甲などは破壊するべくもない。

 だがそれなりの加害範囲を撒き散らし、搦めとるように攻撃できる。

 加藤航空隊では投網〈ジャッキオ〉と呼ばれ、これが推奨されていた。

 しかるにロッシの直率小隊三機は、潜水艦三隻の周りに三十六発の小型爆弾を投げつけた。

 水深に耐えられるように、潜水艦の耐圧殻は頑強だ。

 それでも司令塔や潜望鏡、あるいは通信設備とか係留装置とか、そういったものが爆風に煽られ、吹き飛ばされる。

 被害を極小化するべく艦の内外から人が集まってくる。

 そこへ次の三機、また三機が襲いかかる。動くものがいなくなる。


 別の中隊は港湾施設を攻撃し、別の中隊は高射砲を次々と潰していった。

 司令部だというセント・アンジェロ砦にも黒煙が上がっていたし、兵舎や倉庫も燃えてている。

 それを消火しようと出動した部隊が、投網に搦めとられている。

 艦船への優先順位は低いとされたが、爆弾を落としたあとの機銃掃射は推奨された。

 対空機銃座のひとつも潰せたら儲けもの、というわけだ。

 その意味で、加藤航空隊はそれなりに“儲け”を出していた。

 そして燃料や機銃を使い果たした小隊が、ひとつふたつと港を離れていく。

 ロッシも麾下の小隊を帰還させる


 それらを見送りながら、彼と彼の直率小隊だけが港の上空を旋回していた。



【四】


「……終わったのか?」


 バークリーは、敵航空隊を見送りながら呟いた。

 もちろんそんなことが、だれにもわかるわけはない。

 それでも彼の幕僚は、彼に返事をするのが仕事だった。


「引き揚げていくようです」


 そんなことは見ればわかる。

 あれだけの航空機が襲撃してきて、このロイヤル・サヴリンは一発の爆弾も受けてはいない。

 潜水艦の周りには幾つか落とされていたようで、緊急出港しようとしたものがそのまま沈んで浮かんでこない。

 まあどうせ、やつらは沈むのが仕事ではある。


 艦橋から港を見回す。

 たしかに各所で火の手が上がり、黒煙が細くたなびいている。

 しかも爆弾に発煙弾を混ぜているようで、地上の視界はすこぶる悪い。

 これが消火や救援を妨げているらしい。


 だが、逆に言えば被害らしい被害はその程度でもある。

 沈んだ船は――まあ潜水艦を除けば、いないし、戦闘能力は維持している。

 なによりこの一撃でマルタ島は目覚めてしまった。

 その代償は、イタリアにとって高くつくだろう。


 たとえ第二次攻撃があったところで、島の各所より迎撃機が上がってくる。

 港に近づくことすらできないはずだ。

 するとレーダー室から電話が鳴る。

 バークリーは引ったくるように受話器をあげた。


「なにか」

「敵航空隊は引き揚げたようです」

「知っている」

「ああ、ええと、すみません」


 バークリーは受話器を叩きつけようとした。

 だが、叩きつけようとしただけで我慢した。


「なにか気になることでも?」

「その、対空見張りにも確認したんですが、あの」

「はっきり言いたまえ」

「本艦上空に三機が旋回しています」

「な……っ!」


 言葉を呑み込んで、バークリーは天井を見た。

 当然だが、そこには天井しかない。


「どうされました」

「まだ上空に残っている」


 そう言ったとき、沖合で強い発光を見た。

 おびただしい火薬に着火した際の、暴力そのものと言える光だ。

 気づいた幕僚も天井を睨む。


「弾着観測機……!」

「なにかに掴まれ!!」


 バークリーの通りの良い声が、艦橋に響いた。

 その数秒――あるいは十数秒、艦橋を静寂が支配した。

 そして、艦体が揺れる。最初は小さく、次に大きく。

 周囲に着水した砲弾が、海面を突き破る。

 そして水中で爆発し、硝煙の混じった水柱がロイヤル・サヴリンの姿を覆う。

 艦は揺さぶられるものの、老いたりとはいえ戦艦である。

 足腰は弱っても、装甲で若いものに負ける気はない。


「三十センチ砲ですね」

「カンピオーニ提督のお出ましか」


 イニーゴ・カンピオーニ中将はイタリア王立海軍第一艦隊の司令官である。

 麾下に「コンテ・ディ・カブール」と「ジュリオ・チェザーレ」の二戦艦がおり、イタリアを列強の一角たらしめていた。

 だがロイヤル・サヴリンにとって、装甲だけでなく、火力でも負ける相手ではありえなかった。

 これが追いかけっこなら不利だったろうが、この勝負は足を止めての殴りあいである。勝機はある。

 だがそのためには、


「頭の蠅をどうにかしてもらわんとな」

「航空隊へ直ちに出動するよう要請します」

「号令、砲戦、目標、敵戦艦」


 ロイヤル・サヴリンがその重い腰を上げかけた。

 砲が旋回し、仰角を取る。

 敵艦を上回る巨弾を吐き出し、港内の空気が一変する。


「戦いはこれからだ」


 バークリーは軍帽を深く被り直して、沖合を睨みつけた。

 航空隊からの返事はなかった。




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