第五章 戦後と戦前Ⅴ
第五章 戦後と戦前Ⅴ
【九】
イタリア、ドイツ両軍の支援を受けて反乱軍は進撃した。
特にイタリア陸軍は、数の上での主力であった。
彼らは飢えず、止まらず、進み続けた。
もしも進撃が遅ければ、たとえば車列が泥濘に阻まれていれば、政府軍の反撃が叶った場面もあっただろう。
だが、そうはならなかった。
イタリア陸軍は十分な燃料と食料に支えられ、必要な火力を投射し続けた。
結果として政府軍の反撃を予防したがために、さらに反乱軍は進撃できた。
だがソ連が持ちこんだ、T-26という戦車がある。
これが怪物のように強かった。
あるときなど、イタリアの戦車中隊が政府軍の輸送部隊を襲撃した。
それに随伴していた、たった三両のT-26に、戦車中隊は返り討ちに遭ったのだ。全滅だった。
まあ、イタリアの戦車が、いわゆる戦車という言葉が思わせる戦車とは違うのも原因ではある。
イタリアの戦車――CV33は快速、軽便、さらにお安いと三拍子揃った「名戦車」だった。
名戦車ではあったが、大砲を持っていないので、戦車と撃ちあうのは苦手だった。
イタリア陸軍とCV33の名誉のために付言しておくと、この手の「豆戦車」は世界的にも流行していた。
各国はこの激安戦車を揃えることで、機械化の体をとろうとしていた。
ともあれイタリア陸軍は、T-26の独特のエンジン音が聞こえると、息を潜めているしかなかったことは事実である。
数両のCV33が、輸送部隊と進んでいる。
トラックと運搬箱は便利でも、最前線までお届けです、というわけにはいかない。
そういうところは、だいたい道路事情も悪いものだ。
道が悪くなり、トラックはこれ以上やめとこう、というところで積荷を下ろす。
下ろしたものは荷車などに積み替えていく。
いわゆる最終配送区間である。
その問題は、戦場にあってこそ重大だった。
ここから先は、荷車へのばら積みに甘んじるよりない。
ただし引くのは人や馬ではない。
活躍したのがCV33である。
履帯による接地圧の低さと、快速を生みだす十分な馬力は、牽引の動力車として優秀だった。
これが名誉ある高貴な戦車軍団であれば、荷車を引くなど拒んだろう。
だがCV33はそういうものではない。歩兵と寝食をともにする、最前線の相棒だった。
そしてCV33は、その役目をよく果たしていた。
あるときなど、砲兵部隊をCV33が護衛していた。
しかし実態は、砲を撃つ以外はなんでもやった。
弾薬運搬、砲の展開、あるいは陣地転換にと駆け回った。
もはや護衛はおまけの仕事でさえある。
そしてその日は、彼らが引いた七五ミリ野砲が、T-26を撃退したのである。
高台に布陣した野砲群が、榴弾を直接照準で撃ちまくる。
それらの榴弾は、装甲を貫徹しなかった。それでも目的は達していた。
地面で炸裂して履帯を吹き飛ばすとか、砲塔にぶち当てて火力を奪うとか、あるいは天面で爆発した振動が乗員の首を折るとか、そういうことが起きたのである。
このことは、戦車にも砲兵にも自信になった。戦車だけ、砲兵だけならT-26に蹂躙されていただろう。
戦車は欲しかった火力を手に入れた。
砲兵は機動力を身につけた。
互いに足りないものを補いあう意味を、前線将兵は身をもって学んだのである。
そしてその勉強料は、戦友の生命だった。
【十】
戦局は反乱軍が優勢だった。
政府軍は支配地が多く、ソ連の強力な支援を受けていた。だが左派にありがちな内輪揉めを度々起こし、その足並みは揃わなかった。
ドイツ軍が都市を焼き、パブロ・ピカソは絵を描いた。
反乱軍は止まらなかった。
主要な都市を制圧し、遂に首都を陥落せしめる。
スペインの内戦は終結した。
フランコは、ラジオでそのように宣言した。
【十一】
ところで、レッジャーネ社の動向である。
収益は好調だった。
飛行機は海軍が買ってくれるし、国外からの問い合わせもそれなりにある。
また、ルーマニアの油田開発事業に選定されたことも追い風だった。
なんなら過去イチ儲けているくらいだ。
業績不振で買収された会社とは思えない状況だった。
それでも経営陣は、危機感を覚えていた。
なにせ主たる商品は、同業他社の複製品である。
それに油田開発事業など毎回あるようなものではない。
なにより親会社であるカプロニ社から言われているのだ。
「そろそろ“きみたちの”飛行機が見てみたいなあ」と。
カプロニも、イタリアの航空機製造の一翼を担う大企業である。
子会社が模倣複製しているとあって、フィアットとの関係は良好とは言いがたかった。
競合企業に嫌がらせできたからヨシというわけにはいかない。
大企業には大企業同士の付きあいがある。
空軍はとりあえず見て見ぬふりをしてくれている。
だがフィアットのご機嫌取りに参っているらしく、ちゃんと締めつけておけよと厳命されていた。
だが、レッジャーネにしてみれば、そんなことは言われるまでもなかったのだ。
「“おれたちの”飛行機」を作りたかったのは、ほかのだれでもないレッジャーネだったのだから。
ベルティは、レッジャーネに所属する技師である。
会社が航空産業に参入するにあたり、勉強のために加藤航空隊へ出入りしている。
レッジャーネがCR.30やCR.32を複製し、海軍へ供給したり、輸出して外貨を稼いだりしているのは、つまるところ彼のしわざである。
その彼が、今は見慣れない部品を広げていた。
スペインで拾得した、フィアットの新型複葉機である。
I-16に撃墜され、加藤が処分を託されたものだ。
加藤はその責任を果たすべく、運搬箱を厳重に封緘して後送した。
それが今はベルティくんの目の前にある。
部品を検分してみて、気づいたことがあった。
設計自体は新規のものだが、どこかで感じた匂いがある。
複製品を作るときに、複雑な機構や部材は極力排して再設計した。
消耗部品や故障の多い箇所は、交換修理を前提に建てつけた。
そういう匂いである。
まさかベルティくんも、フィアットがパクリだなどと言う気はない。
さすがにそこまで面の皮は厚くない。
むしろフィアットに認められたという意味で、自分の思想が間違いではなかったと確認できたのが嬉しかった。
しかし、とベルティくんは顎に手を当てる。
部材の覚え書きなどからすると、これはCR.42と呼ばれるべき機種らしい。
すべての複葉機を過去のものにする高速と、複葉機ゆえの旋回性は、なるほど究極の複葉機であるといえた。
だからこそレッジャーネが作るべき「おれたちの飛行機」は、単葉機であるというのが社内における共通認識であった。
複葉機が、だめというのではない。
ただ、複葉機で勝負しても先行企業に勝てないだろうということだ。
ベルティくんはスペインで、I-16とCR.42の空戦を見た。
たしかにCR.42の旋回性能はすさまじい。
だが飛行機が慣性により飛ぶ機械である以上、旋回性能はどこかで頭を打つだろう。
一方で、速度のほうは青天井だ。
ずどんと大砲が撃ち出した弾は、ある意味で無人の飛行機ともいえる。
これは極端な例えだが、理論上は音速も超えられるはずだった。
それに今のレッジャーネには、海軍という顧客がいた。
海軍は空軍と仲が悪く、ゆえにフィアットとも関係が悪い。
まあ後者の一因には弊社も関係しているのだが、それはそれとして、である。
今や海軍に飛行機を供給しているのは、レッジャーネが最大手であった。
ゆえに海軍の需要を満たしうるのは、レッジャーネが最有力なのである。
だからこそ、全金属で、引込脚の、単葉機を作らねばならない。
後発企業には後発企業なりの戦いかたが必要だ。
それはレッジャーネにとって、使命であるとさえいえた。
うん、とベルティくんは頷いた。
とりあえず目の前の部品を複製するところから始めよう。
この新型複葉機も、なにかの役には立つだろうから。




