第五章 戦後と戦前Ⅳ
第五章 戦後と戦前Ⅳ
【七】
I-16という戦闘機がある。ソ連が未来から持ちこんだような飛行機だ。
全金属の単葉機というだけではない。
飛行機の脚は、離発着には欠かせない。
その一方で、飛んでいるときは邪魔である。
ならば飛んだら脚は機体に収めたらどうか。
言うは易しの一例であるが、ポリカルポフ設計局はそれを達成した。
寸詰まりの短い胴に、その脚をきれいに仕舞いこむ。
大馬力のエンジンが唸りをあげて、あらゆる戦闘機を置き去りにした。
加藤と伊東が、またまたトラックに乗っているときだった。
陸軍の輸送部隊が手配されておらず、加藤たちはそれを手伝っていた。
前車が急停車した。
なにごとかと問うと、熊が出たという。加藤が隣の伊東に訊く。
「スペインにも熊がいるのか?」
「どうやら、空を飛ぶほうの熊みたいですね」
スペインのイタリア兵は、このずんぐりとした戦闘機を猛獣になぞらえて呼んでいた。
街道を進む輸送部隊は、やつらの機銃掃射に狙われることが多かった。
中には爆弾を落とすやつもあり、「熊」が出たら車を降りて避難するのが通例だった。
熊が襲撃態勢に入る。
イタリア兵は、車から転げ落ちるように逃げ出す。
加藤と伊東も降車するが、伊東の革帯が扉に引っかかってしまう。
「急げ、伊東」
「わかってます」
エンジン音が近づく。銃口から火箭が飛び出す――その刹那、二枚の翼を翻して、割り込んできた機があった。
複葉機だが見たことがない機種だ。
加藤航空隊のものではない。
だがイタリア空軍機ではあるらしい。
「あれ、空軍の新型機ですか」
「ああ。そのようだな」
空軍と加藤航空隊が使っているCR.32というやつは、液冷式のエンジンだ。
鼻先が尖っている。
対して上空の空軍機は、鼻先が丸く開いている。
空気を取り込んでエンジンを冷やす、いわゆる空冷式のものだ。
液冷も空冷も一長一短だが、この新型機は洗練されている佇まいがあった。
突然の乱入者に苛立つように、ソ連の「熊」が機首を上げた。
獰猛に襲いかかるソ連機に対し、空軍機は猛禽を思わせる敏捷さでかわして見せる。
柔よく剛を制す、というのは日本人好みの見立てである。
だが、と伊東は不安を覚える。いつまでも柔だけで闘えるものなのか。
空軍機が後ろを取っても、ソ連機は馬力にものを言わせて引き離す。
そんな機動を何度か繰り返して、それは遂に決着した。
空軍機を引き離したソ連機は、そのまま高度を上げていく。
撃退した。空軍機は安堵したように、水平飛行へ遷移した。
そのときである。
上空から襲いかかった猛獣に、一瞬だけ反応が遅れた。
互いの銃火が交錯し、空軍機は煙を噴きながら高度を下げていった。
ソ連機も損傷したようで、ふらふらと、だが高度は保ったまま去っていった。
加藤と伊東、そしてイタリア兵たちは、そのさまを眺めていることしかできなかった。
一時間ほどしてからのことである。
輸送部隊の陸軍少尉から、加藤のもとへ報告が入った。
墜落した空軍機を見つけたとのことだった。
なんでおれにと思わなくもないが、若い少尉にしてみれば面倒を見てくれているおじさんである。
それに加藤にとっても、これは天恵であると言えた。
案内されてみると、機体は派手に壊れていた。
壊れていたが、燃えたり爆発したりはしていない。
優秀な設計と、搭乗員を褒めるべきだろう。
お手柄だ、と声をかけると、少尉は嬉しそうにしていた。
そして搭乗員は、まだ息があった。
ただし、まだ息があったというていどのものだ。
すでに墜落から一時間、長くは保たないだろう。
「きさまら、海軍か」
「ああ、きみのおかげで助かったよ。礼を言う」
息も絶え絶えという感じで、搭乗員が呻いた。階級章は中尉だ。
中尉の態度は明らかに失礼だったが、加藤はすなおに感謝した。
「礼は要らない。代わりに頼みがある」
「言ってみろ」
「この機は新型の試験機だ。敵の手に渡る前に――」
「任せておけ。きっちり処分しておいてやる」
中尉は安心したのか、それに応えることなく事切れた。
加藤は彼の目を閉じてやる。そして少尉に声をかける。
「彼は英雄だ。遺体を丁重に後送してやれ」
「……はい」
「それと、空の運搬箱を幾つか用意してくれるか?」
「……はい?」
事態を呑み込めない少尉が、眉をひそめる。
だから加藤は丁寧に言った。
「この機は責任を持って“処分”しておく」
「それは、つまり」
「少尉」
「……はい」
「他言無用だ。――いいな?」
少尉はこくこくと頷くばかりだった。
【八】
護衛艦アクィラやスパルヴィエロと加藤航空隊の関係は、いわゆる一般的なそれではなかった。
艦に所属する航空隊というのではなく、航空隊のプラットフォームとしてアクィラやスパルヴィエロが存在しているというのに近い。
この時期の一般的な空母は、艦に所属する航空隊を持っていた。
空母なにがし航空隊、という感じである。
だがアクィラやスパルヴィエロ、あるいは加藤航空隊は少しばかり事情が違った。
アクィラ、およびスパルヴィエロはイタリア海軍に所属する軍艦である。
その一方で、加藤航空隊は日本海軍の研究部隊という建前だから、艦の所属にはできなかった。
それに加藤航空隊は、アクィラが工事を終える前から動きだしている。
だから加藤航空隊やその隊員は、アクィラの航空隊というよりも、“加藤航空隊だ”と認識していた。
そもそも加藤航空隊は、今なお定数の百機百人を満たしていない。
ようやく四八機を数えるまでになったが、それでも半分に届かないのだ。
これを二隻の所属に分けてしまうと、全力出撃のたびに二隻とも出動せねばならない。
だが一隻にまとめてしまえば、もう一隻は港のお守りになってしまう。
結果として、必要なときに必要なだけ、二隻を行ったり来たりすることになっていた。
これを空地分離方式の先駆というには、事情が少し特殊であった。
なにせこんな脱法航空隊は、ほかのどの国にもなかったからだ。
さて、加藤航空隊は、この内戦介入にも出動していた。
だがアクィラがいくら護衛艦を名乗っても、他国から見れば、それなりにちゃんとした空母である。
内戦介入の前面に立つには、少し存在感が強すぎた。
だからアクィラとスパルヴィエロは代わりばんこで、ちょっと変わった輸送艦ですよ、という顔で参戦していた。
そして加藤航空隊は、艦の頭上を哨戒して、揚陸作業を支援するというわけだ。
イトー運搬箱によって揚陸の作業時間は大きく短縮された。それでも揚陸作業が無防備なことに変わりはない。
実際に、空軍はソ連戦闘機の侵入を何度も許していた。
もちろん空軍も「許していた」わけではないだろうが、それでも防空網を抜けられたのは事実だった。
それに加藤航空隊から見れば、空軍はアクィラを囮にした「前科」があった。
加藤航空隊は対地支援や対艦攻撃の技量を磨いてきたぶん、制空や防空はあまり得意なほうではなかった。
なかったが、じゃあやらなくていいよとならないのが軍隊である。
この内戦介入を終えるまでに、加藤航空隊は五人の搭乗員を喪った。
隊員の生命に軽重はない。だがそのなかに「はじまりの四人」の一人であるコンティ少尉が含まれていたことは、加藤航空隊にとって痛恨事であった。




