第五章 戦後と戦前Ⅲ
第五章 戦後と戦前Ⅲ
【五】
エチオピア戦が終わって一息ついたころ、加藤と伊東は、いったん日本に戻っていた。
ここで山本五十六や南雲忠一と話したことは、少なからず帝国海軍の戦略を変えていくのだが――とりあえず今は地中海の話である。
スペインで内戦が勃発し、イタリアが介入するにあたり、加藤と伊東は即座に呼び戻された。
帝国海軍も帝国海軍で、イタリアから連絡があるなり即時“帰国”の手配をした。
もはや、どこの軍人をやっているのかわからない。
さて、スペインである。
今回も主力は陸軍だが、空軍はその支援に甘んじなかった。
なにせソ連が新鋭戦闘機を持ち込んでいるうえ、ドイツも義勇航空隊「コンドル軍団」を派遣している。
ムッソリーニとしては、ソビエトの共産主義が気に入らない。
おまけにドイツは“ファシズムの弟分”だ。ここはドゥーチェにいい顔をさせたいぜということで、空軍は俄然やる気満々だった。
海軍の主な仕事は、今回も運び屋である。
スペイン海軍の多くは、政府軍についたらしい。
だが、これを誘出して撃滅しようなどとは、だれひとりとして言わなかった。
反乱軍が蜂起し、拠点としたのはモロッコだった。
彼らがスペイン本土へ渡りえたのは、ドイツやイタリアの飛行機、あるいは艦船が手助けをしたからだった。
◇ ◇ ◇
モロッコのタンジェに、ひとりの反乱軍指揮官がいた。
彼の待つもとに、イタリアの貨物船が入港する。
これに乗れということか、そう思って部下に合図をしようとした。
するとその船は、鉄の箱をいくつも岸壁に置いて、去ってしまった。
どういうことだ、われわれを乗せるのではないのか。
そう言ってイタリア軍の将校に詰め寄ると、乗せる便は別だ、とりあえず荷を箱に入れろという。
イタリア人のくせに、妙に面倒なことをする。
人手はあるのだ、荷物など手で積めば済む話だ。
とはいえ彼も、イタリアに助けられている身である。
それが彼らの作法なら従うほかない。
銃などの個人装備に留まらず、山砲や牽引車まで、箱に入るものはなんでも入れた。
そうしていると、別の貨物船が入港した。
その舷側から、岸壁へ向けて大きい扉が開く。
扉はそのまま桟橋になり、人貨の出入りが可能なようだ。
ここで貨物船から作業員たちが、わっと降りてくる。
そして、みなが荷を詰めた箱を、貨物船のほうへと押していく。
気にしていなかったが、鉄の箱は台車に乗っていて、人の手で押すことができるらしい。
そうこうしている間に、船は箱をすべて呑み込んだ。
「これが、新しい戦争のかたちなのか」
このときの不思議な体験と、妙な感覚を、フランシスコ・フランコは生涯忘れなかったという。
【六】
イタリア海軍がエチオピア戦で学んだことは、荷の積み下ろしがめちゃくちゃ大変ということだ。
だいたい陸軍にせよ空軍にせよ、港までは自分たちで持ってくる。
そして港からは自分たちで持っていく。
問題は、港における積み下ろしである。
なぜか陸軍も空軍も、船への積み下ろしは海軍の仕事だと思っているふしがある。
海軍としては、船で運ぶのは仕事のうちだ。
だが積み下ろしは、その外側にあるものだ。
しかし陸空軍はやる気がなさそうだったし、艦内をうろつかれるのは厭だろうといえば厭だった。
だが海軍は怒っていた。
荷は運ぶ。積み下ろしもやってやる。
ただし、荷物はすべて「イトー運搬箱」に入れろ、と通達した。
海軍のいう「イトー運搬箱」は、外寸二・二・三メートルの鉄箱だ。
より大きければ輸送と資材の効率は高まるが、トラックに積めなくなるのも困る。そういう限界の大きさだった。
箱は、もちろん荷主が用意することとした。
海軍は船を出すのであって、荷箱まで出す義理はないということだ。
陸軍も空軍も、最初はこの通達に反発した。
だが海軍は怒っていた。
それに陸空軍も、海軍に仕事を押しつけている自覚はあった。
だから最終的には、従うことにした。
ちなみに「イトー運搬箱」の語源は定かではない。
日本の伊東姓だとか、地名の伊東市だとか。あるいは運搬箱の原型である「い号運搬箱」から転じたものとか、どれもありそうだし、どれも眉唾っぽい感じもある。
だが、たとえ語源がなんだろうと、「イトー運搬箱」は幻ではない。確かに地中海の洋上で揺れていたのだ。
◇ ◇ ◇
船からトラックに移された運搬箱は、街道を走ることになる。
港から遠くない空き地に、それらはいったん下ろされる。
運搬箱が並んでいるさまは、さながら小さな倉庫街である。
ここに師団や連隊の補給中隊が、物資を求めてやってくる。
物資を受領した補給隊は、本隊に戻って再び運搬箱を下ろす。
そこから各中隊への配送を段取りすることになるわけだ。
なにがどうと決めていたわけではないが、陸軍を中心にこの運用が自然発生していた。
空軍も見よう見まねでやっていた。
陸軍はトラックを増備しているため、輸送量の増大ぶんを吸収できた。
空軍も輸送効率の向上に伴って、航空機の稼働率が保たれていた。
つまり、おおむね好評をもって受け入れられていた。
だが、当然いいことばかりではない。
ひとつには、その重量がある。なにせ大きな鉄の箱なのだ。
箱単体ですら五百キロ近くあるが、空ならなんとかならなくはない。
ただしそこに砲は積む、弾薬は積む、架車は積むとすれば重量はすさまじいものになる。
それでも、これがローマならいいだろう。
だがここはスペインの農道なのだ。
トラックはいとも簡単にスタックしたし、懸架装置をはじめ故障も頻発した。
整備の連中は、ずっと文句を言っていた。
だが運搬箱なんかやめちまえというものは、彼らも含めてひとりもなかった。
今ひとつは、返還率の悪さだった。
運搬箱は使い捨てるようなものではないから、空き箱には後送品を入れて返還することになっている。
だが日が進むにつれて、破損につき現地廃棄とされる箱が増えてきた。
絶対に壊れないものではないが、そうそう壊れるものでもない。
護衛艦アクィラに乗り合わせた陸軍の主計将校が、そんなようなことを嘆いていた。
それを聞いて、加藤と伊東は顔を見合わせた。
「ちょっと見に行ってみるか」
「そうですね」
二人はトラックに飛び乗って、謎を探るべくスペイン奥地へと向かう。
そこで二人が見たものは――至るところで活用される運搬箱だった。
倉庫として使われているのは、かわいいほうだ。
それはまだ想定された運用である。
さらに進むと、傷病人を寝かせてあった。
言ってみれば、運搬箱は四畳ほどの小部屋である。
雨風をしのげるとなれば、幕舎に寝かせるよりは身体にいいだろう。
さらに甚だしきは、ちょうど「コ」の字に運搬箱を並べている例もあった。
それぞれの箱は倉庫や兵舎に使われている。
そして、その中庭とも呼ぶべき空間は、天幕をかけて野戦司令部になっていた。
ちょっとした城塞ともいえる趣である。
城塞といえば、箱に土嚢を積んで陣地を築いているものもあった。
なんならそのまま胸壁にしているものさえあり、もはやなんでもありである。
そのさまを見て、二人は顔を見合わせた。
「こりゃあ返ってこないわけだな」
「そうですね」
これを主計将校に伝えると、わざわざ見に行ったんですか。と、ちょっと引いた表情で言う。
だがその彼も、怒る気にはなれないようだった。
これで救われる生命があるなら、むしろ運搬箱は一部が返ってこない前提で用意する必要があるだろう。
そういう結論に達したようだ。
最後まで、ちょっと引いた感じではあったけれど。




