第四章 エチオピア問題Ⅴ
第四章 エチオピア問題Ⅴ
【十】
わたしはイギリス王立空軍所属、階級は大佐である。名は伏せておく。
航空部隊の顧問として、ここエチオピアの地にいる。
だがエチオピアの航空部隊というのは、搔き集めたところで十数機しかない。
開戦劈頭の航空戦において半数が未帰還となり、組織的な作戦能力を早々に喪失していた。
イタリア空軍は、緒戦でエチオピア航空部隊を無力化した。
そののちは、都市爆撃へと作戦の段階を移行した。
その戦略的効果は限定的である。
一方で、海軍航空隊とされる戦闘機部隊は興味深い。
彼らは戦争中盤になって投入されたようだった。
情報部によると、機種は旧式のCR.30を使用している。
紅海上に母艦が展開しており、その保有機は二十を超えないという。
だがその程度の規模であるにもかかわらず、この空母航空隊は、常にイタリア陸軍部隊の上空を飛んでいた。
陸空の直接協同という点においては、わがRAFに比すればお粗末というほかない。
しかし彼らは、陸兵の頭上を常に飛び続けるという基本に忠実だった。
そのことがエチオピア陸軍の士気を大いに削いだ。
エチオピア兵は、空母航空隊を「ムッソリーニの傘」と呼んで嫌悪した。
味方の航空部隊がそれを迎撃する能力が無いと悟るや、エチオピア陸軍はいよいよ各拠点に閉じこもってしまった。
この「傘」に守られた、バドリオ率いる陸軍部隊の進撃は特筆すべきものだった。
彼は前任者が「慎重さ」を咎められ、更迭されたことをよく認識していた。
ゆえに、彼は徹底して前進を優先した。
「傘」の援護を受けながら、抵抗の強い拠点は迂回した。
「傘」に怯えて籠城する拠点は無視した。
進軍を妨げる拠点のみを排除して、彼は更に前進した。
◇ ◇ ◇
のちの史学書のなかには、これを電撃戦の原型とするものもある。
だが抵抗の強い拠点を迂回して枢要部を叩く戦略戦術は、古来より例の多いものである。
のちの第三帝国が電撃戦と名づけたことの特筆すべきは、そのドクトリンを徹底し、全てをそのために集約したことにある。
バドリオが後世に語ったところによると、私は総統に尻を蹴飛ばされていただけだ、ということだった。
また、このとき、イタリア陸軍は「慎重さ」を払拭するために、毒ガスの使用も辞さずとしていたふしがある。
しかし、実際には使われなかった。それはなぜかと問われたときに、バドリオは笑って答えたと言う。
毒ガスなんか撒いてみろ、それを吸い込むのはわれわれになる。それほどわたしは急いでいたのだ、と。
◇ ◇ ◇
さて、もはやエチオピア軍は、イタリア軍を跳ね返すことも、押しとどめることもできないだろう。
だが、まだ負けたわけではない。少なくとも、わたしは負けていない。
軍人としての「成果」に興味がないと言えば嘘になる。
だがこれは、すでにわたしの闘いであり、大英帝国の闘いでもあるのだ。
策らしい策はない。だが、手がないわけではない。
昨年末より少しずつ部品を運び込み、現地で組み立ててきた機体が、ようやく完成したのだ。
ハンドレページ・ヘイフォードである。
たった一機の重爆撃機が、戦局を回天させることはないだろう。
だが、世界に冠たる大英帝国が、なぜそうなのかを知らしめることはできるはずだ。
そのしぶとさを、世界に示す必要がある。
【十一】
ヘイフォードは大型の複葉機である。
特に上翼に胴体部分が「ぶら下がって」おり、ある種の異様な迫力がある。
エチオピア人は、この異形の爆撃機を「空中戦艦」と呼んでいた。彼らを大げさと笑うことは簡単だが、それは意味がないことだった。
意味があるのは、この一機の爆撃機が、何を狙うかということだ。
イタリア陸軍を攻撃したところで、それを殲滅させることはかなわない。
たとえバドリオを吹き飛ばしても、陸軍の進撃は止まらないだろう。
空軍は不活発である割には、基地に近づくものには極度の神経質さを見せた。
つまりわたしが攻撃するべきは、小癪な航空隊を繰り出してくる海軍の空母ということになる。
もちろん撃沈することはできないだろう。
だが、イタリア海軍にとって、空母は貴重な存在のはずだ。
これを攻撃することで、一時的に退けられる可能性はある。
また、二百五十ポンド爆弾が飛行甲板に黒煙を上げさせれば、どうか。
洋上に展開している大英帝国の海軍が、写真を撮るだろう。
それが新聞の一面に載り、ロンドンやベルリンで、あるいはパリや東京で、世界の衆目を集められたら、どうか。
海軍とは、軍艦とは、実力だけで成立するものではない。
その存在感〈プレゼンス〉を示して、それははじめて機能するのだ。
エチオピア人がこのヘイフォードを「空中戦艦」と呼ぶのは、まさにそのプレゼンスゆえである。
だからわたしは、それを示さねばならない。
わたしは、時機を待っていた。
すでにイタリア陸軍は首都に迫っており、これを攻囲する構えを見せていた。
さすがに首都の備えは頑強であり、かつバドリオもここを迂回するわけにはいかなかった。
なぜならば、迂回し続けた終着点が、今この場所なのだから。
空軍は、友軍への誤爆を恐れてか、ますます不活発になっていた。
例の空母航空隊は、ますます陸軍と緊密に連携している。あの旧式機に無線機を運びこむのは困難だろう。
考えられるのは、受信機のみを持ち込むという方法だ。地上からはその周波数に呼びかける。了解であれば翼を振り、不可能であれば無視をする、というような運用が、観察からは推測できた。
乱暴で稚拙で未熟だが、今日も彼らは飛んでいた。
首都攻囲戦の支援に当たっては、十機以上が確認できた。おそらく全力出撃に近いのだろう。
本国より遠く離れたアフリカで、連日の戦闘を続けてなお、これほどの稼働率を維持しているのは、驚くべきことだった。
だが、このときこそ、わたしが待っていた好機であった。
航空隊が陸軍に寄り添うほど、空母は孤立することになる。
現に空母の航空隊は出払っており、今の彼女は丸裸だった。
エチオピアに海軍はなく、また航空部隊は無力化されており、ゆえに彼女は直掩も護衛も上げる必要はなかったのだ。
そう、わたしは首都を囮にこの空母を叩くことにした。
さすがにエチオピア人は難色を示したが、これしか手がないことは理解していた。
こうして、夕焼けのなかへ、空中戦艦は飛び立ったのだ。
空中戦艦は、海を目指して飛んでいた。敵の迎撃はない。
空軍の新鋭主力機はもちろんのこと、旧式機であっても本機を追い越せるだけの速力がある。
ぶきみなほど空は晴れていて、ぶきみなほど静かだった。
太陽は傾いているが、まだ日没には時間がある。空母の航空隊は今しばらく首都の激戦にあるだろう。
やがて、海が見えてきた。
夕焼けを映す海を見て、これがほんとうの紅海だな、と場違いな感想を持つ。
その先に、一隻の軍艦が見える。
思っていたよりも、かなりちゃんとした空母である。
このような軍艦を、あのイタリアが整備したことを心の中で称賛した。
だが、その存在感〈プレゼンス〉ゆえに、わたしにもそれを示しうる機会がある。
陸が切れて、洋上を飛ぶ。
どんどんと波が後ろに消えて、空母の姿が大きくなる。
わたしは空母を凝視していた。
ゆっくりと、その艦首が風上に立つ。予備の機体を上げるつもりか。
だがもう遅い。いくら本機が鈍足といえ、すでに必殺の距離へ詰め寄っている。
爆弾倉を開くと、ガソリンの匂いに交じって、潮の香りが濃くなった。
そのときだった。
機体を揺すった衝撃を、海面で起こる乱気流かと勘違いした。
周囲と高度を確認したとき、次の衝撃があった。
連続したそれが戦闘機の銃撃であると気づいたとき、すでに本機は黒煙を吐きながら機首を下げていた。
空母が航空隊を呼び戻したか、と敵機を睨む。違う。空軍機だ。
そこでわたしは気づいたのだ。
わたしが首都を囮にしたように、イタリア空軍は空母を囮にわれわれを罠にはめたのだ。
捕虜への尋問か、あるいは間諜か。
なんらかの動きがあることを、彼らは知っており、そして待っていた。
新鋭機CR.32の速力であれば、ヘイフォードが洋上に出るのを待ってから追いつくことも、不可能ではないだろう。
それでも、イタリア空軍には選択肢があった。わたしには、なかった。
これが主導権〈イニシアチブ〉の差であり、この勝敗は、それに基づくものだった。
見れば、空母はすぐ目の前だ。
手を伸ばせば触れそうな気がする。
機体が砕ける音を聞きながら、わたしの生命はここで途絶えた。
そして日が沈み、夜が明ける。
エチオピアは降伏し、戦争が終結した。




