第四章 エチオピア問題Ⅲ
第四章 エチオピア問題Ⅲ
【三】
翌週のこと、加藤航空隊は護衛艦アクィラとともに、紅海の洋上にあった。
すでに一部はエチオピア上空に展開している。
出動にあたり、バドリオからは「とにかく頭上を飛んでいてくれ」という要請があった。
偵察だとか直接協同とか、難しいことはしなくていいということだ。
もちろん、やれるに越したことはないのだろうが。
加藤としても、それが限界だろうと思っていた。
空軍の作戦により、エチオピアの航空部隊は無力化されている。
基本的に、航空戦にはならないだろう。
であれば飛行機に求められるのは、もぐら叩きだった。
つまり、抵抗の強い拠点に一撃を加え、その勢力を削ぐことだ。
エチオピア側としては、イタリアの飛行機が飛んでおり、かつ対抗手段がない場合、閉じこもってやりすごすしかない。
なぜなら上空の飛行機に「もぐら叩き」ができるか否かは、それが起こったときにしかわからないのだ。
ゆえに、イタリア側は飛行機が飛んでいるだけで、エチオピアの行動に掣肘を加えることができる。
それだけで、陸軍は頭を高くして進めるものだ。
ただし、いちおうの通信手段は用意してある。
というのも、加藤航空隊が教育部隊としての性格も帯びていたからだ。
この時期の無線機は真空管式で、たいへん重たい。
そしてこの時期の飛行機の積載量は、たいへん小さいのである。
特に加藤航空隊では、旧式のCR.30を使っている。
これに完全仕様の送受信機など積んでしまえば、発艦も機動もままならず、場合によっては機銃弾さえ下ろさなければならない。
だから、加藤と伊東は割り切ることにした。
飛行機側は、受信機のみを積むことにしたのだ。
これならば、ずいぶん軽く済むので、CR.30にも無理がない。
指示に対して返答できないのは悩ましかったが、了解であれば翼を振ることにした。
できないとか否定というのは、なにも反応しない――つまり、無視することになる。
どうせ指示が聞こえなければ、無視と同じことになる。結果は同じということだ。
【四】
一週目は、ほんとうに、ただ飛ぶだけだった。
陸軍部隊にも、いちおう無線機の周波数は伝えてある。
いくつかの指示が飛んできたが、翼を振った機はほとんどなかった。
二週目の終わりには、お互い幾らかの歩み寄りが見られた。
なにならできるか、どう指示したら伝わるかという陸軍側の気づかいと、なにをしてほしいか、どこを飛んだら声をかけやすいかという航空隊側の察する気持ちが、噛みあう場面が何度かあった。
三週目、陸軍部隊の進撃を阻む機関銃陣地があった。
あれを何とかしてくれ、方法は任せるというような指示が飛んだ。
上空のCR.30は振った翼を翻して、発煙弾を陣地に落とした。
陸軍部隊はこの陣地を無力化し、進撃を続けた。
四週目のことだ。
航空写真の得意な者が、言われもしないのに写真を撮ってきた。
そのフィルムを通信筒にて、手近な部隊に落としてきた。
現像してみると、そこには秘匿された野戦重砲があった。
報告を受けた上級部隊は少数の工兵を潜入させ、秘匿陣地ごと爆砕した。
【五】
五週目を迎えると、航空司令室に翌日の飛行予定者が押しかけてきた。
ちなみに航空司令室というのは加藤と伊東、マリーニが詰めている無電室である。
航空隊は乗組員ではないし、艦橋に居場所もない。
なのでとりあえず予備の無電室を占拠しているというのが実態だった。
その航空司令室に来たのは、ベッリ中尉の発案らしかった。
彼は搭乗員の最先任である。
いわく、明日の陸軍の予定が知りたいというのだ。
司令から陸軍部隊に電話して、要望その他を聞き出せという。
これには加藤も驚いた。だが同時に、そりゃあそうだとも思った。
戦場に出て、ぶっつけ本番で要望を聞くよりも、飛ぶ前から予定していれば準備も色々できるだろう。
だが事前に相談してしまえば、陸軍は航空隊を当てにするだろう。
今までのように、いてくれるだけでいいというわけにはいかなくなる。
それでも加藤は、マリーニを通じて連絡をした。
ベッリ中尉らは万能感と昂揚感に酔っている。
痛い目を見なければいいが、酔いを覚ますのはいつだって冷水である。
さて翌日、その日の陸軍部隊は、頑強に抵抗する高台の陣地を迂回することに決めていた。
だから陸軍からの要望は、いつも通り「飛んでいてくれ」というものだった。
だが、ベッリ中尉らは、それに納得しなかった。
高台陣地に向けて、機銃掃射を敢行した。
すると、陣地は激しく抵抗してきた。なけなしの機関銃を空に向けて撃ちまくってくる。
これに驚いた航空隊は、算を乱して散ってしまった。
エチオピアの防衛部隊は、その隙を見逃さなかった。
頭上の空が晴れたと見るや、騎兵部隊の一団が高台を駆けおりた。
そして迂回する陸軍部隊の側背を突き、これを大いに動揺せしめた。
陸軍部隊は敵を撃退したものの、出さなくていい損害を出した。
日没後、陸軍部隊から航空隊への電報が入った。われらが見逃した敵兵を殲滅せんとする気概に深く敬意を表する、と。
加藤とマリーニは陸軍に謝罪し、ベッリらは加藤とマリーニに詫びた。
それ以後は、彼らは無理なことを言わなくなった。
【六】
六週目ともなると、搭乗員たちにも疲労が見えるころだった。
それでも若さゆえの体力と、燃料事情ゆえの「交代勤務」のおかげもあって、部隊はますます意気軒昂であった。
そのなかで、「トラクター小僧」のマンチーニ少尉が、加藤のもとを訪れていた。マンチーニは前週の「ベッリ襲撃隊」の一員だった。
彼は心情を吐露した。伊東を通じて、加藤は話を聞いている。
いわく、前週の襲撃から飛ぶのが怖いということだった。
それまで空が好きで、飛ぶのは楽しいと思っていた。
できることが増えるのも、陸軍の機体に応えることも、やりがいがあった、という。
しかし、やはり転機は前週の「襲撃隊」事件だった。
陸軍に怒られたとかはどうでもいいが、機関銃を撃ってくるエチオピア兵と目が合った、気がした、と言うのである。
明確な殺意を向けられて、その弾丸が乗機の翼に穴を開けた。
墜落などには至らなかったが、あれが身体に当たっていたらと思うと、怖くなってしまうと言う。
当たり前のことだ、と加藤は思う。
ここまでエチオピアに航空部隊はおらず、空は自分たちのものだと思っていたのだ。
それを脅かされて怖くなる。
単純で都合のいい話だが、それだけに理解はできる。
そもそも、マンチーニのいう「やりがい」も結局のところ生命を奪う行為なのだ。
相手からしてみれば、これほど明確な殺意もない。
なんと言ってやりますか、と伊東は加藤に目線を向ける。
加藤は、なにも言わなかった。ただ、折りあいをつけろ、その方法を見つけることだ、とだけ言った。
マンチーニが礼を言って退去して、伊東が加藤に問うた。
少し冷たいんじゃないか、とでも言いたげだった。
「折りあい、ですか」
「人生に一番必要なものだ」
「そうかもしれませんが」
「そうかもじゃない、そうなんだよ」
「そうですか」
「あんなやつでも、いずれ部下を持つ」
「そのときは、彼が頼られる側になる、ということですか」
「そうだ。折りあいだよ」
七週目を迎えて、マンチーニは元気を取り戻しつつあった。
折りあいをつける、その方法を見つけたのかもしれない。
八週目が終わるころ、マンチーニは帰らなかった。
この戦争を通じて、加藤航空隊は三機が未帰還と計上した。
そのうちの二名は、戦後に死体で発見された。
残る一名は、今も骨さえ見つかっていない。




