第1章・1幕 蛭子里
祖柄樫山の頂にもっとも近い集落。
そこは蛭子里と云われていた。
太古より続く蛭子神社を守る者たちが、そこに住むようになったとか。
それ以外、何もない、ちっぽけな里である。
「はい!次の人食い鬼、決めよーよ!」
「いつものやり方で、ね?」
今日も里に伝わるわらべ歌が、何処からとなく聞こえてくる…
ーーー
~♫ 夕暮れ 夕立ち 夕陽の熊
今日は二人の男女 栄えし地より出る
うっちゃれ 蛭子ら うっちゃれ 男女
嘲り我ら 男女は 迷い 想い 消えていく
やっちゃれ けしちゃれ 神隠し~ ♫
祟り ケダモノ 共に活く
里に悲鳴と その口が消え逝こうとも
嘲り我ら 贄は 迷い 抗い 消えていく
やっちゃれ けしちゃれ 神隠し~♫
待ちかねる晴天 取り戻すのは神の子
再び違う男女 穢れを晴らす日輪
嘲り我ら 男女は 戦い 微笑み 消えていく
やっちゃれ けしちゃれ 神隠し~♫
ーーー
…今日も終わり、再び夜が明ける…
◎和都歴450年 7月12日
置田村・神奈備・蛭子里
と、ある里に朝日が差し込む。
置田村でも最北端、頂上にも近く、そこには蛭子神社と、幾つかの集落があり、地元民は蛭子里と呼んでいた。
その里にある家屋の1つ、灰谷家。
そこに嫁いだ灰谷墨子。
旦那・朝友と、息子・美継、義父・儀兵衛の4人で暮らしていた。
この日の早朝、旦那の朝友は山菜採りに向かい、墨子も昼過ぎから美継と散歩がてら山菜採りへと向かう予定だった。
◎灰谷家 10時
「よし、出来上がり…と!」
灰谷 墨子。蛭子里の生まれで、朝友と喜朗とは幼馴染。母子家庭だったが、半年前の冬に母と姉が行方不明となり、灰谷家へと嫁ぐ。非力だが賢く、里でも若く美人との噂。
「お義父さん、お食事は用意したので、美継を連れて、山菜採りに行ってきます。」
墨子が、部屋に座り、笠を編んでいた義父・儀兵衛の背後から、声を掛けた。
「ん?あ、ああ。」
灰谷 儀兵衛。朝友の父で墨子の義父。編み笠職人で、口数は少なく、嫁に先立たれてからは家事は墨子にお願いしている。神奈備の中心まで傘を売りに行くことがある。
素っ気ない返事だが、こんな義父だということを承知する墨子は、そのまま外へ出る。
「お母!」
灰谷 美継。朝友と墨子の息子。純粋無垢で、母・墨子を慕う健気な少年。真っ白い甚兵衛が特徴的。
墨子は駆け寄る息子、美継の手を取り、散歩がてら山菜採りへと向かう。
その姿を縁側から眺めている儀兵衛。
「あ、そうだ。先月の事件じゃないけど、熊が出るみたいだし、喜郎も一緒に連れていこうかな。」
「喜郎おじさんが居た方が、怖くないもんね。」
墨子の提案に、はしゃぐ美継。
そう、半年程前、墨子の母・照美と、姉・鶴子が神社近くで行方不明になり、更にここ1ヶ月前に、本置田から来た男女2人が惨殺された事件、信二郎と都子の件があった。
2人の遺体は、里の官人により調査され、本部へと連絡された。
その時に落ちていた熊の毛から、熊と断定され、墨子の母、姉の件も熊の仕業だろうとされていた。
以降、里では警戒し、熊避けなどを施した。その成果もあってか、熊による事件の報告はない。
少し離れた隣の家に住む、幼馴染みの水戸部喜郎。彼は妻・雅代と2人で暮らしていた。
「すみませ~ん、喜郎、いますか?」
家に立ち寄り、玄関で喜郎を呼ぶ墨子。
◎水戸部家
布団の中に、朝から男女が絡み合っていた。
「はぁ…はぁ…」
「雅代…いいのか…旦那が…喜郎が…いるのによ…」
「…はぁ…はぁ…構わないわ…もっと…もっと激しくー」
⦅ーすみませ~ん、喜郎、いますか?⦆
「お、おい!だ、誰か来たぞ?」
「…ったく…これからって時なのにぃ…きっと墨子さんだね…!はぁーい、今行くよ!!」
男と情事を交わす雅代は、不機嫌になると、着流しを羽織ながら玄関へと向かう。
ーガラッ!
しばらくすると、寝起きのような表情で妻・雅代が出てきた。
「…やっぱり、墨子さんか。喜郎なら多分、また山菜採りにでも行ってるわ。」
水戸部 雅代。喜朗の妻。育ちが悪く、喜朗の人の良さを利用する。美貌とスタイルは里でも墨子に引けを取らない上、それを武器として生きてきた。
そう言ってドアを閉められてしまう。
「…あ…そ、そう。」
「喜郎おじさんは?」
溜め息をつく墨子に、美継は尋ねる。
「先に行ってるみたい。私たちも行こっか。」
そう言うと、改めて里の北にある森へと出る。
その姿を後ろから見つめる雅代。
「今の…墨子さんか?」
男が着流しを羽織ながら出てくる。
「そうみたい。さ、続きをー」
「ーいや、もういいわ。」
「は?」
「用事を思い出したんだ。お前は旦那の帰りでも待っとけや。」
三条 勝巳。本編・三条勝太郎の実父。妻と勝太郎を捨てた後、何故か蛭子里へと流れ着く。里では近代的な男前、と評判だが、裏の顔は好色と貪欲の悪人。
勝巳は雅代を軽く押し退けると、そのまま灰谷家へと向かっていく。
「フン…何よ…!」
そんな勝巳の後姿をを見た後、雅代は怒りながら家へと引っ込んだ。
◎灰谷家 11時
「よう、儀兵衛さん。元気か?」
勝巳が灰谷家に我が物顔で上がり込み、台所の椅子に座る。
「…お前か。」
儀兵衛は編み笠を作りながら、勝巳を睨む。
「んな、怖い顔すんなよ。」
勝巳は、儀兵衛をバカにしながら、儀兵衛のための食事を食べ始める。
「今夜も9時過ぎか?」
「…」
「もっと早くか?」
勝巳の質問に答えない儀兵衛に、勝巳は、飯を汚く食べながら再度質問をする。
「もう、止めないか?」
「あ?」
「…」
儀兵衛の答えに不満を抱く勝巳は、箸が止まる。
「アンタ、今更何言ってんだよ?墨子さんの綺麗なカラダ、拝みたいんだろ?嫌ならこの事、墨子さんにー」
「ーわかった、わかったから…」
「最初からそう言やいいんだよ!」
不機嫌になりながら、勝巳は縁側で儀兵衛の編み笠を手に取る。
「9時だ。いいな?」
「…わかった。」
勝巳の言葉に頷く儀兵衛。
「相変わらずボロい笠だな?売れんのかよコレ?」
勝巳が編み笠を投げて戻すと、外へと出ていった。
◎北の森 12時
「喜郎おじさん、何処かな?」
「何処だろうね?」
山菜を採りながら、いつものポイントに到着した墨子と美継。
それを茂みから見つめる人影があった…
次回2025/8/7(金) 18:00~
「第1章・2幕 失踪」を投稿予定です。
※8月はお盆休み・強化月間です。
期間中は毎週(火)(金) 及び祝日18:00に投稿致しますので、御期待下さい。




