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大谷どん吉の超・ソウサク記   作者: 御王礼
第一章『ミラーマンと俺‼』

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第一章6『 おっさんと俺‼』

「――さっきから避けてばかりだけど、私を捕まえる気あんの?アンタ、それでもブラックリストハンターなの‼」


 松丘ユリナが手鏡から取り出した拳銃。放たれる無数の銃弾を掻い潜り続け、既に三〇分が経過しようとしていた。


「……挑発には乗らないぜ。間違いない!お前、既に何人か殺めているな‼」


 絶え間なく続くユリナの攻撃を凌ぎながら、俺は確信を深める。彼女の動きは、あまりにも戦闘に習熟し過ぎている。  

銃口は的確に脳髄や心臓といった急所を捉え、時には身を翻しながらも、繰り出される片手撃ちは寸分の狂いもない。

証拠こそないが、これほど洗練された殺意は、彼女が既に幾人もの命を奪ってきた事を雄弁に物語っていた。


「――ええ、そうよ。これまでに一〇人は殺してきたかしら。クッ‼さっきから、ちょこまかと‼」


 攻撃を巧みにいなしながら、俺は時間稼ぎの一環でユリナを挑発した。


「おいおい、どうして君は可愛がってくれたマネージャーの黒木さんや松丘ヒトシさんの恩を仇でかえしてもいいのか?」


 すると、松丘ユリナは目を見開いて攻撃を止め、より凶暴な顔になって俺に返答した。

「私はね、アンタたちのように決して恵まれた環境で育った訳では無いの。私の血のつながった母はいつも言っていたわ。人は絶対に信じるなと。でないと、結果的に損をするのが自分だってね!私は自分のために邪魔なものを蹴散らし、利用してきただけ‼」


 どうやらユリナの根源には、松丘ヒトシさんや黒木さんに出会う以前、実親(毒親)からの影響があったようだ。

「やれやれ、親ガチャ失敗ってやつかよ。考え方が違う方向に行くと人は豹変してしまうんだな」


アイドルの面影が微塵もない彼女の表情に、俺は思わず落胆していた。

無論、どんな理由があろうとも犯罪に手を染める行為は以ての外である。


「ハンター兵器がない状態で弾丸を躱す動体視力と運動能力は流石ね。笹倉が言っていた通りアナタは危険だわ。死ね‼️死ね‼️死ね‼️死ね‼️死ね‼️」


 ハンター兵器を持たない俺に対し、エミリーを庇った最初の一撃しかクリーンヒットを奪えていない事実。その事態に業を煮やしたのか、ユリナは弾丸を雨霰とばら撒いてきた。

「――よっと!あぶねぇ~それにしてもエミリーは、まだ来ないのか。こっちはもう…とっくに限界を超えて……ギリギリなんだが」

 とうに許容量を超えた肉体が軋む。ユリナの放つ銃撃を、もはや反射神経だけで辛うじて回避している状態だった。


「畜生!奴の能力を考慮して鏡のない屋上に追い詰めたつもりだったのだが……こいつ、常に五種類の手鏡を常備しているうえに、その鏡を移動しながら射撃してくるとはな!」


 ユリナの周到さは、俺の計算を上回っていた。  

屋上の各所に投げ捨てられた五つの手鏡。彼女は手鏡を転移門のように潜り抜け、神出鬼没の射撃を繰り返す。  

幾度となく背後から殺意を突き付けられ、薄皮一枚で死を免れる攻防が続く。


「残念だけど、もう望みはないわよ。私に勝てる可能性が低いことくらいわかるでしょ?これ以上の抵抗は時間の無駄よ、諦めなさい!」


 苛烈な弾幕が、不意に途絶える。銃口を向けたまま、ユリナは諭すような口調で俺と正面から向き合った。

彼女の指摘通り、俺の体力は既に底を突いていた。


「諦める、か……つまり、可能性が低いってことはゼロじゃないってことだよな。だったら俺は、その一%の可能性に人生を賭けてみたいかな。そっちの方がスリル満点でワクワクしないか?ああ!しまった‼足が……」


 言葉が終わるや否や、酷使した右足が悲鳴をあげて攣り、俺は片膝をつくようにして崩れ落ちた。

追い打ちをかけるように、エミリーを庇った左脇腹の傷口が開き、熱い血が滲み出す。ぐらりと視界が歪み、目眩が襲う。


しかし、出血の激しい脇腹を左手で押さえ、傍らに落ちていた黒い傘を杖代わりにして、執念で立ち上がった。


「あら、そう……知能が低いアナタに何を言っても無駄みたいね。最後に一つだけ聞かせてくれない。アナタって、ブラックリストハンターが本業ではないと笹倉から聞いたわよ?なら、どうして命がけで私と戦うのかしら?理解できないわ」


黒い傘に縋り、立つことさえ覚束ない俺を、ユリナは冷然と一瞥する。  

確かに、本業でもないブラックリストハンターという稼業に、無償の奉仕で命を懸ける俺の姿は、常人には理解し難いだろう。

 

異常な自己顕示欲の果てに犯罪へ身を投じたユリナにとって、己の利益にならぬ行動は、無価値な時間の浪費にしか見えないのかもしれない。


「俺が、ハンターをやる理由か……」


 ユリナの辛辣な問いかけに、朦朧とする意識の中、苦い記憶が脳裏をよぎった。


*******


 ――ガシャ‼


その日、俺は趣味で集めていた『ニューナンブⅯ六〇』モデルのエアガンを後部座席から突きつけ、タクシーをジャックしていた。

あれは、今から四年前の夏。 幼少期から「ブラックリストハンター」になるための英才教育に嫌気が差し、俺は家を飛び出したのだ。


当時中学二年だった俺に、まともな働き口などあるはずもない。三日前に親から貰った小遣いはとうに尽き、完全に手詰まりの状態だった。


『有り金、全部出せ!ほら、早く出せ‼️脅されたときのマニュアルぐらいあるだろ!さっさと出せよ‼』


そこで俺は、防犯カメラが少ないような田舎町の、真夜中の公園前でタクシーを止め、強盗という罪に手を染めた。


『おい、兄ちゃん。目にクマができているぞ。寝不足か?それに体も細くてガリガリじゃねーか。最近、何も食べていないだろ?』


 運転席の男――スキンヘッドにチョビ髭のおっさんは、バックミラー越しに笑顔で語りかけてきた。


『だ、だったら何だよ‼』


 ――図星だった。


 家出から一週間、寝床は公園のベンチ。腹を満たすのは水道水だけという有様だ。


『フフッ、素干しだな。おし、飯奢ってやる。ちょうど近くに美味いラーメン店、知ってるから着いて来い!』


『お、おう……』


 予想外の返答に戸惑いながらも、俺はおっさんの言葉に従い、近くのラーメン店へと連れていかれた。


 カラン、カラン……。


 時刻は午後十時を回ろうとしていた。

 客が誰もいない閉店間際の店に足を踏み入れると、木製のドアベルが寂れた音を立て、古風なカウンター席だけの空間が俺たちを迎えた。

 俺は、おっさんと肩を並べてカウンター席に腰を下ろす。


『大将!コイツと俺に、いつもの定食をお願い』


『ヘイ、あいよ!』


 有無を言わさず注文されてから、待つこと約十分。


『はい、いつものチャーハン定食大盛りお待ち‼』


 おっさんが常連だという、大盛りのラーメンとチャーハンが付いた定食が俺の前に置かれた。


『う、美味い。美味すぎる!』


 空腹のあまり「いただきます」の一言も忘れ、俺は獣のように定食をかき込んだ。

我に返ると、五分も経たずに皿は空になっていた。


『すごい食いっぷりだな!よっぽど、腹減ってたんだな……いいぜ、もう一杯食え!大将、コイツに替え玉やってくれ!』


『――あいよ!』


 もう一杯頼むべきか、申し訳なさにためらっていた俺の心を見透かしたように、おっさんが声を張る。頑固そうな店主の老人も、威勢のいい返事で応えた。


『……あの、見ず知らずの強盗の俺に、どうして?奢る気になったのですか?何か、他に目的があるのですか?』


 見返りもなく、今日初めて会った強盗に飯を奢る人間など、常軌を逸している。

 言葉巧みに俺を誘い込むための罠ではないかと、俺はおっさんに疑いの眼差しを向けた。


『別に、見返りなんかいらねーよ。強いて言うならば俺が奢りたくなったから奢っただけだぜ。それに困っている人を見たら助けるのは当たり前だろ?』


『いやいや、意味が分からないですよ。今だから言えますが、この拳銃はエアガンです。もしも、本物だったらアンタは俺に殺されていたかもしれないのに‼』


 本来の目的を忘れ、俺は手にしていたのが玩具であることを思わず白状していた。 困っている人間を助けるのが当然。そんな綺麗事は俺にだってわかる。

 だが、世の中の大半は見て見ぬふりをするか、自己保身に走るのが関の山だろう。

 にもかかわらず、このおっさんは身の危険を微塵も感じさせず、善意だけで動いている。その精神構造は、一体どうなっているのか。俺は気になって仕方がなかった。


『――兄ちゃん、夢はあるか?』


 ニヤリと笑い、おっさんは唐突に問いかけた。


『夢ですか?ありますけど俺には、とても……』


『おいおい、自分を卑下していたら夢は叶わないぜ。先ずは男なら夢を口に出して言ってみろよ!』


 自信なさげに俯く俺の背中を、隣のおっさんが左手で力強く叩いた。


『……ま、漫画家になりたいです。俺、好きな子がいて、その子が漫画家志望でワンビースの尾田先生のファンでして――』


 この日、俺は初めて己の夢を口にした。

 幼馴染で同級生の佐々木マキ。彼女は十五歳にして手塚賞、赤塚賞を総なめにした天才美少女漫画家だ。

 テレビやSNSは彼女を天才と囃し立て、インスタのフォロワーは百万人を超えている。

 そんな才能に満ちた陽の当たる場所にいる彼女に、俺は幼い頃から恋焦がれていた。


『けど、彼女は生徒会役員に入るくらいに交友関係も広く、漫画も中学生で手塚賞入選するくらいの天才で……陰キャで父の英才教育から逃げて家出した俺なんて、釣り合うわけもなくて……』


 無論、彼女を遠くから見つめるだけで、一度も声をかけたことはない。不細工で根暗な自分が、天才美少女と釣り合うはずがないと、心の奥底で決めつけていた。


『なるほど、尾田先生を超える漫画家となると世界一しかないよな。彼女を振り向かせるために漫画家を目指しているのか。いい夢じゃん‼️で、その夢を叶えるために、兄ちゃんは具体的に何かしたのかい?』


『ただ、ひたすらに部屋にこもって漫画を描き続けました。けど、次第に結果が出なくて自信もなくなり、加えて父の英才教育のせいで時間がなくなっていって……気づけば漫画を描かなくなりました』


 漫画で成功するのは一握りの人間だけだ。天才の佐々木マキと肩を並べるどころか、彼女が敬愛する尾田栄一郎を超えるなど、夢物語にも程がある。


『俺は別に、時間の問題や漫画を描くことだけが夢に近づく方法だとは思わないな。いいか、夢を逆算して他にできることを具体的に考えるんだ。何か思いつくか?』


『すいません、全く分からないです……』


『それはな、兄ちゃんを育ててくれた家族や周囲の人に感謝することだよ。挨拶一つにしても人のためにできることは必ず自分に返ってくるからな』


 おっさんの言葉に、俺はすぐには納得できなかった。

「情けは人の為ならず」とはよく聞くが、実際に見返りがあったり、自分の能力や収入に繋がったりするケースは稀だからだ。


『……でも、人のためにやることって見返りがあるって保証がないじゃないですか!現に、俺みたいな犯罪に手を染める輩もいるわけですし』


『確かに見返りはないことのほうが多い。けどな、奇跡のような見返りに俺は救われた事があるんだよ――』


 にわかには信じがたい。だが、おっさんの真剣な眼差しに、俺は黙って話の続きに耳を傾けた。


『俺にはタクシードライバーになるという夢があってな!運転免許も二〇回くらい不合格になるくらいに頭も技能も悪くてさ――』


 その語り口に、嘘や偽りがあるようには思えなかった。


『いざ、就活のときに免許取得したにもかかわらず、三十社以上のタクシー会社を受けたんだけど全て不合格。正直、腐ってしまいそうになったよ』


 当時を思い出したのか、おっさんの表情が時折曇る。


『けどな、誰がなんと言ったって自分のやりたいことを貫きたくって内定が出るまでバイトしながら就職活動を続けていたよ。そんな最中にバイト先のガソリンスタンドで日課の掃除と挨拶を丁寧にこなしていたよ』


 タクシー業界は人手不足のはずだ。それなのに不採用が続くとは、よほど不器用なのだろう。


『そしたら偶然、お客さん一人にタクシー会社の社長の方が来ていて、いつも通りに元気よく挨拶したんだ。すると、その社長に気に入れられてタクシー業界に憧れていることを雑談で話したよ』


 おっさんは、一%の可能性を信じ、誰に対しても真摯に業務をこなしていた。その姿勢が、思わぬ形で評価されることを信じて…。


『明後日、そのバイト先に俺宛に電話があって内定をあげるからうちで働かないかと連絡があったんだよ』


 しかし、世の中にはチャンスに恵まれぬまま人生を終える者もいる。おっさんのような幸運を掴めるのは、ごく一握りだ。


『後日、社長に何で俺を採用しようと思ったのか聞いてみたら挨拶と接客が誰よりも元気よく丁寧だったからだそうだ。つまるところ、どんな状況であってもチャンスが必ず来ることを信じて挨拶ひとつ丁寧にやってきたことが実を結んだんだ』


 確かに、おっさんの言うことにも一理ある。だが、成功体験のない俺には、それが偶然の産物にしか思えなかった。


『でも、それは偶然、運が良かっただけじゃないですか?俺には当てはまらないですよ~』


『ああ、確かに兄ちゃんの言う通り、俺は運が良かっただけかもしれないな。けど、事実として一%の可能性を信じて毎日、挨拶一つ手を抜かずにやってこようとしなければ今の俺はいない訳だ。今こうして兄ちゃんと話すことすら叶わなかったかもしれないよ』


『…………』


 ぐうの音も出なかった。

 やる前から諦めている人間に、望みが叶うはずがない。

 振り返れば、俺はいつも何かのせいにして、今できる努力から逃げていた。


『……けど、みんな俺の夢を馬鹿にするんですよ。どうせ出来っこないって!』


 周囲からの誹謗中傷が、俺の足をさらに重くしていた。


『いいか、いつか人は必ず死ぬ。だから、生きているうちは胸を張って夢へ突き進めばいいんだよ。周りに馬鹿にされたって気にするな!俺だって、タクシー業界なんて自動運転ができてからオワコンだとか散々言われ続けたけたよ。でも、心から俺自身が楽しいって思えているから周囲が何を言ってこようが、はっきり言ってどうでもいい』


 どうせ死ぬなら、好きなことをやってから。誰もが一度は考える。

 だが、大半の人間は社会の体裁や常識に縛られ、籠の中の鳥になる。 自分の人生の舵を取るのは、他の誰でもない自分自身だ。


 人の代わりはAIロボットが務める時代。ならば、他人の評価など気にせず、己の望みが叶うまで、死ぬまで抗い続けてやる。

 今も夢の途中にいるこのおっさんのように、前を向いて!

 そうだ、俺は世界一の漫画家になって、佐々木マキと結婚するんだ――。


『……そうですね、なんか元気が出てきました‼あ、あの…こんなタイミングに聞くのもなんですが名前を教えていただいてもよろしいでしょうか。近日中にお礼がしたくて』


『いやいや、別に礼はいらねぇよ。強いて言うなら、自分と似た状況に陥った奴を見かけたら同じように声をかけて救ってやってくれ。おい大将!コイツの分と俺の代金ここに置いておくわ!じゃあな、兄ちゃん♪』


  ――カラン、カラン。


 おっさんは最後まで名乗ることなく、代金をカウンターに置くと、颯爽と店を出ていった。

静まり返った店内に、古びたドアベルの音だけが、やけに大きく響いていた。


  *******


「――夢のために今できることを精一杯にやっているだけだ!人のためにしたことは必ず自分に返ってくる。ただ、それだけを信じて俺はハンターをやっているんだよ‼」  


 俺は、カッと目を見開き、濡れた傘の柄を改めて強く握りしめた。


「キモッ!そんなに早く死にたいのなら、望み通り一瞬であの世に送ってあげるわ‼」


 松丘ユリナがとどめを刺すべく、鏡の中から巨大な物体を取り出す。闇取引で入手したであろうロケットランチャーだ。

 彼女は慣れた様子でそれを担ぐと、無慈悲な照準を俺に合わせた。


「はぁ゙はぁ゙……どん吉君!ハンター兵器が届きました!使ってください‼」  


  その窮地に、木村エミリーが屋上へ駆け込んできた。彼女の手には、専用の銃と刀が握られている。


「ハンター兵器を持ってこられたということは現役のハンターライセンス保持者である俺に兵器を貸す許可が下りたんだな。ありがとうエミリー、一瞬で終わらせてやる‼」


  仮にもハンター科の学生である木村さんが武具を使用するには、学校の許可が不可欠だ。

 もっとも、今回の事態は俺が格好をつけ、彼女に内密でミラーマン捕縛を試みた結果に過ぎない。  

 完全に、俺の人為的ミスが招いた危機であった。

 

「ハンター兵器が届いたからといって、はいそうですかと待っているとでも‼️馬鹿なのかしら!」  


 松丘ユリナは、武器を手にしたエミリーを新たな標的と定め、猛烈なスピードで襲いかかった。


「まずい、木村さん‼ハンター兵器を思いっ切り上へ投げろ‼」


「えっ⁉は……はい‼」  


 エミリーは俺の指示に戸惑いながらも、銃と刀を力一杯、夜空へ向かって放り投げた。


「――よっと‼持った感じだと学生が使う武器としては上等品だな、これは!」  


 俺は持っていた傘を捨てると、反転して助走もなくその場で跳躍する。ワルサーP99をモデルにした小型銃と、打刀拵えの刀が、吸い付くように両手へと収まった。  


 そのまま流れるようにエミリーの眼前に着地し、彼女を庇う形で立ちはだかる。


「――チィッ‼死ね死ね死ね死ね‼皆殺しにしてやるわ‼」  


 松丘ユリナは武器を持たない木村さんを目がけて、ロケットランチャーから弾丸を連射した。  

 しかし、彼女の前には俺がいる。


「無駄だ。ここに俺がいる限り、バッドエンドな展開は絶対に起こらない‼️」

 

 俺は銃を制服のズボンの背、ベルトとの隙間に差し込む。  

 右手に持った鞘付きの刀をその場で独楽のように回転させると、迫りくる弾丸がことごとく鞘に弾かれ、左右へと逸れていった。  

 弾道を逸らしきった直後、寸分の狂いもなく刀の柄を右手で掴み直す。


「す、凄い……」  


 初めて手にするはずの武具を、まるで長年使い込んだかのように操る俺の姿に、木村さんは唖然としていた。


「さて、反転攻勢といこうか!先ずは鏡を封じさせてもらう」


「やれるもんなら、やってみろや!このクソが‼️」  


 挑発的な言葉を投げつけ、俺は刀を前面のベルトに挟む。  

 すぐさま背に差していた銃を抜き放ち、屋上に点在する鏡群へ向かって駆け出した。


 ――バン‼


 疾走しながら、無数の鏡の一枚に狙いを定め、引き金を一度だけ引く。


「嘘でしょ……鏡が、一瞬にして⁉」

 

 松丘ユリナは驚愕に言葉を失っていた。  

 それも無理はない。俺が放った特殊弾は、命中した対象の超能力を一分間だけ無効化する。  

 たった一発の弾丸は、刹那の間に全ての鏡に反射しながら命中し、ミラーマンの能力の根幹をあっという間に封じてみせた。


「――これで終わりだと思うなよ」


「――んっ⁉」

 

 瞬間移動と見紛うほどの速度で松丘ユリナの目前に迫ると、俺は再び銃を背のベルトに差し、鞘から刀身を抜き放っていた。


「この刀は、かすり傷一つついただけでも体は麻痺し、その部分から超能力が徐々に使えなくなっていく薬が特殊加工で施されている。つまり、オマエの足は既に使い物にはならないということだ」  


 宣言と同時に、俺は松丘ユリナの両の脹脛を、必殺の刃で浅く切り裂いた。


「……フフッ。もう、いいわ。早く私を殺して!殺してよ‼」  


 両足の自由を奪われ、能力の源泉たる鏡も破壊された松丘ユリナは、その場にしゃがみ込み、俯いた。  

 自暴自棄になったかのような乾いた笑いが、彼女の口から漏れる。


「未だ目が死んでいないな。だが、それも全て今から終わらせる」  


 松丘ユリナの瞳の奥に宿る光を読み取った俺は、背後に殺気を感じて振り返った。エミリーの背後から、包丁を構えた不審な大男が忍び寄っている。  


 黒の目出し帽に黒のTシャツ、長ズボンという出で立ちの男は、両手で包丁を握りしめ、エミリーに狙いを定めて突進してきた。


「木村さん、しゃがめ‼」


「――はっ!はい‼」  


 唐突な叫びに木村さんが慌てて体勢を崩した、次の瞬間。  俺は、やり投げの選手のごとく、右手の刀を松丘ユリナの共犯者と思しき男へ向けて投擲した。


「――ああ!ぐああああああ‼」  


 刀は見事に男の胸部に突き刺さり、巨体は勢いを失って仰向けに倒れ伏す。


「ミラーマン、まだ俺と戦うか?別に、今すぐにでも地獄に送ってやってもいいんだぜ」 「な、何でもやります‼ですから……金がほしいなら近いうちに用意できますので、命だけは‼何だったら、自首もしますので‼」

 

 先程までの威勢は消え失せ、ミラーマンこと松丘ユリナは俺の足元で必死に土下座をしていた。  

俺は銃から弾倉を抜き、弾丸が込められていることを確認させ、再び装填する。


「悪いが、俺は人を殺したことのある賞金首に対して厳しいんだ。悪いが、あの男のように死んでもらう」


「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‼死にたくない‼辞めて‼何でもするから‼」


「なら、あの世で一生後悔していろ。自ら犯した罪の重さを!そんでアンタのために亡くなった松丘ツヨシさんに詫びろ」  


 鬼の形相で、俺は銃口を松丘ユリナの口の中に無理やりねじ込み、頭を押さえつけながら引き金を引いた。


 ――バン‼️


 ――だが、響いたのは乾いた空砲の音だった。


 実は弾を装填する際、手品のような手際で彼女の視線を誘導し、一発だけ弾丸を抜き取って制服のポケットに隠しておいたのだ。  

 ブラックリストハンターは、有事の際に正当防衛として賞金首の殺害が世界的に認められている。  

 しかし、俺には人殺しをしないという信条があった。  

 賞金首の生死にかかわらず報奨金は同額であり、生かして捕らえれば、次に繋がる有益な情報が得られるかもしれない。  

 わずか一%でも次に繋がる可能性を、俺は安々と消したくなかった。  

 漫画家を目指す身でありながら、と思う者もいるだろう。


 だが、賞金首から得た情報が、他のハンターや社会全体にとって有益になるかもしれないのだ。


「おし!終わった、終わった。大丈夫だよ。気絶しているだけさ。あの男も死んではいない。致命傷にならない程度に気絶させるレベルに計算して刀を放り投げたからな。後は警察に任せよう」  


 極度の恐怖からか、松丘ユリナは泡を吹いて気を失っていた。  

 一件落着を確信した俺は、息をつくと、エミリーに向けて笑顔でピースサインを送る。


「悪いな、木村さん。怪我はない?ごめん。俺のせいで、こんなことに巻き込んでしまって……」

 

座り込んでいた彼女に歩み寄り、手を差し伸べた。


「――あ、ありがとうございます。警察は既に私が呼んでいますので安心してください。では、私は状況説明等で今から忙しくなりますので失礼いたします。あと、救護班がこちらに向かっておりますので、そこで必ず治療を受けてくださいね。今回のミラーマンの一件に協力していただき誠にありがとうございました!」


「お、おう。わかった。今日は、ありがとうな」  


 俺の手を取って立ち上がった途端、木村さんは顔を赤らめて早口にそう言うと、深く一礼した。  

そして、まるで俺から逃げるように足早に屋上を去っていく。  


「俺……絶対、怖がられているよな?だから嫌なんだよ。ブラックリストハンターとして活動すると、いつもこうだ!思ってもいないところで障壁がつきまとう‼」


 その背中を苦笑いしながら見送り、俺は手を振りながら独りごちた。

 尾田先生を超えるために漫画を描き続けているというのに、こうして、いつの間にかブラックリストハンターとしての活動に身を投じている自分がいる。  

 そんな日々のせいか、最近ではプライベートで気になっていた佐々木マキ部長のことも、以前ほどは考えなくなっていた。


「……けど、少しは夢を叶えるために必要な運が上がったかな?まあ、いい漫画を作るための経験にはなったよな!」  


 階下から警察のサイレンが響き渡ってくる。  

 俺は引きつった笑みを浮かべ、頭を掻きながら開き直った。屋上から見える、山の稜線に沈みゆく夕陽をのんびりと見つめる。  

 何よりもまず、人のために全力を尽くすことで、運を手繰り寄せたい。


 必ず世界一の漫画を創ってみせる。そう、胸に固く誓って――。

       

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