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大谷どん吉の超・ソウサク記   作者: 御王礼
第一章『ミラーマンと俺‼』

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第一章2『アイドルと俺‼』

「――木村さん、やっぱり帰ってもいいかな?彼女が依頼人の筈がないよ。きっと、人違いだって!」


  俺は隣に座る木村さんに耳打ちした。


 東京都港区に聳える五十階建ての高層ビル。その一室で、俺は途方に暮れていた。


  強引に高校の部室から連れ出された俺は、嵐山高校の制服のまま、今回の依頼人が所属するというアイドル事務所「スマイルスマイル」本社の面会室にいた。

 俺と木村さんはビル十三階にある面会室のソファに並んで腰掛け、床には学校指定のエナメルバッグが置かれている。


「どん吉君、まずは話を最後まで聞いてみましょうよ。ねっ❤」


  木村さんの表情を見ると、彼女は必死に左目でウィンクをして誤魔化していたのだった。


  無理もない。対面に座る依頼人、松丘ユリナの姿は、我々が想像していたアイドルのそれとはかけ離れており、痛々しいほど細く、顔も窶れていたからだ。


 現役の十六歳とは思えぬ、ガリガリの体に黒のパーカーと灰色のミニスカートをまとった眼鏡の少女。まるで別人だった。

 写真だけで判断してはいけないと覚悟はしていたが……ここまでこちらの気勢がそがれるとは!


  ……断じて、邪な期待をしていたわけではないが。


「うちのユリナは現在、活動休止しています。ユリナと話し合った結果、基本は自宅謹慎させています。これも全て、今から二ヶ月前頃に始まったミラーショットマンと名乗る男による過剰な盗撮写真がSNSに出回ってしまったことが原因かと……」


 松丘ユリナの隣に座る、黒い背広姿の中年女性が口を開いた。

  目の下に深い隈を刻んだ彼女は、マネージャーの黒木メグミさんだ。

  黒木さんは俺たちの驚きを察し、深刻な面持ちで事の経緯を簡潔に説明した。


「え~と、そのミラーマンだっけ?500万円の賞金首なら木村さんだけで十分だろ。話をきくかぎりにおいて盗撮の超能力者であるなら、遠隔操作型の超能力だ。遠隔操作型の能力者は大抵、居場所さえ特定できれば簡単に捕らえるのではないか?」


  漫画やライトノベルにおいて、遠隔操作能力を持つキャラクターの大半は接近戦に弱い。この定説は、薬物によって後天的に能力を得た犯罪者を相手にする俺たちブラックリストハンターの世界でも通用する。


 突き詰めれば、能力の質は「誓約と制約」によって向上するが、盗撮という生命を脅かすほどではない行為のために、能力者自身が厳しい使用条件を課しているとは考えにくい。


 ゆえに、ハンターライセンスを持たない嵐山高校ハンター科の学生、木村エミリーでも、対超能力者用のハンター兵器を借りられれば対処可能な相手のはずだ。

 それに、数億円が当たり前の凶悪犯に比べれば、五〇〇万円という懸賞金は比較的軽犯罪の部類に入る。


「それがそうでもないのですよ。ミラーマンのバックには懸賞金一〇億円超えのハンター狩りの異名を持つ賞金首――笹倉イカツがいるそうです」


「笹倉……か、戦ったことはないが国内のトップハンター達をつけ狙い、相次いで殺害しているという『ハンターキラー』と呼ばれている男だな」


  黒い骸骨の仮面を被った長身の背広姿。笹倉イカツは、ハンター界隈では特に名の知れた要注意人物だ。

  俺の記憶が確かなら、笹倉は日本国内のハンターばかりを狙う元ハンターで、人身売買や麻薬取引にも深く関与していると聞くが……。


「それにしても、分からないな。笹倉がミラーマンと組むメリットがなさすぎる」


 笹倉イカツほどの男が、名前も聞いたことのないミラーマンなどというチンピラと組む利点がどこにあるのか。俺はそこに疑問を抱いていた。

 通常、懸賞金一〇億クラスの賞金首は、自身の能力に関する情報漏洩に細心の注意を払う。

 もし、ミラーマンのような格下の部下が捕まれば、プロハンターの能力調査班による皮膚解剖検査で、笹倉の能力系統や血液型まで把握されるリスクを伴うのだ。


「確かにメリットはないですよね。そうなると、笹倉には考えられるのはミラーマンに協力せざる終えない理由があるのかもしれないですね。ちなみに私は――」


「あ、あの……話が盛り上がっているところ悪いのですが、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」


  憔悴しきった松丘ユリナの隣で、黒木さんが咳払いをして、逸れかけた俺たちの会話に割って入った。


「あ、すいません」


「そうですね。そろそろ、本題に入りましょうか。私達にミラーマンと笹倉イカツ討伐を依頼するにあたっての成功報酬を教えていただきましょうか」


  俺が頭をかきながら一礼した直後、木村さんが俺の同意なく依頼を受ける方向で話を勧めていた。


「成功報酬はざっと、これぐらいでどうでしょうか?」


 黒木さんが電卓を叩いて提示してきた「1億円」という金額に、俺と木村さんは驚きのあまり言葉を失った。


「え~と、すいません。俺の目には500万円以下の賞金首相手に倍位以上の1億円に見えるのですが……間違えではないですよね?」


「嘘偽りはありません。成功報酬としての1億円は必ず支払いますよ。なぜなら、ミラーマンの背後には笹倉イカツがいます。それに……アイドル、松丘ユリナには未来がありますから‼️」


 黒木さんは真剣な眼差しで俺たちを見つめ、勢いよく机を叩いた。


「分かりました。先ずはミラーマンの件は引き受けましょう。では、この契約書にサインをお願いします。あと、自分は基本的にボランティアでブラックリストハンターをやっていますので報酬は要りません」


 俺は胸ポケットから契約書を取り出し、ガラス張りの机の上に置いた。


「えっ、本当にいいのですか‼ありがとうございます。さっきまで私、どん吉君に依頼を反故にされるじゃないかと不安だったんですよ。やはり噂通り、どん吉君はちょろ……お優しいですね❤」


  大金の話を聞いた途端に態度を変えた俺を見て、木村さんは噂通りの軽い男だと思ったのだろうか、依頼人と一緒になって大喜びしている。


  彼女の本来の目的は、俺を利用してハンターとしての実績を稼ぎ、トップに上り詰めることだ。

 一億円の報酬が絡む依頼をこなせば、俺の仲間として同行するだけで彼女の名前も売れる。今回の依頼に漕ぎ着けたエミリーの野心には感服するほかない。


「あ、ありがとうございます‼️それにしても、どうして急に引き受けていただける気になったのでしょうか?しかも、無報酬で……もしかして、何か他に目的でも?」


  黒木さんは隣の松丘と共に契約書に目を通しながらサインを終えると、世間で天才と知られる俺を前に、恐縮した様子で尋ねてきた。


「念の為に言っておきますが、俺は売名といった他に目的があるから引き受けたわけではありません。ただ、純粋に黒木さんの熱意に惹かれたからです。それに、俺のところに来たということは何名かのハンターにすでに依頼されていた案件だったはずですよね?」


「はい、そのとおりでございます。貴方に出会うまでは雇った多くのハンターは返り討ちに会い、死去。その後は噂を聞いたハンターたちは相次いで私の依頼を敬遠しておりましたところ、若くしてハンター界隈で『最後の砦』と呼ばれている大谷様を訪ねました」


 最初の態度から一転して依頼を受ける気になったのには理由がある。

  結論から言えば、熱意だ。

 一般のハンターなら、懸賞金五〇〇万円の相手に一億円は破格の案件だろう。だが、俺ほどのハンターになると見解が異なる。

  ミラーマンの背後にいる笹倉イカツは、世界のトップハンターすら手を焼く賞金首。仮にミラーマンを仕留めても、笹倉を含む闇の組織から報復される可能性が極めて高い。


 つまり、リスクしかない依頼なのだ。 それでも引き受けたのは、アイドル松丘ユリナに対する黒木さんの愛情が、俺の心に響いたからだ。


  何かに情熱を捧げる人間の目に偽りがないことは、漫画に全てを懸ける俺だからこそ分かる。

心から好きなことを仕事にしている人間は、言葉数が少なくても、その人特有のオーラのような熱気を放つ。


 その上で、黒木さんたちが俺を選んだことにもセンスを感じていた。

  一部の関係者の間で、大谷どん吉への依頼は「誰も手に負えない案件」だと噂されている。

  俺自身がブラックリストハンターの最後の砦なのだと。その評判を知った上での依頼ならば、さすがと言うほかない。


「絶対に無理だから……あいつに叶うわけない。依頼料が発生しない高校生のアナタに、大人のハンターが複数名以上も殺されているよ。それに私は、もうアイドル辞めるから」


 この日、初めて松丘ユリナの肉声を聞いた。 彼女の言う通り、「ヤングハンター制度」により、二十歳以下のハンターは依頼料が発生せず、成功報酬のみを受け取る仕組みになっている。

若手にチャンスを与えるという名目だが、結果として若手全体が依頼人から軽んじられる傾向にある。


  ――全くもって迷惑な話だ。


「ユリナ!大谷様になんてことを言うの‼️この人はアナタのためにミラーマンを捕まえようとしてくれているのよ」


「信じられるわけないわよ。どのハンターも笹倉に勝てたやつなんて一人もいなかったのでしょ。だったら、いくらアナタ達が天才ハンターだったとしても前例がない相手に勝算なんてあるとは到底思えない――」


  二人の口論が始まりそうな気配を察し、俺は早めに仲裁に入った。


「フフッ、いきなり話し出して何を話すかと思ったが全否定かよ。何事もやってみなければ分からないだろ」


 目の前の少女の否定的な言葉に、俺は鼻で笑いながら言い返した。


「どーせ、可能性は低いに決まっています。どのハンターも当てにならないわよ」


  投げやりな態度で両手を上げた松丘ユリナは、横を向いて決して俺と目を合わせようとしない。


「けど、可能性が低いってことはゼロではないわけだよね。だったら、望みがなくなるまでは可能性があるということだよね。あと、前例がないというは歴史を塗り替えるチャンスが今の俺にはあるということだよね。ワクワクしないか?」


「……キモッ!ウザ‼️」


 望みがある限り諦めない。俺のその姿勢が、どうやら彼女の気に障ったらしい。急に口調が荒くなった。


「結局のところ世の中、結果が全て!そんな事もわからずに努力は報われるなんて言葉を真に受けているなんてダサい。少しは現実を見たらどうかしら?お馬鹿ハンター‼️」


「馬鹿で結構だ。ならば、勝手にやらせてもらうまでだ。俺は最後の最後まで絶対に諦めない道をいくだけだ!」


 どんな状況でも、結果が出るまでは諦めない。俺は自らの信条を心に誓った。

彼女には、努力が結果に結びつかなかったトラウマでもあるのだろうか。


 経緯はともかく、輝かしい未来に希望を持って進むことは楽しいはずなのに。もったいない……。


「あっそ、どうせ無理だと思うけど死なない程度に頑張ってね。バイバイ」


「ちょっと待ちなさい!ユリナ、ユリナ‼️」


 黒木さんが必死に制止するが、松丘ユリナは呆れた表情で立ち上がり、足早に面会室から去っていった。


「黒木さん、ここにサインをお願いします。あと、ここに成功報酬金額も記入してください。契約書へのサインは黒木さんのものだけでも成立しますから」


  俺は契約書の署名欄と、報酬額を記入する箇所を指し示した。


「は、はい。承知しました。本当に、すいません!うちのユリナが失礼な態度を取ってしまって……申し訳ないです‼️」


  黒木さんは苦笑いを浮かべて頭を下げると、胸元からボールペンを取り出し、俺が作成した契約書に必要事項を記入していく。


「私達のような若手ハンターは依頼人に滑られることは慣れていますが、特にユリ……ユリナさんはブラックリストハンターを嫌っているようですね。何か過去にあったのでしょうか?」


 一連の様子を見ていた木村さんが、少し言葉に詰まりながら尋ねた。


「木村さん!確かに、どのハンターも一緒だとか吐かしていたし……経緯は知りたいところではある。でも、現に彼女はアイドル活動に支障をきたすレベルにまで精神的に追い込まれているんだ。深い詮索はやめておこう」


 依頼人に対して失礼とは分かりつつも、あまりに鼻につく態度だったので、逆に興味が湧いてきた。

しかし、プライバシーの問題もある。俺は木村さんを制したが……。


「……幼い頃から母子家庭で育ったユリナには血の繋がりのない元ブラックリストハンターの父親がいました。とても仲が良く本当の親子のようでした。あの頃のユリナは本当によく笑うアイドルでした」


 黒木さんは背広の内ポケットから取り出した青いハンカチで涙を拭い、淡々と語り始めた。


「しかし、ユリナは変わってしまった。父親の、あの事件以来……」


「あの事件?黒木さん、ユリナさんにいったい何があったんです?」


  歯を食いしばる黒木さんの言葉が気になったのか、木村エミリーが問い詰めた。


「……その事件を説明するにはまず、元ブラックリストハンターのユリナの父親のことからはなさないといけませんね」


「元ブラックリストハンターの父親かぁ……」


  その言葉に、俺は密かに憤りを感じ、拳を握りしめていた。国際ライセンスを持つ身として、ハンターの不祥事が原因である可能性を疑ったからだ。

本来、社会的地位のある正義のプロであるはずのハンターが、社会に悪影響を与えているとすれば許しがたい。


「二年ほどの前のことです。ユリナと、そのブラックリストハンターが出会ったのは……」


  読者の諸君よ、今から黒木さんの長い回想が始まりそうで退屈かもしれないが、暫しの間、お付き合い願いたい。


 俺自身、長話は苦手で欠伸をこらえているが、彼女が気を遣って話してくれているのだ。

元ハンターが悪影響を及ぼしたのかどうか、確かめるためにも耳を傾けよう。


「父親の名は松丘ヒトシと言います。彼は地方の田舎町から夢を求めて、ここ東京都港区に上京したブラックリストハンターでした」


  夢を追い、この時代からハンターの激戦区である港区に来る者は多かった。

彼もその一人だったのだろう。


「ヒトシは誰よりもユリナの夢である世界一のアイドルになるという夢を応援していた人でした」


 先ほどあれほど否定的な発言をしていた松丘ユリナにも、そんな純粋な夢があったのか。


「ヒトシ自身も夢を追い続けてきた人でしたからユリナとも気があったのでしょう。彼のユリナの母親のシズネと結婚する前からユリナのライブ会場には必ず足を運ぶ姿はまるで本当の父親のようでした」


 結果が全てのハンター稼業。常に賞金首と向き合わねば生活もままならない。

 そんな中、アイドルのライブに足を運ぶ松丘ヒトシは、プロとしては失格かもしれない。

 だが、人として、愛する娘のために時間を割く彼は、立派な父親だったのだろう。


「しかし、二年前に松丘ヒトシは殺されました。灰色髪でボイスチェンジャーが搭載された特殊な加工が施された狐のマスクをした背広の男――笹倉イカツに。ユリナの誕生日の3日前のことです。ヒトシは笹倉イカツが狙っていた後輩ハンターをかばって身代わりに胸部に弾丸が命中し……」


「黒木さん、もう話さなくて結構ですよ。後の経緯は有名な話なので、彼には私から伝えさせていただきますので――」


 事の次第を察したのか、木村さんが突如として黒木さんの話を遮った。そして、顔色を悪くしていた黒木さんの肩を支え、近くの化粧室へと連れて行った。


「きっと、黒木さんは優しい人なのだろうな……」


 彼女を見送りながら、俺は思わず独り言を呟いていた。

 いつか俺も、誰かのために自分ごととして喜怒哀楽を表現できる大人になれたらいい。同時に、彼女にトラウマを植え付けた笹倉イカツへの怒りがこみ上げてきた。


「ごめんなさいね、ここからは私が説明しますね」


 数分後、化粧室から戻ってきた木村さんが俺の向かいの席に座り、話を続けた。


「要するに、笹倉イカツは松丘ヒトシさんの心臓を目掛けて撃ち抜きました。加えて、自身の能力である触れた物体を巨大化させる超能力――《ザ・ジャイアント(狂大化》で、その弾丸を強大化させて木っ端微塵に……」


笹倉イカツの能力《ザ・ジャイアント(狂大化)》は、ハンター界隈では有名だった。ただし、具体的な発動条件や持続時間などは不明だ。


木村さんが伝えたいのは、松丘ヒトシの死因が、体内に撃ち込まれた弾丸が超能力によって膨張・爆発したことだ、ということだろう。


「先ほど黒川さんは『その場で見ていた』と言っていたけど…松丘ユリナも、その場で見ていたのか?」


 俺は状況を整理するため、木村さんに問いかけた。素人である黒木さんが危険な戦闘現場にいたことが疑問だったからだ。


「本当に最近のハンター界隈のことは全く興味がないのですね……」


「すまん、俺の根っこの部分は漫画で構成されているのでな。最近のハンター界隈のことはさっぱり分からん」


 尾田を超える漫画家になるという夢のため、ここ最近は創作に没頭し、ハンター情勢には疎くなっていた。

 呆れたような木村さんだったが、一つ溜息をつくと、淡々と説明を始めた。


「単独で笹倉イカツは松丘ユリナ所属のアイドルグループ、ラブピースズのライブ会場に乗り込んできました。そこで笹倉はユリナを人質に取って『誰でもいい、もっとブラックリストハンターを差し出せ』と要求しました」


 なるほどな、少しずつ状況が見えてきた。


「おいおい、たった一人の手配犯相手にやられるなんて、警備体制がザルすぎだろ!仮にも松丘ユリナっていうアイドルは、ある程度の知名度がある有名人なのだろ?あと、亡くなったヒトシさんとの関係も考慮するとボディガードとしてブラックリストハンターを最低でも一人は雇うべきだっただろう‼️」


「……ハンターは三名、雇っていたみたいです」


 感情的になる俺に対し、木村さんは毅然とした態度で続けた。


「けれども、その三人は笹倉が現れた途端に直立不動のまま体が動かない状態となったそうです。これは笹倉イカツ自身の能力によるものか、はたまた彼の協力者による力だったのかは不明です」


 超能力は一人一能力。それが常識だ。

 だが、話を聞く限り、笹倉は二つの能力を持つと認めざるを得ない。個人的には、全く認めたくない話だが……。


「先程の話の続きですが、笹倉は要求通りに松丘ヒトシさんも含む駆けつけた二〇人のハンター達と対峙すると同時に松丘ユリナを開放し保護されました。そこから笹倉は既に直立不動のまま動けなくなっている三人のハンターと同様に駆けつけたハンターたちも何らかの能力で体が動かない状態に追い込み、ハンターたちを笹倉は次々と発砲しました」


 ハンターへの恨みはあれど、これほどの人を殺める笹倉の神経は理解し難い。

亡くなったハンターたちの家族や友人のことを考えると、虫酸が走る。


「ハンターたちが殺されていく中、ヒトシさんだけは防弾チョッキを着ていたこともあり一弾目は弾丸を弾きました。それに笹倉は慌てて、少しの間だったそうですが能力が解けてハンターたちは動けるようになったそうです。その様子を見ていた松丘ヒトシさんは笹倉にタックルして『逃げろ!』と言って取り押さえにいきました」


 情報が少ない中、松丘ヒトシは笹倉の一瞬の隙を見逃さなかったのだろう。


「その隙にユリナさんや他のハンターたちはライブ会場から逃れました――」


 彼のその判断が、死者の数を減らす最大の要因になったと、後で木村さんから聞いた。


「しかし、刹那にヒトシさんのタックルを振り払い、笹倉は再び動けなくなる謎の能力を発動捺せました。二発目に防弾チョッキで防ぎきれない腸の隙間に発砲された松丘ヒトシは体内に命中した弾丸を笹倉の主要な能力である《ザ・ジャイアント(狂大化》によって弾丸を巨大化させ膨張させて、肉体を爆発させたそうです」


 人が爆発する瞬間を目にすれば、それは忘れ得ぬトラウマとなるだろう。


幸いにもユリナは直接見てはいなかったが、最愛の人を失った衝撃は計り知れない。


「……なるほど、酷な話だな。松丘ユリナはミラーマンの被害に合う前に笹倉と遭遇していたというわけか。近日、二度と関わりたくない相手の部下が接近してきたんだ。そりゃあ、人間不信になって家に引きこもりたくもなるよな」


 ここでようやく、全ての点が線で繋がった。


 その上で、俺は木村さんがこの困難な依頼を俺に持ちかけてきた真意を確かめたくなった。


「気のせいかもしれないが……正直、ここまで話を聞いてエミリーはハンターとしてではなく個人的に松丘ユリナ等を助けたいという何か特別な意志があるんじゃないのか?」


 ハンターとして名を上げたいという野心以上に、彼女の立ち居振る舞いには誠実さが滲み出ていた。


「べ、別に!プロのブラックリストハンターを目指す者として人助けは本望ですよって、綺麗事を言っても無駄ですかね。本当のことを話しますと実は私、松丘ユリナと同じアイドルグループ、ラブピースズの元メンバーでした」


 俺の真剣な視線に、彼女は苦笑いを浮かべ、元アイドルであったことを打ち明けた。


「一時的だったとはいえ、アイドルをやっていたのは唯一無二の存在になりたかったからです。当時、ハンターとして知名度が必要であると考えていた私は他のハンターと差別化し、私しかできないことを常に考えていました。そんな中、黒木さんに港区の公園でスカウトされ――」


「ああ~はい、はい。そういった事情は大体わかるよ。で、どうしてアイドル辞めてしまったんだ?松丘ユリナと取っ組み合いの喧嘩でもしたのか?」


 少し話が脱線しそうだったので、俺は本題を切り出した。


「喧嘩なんてするわけないじゃないですか!男子と一緒にしないでくださいよ。ただ私は元メンバーとしてセンターで輝いていたユリナのアイドルとしての才能が潰されることがもったいないなと思ったたからです。ちなみに、アイドルを辞めたのはユリナだけが目立ってしまって私自身、あんまり注目されなかったことに気づいたからであって……って、何言わせるんですか‼」


「要するに、井の中の蛙だったということね。それで?それで?」


 珍しく頬を赤らめて早口になる彼女を、俺は面白がって煽った。

 木村さんは一つ咳払いをしてから答える。


「日に日に衰弱していくユリナの姿を時折、黒木さんと連絡を取って知っていた私は、なんとかしてあげたいなと思って事務所が払える最大限の報酬で安価で雇える実力のある身近なハンターをインターネットで探していたら偶然、高校が一緒の大谷どん吉君、アナタのことを知りました。もちろん、どん吉君の知名度を使ってハンターとして知名度を上げたいきもちもありますが――」 


「薄々そういうことなんじゃないかと感づいてはいたよ。でも、俺の漫画を読んで気に入ってくれたところも若干はあったよね?」


「……え⁉は、はい❤そんなことよりも、これを見てください!」


 プロハンターではない俺が比較的安価で雇えるのは事実だ。

これまで彼女が俺の漫画を褒めていたのも、それが理由だろうとは気づいていたが、少しだけ純粋なファンだと信じたい気持ちもあった。

 彼女の引きつった表情が、その淡い期待を打ち砕く。

 勝手に落ち込んでいる俺をよそに、エミリーはブレザーの内ポケットから折りたたまれたA4用紙を取り出した。


「これは今から一ヶ月前に笹倉イカツから送られてきた予告状です。予告状によると、二週間後に再度ライブ会場でハンターを殺害していくという犯行声明が記されています」


 笹倉の声明文には、


『これ以上、ミラーマンに写真を流出されたくなければ松丘ユリナを出演のライブを再び開催しろ。開催日は七月三一日、都内近郊でやれ。松丘ユリナには前回と同様に人質になってもらう。またハンター共を皆殺しにするための餌になってもらう。by笹倉』


 ――と、達筆な文字で綴られていた。


 それを受け取った俺は、目を疑った。

 犯行の再現を予告していることにも驚いたが、それ以上に、笹倉イカツが書いたとされる、その筆跡に、見覚えのある奇妙な違和感を覚えたのだ。


「木村さん、この予告状は本当に笹倉イカツ……本人が書いたものなのか?」


「はい、おそらく間違いないかと思われます。笹倉イカツは過去に何度か予告状を送ってきたことがあったので念の為、筆跡鑑定を依頼しましたが九八%笹倉本人が書いたものだという結果が出ていますよ。それが何か?」


 突然の問いに戸惑う木村さんをよそに、俺は違和感の正体に気づき始めていた。

かつて俺が師と慕った先輩ハンターと、その丸みを帯びた筆跡がよく似ている。


「いや、別に……おそらく俺の勘違いだ。気にしないでくれ」


「……は、はあ?勘違いならいいですけど」


 似た筆跡の人間など、世界にはいくらでもいる。俺の悪い癖だ。


「すまん、話しがそれたな。つまりは笹倉の脅迫を受けて今から一週間後の七月三一日にライブを開催する運びになったということか?強引にエミリーが俺を連れてきたことや松丘ユリナ、黒木さんを含む事務所のスタッフの慌ただしさから推測する限りにおいて――」


 この事務所に入ってからずっと、周囲は慌ただしい空気に満ちていた。

 行き交う社員は皆、目の下に深い隈を刻んでいる。


「お察しのとおりです。このアイドル事務所、スマイルスマイル代表取締役社長の小室シンジ氏は複数の大手ハンター事務所と結託し、笹倉イカツを捕らえることに躍起になっています。おまけに松丘ユリナを出汁にラブピースズの知名度を上げる構想まで立てているそうです」


「おいおい!既に俺達以外にも大手ブラックリストハンター事務所のプロのハンターが雇われていたのかよ。要するに俺達は彼らの保険って訳かよ‼」


「……悔しいですけど、そうなりますね。でも、仕方ないですよ」


 利益のためにアイドルを危険に晒す社長の人間性にも腹が立つが、それ以上に、他のハンターがやられた時のための予備として見られていることに苛立ち、舌打ちする。


 木村さんの冷たい視線が、俺を現実に引き戻した。


「……ここで苛立っても仕方ないか。世間体からすれば、打席にたった数が少ない野球選手に大きな期待をするようなものだからな」


俺は一つ深呼吸をして、エナメルバッグを持ち上げて席から立ち上がった。

国際ライセンスは持っていても、漫画ばかり描いていて実績が少ないのは事実だ。言い訳はできない。

だが、一部の界隈では、俺を「ブラックリストハンターの最後の砦」と評価する声もある。

小室社長に、そこのところを評価して欲しかったが…… まあ、いい。結果であの男を黙らせてやる。


「うん、そうか……わかったよ。とにかく、残り数週間と時間がないので俺たちでミラーマンと笹倉イカツを捕らえる方向で作戦を立てていくぞ‼」


  ――気づけば、俺は勢いよく宣言してしまっていた。

本当のところは、自分の漫画を褒めてくれるエミリーに格好をつけ、隙あらば依頼人の松丘ユリナを口説き落とすつもりだった。

 だが、その計画は彼女の変わり果てた姿を見て崩れ去り、加えて難敵笹倉イカツとの対決という困難な状況に陥ってしまった。


 漫画一筋の人生を思い描いていたというのに……。


「流石は、どん吉君です。そうこなくては‼私達で必ずミラーマンと笹倉を一網打尽に捕縛してやりましょう!」


  拍手をしながら、木村さんは満面の笑みを浮かべていた。


「お、おう……」


 今更ながら本来の目的を思い出し、我に返った俺は、右手で頭をかきながら呟くしかなかった。


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