第一章1『文芸部と俺‼』
―やあ、読者の諸君。
『尾田栄◯郎』と聞いて何を思い浮かべたかな?
十中八九、かつて二〇〇〇年代を席巻した大ヒット漫画『ワンビース』、あるいは主人公のルフ◯といった固有名詞を連想するはずだ。
しかし、神童である俺――大谷どん吉は違う。 『尾田栄◯郎』の名を聞いて脳裏をよぎる真実。それは『俺に次ぐ実力を持つ、世界二位の漫画家』という一点に尽きる。
調子に乗るな、いったい何様だ!といった罵声が幻聴として届きそうだが、冗談ではない。大真面目だ。
三〇五六年四月十日。本日をもって、私立嵐山高校普通科二年三組への進級を果たした。
……が、現在に至るまで漫画賞での入選どころか、佳作にすら選ばれた経験は皆無。 それでも自信を持って断言しよう。
俺、大谷どん吉は尾田栄◯郎を凌駕する発行部数を叩き出し、将来は業界初のノーベル文学賞を受賞する天才であると――。
――え?
俺ほどの傑物がなぜ、佳作すら取れずに担当編集もつかないのかって?
時代が作品に追いついていないだけさ。
宮沢賢治を、ご存知だろうか?
伝え聞くところによると、『銀河鉄道の夜』を含め、彼の作品群の多くは死後に評価されたという。
アインシュタインとて、相対性理論でノーベル賞を受賞したわけではない。
当時、あまりに画期的かつ最先端過ぎた理論を、審査員たちが正しく理解できずに選考を見送ったという逸話もあるほどだ。
要するに、規格外の才能は既存の評価軸になど収まらない。まさしく天才ゆえの悩みである。
あと、念のために言っておくが、トレードマークである丸刈り頭は、不祥事を起こした際の反省などでは決してない。
飾らない、ありのままの黒太眉毛の美男子である自身を表現しようと試みた結果、自然と現在のフォルムに落ち着いたのだ。
――まあ、冗談はさておき。二年ほど前から尊敬する友人を真似て丸刈りにした俺は、己の髪型を唯一無二な個性として気に入っているため、当分変えるつもりはない(笑)。
「グヘヘヘッ‼」
主人公に恋心を抱く青髪ショートヘアのヒロインが、スカートの中を見せるシーンを描くべく、俺はデスクチェアに身を沈め、愛用のペンタブ付きノートパソコンと対峙していた。
自らが生み出した渾身のパンチラ描写。その出来栄えに興奮を抑えきれず、口元は緩みっぱなしだ。
「あ、マキ部長!おはようございます‼」
文芸部部長の佐々木マキが唐突に入室してくるのを認め、俺は即座に起立して快活に一礼し、再び席に戻って作業を再開した。
「大谷くん、先程から欲情した際の『グへへッ』という笑い声を発しながら漫画を描くのをやめなさい。不快だわ」
佐々木マキは同じクラスに在籍し、常に学年首位の成績を修める秀才だ。
今日もトレードマークである年季の入った焦茶色のベレー帽を目深に被っている。黒髪ロングヘアの巨乳美女という容姿端麗さから、校内では密かに『令和のクレオパトラ』と称されていた。
「おいコラ、部長!これは女の子が偶然ではなく、大好きな主人公に向けてわざとパンチラする屈指の名シーンだぜ‼斬新な萌える俺の漫画を不快の一言でまとめるな‼」
俺たちは嵐山高校文芸部に所属している。
文芸部と聞けば小説執筆のみを行う部活と考えられがちだが、実態は少々異なる。かつて、漫画研究部と文芸小説部が部員数の激減を理由に、存続をかけて合併したという歴史的経緯があったのだ。
そのため、漫画家志望の俺のような人間もいれば、小説家を目指す部員も数名在籍している。
少子化の影響で空き教室となった旧教室。ここを再利用した部室で、今日も俺は百作を超えるペースで原稿を描き続けている。
室内にはパソコンや大型のコピー機が点在し、床には延長コードが縦横無尽に這う。 まさに、創作活動に没頭するには打って付けの環境と言えよう。
だが、時代の先を行く破廉恥なシーンを発明した俺への嫉妬心か……部長は毎度、原稿を横目で見ては顔を歪めていた。
「マキちゃん、少し言い過ぎだよ。確かに、どん吉が描く漫画は個性的……では、あるけどね!」
おやおや。青髪のポニーテールが似合うクラスメイト、文芸部副部長の片桐ユウノさんも、どうやら作品の真価を理解できていないらしい。
まあ、致し方ないのだろう。
何しろ、彼女は身長一四九センチ程しかない小柄な女子高生。
無論、女共に俺が創造した男のロマンを理解できるはずもなかった。
「片桐さんが言う個性的であるということは唯一無二ってことですよね。伸びしろじゃん!じゃあ、すぐにでも新作を完成させないといけないよな‼」
周囲の視線をものともせず、俺は右目でウインクしながら親指を立ててみせた。
「少しは今まで一〇〇作品以上もの漫画を描いているにもかかわらす、どの漫画の懸賞も佳作にも入らない理由を少しでも考えたらどうかしら」
「うん、それは確かにそうかも…でも、どん吉が漫画を描いてポジティブでいられるんだったら別に何でもよくない♪」
二人の冷ややかな視線を意に介さず、俺はパソコン横のペンタブレットを起動させ、再び漫画制作へと意識を集中させる。
「そもそもアナタの描く漫画の世界観や設定には既存作品の影がちらつくのよ。このキャラクターなんか、完全にリゼロのレ◯よね」
「――あん⁉」
部長の悪意に満ちた言葉が鼓膜を打ち、俺は作業を中断した。
今まさにキャラクターへトーンを貼る仕上げの工程に取り掛かっていた最中だったが、ぴたりと手を止める。
怒りに駆られ、勢いよく机をバンと叩いて立ち上がると、拳を突き出し彼女たちへ大声で言い返した。
「おいおい、部長!そんな事を言いだしたら、東京タワーだってエッフェル塔のパクリになるぞ‼俺より先に漫画家デビューしたからって調子に乗らないでください!あと、俺は部長が崇拝している『ワンビース』を超える予定ですから」
部長の佐々木マキは、手塚賞や赤塚賞を十七歳という若さで総なめにし、現在はシリーズ累計発行部数百万部を超える女子サッカー漫画『なでしこゴール』の原作者であった。
女子高生でありながら週刊連載を持つ才女は、俺にとって嫉妬の対象であり、同時に好敵手でもある。
だからこそ、マキにだけは嘗められてはならないと見栄を張ってしまう。
「気安く尾田先生のことを呼び捨てにするのは辞めてもらえるかしら。アンタなんかが、最も多く発行された単一作者によるコミックシリーズとしてギネス世界記録に認められた漫画である『ワンビース』を超えられる訳が無いでしょ。馬鹿なの?」
俺の宣言にマキ部長は憤慨していた。
無理もない。彼女は『ワンピース』に登場するトラフ〇ルガーを熱愛するあまり、妄想の中で何度も結婚したと公言するほどの熱狂的ファンなのだ。
上京して寮生活を送る部長の部屋は、足の踏み場もないほど『ワンピース』のグッズ(※主にローがメイン)で埋め尽くされているという。
「私は、どん吉君の漫画は面白いと思いますけどね!」
部室に漂う険悪な雰囲気を霧散させたのは、隣席に座る同級生の木村エミリーだった。
嵐山高校の生徒会長でもある彼女は、小説執筆用のノートパソコンに加え、学校から支給された端末を持ち込んで生徒会の事務作業もこなしている。
「流石だ、木村さん‼俺と同じで素質があるようだな」
「えへへっ♥、ブラックリストハンターとしての素質があるなんて……もう、照れますよ♥口説いているんですか?」
「いやいや、そこまでは言ってない!」
銀髪のショートボブに低身長。額縁メガネが特徴的な木村さんは、表向きは小説家志望として文芸部に在籍している。
時折、こちらの言葉を自分の都合よく解釈する癖が鼻につくが、容姿は美少女コスプレイヤーのようで、愛らしい顔立ちだ。
学園内の男子生徒からの人気も密かに高い。
「木村さん、あまり大谷君を調子に乗らせないで。画力が平均以下である彼が勘違いすると、文芸部内が絵の下手な人たちの集りだと風評被害を受ける可能性だってあるのよ」 「おいコラ︙今、なんつったぁ‼」
部長の余計な一言に、俺は眉間に深いシワを寄せ、右拳を固く握りしめた。
様子を見た木村さんが、俺の肩をぽんぽんと軽く叩き、耳元で囁く。
「ちなみに私は、どん吉君にはブラックリストハンターをテーマにした漫画にしたら、なお面白くなると思うのですがどうでしょうか?」
木村さんは、ブラックリストハンターを目指す精鋭たちが集う嵐山高校ハンター科Xクラスの学生の一人でもある。
表向きは小説家を目指す学生を演じているが、その実は、俺を再びハンターの道へ引き戻すべく文芸部へ潜入してきたのだ。
つまり、木村エミリーはハンター業界を牛耳る俺の親父が、最近になって送り込んできた刺客に他ならない。
これまでに親父は同様の刺客を複数名送り込んできたため、木村エミリーが差し金であることは、とうに見抜いていた。
――とはいえ、俺に近づくために偶然を装って入部し、接点を持つためだけに書いていた小説が芥川賞候補にまで選ばれるとは。彼女の多彩さには末恐ろしいものを感じる。
「悪いが断る。もう俺は当分……ブラックリストハンターに関わるつもりはない」
無表情で軽く首を横に振り、再び椅子に腰掛けた俺は、何事もなかったかのようにノートパソコンを開いた。
気づけば、意識は次の作業であるセリフ入力へと移行している。
「あ、あの……大谷君。暇なアナタのことだから明後日の予定は空いているわよね?もし、よかったら――」
「ふ~ん、そっか……この写真の子が依頼人なのだけどね。どん吉君に是非とも依頼を受けてほしいって、言って聞かなくってさ!」
頬を赤らめながら部長が何かを言いかけたが、木村さんはニヤリと笑みを浮かべると、まるで聞こえていなかったかのように平然と話を遮った。
木村さんはスマホを取り出し、依頼人だという女性の画像を提示してくる。
「――ん⁉なんだ、この子は♥」
液晶画面に目を落とした俺は、内心激しく動揺していた。
写っていたのは、まさに俺の理想を具現化したかのような美少女だったからである。
画像の中の少女はアイドルなのか、マイクを片手に派手なオートクチュールの衣装を纏って歌っていた。
加えて、俺の好みのタイプは黒髪ショートヘアの巨乳で低身長の女性だ。
木村さんが見せてきた写真の彼女は、容姿のあらゆる点が俺の嗜好と完全に合致している。
しかし、俺には漫画一筋で生きるという確固たる信念がある。
今更ブラックリストハンターとして協力し、成果を挙げて、あわよくば依頼人の連絡先を交換する……などという展開を思い描いてはならない。
「と、とにかく話を聞くだけなら……」
「え、いいんですか?ありがとうございます。早速ですが今から彼女のマネージャーと面会する予定なので来てください」
「ええっ⁉ちょ、ちょっと待ってよ!おい、おいおい‼」
木村さんは強引に俺の腕を引いた。
俺は「まずは話を聞くだけだ。引き受けるとは言っていない」と、心の中で自身に強く言い聞かせる。
断じて、写真を見ただけで気になった依頼人を口説き落とそうなどとは考えていない。 男とは、可愛い女の子の前では格好つけたくなる生き物なのだ。
「フンッ、そうやって、可愛い子には何でも承諾してしまう大谷くんって本当に……馬鹿よね!だから漫画家になれないのよ。もういっそのこと、ブラックリストハンターにでもなればいいんじゃないかしら」
「うんうん、それは確かにマキちゃんの言う通りだね。そういうところは、どん吉は本当に面倒臭いからね~」
拗ねた表情のマキ部長が片桐さんへ何かをぼやいているのが聞こえたが、いちいち取り合うだけ無駄なので聞き流すことにした。
それにしても、写真の少女は一体どんな性格で、恋人はいるのだろうか。 いや待てよ、写真はいくらでも加工できる時代だ。
油断はできないなと警戒心を解かぬまま、俺は木村エミリーに腕を引かれる形で部室を後にしようとした。
「――待って!大谷くん、スマホ……落としたよ、ほらっ‼」
突然、猛スピードで部長は背後から俺に勢い余って軽く衝突した。
お互いに横転することはなかったが、どうやら彼女は落としたと指摘するスマホを片手に届けてくれたようである。
背後からではあるが、部長のCカップほどの胸がわずかに接触したことによって暫くの間、俺の脳内はおっぱいで一杯になっていた。
「お、おう。色々と、ありがとうございます♥――んっ⁉」
朝からずっと、制服のズボンの後ろポケットに入れていたつもりだった。
今更ながらポケットの中を確認してみたが、当然スマホは存在しない。
――体、いつ落とした?
あと、気のせいだろうか?
以前よりも端末本体が新品のように画面が綺麗になっている気がした。
「……どうしたの?もしかして割れちゃった?」
首を傾げてスマホを見つめる俺に、部長は心配そうに視線を送ってくる。
――やば、改めて見ると部長♥超可愛い‼
「いや、なんでもない。たぶん、気のせいだわ……じゃあな!」
俺は、ことが片付いたら必ず部長を今夜のおかずにすると心に決め、笑顔で立ち去るのであった。




