第三章2『不可解な三角関係と俺!!』
学校帰り、嵐山公園で一人。
近くで子供たちがドローンで遊んでいるのだろうか。微かにブ~ンと飛行音らしきものが響き渡る中。
俺は滑り台と鉄棒しか置かれていない、家一軒分の敷地ほどしかない嵐山公園のベンチへ腰を下ろす。
「……ふぅ〜フラれたっ!」
俯いていた状態から身体を起こし、一呼吸置いて両手を組んで頭上へ伸ばす。天を見上げながら物思いにふけっていた。
要は、マキにフラれた現実を引きずりつつ、夕焼けと共に視界へ入った赤とんぼをぼんやりと追っていたのだ。
「おい、アンタが生半可な覚悟でブラックリストハンターやってる大谷どん吉か?ワイは2年のハンター科Aクラスにいる久保田蘭丸や。知ってるか?」
突如、目の前へ嵐山高校の制服を身にまとった金髪ラウンドマッシュヘア・センター分けの長身な同級生が歩み寄ってきた。
しかも、彼は苛立ちを隠せないのか、両手を固く組んでピキピキと関節を鳴らしている。
「ハンター科のAクラスって確か、エミリーと同じクラスだよな?そんなエリートクラスのアンタか普通科の俺に何の用だ?」
ハンター科Aクラスとは、上位AからDまで存在する10人学級の嵐山高校ハンター科においても、最高峰のブラックリストハンタースキルを備える者しか所属を許されない屈指の精鋭集団である。今更の説明にはなるが、ハンター科の学生には銀色のステンレス製の『H』の特別な校章バッジが与えられ、特にAクラスの生徒には黄金に輝く純金のバッチが与えられていた。
当然、普通科の俺はつけていないわけだが……。
当然、エリート街道を突き進む彼らと、自身の夢のためにあえて普通科へ進んだ俺とでは住む世界が異なる。
……正直、あまり関わりたくないのが本音だ。
――もう、本当にブラックリストハンター絡みの面倒事は勘弁してほしい。
「おい、とぼけんなよ!ブラックリストハンターの資格を最年少でとったからって、プロハンターとして活動するつもりがない奴が調子こいて関わろうとしてくんな!!ボケッ!!」
激高した久保田は制服の内ポケットから忍ばせていた自身のハンター兵器と思われる二刀流の小刀を取り出した。両手で刃が外側を向くように構え、容赦なく刃物を突き付けて襲いかかってくる。
「――おっと!マジかオマエ!!別に俺は好きでやってねーよ!!」
間一髪のところで瞬時に上体を反らし、座っていたベンチを跳び越えてバク転を決めると、近くの草むらへ着地した。下半身が小さな木々や葉の中に埋もれてしまう。
――久保田という奴!!ハンター兵器を学校の許可なく問答無用で振るい、賞金首でもない普通科の高校生へ攻撃を仕掛けてくるとは、頭のネジが飛んだ狂人としか言いようがない。
「カッコつけてんじゃねーぞ!!命がけでコッチはハンター目指してんだよ!!二度とブラックリストハンターとして活動できないようにオマエには体で覚えさせてやる!!」
「――やべぇ、コイツ話が通じない奴だ!」
目の色を変え、ハンター兵器を振り回しながら久保田は猛ダッシュで追いかけてくる。
一方、俺は念のため周囲の人々への被害を最小限に抑えようと、敷地内を逃げ回っていた。
「――さあ、出せよ!お前のハンター兵器を!!じゃないと酷い目に遭うぜ!!」
久保田は滑り台の上に登った俺を見上げ、対峙した。
すると不意に足を止め、一層強い口調で脅迫してきたのだ。
「……オマエ、本気の俺と戦いたいのか?たぶん、死ぬぞ?」
「はあ?そんなもん、やってみんと分からん!!それに……」
「――んん⁈それに?」
先ほどまでの勢いはどこへ消えたのか、久保田は急激にトーンダウンした。
少し興味を惹かれたため、ひとまずは言い分を聞いてみることにする。
「オマエが木村さんをあんな、乙女にした罪は重いぞ!!」
「はあ?俺がアイツ(木村エミリー)に何したっていうんだよ」
思いもよらない返答を受け、より詳しい経緯を聞き出そうとした。
「おい!まず、エミリーとかアイツって言い方やめろ!!木村さんな!まあ、つまりはオマエが木村さんの心を奪ったせいでワイの家柄を通じて決まって許嫁だった木村さんが……急に付き合うなら大谷どん吉がいいと言い出して!!」
ブラックリストハンター界隈では、同業者同士の見合いや政略結婚は日常茶飯事だ。
それにしても、エミリーの奴……婚約者が存在するにもかかわらず、俺に好意を寄せたというのか?
――相当な悪手だな。
まあ、俺から口説いたわけでもない。今はひとまず共感を示し、怒りを鎮めてもらおう。
「なるほどな……なんか、すまんな。その……俺は別に、エミリーはタイプじゃないっていうか~って話をすると違うな!分かった、もう俺が悪いってことでいい。だから、約束すよ。俺は蘭丸から彼女を奪わないから。彼女が告白しても必ず断るから!」
頷きながらゆっくり両手を上下させ、久保田に冷静になるよう促す。
「コラ!ワイを下に見るような言い方やめろ!!オマエは死んでも許さねぇからな!幼いころからワイと結婚の約束までした彼女の心を奪った罪は重い。例え、ワイが犯罪者になってもワイはオマエをぶっ殺してやる!!」
意外にも、久保田という少年は幼少期にピュアな恋心を抱いていたらしい。
自分もそのような青春を謳歌したかったと若干の羨望が芽生えたものの、感傷に浸っている場合ではない。
久保田は鬼の形相で睨みを利かせ、遊具を逆から登ろうと足を進めていた。
「マジで話が通じない奴だな。仕方ない、こうなったら毎日鬱陶しいくらいララインばっかりしてくる上に未読スルーしてもめげずにララインしてくる。アイツを呼ぶしかない」
俺は制服の内ポケットからスマートフォンを取り出し、木村エミリーへ電話を試みた。
「――時のいたずら〈ロックオンタイム〉!!」
左腕に装着していた腕時計――『時のいたずら時計〈ドッキリウォッチ〉』という祖父の発明品を起動する。
文字盤の蓋を開け、中央に久保田の顔が収まるよう照準を合わせると、時刻調節レバーを五分ほど遅らせた。
『時のいたずら時計〈ドッキリウォッチ〉』は、指定した対象の時間を操作できる機能を備えている。
効果が発動した久保田の動作は五分ほど巻き戻され、スローモーションとなりながら現在の時間へ追いつこうとする状態へ陥った。
勿論、本人は異変に気付いていないが、周囲は通常の刻限で動いている。
この5分間の猶予を活用し、内ポケットから端末を取り出して左耳へ当て、通話をを開始した。
――プルルルルッ。
「もしもし、エミリーか?」
『はい、大谷エミリーです♥』
「お、おう!?(何の冗談だ?)……今、来れそうか?」
『はいはい、嵐山公園ですね。今、行きますね!』
「……おい、なんで知ってんだよ?」
『えへへっ♥どうしてでしょう』
「お前……まさか、GPSか何かで!」
『ふふっ、それは……内緒です♥』
「……はあ!?おい、どういうことだ?答えろ!!」
――プチッ。
通話が終了した直後、猛スピードで駆け寄る木村エミリーと思われる足音が響いてきた。
スカート姿の制服に身を包んだ彼女は、公園の柵を体操選手さながらに飛び越え、俺たちの間へ割り込む形で両手を広げて着地する。
巧みすぎる体の身のこなしゆえか、単に俺自身が興味がなく見ようとしなかったためか?俺の角度からは絶妙にスカートの中が見える事態は起きなかった。
「……えっ~、き~む~ら~さ~ん!?」
久保田は緩慢な動きのまま、ゆっくりと言葉を漏らしていた。
「どん吉君、何ですか?こんなところに呼び出して……もしかして、とうとう私の気持ちに気づいてくれたのですか❤️」
周囲の惨状には目もくれず、終始笑顔で顔を近づけてくるエミリーであった。
「エミリー、とにかくコイツを説得してくれ。分けあって今、秘密道具で彼の動きを足止めしている。あと、数十秒で奴の状態は解除される。まあ、あとは任せた」
俺は手を振り、その場を辞そうと公園を立ち去ろうと彼女の横を通り過ぎようとした。
すると、すれ違いざまにエミリーは俺の右手を強く掴んでくる。
「事情はドローんじゃなかった……ええ~何となく察したわ。仮にも私の許嫁である久保田君に理不尽にも二人の仲を疑われて言い寄られているようですね。確かに、ここで私が彼を上手く言いくるめられたら周りに危害を加えることがなく平和に解決するでしょう。けど、そのためには条件があります」
「んっ⁈条件……なんだよ?」
理解が追いつかず首を傾げた。
すると、エミリーは頬を赤らめて伏目になった後、真剣な眼差しで俺を見つめ返してきた。
「私にキスしてください。確か、どん吉君って初キス未だなんですよね?それを私にください♥な~に焦ることないですよ、ただの皮膚の接触じゃないですか!」
「……はあ!?そんなん出来るわけないだろ!!誰がお前なんかに俺のキスをくれてやるものか!!俺は初キスは心から愛した人にだけ捧げたいと思ってんだよ!!もういい、やりたくはなかったがこいつ(久保田)を気気絶させて救急車呼ぶわことにするわ。目立ちたくねーけどよ」
エミリーの手を振り払い、彼女の横を通り過ぎてやむなく久保田へ歩み寄ろうとする。
「――もう、キスぐらいさせてよ!どん吉!!」
エミリーは背後から手を広げ、口づけを迫って跳びかかってきた。
「おい、おまっ……やべぇ、時間が!!」
彼女の気配を察知して側方へステップして回避した瞬間、規定の数秒が経過したのか腕時計の文字盤の蓋が閉まって〈ロックオンタイム〉の拘束が解け、久保田の動きが元の猛スピードへと戻った。
「「――んんっ!?」」
――チュッ❤️
エミリーと久保田は勢い余って顔面から衝突し、結果として唇を重ね合わせていた。
「ふう~これにて一件落着!アリーベデルチ(さよならだ)!!」
笑みを浮かべ、中指と人差し指を自身の額に当てながら、公園で口づけを交わす二人を横目に立ち去っていく。
エミリーは意中の相手とキスできず不満そうに顔を引きつらせていた。
対照的に久保田は満更でもない様子で、顔を赤らめて満足そうに目を細めていたのだった。




