第二章5『プロジェクターと俺‼』
プロジェクターから立体的に投影されたのは、白装束をまとった若妻だった。
二〇代後半ほどの金髪をログヘアにしたその女性――リョーコは、唐突に目を見開き、眼前にいる息子、リョースケの姿を捉えて瞠目した。
『……んん?アンタ、本当にリョースケか⁉』
彼女は驚愕の声を上げる。
「母ちゃん、母ちゃんか?もう、なんでもいいや。母ちゃん、教えて!なんで母ちゃんは何も言わず自殺なんて!オレのせいか?オレが母ちゃんに迷惑ばかりかけてしまったからか……」
母を前にしたリョースケは、訛った関西弁で懺悔の言葉を口にした。
自分がもっと愛想が良く、勉強のできる息子であったなら。
母を死に追いやり、支えることのできなかった弱い自分が原因なのだと、彼は自身を責め続けていたのだろう。
『……情けない母親でごめんな。謝るのは私の方や。今思えば若さゆえに、ちょっとしたことでオマエに当たってしまって……私は母親失格や!』
リョーコはリョースケの前で膝をつき、涙を浮かべて深くこうべを垂れた。
『もっと色んな人に頼ることができたのに私は全部自分で抱え込みすぎてしまって……気づけば楽になろうと考えてしもうてた』
「………」
『全部、そこにいる大谷さんから聞きいたわ。リョースケが学校で辛い思いをしてたみたいやな。ごめん、一人にさせてしまって本当に辛かったやろ……』
「……うん。辛かったよ!弱い自分が情けなくて仕方なかったわ‼」
『でも、こんな母親やけど一つだけ、伝えたいことがあんねん』
「……えっ⁉伝えたいこと?」
『私は世界で一番リョースケのことを愛してる!そんでリョースケが他の誰よりも幸せになってほしいと願ってる。これは本心や‼』
「…………」
険しい表情を崩さぬまま、リョースケは無言で母親の幻影へと歩み寄った。
『……だから、かっこ悪くてもいいから生きてなっ‼』
「待って、母ちゃん!待って、行かんといて‼」
リョースケは震える手を伸ばし、母に触れようと試みる。しかし、その手はホログラムの体をむなしく通り抜け、何も掴むことはできない。
『大丈夫や、きっとリョースケなら出来る‼』
――バン‼
最後の言葉を残し、リョーコの姿がゲームのバグのように歪な音と共に掻き消える。
制限時間を迎えたプロジェクターは、白煙を上げて沈黙した。
「――もう時間だ。念の為に言っておくが、あの道具は五分間しか保たない上に一度発動させたら二度と同じ人間とコンタクトすることができない」
その場で俺がプロジェクターの機能不全を告げ、それらの機材を片付け始めた直後。不良の足元のアスファルトに雨粒がひとつ、染みを作っていた。
「余談だが、生きている限り人は必ず困難に見舞われる。やりたいことだって大半はできないし、時には人生を書き間違えることだってある……」
漫画家を志す傍ら、かつて地獄のようなブラックリストハンターへの英才教育を受けた俺は身をもって、そのことを学んでいた。
「……だが、君は早い段階でそれを知った。傍から見れば、それは誰にも真似できない貴重な経験であって、財産なんだぜ」
いかなる逆境も、捉え方次第で武器に転じるということも俺は既に経験していた。
「とにかく、今は本気で色々やってみろ。絶対に成功するとは限らないが生きるって確信をもって明日に夢を見ようぜ!その方が人生、楽しいから‼」
更に俺は機材を詰め終わったバックを背負い、彼の元へ歩み寄り笑みを浮かべて誇らしげに話した。
「大丈夫、大切な母のことを思って涙を流せる君なら必ず出来るさ」
そう言い残して彼の肩を軽く二度叩くと、俺は鞄から取り出した黒い折り畳み傘を広げ、背を向けた。
彼もまた、かつての俺のように、己の弱さを乗り越えられると信じて――。
「……ああ、ちょっと!どん吉君‼」
エミリーが慌てて鞄からベージュの折り畳み傘を取り出し、俺の後を追ってくる。
「……嫌だ、母ちゃん‼行かないで‼」
雨脚は次第に強まり、空は雷鳴を轟かせる。
豪雨の中、不良リョースケは天を仰いで慟哭し続けていた。
天上の母へ届けとばかりに、雷鳴に負けじと声を張り上げながら。




