第二章4『ホワイトノートと俺‼』
「――ふざけるなよ、大谷どん吉‼」
例の道具を渡してから三日が経過していた。
怒りを爆発させたリョースケが、猛烈な勢いで駆けてきて俺の行く手を阻む。
「……またオマエか。今度は何のようだ?」
学校からの帰り道、曇天の下。
鞄を片手に人通りの少ない河川敷を歩いていた俺は足を止め、振り返って溜息を吐いた。
「とぼけるな!『ホワイトノート』に名前を書いてから……オレは超能力が使えない状態になった。しかも、名前を書いた奴も生存しているじゃないか‼あのときのデモンストレーションでオレを騙したな‼」
凄まじい形相で、リョースケは俺の胸倉を掴み上げた。
「あれ、どん吉君だ❤あの……その人、誰?」
場の空気を読むのが苦手なのか、木村エミリーが俺を見かけて屈託なく声をかけてくる。
「……んんっ、別に騙してはいない。『ホワイトノート』は本来、俺の祖父が超能力犯罪撲滅を謳って超能力者を元の真人間の状態に戻すために作られた道具だからな」
「――はあ?『ホワイトノート』が真人間の状態に戻す道具だと‼️やっぱり、騙しているじゃないか‼️」
一瞬、エミリーが視界に入ったが「少し黙っていてくれ」と俺は目線で訴えかける。
彼女は心得たとばかりに頷き、状況を静観し始めた。俺はリョースケを落ち着かせるべく、事情の説明を続けた。
「祖父は『ホワイトノート』を超能力者に使ってもらうには嘘が必要だと考えた。そこで祖父は初めてノートを使用した者にはノートで人を抹消した幻覚を一日だけ見せる効力を追加することを思いついた」
祖父は晩年、詳しい事情を教えてくれなかったが「地球上に超能力者が増えた原因は自分にある」と口癖のように語っていた。
これまでも想像を絶する秘密道具を開発してきた祖父だ。SPM特効薬の開発に深く関与していたとしても何ら不思議はない。
今思えば、祖父が生み出してきた発明品は、すべてが対超能力者用に設計されたものばかりだった。
「そこから、話に尾鰭がついて『書いた名前の人間を消すノート』といった誤解が生まれていったのだろうよ」
「……そんな、まじかよ。これからオレはずっと、誰も手にかけずに生きていくしかないのかよ‼」
『ホワイトノート』誕生の裏側を聞いたリョースケは、次第に声のトーンを落としていく。
俺の胸倉を掴んでいた手は力を失い、彼は地面に膝をつくと、天を仰いで頭を抱えた。
「その様子だとオマエ、誰か人を殺す前の時間軸から俺のもとに訪ねて来たということだな。だったら、運が良かったじゃないか。オマエは犯罪者ではない訳だし……」
超能力を失った衝撃で、光を失った瞳をしているリョースケに歩み寄り、俺は彼の肩を二度軽く叩いた。
「やめろよ!俺には未来が見えている。誰からも愛されず、馬鹿にされて生きていくだけの未来が……待っている。もう、オレには未来はない‼」
俺の手を振り払い、リョースケは自暴自棄になって走り去ろうとする。
彼の背中に、俺は持っていた鞄を足元へ置き、問いかけた。
「――おい、待てよ!どーせ、死ぬつもりならオマエの母親と話してみないか?」
踵を返したリョースケの細い左手首を、俺は右手で力強く掴んで引き留めた。
「あん?何いってんだよ、一年前にオレの母は亡くなっているんだぞ。今更、会えるわけ無いだろ‼」
彼の母親は昨年七月七日の早朝、睡眠薬の過剰摂取により命を落としていた。
警視庁の公式発表では、死因は自殺とされている。
俺はその事実を踏まえ、ズボンのポケットから小型のプロジェクターを取り出し、リョースケに見せながら言った。
「俺が独自に開発した、この小型プロジジェクターを使えば投影された死者と対話することができる。この先、オマエの未来に先がないのなら最後くらい亡くなった母と話してからにしないか?」
彼とのこれまでの対話を通じ、その危うさには気づいていた。
だからこそ、俺はリョースケという少年について、短い時間で可能な限り調査を済ませておいたのだ。
集めた情報から考察した結果、彼の抱える根本的な問題が何なのか、一つの結論に達していた。
つまるところ、リョースケは母親と面と向かって会話した経験が極端に少ないのだ。
「…………」
リョースケは眉間にシワを寄せ、訝しげに首を傾げて沈黙した。
「正直、オレはアンタに騙された身だ。はっきり言ってアンタを信頼できない……」
その場で彼は大きく深呼吸し、幾分か落ち着いた口調で続ける。
「……けど、例えアンタが作った幻想であったとしても母と、もう一度だけでいいから話してみたい自分がいる。情けないよな、騙された相手に亡き母の幻想を見せてほしいだなんてさ」
その言葉を聞き、俺はリョースケの左手首を解放した。
「よし、話せるのはスイッチを入れてから五分間だけだ。それでもいいな?」
「ああ、もうなんでもいい……」
俺はすぐにプロジェクターを彼から一〇メートルほど離れた地面に設置し、スイッチを入れた。
「……私、とんでもない時に着ちゃったかも⁉」
なにやら事の成り行きを察したらしいエミリーが、気まずそうに近くの木陰へ身を隠し、俺たちの様子を窺っていたのだった。




