第二章2『 中学生〈超能力者〉と俺‼』
「――大谷どん吉さんですよね。僕、アナタを頼りにここに来ました」
……俺のことを万屋か何かと勘違いしているのだろうか。
紺色のリュックを背負い、あちこちに寝癖を立てた黒髪の長髪。小柄で痩躯の少年が、俺に話しかけてきた。
彼が羽織っているのは近隣の公立校、佐藤中学校の学ランだ。そのことから、目の前の少年が中学生であると容易に察することができた。
「あの~たぶん人違いです。俺、ブラックリストハンターの大谷って人知らないです」
咄嗟に嘘が口をついて出た。
俺の名を知る者は、決まってブラックリストハンターの話題を持ち出し、厄介事に巻き込もうとする。 それがお決まりのパターンなのだ。
本日、四月二十四日は、学校が休みの日曜日。
長く億劫な補修期間がようやく明けた翌日でもあった。
その解放感に浸るべく、俺は白の半袖Tシャツに黒の短パンという気楽な格好で、心身ともに寛いでいた。
昼間に行きつけの珈琲店『アポロ』(※大谷家が所有する三つ目の別荘からほど近い場所にある)で一人席に陣取り、注文した抹茶クリームフラペチーノに口をつけながらノートパソコンで新作漫画の構想を練っている最中だった。
――賢明な読者諸君なら、もうお分かりだろう。
そう、俺は先日のミラーマンとの一件のように、漫画執筆の妨げとなるブラックリストハンター稼業に、これ以上関わりたくないのである。
同級生のマキに漫画家としての実力で差をつけられ続けているのは、自ら首を突っ込む必要のないハンター活動に時間を割いているせいだと自覚していた。
著名な作家たちが口を揃えて言うように、漫画で成功を掴むには質より量……つまり、執筆量が肝心だということも俺は重々承知している。
だが、身の回りで起きる犯罪を見て見ぬふりをするなど、人として許されることではない。
――だから俺は漫画が描けないのだ‼
故に、俺は今日から休日を中心にスマホ持ち歩かないことに決めた。
無論、毎度のことのようにスマホを見ている最中にハンター関連のニュースが舞い込んで来ることによって俺自身が巻き込まれるリスクが増えるからである。
「でも今、大谷さんがブラックリストハンターであることを知っていますよね。それではアナタは一体……もしかして、大谷さんの関係者の方ですか?」
「……うっ⁉」
少年の鋭い指摘に、思わず墓穴を掘った自分に気づく。飲んでいたフラペチーノを噴き出しそうになり、慌てて手で口を覆ってこらえた。
「……おい、オマエ。俺に何のようだ?」
なんとか喉に流し込み、これ以上の嘘は無意味だと悟る。
俺は眼光を鋭くし、低い声で問いかけた。
「その異常な腕のリストカットの痕、ただの地元の中学生じゃないみたいだが」
少年の両腕に目をやると、手首を中心にカッターか何かでつけたであろう無数の傷跡が残っている。
着ている学ランも、よく見れば事故にでも遭ったかのようにボロボロだった。
「やはり、貴方が大谷どん吉さんでしたか!唐突ですがアナタの時折出すという秘密道具の一つに『ホワイトノート』というものがあると聞きました。それをオレに譲ってくれませんか?」
少年は目を輝かせ、俺の右手を両手で掴むと、深々と頭を下げた。
「――ん⁉『ホワイトノート』の存在は何処で聞いた?あと、礼儀として人に頼み事するより先に自分の名を名乗るべきじゃないか?」
落ち着きのない彼の手を振り払い、腕を組んで睨みつける。
『ホワイトノート』は祖父が遺した発明品の一つだ。
その名の通り、外見はただの白いノートに過ぎないが、使い方次第では危険物にもなり得る代物だった。
「あ、失礼しました。オレ、不良リョースケっていいます。実は僕、笹倉って人から薬を貰って超能力者になりまして……」
「……あんっ⁉」
業界関係者しか知り得ない重要手配犯「笹倉イカツ」の名が、この小僧の口から飛び出した。
しかも、ブラックリストハンターである俺を前に、臆面もなく自らを能力者だと宣言するとは――。
予想外の言葉に、俺は思わず無言で首を傾げた。
――こいつ!俺〈ブラックリストハンター〉を前にして舐めた口をききやがって‼
ミラーマンとの一件での反省を活かし、愛用の『ワルサーP38』モデルのハンター銃は、常にボクサーパンツに忍ばせていた。
いついかなる時でも、超能力者に対応できるように――。
しかし、相手の情報が乏しい現状で下手に刺激すれば、自身や周囲の客にまで被害が及ぶ可能性がある。今は動けない。
故に、この不良リョースケという少年を危険人物とみなし、以降は慎重に言葉を選んで対応することにした。
「おお!なるほど、超能力者か……順を追って話してくれないかい。先ずは何故、笹倉から薬を貰おうと思ったのか、順を追って教えてくれないかな?」
たとえ相手が超能力を持つ手配犯だとしても、見た目は中学生だ。
俺はあえて笑みを浮かべ、穏やかな口調で問いかける。
彼が暴走しないよう会話で誘導しつつ、その能力の正体を探るためだ。
「――ええ、もちろん。始まりは今から一年くらい前だったかな?実はオレ、学校でいじめを受けていました」
それまでの饒舌さが嘘のように消え、不良リョースケは淡々とした口調で語り始めるのであった。




