第二章1『モーニングルーティンと俺‼』
……コン、コンコンッ‼
二一五六年四月二十四日、午前三時。
黒髪のポニーテール、175センチの長身を誇る抜群のスタイル。俺より5歳年上の頼れるお姉さんが、早朝の静寂を破ってドアを叩いた。
「さあ、どん吉様。朝のルーティンの時間です」
大谷家のパーソナルトレーナー兼メイド、後藤メイサが、黒と白を基調としたリボン付きのメイド服姿で寝室の扉を3回ノックし、問答無用で足を踏み入れてくる。
「おっ、おう……始めるか!」
目をこすり、急速に意識を覚醒させた俺は、跳ねるように布団から起き上がった。
「――んんっ‼」
紺色のジャージに身を包み、ランニングシューズの紐を力強く締め上げる。 未だ陽光の差し込まぬ大谷邸から、弾丸のような速度で飛び出した。
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「――では、まずは百キロ!サクッと走りましょうか」
ストップウォッチを手に、俺と共に屋敷の外へ出たメイサが、軽いストレッチを挟みながら声をかけてきた。
「――おうよ!」
威勢よく応じ、気合満々に3回ほどその場で跳ねて、疾走の準備を整える。
「よーい、スタート!」
メイサがストップウォッチのボタンを押すと同時に、俺と並走する形でランニングが始まった。
幼少期、父・大谷シロウから徹底的に叩き込まれた地獄の修練。父親の手が回った存在であるメイサと共に駆ける過酷な時間が、今日という一日の幕を開ける。
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「はい、すぐに鉄棒‼」
百キロにおよぶ長距離走を、一時間足らずで完遂した直後のことだった。
「――ふんっ‼」
息を整える間もなく、近隣の小さな公園にある2メートルの高さの鉄棒へ飛び上がり、両手を掛けてぶら下がる。
「では、一回目‼」
「――おりゃあ‼」
ぶら下がった姿勢のまま、あらゆる角度からメイサに回数をカウントされ、百回の懸垂を開始した。
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「はいはい、連続で‼」
メイサが規則的な手拍子で発破をかけてくる。
「――ああ!」
ダッシュで帰宅し、室内のベンチプレス台に背を預けた俺は、百二十キロのダンベルを両手に握りしめ、連続五十回のプレスを刻んでいった。
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「声出して自分で数えて!」
若干の鋭い視線をメイサから浴びつつ、俺は立ったまま両手を伸ばした。
「……いぃ~ちっ‼」
監視の目が光る中、同室内でお尻を後ろに突き出し、スクワットに移行する。 さらに、続いて腹筋をそれぞれ百回ずつ消化する予定が控えていた。
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「……よしっ、2セット目‼」
再びシューズを履き直し、屋外の地面を踏みしめる。
一連のモーニングルーティンを、メイサの徹底した管理下で計三セット。
それが俺の日課だ。
登校前の限られた時間であっても、決して欠かすことはない。
気分転換を兼ねて矢吹スポーツジムへ場所を移す日もあるが、メニューの内容に妥協は一切なかった。
――漫画家志望でありながら、なぜこれほど過酷な鍛錬を続けるのか?
幼い頃からの習慣ゆえ、端的に言えば歯磨きのような感覚に近い。
実行しなければ、心身に澱が溜まるような不快感を覚えるのだ。
かつてのような父の監視――二十四時間体制の防犯カメラや部下による徹底した追跡が失われた現在となっては、なおさらである。
――だが、最も腑に落ちる理由は、昨日の自分を超越できた瞬間に得られる充足感だろう。
ブラックリストハンターを目指すわけでもなく、ただ己を納得させるためだけに心臓を追い込む。
『将来的に、やっていて損はないだろう』
漠然とした予感だけが、現在も俺を突き動かしていた。
無論、創作活動に充てる時間は喉から手が出るほど欲しい。しかし、長年の習慣を放棄することは、己への妥協を許し、精神が腐敗していく前兆のように思えてならない。
当然の危惧だった。
初めから百キロを一時間で走破できたわけではない。
かつては八時間を費やして、ようやく走り切れる程度の走力だったのだ。
血の滲むような努力で構築したリズムを手放す決断など、容易に下せるはずもない。
ゆえに俺は今、より効率的な手法を模索しながら、試行錯誤の渦中に身を置いている。
まあ、こんなことは尾田には到底できないだろうな!
……いや、そういう話ではないか(笑)。




