誰も、私を覚えていない。
放課後の海は、
夏の名残を抱えたまま、静かに波を寄せていた。
千景は、海へ続く細い小道のへりに寄りかかり、
制服の袖でそっと目元を押さえた。
(……翔太くんも、日向ちゃんも、何も思い出さない)
数週間が経っても、
二人の中に“幼い頃の三人”の記憶は戻らなかった。
それどころか――
**「翔太、好きな人いるらしいよ」**
**「日向も、前から気になってる人がいるって」**
そんな噂まで耳にしてしまった。
胸の奥が、
じわりと痛む。
(……私だけ、あの頃のままなんだ)
翔太の笑顔。
日向の強さ。
二人の手の温かさ。
そして――
卒園の日に言われた言葉。
**「ちかげは、ずっと大好き」**
**「どんなにはなれても、一番の友達だよ!」**
あの声が、
今でも耳の奥で響いている。
(……忘れられても、仕方ないよね)
涙が、ぽたりと落ちた。
海の匂いが混じった風が吹き、
千景の黒髪を揺らす。
そのとき――
**「……黒瀬さん?」**
静かな声が、背後から聞こえた。
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振り返ると、
理人が立っていた。
夕陽に照らされた横顔は、
いつもの落ち着いた雰囲気のまま。
けれど、
その目だけは驚くほど優しかった。
**理人**:「こんなところで……どうしたの。 風、強いけど」
千景は慌てて涙を拭った。
**千景**:「……なんでも、ないよ」
声が震えてしまう。
理人は、無理に理由を聞こうとはしなかった。
ただ、千景の隣に立ち、
海を眺める。
しばらくして、
静かに言った。
**理人**:「泣いてる人に“なんでもない”って言われても……信じられないから」
千景は、胸がぎゅっとなった。
理人は続ける。
**理人**:「でも、話したくないなら、それでいい。
ここにいるくらいなら……隣にいてもいい?」
千景は驚いて、理人を見上げた。
理人は、
ただ優しく微笑んでいた。
その笑顔に、
千景の心の堤防がゆっくり崩れていく。
**千景**:「……うん」
その一言だけで、
理人は何も言わず、そっと寄り添った。
海の音だけが、
二人の間を満たしていた。
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風に吹かれながら、 千景は幼い頃の記憶を思い出していた。
翔太と日向が、
小さな手を握って言ってくれた言葉。
**「ずっと大好き」**
**「はなれても、一番の友達」**
あの約束は、
千景の宝物だった。
でも――
今はもう、
自分だけが覚えている。
胸が痛む。
けれど、
隣に立つ理人の存在が、
その痛みを少しだけ和らげてくれた。
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