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一年の宝物  作者: ゆみ。
30/37

誰も、私を覚えていない。

放課後の海は、

夏の名残を抱えたまま、静かに波を寄せていた。


千景は、海へ続く細い小道のへりに寄りかかり、

制服の袖でそっと目元を押さえた。


(……翔太くんも、日向ちゃんも、何も思い出さない)


数週間が経っても、

二人の中に“幼い頃の三人”の記憶は戻らなかった。


それどころか――


**「翔太、好きな人いるらしいよ」**

**「日向も、前から気になってる人がいるって」**


そんな噂まで耳にしてしまった。


胸の奥が、

じわりと痛む。


(……私だけ、あの頃のままなんだ)


翔太の笑顔。

日向の強さ。

二人の手の温かさ。


そして――

卒園の日に言われた言葉。


**「ちかげは、ずっと大好き」**

**「どんなにはなれても、一番の友達だよ!」**


あの声が、

今でも耳の奥で響いている。


(……忘れられても、仕方ないよね)


涙が、ぽたりと落ちた。


海の匂いが混じった風が吹き、

千景の黒髪を揺らす。


そのとき――


**「……黒瀬さん?」**


静かな声が、背後から聞こえた。


---


振り返ると、

理人が立っていた。


夕陽に照らされた横顔は、

いつもの落ち着いた雰囲気のまま。


けれど、

その目だけは驚くほど優しかった。


**理人**:「こんなところで……どうしたの。 風、強いけど」


千景は慌てて涙を拭った。


**千景**:「……なんでも、ないよ」


声が震えてしまう。


理人は、無理に理由を聞こうとはしなかった。

ただ、千景の隣に立ち、

海を眺める。


しばらくして、

静かに言った。


**理人**:「泣いてる人に“なんでもない”って言われても……信じられないから」


千景は、胸がぎゅっとなった。


理人は続ける。


**理人**:「でも、話したくないなら、それでいい。

ここにいるくらいなら……隣にいてもいい?」


千景は驚いて、理人を見上げた。


理人は、

ただ優しく微笑んでいた。


その笑顔に、

千景の心の堤防がゆっくり崩れていく。


**千景**:「……うん」


その一言だけで、

理人は何も言わず、そっと寄り添った。


海の音だけが、

二人の間を満たしていた。


---


風に吹かれながら、 千景は幼い頃の記憶を思い出していた。


翔太と日向が、

小さな手を握って言ってくれた言葉。


**「ずっと大好き」**

**「はなれても、一番の友達」**


あの約束は、

千景の宝物だった。


でも――

今はもう、

自分だけが覚えている。


胸が痛む。


けれど、

隣に立つ理人の存在が、

その痛みを少しだけ和らげてくれた。


---


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