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私と先輩の、恋なんてあまっちょろい、どうしよもなくアホで曲げられない執着の話  作者: コイル@オタク同僚発売中
先輩

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何も信じられない学生時代、そして

「週末は遊園地に行こうか」

「そうね、家族で行った事なかったわね」


 失った時間を取り戻すように、お父さんとお母さんは『家族』でお出かけを設定した。

 普通なら小学生の時にいくような小さな遊園地、動物園、そこに中学生の私を連れて行った。

 楽しそうな笑顔を張り付けて一緒に出かけたが、心の奥はヒリヒリと傷んだ。


 実は全部おばあちゃんと来た事がある場所ばかりだった。


 それを口にすることは出来なかった。

 だっておばあちゃんは「遊園地に行ったよ」と毎回お母さんに言っていたのだ。

 お母さんは忘れているか、聞いてなかったのだ。もしくは『全て忘れて家族でやり直したい』のか。

 どちらか分からないし、私は黙って一緒に出掛けた。

 楽しい! そういう演技を続けながら。

 でも足元が沼に落ちて行くのを感じる。

 おばあちゃんと幸せだった過去さえも『偽物の家族』に侵されていくような感覚に吐きそうになる。

 違う、違うのだ。

 この家で居心地が悪いなんて、私が変なのだ。


 嘘ばかり言っていたおばあちゃん、追い出されたお父さん、それを信じて待っていたお母さん。失われた時間を取り戻すように一緒に出掛ける家族。

 美しいじゃない、何が違うの? 完璧なシナリオ、構成にミスなどない。


 でもどうしても目につく、いつまでも指輪をしないお父さんと、再婚した瞬間に昼も夜も仕事をやめたお母さん。

 大切にされていない仏壇、あげられない線香と「もうそろそろおばあちゃんの私物整理しようかしら。夫婦の寝室が欲しいわよね」というお母さんの言葉。

 ひとつ、ひとつ、小さな違和感が降り積もっていく。

 言葉で言われる事と、見えることが繋がらない。

 何が嘘なのか分からない、『家族』がいう言葉が信じられない、私は異物だ。

 普通の家を、普通の話を、普通になりたい、普通の幸せを書きたいのに、普通を信じられない。

 見つけた違和感を、感じる身体の不調を、すべて笑顔を張り付いて、やり過ごした。


 仮面をかぶっているのは、家だけではなく、学校でもそうだった。

 普通の家庭で生きている私が普通にしてないのはおかしいという設定からだった。

 逆を言うと、学校で変な私になると、両親が違和感を持つのでは? 『幸せを疑っていることがバレてしまう』と思っていた。

 私は全ての伏線を消し去るように、丁寧に『普通の私』というラベルを顔に貼り続けた。



 本当の私なんて誰にも気が付かれなくていい。



 気持ちを押し殺して恋人がイチャラブする話を書いて彼女に読ませたら「わかりました」と笑顔で言われた。

 挿絵に出てきたのは、玄関に無造作に転がる無数の靴。

 しかも全部『片方の靴しかない』。なんて悲しい絵。イチャラブなのに? ちゃんとイチャイチャさせたのに。

 私は絶句したけど、本当は涙が出るほど嬉しかった。


『そういう一面がある話を私は書いていた』からだ。




 この子、私の毒に気が付いているのね。




 嬉しい。すごく嬉しい。ありがとう。一気に楽になった。

 彼女の前だけは、笑顔の仮面も、普通でいる必要もなかった。

 だって私は駄目な人間なのだ、全然普通じゃない、普通の家庭で「お母さんがおばあちゃんを殺したのでは?」と延々と疑っている頭のおかしな女なのだ。

 なんなら想像しすぎて、お母さんがおばあちゃんを突き飛ばす映像まで脳内に描きはじめた。

 その脳内の絵は最後に『お母さんが事実を知った私を殺す絵』まで発展した。

 狂っているのは、私。



 でも彼女の前ではそのままで居られた。

 毒だらけの私のそばにいてくれるから。





 

 中学2年間、たっぷりと両親を疑い、殺されるのでは……と怯え、私は気が狂う寸前だった。

 これ以上は無理だと思い、高校へ行くなら家を出たい。そう考えたが、特別な理由がない限り、誰もそんなことをしていなかった。

 両親に疑われたくない私は、必死に考えて、寮がある高校を見つけた。

 そして偶然にもそこはお父さんの出身校だった。

 偏差値が高く、自主性を重んじる高校で、行きたいと願うには完璧な高校だった。

 見つけた、良かった、これなら家を出られる。私は神に感謝した。


「え……寮に入る? 高校生で? 通える距離じゃない。どうしてわざわざ。せっかく家族になったのに」

 

 お母さんは絶句したけど、お父さんは賛成してくれた。

 寮には門限があり、自由など無い、厳しい規則があるのだと語った。

 それに自分の出身校だ、反対などしない。私もそこを言い続けた。

 こんな素敵な高校に、お父さんが通っていた同じ高校に行き、生活を身に着けたい。

 言いながら吐きそうになったが、最後の笑顔の仮面を顔に張り付けて頑張った。


 そして合格。

 私は平和を手に入れた。

 心底嬉しくて、部屋で隠れて泣いた。




 寮は二人部屋だったが、相方は華やかな頭のいい子で、親から逃げて男遊びをしたいようで部屋に全く居なかった。

 厳しい規則は彼女にとって、バレないように破る楽しい遊びに過ぎなかった。

 見ていて楽しかったし、実際相方は遊び呆けているのに常に学年トップで誰にも咎められなかった。

 すべては好都合。私は小説を書き続けた。

 それを彼女に送っては、絵を待った。

 彼女は受験勉強で忙しいだろうに、私が小説を送ると律儀に絵を書いてくれた。

 それはいつも私を満足させてくれた。


 そんな生活が一変するようなことが起こった。

 寮長のおばあちゃんが病気で入院することになったのだ。

 私はおばあちゃん子だったこともあり、寮長のおばあちゃんに懐いていた。

 家族がいないというおばあちゃんのために私は毎週末病院に通った。

 

 そこで副会長と知り合った。

 

 家を出たこともあり、笑顔の仮面は半分くらい捨てていた。でも物事を詳しく調べる所を買われて生徒会に入っていた。

 小説を書きたかったので部活に入って無かったのも大きかったのだろう、それに寮にいるために24時間使える所も。


 寮長のおばあちゃんの面倒を私と同じくらい見ていたのが副会長だった。

 神経質そうなメガネに、ニコリともしない所を見ると、人と付き合うより仕事を好むタイプだと一瞬で理解して、深く話したことは無かったが、寮長に見せる優しい笑顔に惹かれた。

 今考えると、完全にお父さんをかぶせてみていた。

 副会長がおばあちゃんに優しくしている……それを『お父さんが私のおばあちゃんに優しくしている』と変換して見ていた。

 家から離れた解放感もあり、気楽になっていたのだろう、私は副会長とお付き合いを始めた。


 最初は全てが新鮮だった。

 ずっと家の事が頭を支配していた私に、愛とか恋なんて遠い話で、一度も男性と付き合った事がなかった。

 彼女の事は好きだったけど、好きという次元にないことはこの時点で気が付いていた。

 彼女は人生を送る上で、同士なのだ。

 そうではなく、淡い恋心。

 今まで恋愛ものを何本も書いたが、そんなこと全て絵空事だったと思い知らされた。




 楽しさより苦痛のほうが大きかったからだ。




 想像する恋愛のほうが楽しかった。

 こうなのかな、そう思っているのかな、考えるのが楽しかっただけだ。

 本当に悩んだり悲しんだりする副会長を目にするのは、むしろ辛かった。

 私が恋愛に向かない人間だと思い知らされるだけだった。

 恋愛を経験したら、二度と恋愛ものを書けなくなってしまったこの皮肉。

 それでも諦めきれず、副会長とラブホに入ってセックスしてみたが、これは興味深かった。

 副会長が丁寧に私を愛してくれたのもあり、予想以上に気持ちよかった。

 恋愛はしなくて良いからセックスだけしたいと思ったが、これまた狂っているので黙った。

 むしろ副会長の事が好きではないのに、セックスだけ好きだと気が付かれるのがイヤで、別れることになった。

 誰としてもセックスというものは気持ちよいのだろうか。

 興味深かったけれど試す勇気はなく、それを裏から小説に書いたら、彼女が裸の男女が入り乱れる絵を書いてきて笑った。

 やっぱり彼女といるのが一番面白い。


 高校二年生も中盤になると、将来のことが色濃く見えてきた。

 私は彼女に聞いた。すると彼女は迷いなく答えた。


「東京に行くと思います。アニメーションを作ることに興味があるんですよ」

「へえ」


 驚いた。

 彼女は美術系の賞を沢山貰っていたので、美大にいくのでは……と勝手に思っていた。

 でも同時に彼女が表現の世界から離れないことに安堵した。

 私も小説を書くことから逃げるつもりは無かった。

 何より、自分の中の毒をもっと上手に表現できないものか……と考え始めていた。

 悩んだ結果、隣の県にある考古学や民俗学を学べる大学に入ることにした。

 作家として持っていない引き出しを持ったほうがよいと考えたのだ。


 この選択は正解だった。


 歴史を、民族を、考え方を学べば学ぶほど、私の中にずっとあった「おばあちゃんは本当に事故で亡くなったのか」が解決していったのだ。

 

 つまりの所、真実などどうでも良いのだ。

 遥か昔のことを研究している人たちと接すると分かるのは「今日までに見つけた事実が全て」なのだ。

 というか、そう思考を育てられる。

 簡単に言うと、宇宙人が邪馬台国を作ったと主張しても、九州に邪馬台国があったと主張しても『事実がなければ同じ扱い』なのだ。

 そこに想像や思惑は存在しない。

 『事実だけをみて考える』。

 それは縄文土器の模様一つで話を作り出してしまう私には新鮮だった。


「これは土器ファッションショーがあったのではないですか? 土器を作る人の地位は高かったと思います」

「事実としてありません」


「この非常に大きい土器は、やはり祭事に捧げられたものではありませんか。このサイズ、持ちにくさ、お祭りを感じますね」

「事実としてありません」


 事実を元に色々考えても、何を言っても、教授たちの答えは「事実としてありません」。

 これが新鮮で仕方なかった。

 考古学というのだから、もちろん事実を元に補完するのが仕事だ。

 ただ私のような『適当な仮説』は、恐ろしく昔の事を研究している人たちの間には「関係がない・必要がない・考えもしないこと」なのだ。


 事実のみを受け止める。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 その訓練を私は大学4年間かけてした。

 それは私の思考を恐ろしくシンプルにした。

 物語を書く脳は活発に動いていたが、他のラインを持てた。


 そして、そのラインを持ち、私は『お父さん』に向き合うことにした。

 自分の思い込みは横に置いて、シンプルに言葉を受け取る。




 久しぶりに帰った家は、私が住んでいた頃とは違い、お父さんとお母さんの場所になっていた。

 私は日本茶を好んだが、お母さんは紅茶が好きだった。そしてお父さんも好きなのだろう。

 数種類の紅茶の缶が並び、お父さんは大きなカップに美味しい紅茶を入れてくれた。

 私は背筋を伸ばした。

 思い込みではなく、思考をシンプルに、言葉だけを受け取る。


「お母さんは離婚してからも、ずっと指輪をしてたけど、お父さんはしてない。お揃いの指輪はどこに行ったの?」

 突然そんな話をする私にお父さんは驚きながら、でも丁寧に話を始めた。

「料理をする時に外したら、おばあちゃんに持って行かれて……そのまま捨てられてしまったんだ。外したことを後悔しているよ」

 横をみるとお母さんが悲しそうにうつ向いている。

 私は続ける。

「じゃあ、どうして家に来た時、指輪をしていた跡があったの? 外した直後みたいな……他で結婚してた?」

「よく見ていたね。外では仮の指輪をしていたんだ。お母さんといつか再婚するために『既婚者』で居たかった。でももう今は、ちゃんとお揃いの物を買ったよ」

 そうなのだ。帰った時に気が付いていたが、お母さんとお父さんはお揃いの指輪を買いなおしたようで、同じ指輪をしていた。

 前の指輪と同じ、イタリアの職人さんの手作りのようだ。

 ゴツゴツとした変わった形をした指輪……私が実家を出てから二人で旅行に行き、作って貰ったらしい。

「職人さんが健在で嬉しかったわ」

「ね、また行きたいね」

 そしてお互いに目を見て幸せそうにほほ笑みあった。


 ひとつ謎は解けたが、まだ聞きたいことはあった。


「お金は? どうして貯めていたお金をお母さんに渡さなかったの?」

 お母さんが身体を乗り出す。

「それは私が最初に断ったの。だから貯めてると思ってなかった……。だって本当にお父さんには酷い事ばかりして……捨てられて当然だったのに……」

 お父さんは優しくお母さんを抱きしめた。


 冷静に見ると、お父さんとお母さんは恐ろしく普通の夫婦だった。

 むしろかなり愛し合っている。

 

 仮定するならば。

 お母さんは二階に部屋を移して事故を祈ったかもしれない。不幸を祈ったかもしれない。

 これほど愛している人を理不尽に追い出されたら、その程度の感情は目覚めるだろう。

 でもこれ以上の事は、それこそ宇宙人の邪馬台国と変わらない。

 タイムマシンがないなら、人の心を覗けないなら、事実を受け取るのみなのだ。 


 私は永遠におばあちゃんを大切に思い続けるし、育てて貰った恩は忘れない。

 一生供養するし、覚えている。

 おばあちゃんを永遠に忘れない。

 私という人間を作ったのはおばあちゃんだ。


 もうそれ以上に、ここから先、出来る事なんてない。


 事実のみで考える脳のラインは私を楽にした。

 私は発掘調査に関わりながら、小説を書いた。

 戸惑いながらも私の呪縛を溶け込ませた小説は賞を取り、世の中に出る事になった。


 世界は立ち位置によって見せる角度を変える。

 私は見たい物を見たいようにしか見ていなかった。

 やっとそれに気が付いた。

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