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私と先輩の、恋なんてあまっちょろい、どうしよもなくアホで曲げられない執着の話  作者: コイル@オタク同僚発売中


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3/7

私と先輩の始まりについて

 東京は楽しかった。

 刺激に溢れて、テレビの向こうで見ていた人たちが本当に存在して、何かを作り上げていく姿に感動した。

 なにより、先輩以外の事で感動できる自分に安堵した。

 ひょっとしたら私は一生先輩に執着して生きていくのではないかと自分を心配していたからだ。

 アニメーターの新人……動画の新人ということだが、とにかく絵を書き続ける事が仕事だ。

 一枚数百円なのに、恐ろしく精密さが求められる世界で私は何も考えずに、ただ絵を書いた。

 もともと人と付き合うのが好きではない性格がアニメ業界に向いていたのだろう、ただただ机に向かって描き続けた。

 18才から20才までの記憶はあまりない。

 鉛筆を握って、ただ自分の線で世界を構築することに集中していた。

 

 そして先輩とは違う憧れる人が出てきた。

 年上の男性監督で、私を気に入って原画に引き上げて、面白いカットを優先的にふってくれるようになってきた。

 ただ絵を書くのと、アニメの原画を書くのは全く別の世界だ。

 すべてを自分の鉛筆一本で構築することができる世界。

 真っ白な世界に私は宇宙を作り上げることも、超能力を使うことも、20人の男から告白されることも出来た。

 監督は私に色々教えてくれた。

 私が企画よりの頭の中だと知ると、与えられた仕事の中でも「成長できる仕事の仕方」を教えてくれた。

 普通の原画に見えて、自己の主張を消さない私は今の若い子には珍しかったらしく、あっという間に演出に引き上げられた。

 演出という職業の大切な仕事に、脚本という書かれた文字を絵に起こす作業があった。

 この作業、私は恐ろしく得意だった。

 それは中学、高校と先輩としてきた遊びだったからだ。

 私の中では、先輩の文字は常に絵がついていて動いていた。いつもその動画の最高の瞬間を挿絵にしていた。

 逆に動いていない文字は死んでいるのだ。

 死んだ文字は話しかけてやると動き出す。


 どうしたいの? どこに行きたいの?

 

 この頃、監督に告白された。

 女の人として好きになったので、付き合ってみたいのだが、どうだろう。

 なるほど。

 仕事相手として尊敬もしていたし、知識も持っている。それに気持ちを押し付けない優しい人だと知っていた。

 アニメ業界にしては清潔な風貌も嫌いでは無かった。

 今一緒にしている仕事が終わったら、考えます。

 私は素直に答えた。そろそろ先輩への狂った執着も落ち着いているように感じた。


 でもそれは一瞬で打ち砕かれた。

 長く雨が続いていた6月の後半だった。監督と一緒にしていた仕事が9割終わり、都内で放送フォーマットを作る作業を終えた。

 監督は打ち合わせがあるというのでスタジオで別れて、一人で地下鉄の駅に向かった。

 大きな傘を畳んで、屋根に一歩入った所にあった本屋の壁にそのポスターは張ってあった。

 私は絶句した。


 20才の天才。

 

 そこは先輩の名前が書いてあった。

 そして大きな賞を受賞したことが書かれていた。

 先輩は小説家としてデビューしていた。


 私は浅い息を何度も吐きながら本屋の中に入った。自分が呼吸している音が、胸の音が、大きく聞こえる。ふわふわして歩いている感覚がない。

 なんとか歩いて、先輩の名前を探す。

 レジの目の前に先輩の本は置かれていた。


 先輩の名前。


 中学校の時に図書館で初めてみた先輩の名前に触れた時のように、ゆっくり触った。

 冷たくて何も変わらない感触に涙があふれる。

 タイトルも、内容も、間違いない、これは先輩の作った話だ。

 先輩だ、先輩がいる。

 レジに運ぶ指が震えて、財布の中身をぶちまけた。

 何度も謝りながら小銭を拾う。頭がクラクラし始めていた。

 本を抱えて店から飛び出す、今すぐ読みたい。すぐに隣のカフェに入った。

 そして3時間で読みきって、人目も憚らず号泣した。


 先輩は健在だった。


 先輩の話は相変わらずファンタジーだったけど、先輩は話の中で『執着していた人を殺した』。

 読んで納得した、先輩はずっとずっと自分の中に芽生えてしまった安い感情を殺したかったのだ。

 高貴な人間であろうとして、安い自分を殺したかったし、実際殺していた。

 そして先輩は放たれていた、きっとこれを書くまで自分も分からなかったのだろう。

 かなり戸惑った内容になっていて、そこが評価されているようにも感じた。


「……先輩、先輩」


 私は本を抱きしめて、声を押し殺して泣いた。

 顔がドロドロになって、でも何も持ってなかったので、服の袖でふいた。

 もうどうでも良かった。


 先輩はここにいた。

 認められて出てきた。

 そんなこと、私はずっと前から知っていた。

 私だけが知っていたのに、私だけの先輩だったのに、やっぱり出てきて、許せない、大好きだ。



 監督からの告白を断り、私は死ぬほど働いた。

 この死ぬほどというのは例えではない。

 20才から23才までの間、会社に住み込んで仕事をした。

 6畳一間の部屋は7000冊の本で床が心配になって来たので、レンタルルームに入れた。

 そして部屋を引き払い、私は会社に住み込んだ。

 住民票も会社にうつし、ひたすら本を読み、企画を考え、脚本を書き、コンテをきり、自分で絵を書いて世界を構築し続けた。

 結果2度ほど体調不良というか、過労で倒れて入院させられたが、告白を断っても尚、私を面倒見続けてくれた監督に口に何かを突っ込まれて仕事をし続けた。

 このままでは生きていても死んでいるのと同じだった。 

 死にかけては、病院のベッドで先輩の本を読んで泣いた。

 そして先輩の小説が映画になることを知った。

 そして私の3年間の努力は実り、私の作品も日の目を見る事になった。

 深夜で流してもらった作品が売れて、大きな賞を取ることになったのだ。


 


 そして、あっさりと先輩との再会は訪れた。




 大きな映画祭に、先輩の映画が流れることになり、私の話も再編集して流すことになったのだ。

 先輩に会える。

 そう分かった時に、私は突然乙女になった。

 

「……監督、私、可愛いですか?」

「可愛い……? どうしたの突然。間違いなく言えるのは痩せすぎかな」


 慌てて鏡の前に立って自分をみて絶句した。骸骨か。

 本当に酷い状態だった。

 頬はこけて、目の下は黒い。そして髪の毛はボサボサで艶の一つもない。

 23才という年齢だけで戦っているガリガリの生物がそこにいた。

 というか、数年ぶりに鏡で自分の顔を見た気がする。

 醜すぎる。

 これは先輩の横に立ってはいけない人種だ。

 私は我に返った。

 そりゃ3年間病院以外まともに眠らず働いたのだ、こうもなる。

 とりあえず部屋を借りて、ネットで検索して良さそうなマットレスを買い、部屋の真ん中に置いて延々と眠った。

 監督が運んでくる食事をとり、休み続けた。


 そして先輩に再会する三か月後までに、なんとか人間に戻った。

 生理もすべて戻ってきて、安堵した。

 




 上京してから美容院など行ったこと無かったが、会社の先輩に紹介して貰って全てを整えた。

 考えた末、中学校の時と同じ長さ……おかっぱにした。ストレートパーマもかけて、トリートメントもした。

 そんな時間があったら仕事をしたい! と思っていたが、トリートメントして貰いながら本が読めるのは盲点だった。

 むしろ他の事が出来ないので、本が3冊も読めてしまった。こういう読書方法も悪くない。

 先輩はきっと恐ろしく美しくなっている。

 隣に立てる人間にならなくては。

 私はメイクも高校時代で止まっていたので、これまた美人の先輩に連れられてデパートで鬼買いした。

 化粧品売り場のお姉さんたちは信じられないほど美しく、私はされるがまま色々買った。

 正直先輩に会う日だけ美しければ良かったのだが、もう何でも良かった。

 服も高校時代の物を着ていたので、そのままデパートで「きれいな感じでお願いします!!」と上から下まで買った。

 

 大人になった私をちゃんと作って、私は映画祭の前夜祭で私は先輩に再会した。

 先輩は私を見つけると走り寄ってきた。


「君に会えて嬉しい。本当に嬉しい」


 そして私を抱き寄せた。

 私は先輩の肩に手を回して抱き着いた。

 先輩だ。

 先輩に会えた。

 先輩はやはり美しかった。

 前よりも確実に美しくなっていた。

 黒く美しかった髪の毛は、ずっと伸ばしていたのだろう。腰くらいまであり、風に揺れる絹のように美しい。

 私を包む指先は桜より淡い色に包まれていて、キラキラと光っている。

 引き寄せられると甘い、でも高貴な香りがして目を伏せた。

 大人になった先輩だ。

 私はせっかく完璧にメイクをしてきたのに、わんわん泣いてしまった。

 つまりの所、先輩の本を読んだあの瞬間からずっと緊張していたし、疲れていたのだろう。


 私は監督とプロデューサーに宇宙人のように両腕を掴まれて裏に連れられて、メイクを最初からやり直した。

 先輩は私の横で微笑みながらそれを見ていて言った。


「君は何か元気になったね」

「先輩はめっちゃキレイになりました」


 また泣きだしてしまったので、先輩を遠ざけられてしまった。

 久しぶりの先輩ともっと話がしたかったので、今までした一番ひどい修羅場を思い出して泣き止む。

 今回の仕事、最後の二週間はお風呂に入る時間も無かった。24時間の境目もなく働いた。最初の3日間は頭が痒いのだが4日目からは感覚がなくなる。

 そして5日目以降は無臭になる。7日目頭を洗おうとしたら、全くシャンプーが泡立たずに、6回洗ったら髪の毛がバッサバサになった、ああ地獄……。

 涙は止まった。


 メイクを直して廊下に飛び出すと、先輩は待っていてくれた。

 長い髪の毛をサラリと揺らして私にほほ笑む。ああなんて美しいんだろう。

 そして細く美しい指先で私のペンダコだらけの右手を握ってくれた。

 温かくて柔らかい。また泣きそうになったが引きはがされるので耐えた。

 そして私たちは一緒に歩き始めた。




 何より私を興奮させたのは、先輩が原作を書いた映画の仕上がりはクソだったことだ。




 現場で初めてみたのだが、圧巻の残念ぶりだった。

 むろん先輩は何も悪く無いし、なんならこの映画監督はとても有名な人で、出来も悪く無くて、私と先輩以外は絶賛していた。

 でも私と先輩には分かっていた。


 自信をもって言える。

 私がつくったアニメのほうが良い出来だったと。

 

 ずっと私の前にあった、心の奥にずっと巣くっていたもやが、執着が消えていくのが分かる。

 熱い何かが喉から落ちて溶けていく。

 喉が痺れて声が出ないが、腹の底から声を呼び覚ます。

 初めて先輩と同格の『人間になった』と自信をもって言える。

 私は先輩の横で背筋を伸ばした。先輩の身長には遠く及ばないが、同じ視界になったと思えた。

 そして間違いなく先輩は私を見た。


 私は先輩の視界に入ったのだ。


「……先輩、やっと私のことを見ました」

「くそ。めっちゃ悔しいわ」


 美しい完璧な状態で、にっこり美しくほほ笑んで、真っ赤な唇を妖艶に開いて「くそ」だなんていうもんだから、私は横で噴き出す。

 先輩は人間だったのだ、私がただ神格化して、執着し続けただけ。

 それが愛でも恋でもなんでもいい。

 私は10年間ずっと、先輩を好きだったのだ。






 これは私と先輩の、恋なんてあまっちょろい、どうしよもなくアホで曲げられない執着の話。






 先輩が私の横で口を開く。


「君、今東京だっけ」

「そうですね、18で上京して、もう5年ですね」

「私も東京行こうかな。もっと書きたい」

「良いんじゃないですか、東京は面白いですよ」

「じゃあ、君の家に一緒に住んでもいいかな」

「あ、それは無理でーす。私監督と同居してるし、恋人です。監督―!! 今日から恋人です。はい、恋人いまーす」


 突然呼びつけられた監督は「ん?」という顔をしたが、優しく私の肩を抱いてくれた。

 ああやっと私の10年になる先輩への執着が終わった。

 監督に肩を抱かれて素直に嬉しいし、安心する。

 これからはもう少しセーブして仕事しよう、このままでは死んでしまう。

 私の肩に、先輩の細い指が乗って、高貴な香りに包まれる。

 顔を上げると、先輩が監督を見ていた。

 その獲物を狙うような感覚がない横顔にゾクリとする。




「……監督、私、原作書きますけど、どうですか?」




 先輩はスッ……と監督に近づいていった。

 私が「はあ? 先輩やめてくださいよ!!」と叫ぶが誰も聞いていない。

 監督とその横にいたプロデューサーの目がギラリと光り、私を押しのける。酷い!!


「先輩さんが書くアニメ原作……? 興味がありますね」

「監督?」

「実は僕も新作を読みまして……お話できたら……と思ってました」

「プロデューサー?」

「上京されるとは、本気ですか?」

「はい。今決めました」

「せんぱーーーーい!!」


 思わず叫ぶ私の腕をツイと掴んで先輩が包んだ。

 それは甘く優しく、それでも絶対に離さないという執着と共に。

 私の耳もとで先輩が小さな声で言う。


「ねえ監督とはエッチした?」

「?! 何を言ってるんですか?!」

「……私さっきから君と監督のエッチシーンが浮かんで、文章を書きたくて仕方ないの。知ってると思うけど、普通の話に仕上げるわ」

「……先輩まじ怖い……」

「私が先に監督と君のエッチを文章にしたら、君はそれを思い浮かべながら監督とエッチするのね」

「支配欲がすごい……なんとなく知ってましたけど……」


 先輩は私の耳に軽くキスする。

 私は思いっきり逃げる。

 先輩はにっこりとほほ笑んだ。


「やっぱり君が一番好きだ。私はこれからもずっと君の中に居続ける」

「お断りします~~すいませ~~ん帰りまーす」


 私と先輩は騒ぎながら会場を出た。


 本当に先輩が東京に引っ越してくる日まで、あと少し。

 先輩が仕掛けた罠に監督が落ちるまで、あと少し。


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