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私と先輩の、恋なんてあまっちょろい、どうしよもなくアホで曲げられない執着の話  作者: コイル@オタク同僚発売中


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2/7

私と先輩の高校時代

 先輩は私がいる美術室によく来るようになった。先輩はあまり口数が多くない。それは近づいてから知った。

 だってこっそり見ていた先輩は、くるくるとよく笑い、色んな人と楽しそうに話をしていた。

 だから私の所にきても同じように話すのだろうと思ったいたけれど、先輩は全然話さなかった。

 ただ私の後ろの席で本を読んでいた。

 先輩はiPadを持ち込んで、常に電子書籍を読んだり、人のブログを読んだり、ツイッターを見たりしていた。

 活字中毒なのだと笑った。

 音がしない先輩を背中に、私は鉛筆を走らせた。

 振り向いたら先輩が私が絵を書いている所を見ていた時もあるし、私が先輩が読んでいる文字を見た事もあった。


「……それは何を書いてるの?」

「山の中にある小さな神社です。この前行ったんですけど、素晴らしかったので」

「へえ、私も行ってみたい」

「……いいですよ、週末どうですか?」


 そうして二人で出かけることもあった。

 私は小さなスケッチブックを手に、先輩はiPadを手に、山を歩いた。

 サクリ、サクリ……とただ響く足音が気持ちよくて、冷え切った空気の先に梅の花を見つけた。


「先輩、その作家さん、最近読んでますね」

「そうね、最近お気に入りなのよ。静かにゆっくり、狂ってるわ」


 狂ってるのは先輩ですよ。私は思ったけど、言わない。

 先輩の狂気は表面にないのだ。

 先輩の狂気は物語に隠れている。

 半年近く一緒にいても、先輩が何を隠しているのか、全く分からなかった。

 私も先輩も、あまり個人的な話をしなかったのもある。


 先輩が何を隠しているのか知りたくて。

 読む本や、文字を横で追い、先輩が書く物語を横で一番に味わった。

 先輩は山のような文字を、物語を、音楽を、気象を文字として飲み込んでいるのに、吐き出される物語は文字のオーケストラが一瞬止んだ瞬間に鳴るピアノソロのような話ばかりだった。

 どうしようもなく盛り上げて、あっちからも、こっちからも音楽をかき集めて、集中させて伏線集めて……リンと一つだけなる和音のような話。

 もっとあるでしょう、きっと音楽が、文字が。

 先輩は語らなかった。

 私は仕方ないので、それを絵に書いた。


「……どうして君は、私が書いたあの話にこの絵を書くのかな」

「こういう話でしたよね?」


 私は何度も先輩に聞いたが、先輩は満足げに薄くほほ笑むだけだった。

 喰えない女。

 好きすぎる。



 先輩は日本人形のように整った美人で、真っ黒な髪の毛は片下までしっかり揃っていて、前髪も厚く、そしてなにより艶々していた。

 でも重すぎなくて、とにかく綺麗な髪の毛ををしていた。

 眉毛はキリッと弓なりで、まつ毛が信じられないほど長かった。

 曰く「子供の頃、お母さんにつまようじを5本乗せられても落ちなかったのよ」というほど長いまつ毛で目の下に影落ちるほど。

 そして大きな瞳がそれを支えていた。

 鼻筋も通っていて唇は甘く艶めいて、先輩は造形も完璧だった。


 だから恐ろしくモテた。

 私の前以外では愛嬌もあり、勉強も出来るのだから、もう仕方のないことだ。

 毎週誰かが先輩に告白して、散っていった。


「ごめんなさい、今は他の事が楽しくて」


 中学三年生にもなると、先輩は意欲的に物語を生み出していて、そのほうが楽しそうに見えた。

 その言葉を聞くたびに私は安堵した。

 先輩が他の人間などに興味を持ってほしくない。

 ちなみに私にも興味を持ってほしくない。

 私ごときの人間、足元にも及ばない先輩であってほしいと常に思っていた。


 それほどの先輩が生み出す話はやはり美しく、普通の家族の話に見えるのに、完全に狂っていた。

 先輩は私に物語を一番に読ませて、絵をねだった。

 真横から夕陽がはいる夕方。

 先輩は私の後ろにぴったりと立って、私の鉛筆が動くのをずっと見ていた。


「……君が引く線は生きてるみたいだね」

「先輩の話が生きてるからですけどね」


 私たちはお互いに何かを贈りあった。

 それは心であり時間であり、形に残るものでもあった。


「お腹すいた。家まで我慢できない」

「またですか?」


 先輩はめちゃくちゃ細いのによく食べた。

 学校帰りに買い食いするのは禁止されていたのに「ね、こっち」と手を引かれて少し離れた場所にあるコンビニでよく買い食いをしていた。

 肉まんが大好きで「どうぞ?」といつも半分こしてくれた。

 私は喜んで先輩の半分を食べた。

 先輩と同じものを食べ続けたら、いずれ先輩になれるのではと真剣に思っていた。

 先輩と同じものを食べ続けたら、血となり肉となるものは同じはずなのだ。

 好きすぎて、もう先輩自身に私がなって、同じ視線で世界を見たいと祈っていた。


 三年生になった先輩は普通に卒業していった。


「待ってるね」

「わかりました」


 普通に答えたが、先輩の進学先は県トップ高だった。

 当初の成績では先生に「無理だろ」と笑われるほど合格ラインは遠かった。

 絵ばかり描いていたのだから仕方ないと言いたいが、先輩は本を読んで話を書いてトップ成績だったのだから言い逃れできない。

 仕方ない。私は塾に入って猛勉強を始めた。

 他の高校にいく理由なんて一つもない。先輩と同じ景色を見続けることだけに意味がある。

 勉強は真面目にやれば、絵をかくより、先輩が隠した心を文章の中から探し出すより簡単だった。

 答えを知り、書いて、間違えていたら次は間違えない。

 それだけだった。

 答えがあるなんて、簡単。

 私は先輩からたまに送られてくるメールや写真や文章を見て、何を見ているのか、考えているのか、想像するほうが100倍難しかった。

 私は先輩と同じ高校に入学した。


「待ってたよ」

「お待たせしました」


 先輩は相変わらず美しく、沢山の友達に囲まれていたけれど、すぐに私が入った美術部に入り浸った。

 恐ろしいほどの満足感に私は安堵した。先輩は何も変わっていなかった。


 高校生は中学生とは全く違う自由があった。

 

 たぶんどこの学校も同じだろうが、偏差値が高い高校のほうが校則が緩く、自由だ。

 私と先輩が入った高校もそうだった。部活に力を入れ、学校行事も多く、私は再び先輩の横に居られる時間を楽しんだ。

 しかし、私自身にも変化が訪れていた。

 私自身が異性にモテ始めたのだ。

 私は容姿は先輩を100とするなら60くらいだと思う。

 普通の耳下で切りそろえられたオカッパに、面白みのない少し茶色の髪の毛。

 それにずっとべっ甲のメガネをしている。視力が極端に悪く、0.05をきり、メガネは分厚くなるばかりだ。

 それに身長も大きく無いし、スタイルも良いとは言えない。

 先輩みたいに胸も大きくないし、足が長いわけでもない。

 恐ろしく普通、でも整えているから50を切らない。私は自分をそう評価していた。

 それに50を切るような容姿と気合では先輩の横に立っているのは、あまりに不釣り合いだと思っている。

 だから顔やスタイルではない、姿勢や立ち振る舞いだけは、美しくあろうと決めていた。

 それが功を奏したのか、高校入学と共に、異性に告白された。


「まずはお友達から、どうかな」


 私は後ろに立ってそれを見守っていた先輩を見た。

 先輩は


「いいやつだよ?」


 と私に向かって言った。

 先輩がそういうなら、何の興味もないが、友達になるのは良いと言った。

 しかし付け加えた。


「その先に恋愛を期待しているなら、難しいかも知れません。趣味が多くて」

「そうか」


 先輩の友達は明らかに落胆した表情を見せて、数か月後には他の女の子と歩いているのを見かけた。

 そのほうが良いと私は素直に思った。

 趣味が多いし、異性に興味が持てない事にウソはないけれど、このころになると私は考えていた。


 私は先輩を恋愛の対象として好きなのか、と。


 恋愛の対象として好きということは、先輩とキスをしたりセックスをするということだろう。

 そして思う。

「それって面白いの?」。

 私と先輩はいつも同じ本を読んだ。

 そして第一章だけ、50ページまで、または1巻まで、二人で決めて期日までに読み、次の日に部室でお茶を飲みながら語り合う。

 あの人は何を考えているのか、あの行動はどうなのか、どうしてあのセリフなのか、あのシーンは絵に書くならどうするか。

 私と先輩は先生に怒られるほど遅くまで語り合った。

 それは私をいつもとても興奮させた。

 だって先輩の中に入って行ける行為なのだ。

 先輩の思考、先輩の考え、先輩と同じものを読んで、脳の中で整頓して、一緒に吐き出す。

 これほど甘美なことがあるだろうか。

 それも学校、部室で、私は先輩の中に触れる事ができるのだ。

 それよりキスしてエッチすることが魅力的だろうか。

 私には全く分からなかった。


「君と話してると、いつも楽しい。君と話している時間が永遠に続けばいいと思う」

「私もです。先輩と話しているのが、一番楽しいです」


 先輩と話していると、快感で背筋がゾクゾクする。

 私と先輩の思考は混ざり合って常に一つになり、たった一つの結論の向かって混ざり合う。

 この瞬間の甘美な事。

 これ以上気持ちよいのだろうか、セックスというのは。

 身体を繋いだ先に何かあるのか。結局別の生き物だと思い知るだけだろう。

 すぐに飽きそうだ。


 私は先輩が書いた小説の挿絵を描き、美術賞に応募したりして過ごした。


 


 そんな関係がすこし変わったのは、私が一年生、先輩が二年生のどうしようもなく暑い夏の日だった。

 日本がお風呂に浸かってしまったような蒸し暑さに、私は水筒に入れた冷たいお茶を少しずつ飲みながら坂を歩いて学校へ向かった。

 夏休みの補習で、先輩が学校に居ないのも私の脚を鈍らせた。先輩が居ない学校など行く必要をまるで感じない。

 あまりに暑さに、歩いて学校に行くのは諦めて、バスに乗ることにした。

 駅前、小さな日陰で今が盛りのように鳴き続けるセミの声を聞きながらバスを待った。

 すると、見た事がある人陰……駅から先輩が出てきた。

 先輩の髪の毛は真っ黒で美しいので、遠くからみてもすぐにわかる。それに先輩は黒い服しか着ないのだ。春夏秋冬、先輩は黒い。

 偶然会えるなんて嬉しい。

 声を掛けようと思った瞬間、見たものが信じられなくて心が凍った。

 先輩が男の人と手を繋いで歩いていたのだ。


 ふーん?


 私は小さな日陰を出て先輩を追った。ジリッ……と真夏の日差しが私の髪を焼く。

 相手を見たい。気が付かれないように、かなり遠くから確認する。

 それはすぐにわかった。一学年上の三年生……生徒会・副会長の男だった。

 ちなみに先輩は会計として生徒会に入っている。私も誘われたが、なんとなく学校のルール的に二年生からのみ生徒会が許されそうだったので、私は来年の楽しみにしていたのだが。

 先輩と男は腕を絡めて、路上でキスしようとしていた。

 

 なるほど。

 先輩も人間なんだな。


 それが私の最初の感想で、私はその場からすぐに離れ、結局歩いて学校へ向かった。

 ミンミンと鳴き続けるセミの声を聞きながら考えた。

 先輩がモテることは知っていたし、こういう事への心の準備はとっくに済ませていたからだろう。

 思ったより悲しくも苦しくもなく、感想はとにかく「先輩も人間だったのか」だった。

 あれほどの狂気を美しい文字の下に隠して、話を紡ぎあげる先輩が、人間に興味を持っていたのか。

 

 その後も先輩の小説を読み、絵を書く日々は続いたが、先輩は部室にくる回数が明らかに減り、男と過ごす時間が増えた。

 しかしそれは二か月も続かず、あっという間に私の横に戻り、本を読み、討論を好んだ。

 ですよね。

 普通に思ったけど、先輩も人間なんだな……という思いだけは消えず、ほんの少し執着は消えた気がした。


「君は、男の子と付き合わないの?」

「そうですね、いつか。いつか付き合うんだと思います」


 私は答えた。

 気が付いていたのだ、私は先輩への執着を持ったまま男と付き合ったら、きっと吐くほど後悔すると。

 私の中には完全に『先輩がインストール』されていて、一瞬で私の中に先輩の思考が出てくる。

 つまり私が誰かにキスされるというのは、抱かれるというのは、先輩の思考でそれを感じる事にもなる。

 何かあると先輩の文字で脳内に描写されることもあるレベルまで達していた。

 こうなったら一度でもいい、ちゃんとした状態で私は先輩の視界に入りたい。

 それがどういう事なのか、分からないけれど、先輩の視界に入りたいと、この頃思い始めていた。

 

 先輩は地元の大学に進学、私は夢を追い、アニメーターを目指して上京することを決めた。

 絵を動かして世界を構築することに興味があった。

 それにこのまま先輩の横に居ても、先輩の視界に入ることは難しそうだと思ったのが最大の理由だ。

 私は先輩の視界に入るために、先輩に認識してもらうために、離れる決意をした。


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