8話 ガチれマヨネーズ
前回のあらすじ
素っ裸で異世界に転生したトラジ。
ラビに助けられ、訪れた町で服を手に入れたはいいものの、それは女人にのみ激臭を放つ呪いの装備だった。
脱げなくなった激臭装備の呪いを解くため、ラビ、ガチムと共に、呪いの元凶と言われる《ジェロスの町》を目指す。
――ガサッ
「くそっ、また出やがった!?」
薄暗い森の中、トラジは飛び出してきたモンスターに驚き足を止める。
「コイツ、やけにこの辺に多いな……ラビ、相手を頼めるか?」
「えぇー? またぁ? ウチもう面倒くさーい」
ガチムに頼まれたラビは、うなだれた様子で返事をした。
彼女がそうなるのも無理はない。
ラルの町を出てこの森に足を踏み入れてから、トラジたちはこのモンスターに何十回と遭遇している。
嘲笑うように反復ジャンプを繰り返すこのモンスターは《アイスゴブリン》
アイスゴブリンは小型の氷ハンマーを自在に操り、動きが素早く攻撃がほとんど当たらない。
3人の中でラビだけが唯一攻撃を当てることが出来るため、彼女はかれこれ数時間は戦いっぱなしだった。
「そう言わずに頼む。後で回復してやるから」
「回復だけじゃなー。お腹も空いたしぃー」
長いウサ耳をペタンと下げて、ラビはいじいじと小石を蹴る。
〈ケケケ〉
こちらを見て笑い声を上げる敵に、ラビはガスマスクの下で恨めしそうな目を向ける。
「……それにコイツ、なんか面倒くさいんだもん」
不貞腐れるラビに、アイスゴブリンは勢い良く飛びかかる。
そして、空中で氷のハンマーを手に振り下ろした。
かに見えた。
――ヒュンッ
棍棒はラビの顔面の寸前で止まり、アイスゴブリンは面白そうに笑っている。
実はモンスター、攻撃を何度も繰り出すのだが、本当に当てるのは数回から十数回に一回程度。
相手の集中力が切れたのを狙って仕掛けてくるのだ。
「ほらぁ〜! こんなんばっかしてくるしぃ」
ラビは面倒くさそうにガチムを見上げる。
「うっ、確かに面倒だが。放っておけば隙を突かれて攻撃をくらってしまうし」
すっかりやる気がなくなったラビに、ガチムは困惑し腕を組む。
傍観していたトラジは、痺れを切らしたようにため息をついた。
「はぁ〜、しゃーないなぁ。ほら、マヨネーズやるから」
「マヨ!?」
トラジの言葉に、ラビはピンと耳を立てて目を輝かせる。
ラビはトラジの方へ一瞬で移動すると、ガスマスクをずらして大口を開ける。
「あぁ〜」
「ほい」
軽い仕草で指先を向け、トラジはラビの口目掛けてマヨビームを放つ。
「うーん! うまぁ〜〜!!」
口に注がれた大量のマヨに、ラビは幸せそうに声を上げ小躍りする。
しかし数秒後、その動きは何故かピタリと止まった。
「あ? どしたラビ」
「か……」
「かぁ?」
「かっらーーーい! 何かスゴい辛い!! あぁー、もう無理! 水、水〜!」
ラビはその場で挙動不審に走り回ると、水を求めて駆け出していく。
「おいラビ!? どこ行くねーん!」
トラジの必死の呼び声も虚しく、素早い彼女の姿はもう見えなくなっていた。
「うむ……たぶん水辺だな。少し前に見かけた」
「冷静に言うとる場合か! 俺らじゃ攻撃当たらんねんぞ!?」
「だが仕方がない。ラビが戻るのを信じて耐えるしか」
「そんな無茶な」
そんなことはお構いなしに、アイスゴブリンはトラジたちに何度もフェイントを仕掛ける。
「くっそ鬱陶しいぃ〜!」
トラジは攻撃を躱しつつ闇雲に拳を振るうが、案の定カスりもしない。
そんな二人の攻防を後ろで見つめながら、ガチムは一人考え込んでいた。
「うーん……」
「ガチム! 唸っとらんでお前も何かやれよ!」
「いや……さっきのマヨネーズの事だがな」
「マヨ!? そんなんどうでも」
「何で辛かったんだ?」
「はぁ!?」
ガチムのゆるい一言に振り返った瞬間、トラジはアイスゴブリンに頭をどつかれる。
「がっ! いっでぇーー!!」
「だ、大丈夫かトラジ! 今、回復を」
「えぇわこれくらい……裸なるの見たないし」
「む、そうか」
攻撃力は低いため致命傷にはならないが、放置すれば蓄積されたダメージで危険が及ぶ。
この森は、何故かそんなアイスゴブリンたちの驚異のエンカウント率を誇るのだ。
「では、俺が相手を代わろう」
ガチムは敵を見据え、腰を落として構える。
「おう、頼むで」
自慢の筋肉で攻撃をガードするガチムに隠れ、トラジは体を休ませる。
その間、ふとさっきの言葉を思い返した。
(けど確かに、何で辛かったんや? 今までそんなん言わんかったのに)
トラジは自分の指先からマヨを少し出し、それをペロリと舐める。
そしてカッと目を見開いた。
「こ、これはっ」
しばらく動きを止めた後、トラジは立ち上がる。
「ガチム、ちょっと下がっとけ」
「トラジ!? あぁ、わかった」
彼の不適な笑みを見て、ガチムは何かを察しサッと右に捌けた。
ガチムの影から現れたトラジに、アイスゴブリンは空中でハンマーを振り下ろす。
その瞬間、トラジはニヤリと笑い身を屈める。
「くらえ! ホットマヨシャワー!」
勢い良く広げた両手の指先から繰り出されたのは、ほぼ真っ赤のマヨネーズ。
広範囲に飛び散ったマヨネーズは、アイスゴブリンのあらゆる粘膜に入り込む。
〈ギィィィ!!〉
辛さにのたうち回る敵を目掛け、トラジはエルボードロップを喰らわす。
「ぅおらぁ!!」
〈ぶふぅーー!〉
「おぉーー! 見事だトラジ!」
強烈な一撃に倒れたアイスゴブリン。
ガチムはそれを見て歓喜の拍手を送った。
「ふ、チョロい相手やで」
さっきまで狼狽えていたのを忘れたのか、トラジは一転して偉そうな態度で立ち上がる。
「しかし、何だったのだ? あの赤いやつは」
「ふふん、食べてみる?」
「うっ……うむ」
恐る恐る口を開けるガチムに、トラジはぴゅっと辛子マヨを飛ばす。
「うぅ!? これは、かなり刺激的な……ラビが逃げ出すのも納得だ」
「やろ? ちなみにさっきより辛さ控えめや」
口を押さえるガチムに、トラジは何故か自慢げに話す。
「何で使えるようになったかは知らんけど、調味料の幅が広がったなぁ〜。早く何かに付けて食べたいわ」
「この辛さ、肉料理とかに合うんじゃないのか?」
「お、やるやんガチム。あとさ、揚げ物にも絶対合うで!」
「確かに! うーむ、町に着いたら即飯屋を探さねばな」
恐らくレベルアップで使えるようになった辛子マヨなのだが。
そんなことは1ミリも気にせず、マヨの可能性を語り盛り上がるトラジたちだった。
◇
その後、戻ってきたラビと合流したトラジたち。
散々厄介な敵に悩まされた森を抜けると、僅かに道が整備された草原に出た。
「ふぅ、やっと普通の道に出たな」
「たぶん、この道の先にジェロスの町があるはずだ」
「やったー! やっと何か食べられる。もうウチお腹ペコペコだぁ」
長い道のりだったが、ようやく目的地が近づき3人は安堵の表情を浮かべる。
「お前、さっきも何か食うてたやん」
「あんな木の実はただのおやつだ。トラジの変なマヨ飲んでから、余計に腹が減ったー」
「変なマヨじゃなくて辛子マヨな。それに、後でちゃんと普通のマヨ食わしたったやろ?」
「そうだけど。マヨだけじゃ腹いっぱいになんない!」
堂々巡りのやり取りをしていた時、ガチムは目の前で不自然に立ち止まる馬車を見つけた。
「あれは……ちょっと見てくる」
そう言うと、ガチムは馬車の御者に駆け寄る。
「どうされました?」
声をかけられた中年の男は、顎を擦りながら困惑した声を漏らす。
「いやぁ……ジェロスの酒場に届け物があるんだが、さっき伝書鳥から至急本部に戻れって知らせがあってよ」
卸業者の馬車らしく、荷台には木箱に入った食材が積まれていた。
「ジェロスの町か……」
ガチムは積み荷を見つめて呟く。
「はぁ、せっかくここまで来たが仕方ないか。何か非常時かもしれんしな」
男はため息を吐いて手綱を握ろうとする。
「その荷物、よければ俺が届けようか?」
「はぁ!?」
「いや、俺たちもジェロスの町に向かう途中なんだ。だからついでに」
「そうじゃなくて……こんな荷物、徒歩で運べるかよ。あんた正気か?」
無茶な申し出に困惑する男に、ガチムは笑顔で軽々と木箱を持ち上げる。
「うむ。案外軽いな。これなら大丈夫そうだ」
「マジか」
爽やかに笑うガチムを見て、男は呆けてポカンと口を開けた。
「ちょっとちょっと! お前何してんねん」
追い付いたトラジは、彼の状況を見て慌てて止めに入る。
「何って、人助けだが」
「そんなん持ったまま町まで歩けるか! 関係ないし放っとけよ」
文句を言うトラジを構わず、ガチムは両肩に木箱を重ねて担ぐ。
「酒場に持っていくだけでいいのか?」
「あ、ああ。毎回仕入れてもらってるから、それでいいが……本当にいいのか?」
「うむ、ついでだから構わない。では」
ガチムは男に会釈をすると、ゆっくりと歩き出す。
戸惑っていた男だが、ガチムの心意気に感謝を伝える。
「本当に助かるよ兄ちゃん。この礼はいつか必ずするからよ!」
大声で叫び馬車で走り去る男に、ガチムは苦笑いをこぼす。
「安全運転で帰ってくれよー」
馬車に向かって声をかけるガチムを見て、トラジは耳をほじりながら呆れた表情を浮かべた。
「自分からこんな面倒事を……考えられへん」
「トラジ、人助けはダメなのか?」
呟くトラジに、ラビが不思議そうに尋ねる。
曇りの無い純粋な目に、トラジは一瞬狼狽えつつ反論した。
「別に、そういう事じゃないけど……限度があるっていうか」
言い淀むトラジに、ガチムは明るく声をかける。
「これくらいの荷物どうってことないさ。心配してくれてありがとうな」
「はぁ!? 別に心配して言った訳じゃなくてやなぁ」
予想外の一言に、トラジは思わず頬を赤くした。
「トラジ、照れてる」
「アホか! こんなんで照れるかぁ!」
「ぷぷぷー。ガチム、ウチも持ったげるー」
「お、大丈夫か? 女の子には結構重いぞ」
「余裕余裕〜! よっこいしょーのすけぇ」
助け合う二人の微笑ましい様子にすっかり取り残されたトラジは、ぷるぷる拳を振るわせて声を上げる。
「もー! 手伝わなアカン空気出すなってぇ! ほら、俺も一個持つ」
ムスッと不貞腐れつつ手を差し伸べるトラジを見つめ、ガチムは満足げな笑みを浮かべた。
「ふふ、大丈夫なのか? そのひょろひょろの腕で」
「うっさい! 誰がエスパー伊東じゃ」
「ん? 誰だそれは」
《ツッコミ確認……生命維持完了》
そんなこんなで、この日も生き長らえたトラジであった。




