9話 能ある鷹はなんとやら
前回のあらすじ
素っ裸で異世界に転生したトラジは、女人にのみ激臭を放つ装備に呪われてしまった。
呪いを解くため、仲間と共に元凶となったジェロスの町を目指す。
道中レベルアップで新たなスキル(辛子マヨ)も手に入れ、ついに町へと辿り着いた。
【ジェロスの町】
すっかり陽が落ちた頃、トラジ達はついに目的の町に辿り着いた。
早朝にラルの町を出てから、アルマの見立て通りほぼ半日歩きっぱなし。
それに加え、ガチムのお節介で荷物運びまでする事となったトラジの疲労は、とっくに限界を迎えていた。
「くっっそ重い! はぁ〜……腕の感覚ない」
目的の酒場に着いた途端、トラジはドスンと木箱を落として情けない声を上げる。
「はは、何だかんだ頑張ったじゃないか。途中で音を上げると思ったが」
滝のような汗を流しうなだれるトラジに、ガチムは清々しい笑顔で声をかけた。
「ガチム、トラジは意外とやるんだぞ? 本気出せば、ウチと同じくらい足速いし」
「ほぉ、それは凄いな」
ガチムとラビは全く疲れを感じさせず、トラジを放って談笑しながら店内に入っていく。
「いらっしゃい……あれ? いつもの男じゃないのかい」
店主は声を掛けた後、灰皿に煙草を押し付ける。
見慣れないガチムとラビの姿を見て、怪訝に片方の目を見開いた。
「事情があって、荷馬車が来れなくなってな。たまたま通りかかった俺たちが、荷物を届けることになったんだ」
「ウチらもこの町に用があったからな!」
2人は話しながら、客のいない店内に木箱を下ろす。
「なるほど、それは助かったよ。で、そこの死にそうな兄ちゃんもそうなの?」
「ん?」
ガチムが店主の指差すほうを見ると、頬が痩けて魂が抜け出たようなトラジがプルプルと震えながら木箱を持っていた。
「おっと危ない」
「うぅ、フィジカルお化けめ」
恨めしそうに泣き言を漏らすトラジから木箱を受け取り、ガチムはまとめて店の隅に置く。
「はは、お疲れみたいだな。せっかくだし、何かご馳走するよ」
「本当か!? ウチ肉がいい!」
「こら、あまり値の張るものは」
ピョンピョンと跳ねて肉をねだるラビを、ガチムは小声で叱る。
店主はラビの遠慮のない要求も、快活に笑い受け入れた。
「いいよいいよ。最近は客も減って材料が余ってるんだ。処分する前に食っちまってくれ」
「やったーー!」
「そ、そうか。では、お言葉に甘えて」
「おーい! そこの寝そべった兄ちゃんも何か食うか?」
入口付近でくたばっていたトラジは、店主の呼び掛けに僅かに頭を持ち上げる。
「み……水を」
「あちゃ〜、こりゃしばらく駄目そうだな」
「ははは、すまん」
砂漠の遭難者のような主人公に、ガチムは乾いた笑いを漏らすのだった。
――――
店主は奥の厨房でガタガタと騒がしい音を鳴らしながら、あっという間に肉料理を仕上げる。
それらがテーブルに並べられた途端、待ちわびていたラビは夢中で料理にかぶりついた。
「ん〜〜! うまっ!!」
ラビはトラジたちからだいぶ離れたテーブルで、ひとり声を上げながら嬉しそうに料理を味わう。
飲み物を持ってきた店主は、それを見て不思議そうに顔をしかめた。
「あんたら、何でそんな離れてんだよ」
「う、実はだな……」
ガチムは苦笑いをこぼし、事情の説明を始める。
その話を聞いた店主は、みるみる顔を青ざめさせた。
「まさか……アンタも呪いに!?」
「そうや。やから、わざわざ徒歩でここまで来たんや。この忌々しい服から解放されるためにな」
外したガスマスクを首に掛け、鼻を摘まんで飯を頬張るラビを横目に、トラジはダルそうに返事をする。
「そうか! そのガスマスク! 爺さんが言ってたのは、あんたらの事だったのか」
「んあ?」
ひとり勝手に納得する店主に、トラジは間抜けに口を開ける。
「いやぁ、昨日ここに来た爺さんがさ、『もうすぐ救世主が来る』って言ってたんだよ」
「爺さん……はっ! もしかして、みすぼらしい格好のアホ面したジジイちゃうやろな!?」
「そうだよ。知り合いかい? 何でも、若い男と筋肉隆々の男、それにガスマスクを着けた娘が来るだろうってさ。酔って適当言ってると思って、俺も話し半分でよぉ……まさか本当に来るとはなー」
店主の話を聞きながら、トラジは立ち上がりワナワナと拳を震わす。
「おい! そのジジイどこ行ったかわかるか?」
「え? 知らねぇよ。俺も今日は店から出てないし」
「くそっ、逃げられたか」
急に態度を変えたトラジを眺め、ガチムは酒を口にしながら話を振る。
「どうしたんだ? 急に怒りだして」
「別に……ちょっと因縁があるだけや」
椅子に腰掛け、トラジは不貞腐れたように答えた。
「あ! そうそう、その爺さんから伝言を預かってたんだ」
店主はポンと手を打つと、カウンターの中で何かを探し始める。
「……あった、これこれ」
「あ? 何やこれ。メモ?」
店主から受け取った紙切れを開くと、そこにはミミズが這ったような文字が記してあった。
『ここを出て右に30歩進み、そこで尻を20回振れ』
それを見たトラジは体を震わせ、速攻でメモを握り込みテーブルに叩きつける。
「くそジジイが! ふざけやがって!!」
「な、何だ!? 大事な伝言じゃなかったのか?」
狼狽えるガチムに、トラジはぐしゃぐしゃのメモを放り投げた。
「おっと……ふむ、何々? 『ここを出て右に30歩進み、そこで尻を20回振れ』 うっ、何なんだこの指示は」
全く重要と思えない内容に、ガチムはひきつった笑みを堪える。
「知らん! ジジイがまた俺のことおちょくっとんねん! あの神、俺のこと変な体質にしやがって……まだ何か企んどるんか」
ブツブツと怒りの収まらないトラジの様子に、ガチムは不思議そうにクビを捻る。
「神? よくわからんが、とりあえずやってみるか?」
「誰がやるか!」
トラジはキョトンとした顔のガチムに素早くツッコミを入れた。
「しかし、何か手がかりがあるかもしれないし」
「そんなら、ガチムがやればいいやろ? 俺はそんなふざけた事は絶対やらん!」
「うーん……俺がやってもいいのか?」
少し悩んだ後、満更でもないガチムにトラジはガクッと肩を落とす。
「いややるんかい」
――――
ジェロスの酒場を出て、右に30歩。
食事を済ませたトラジたちは、一応ジジイの指示通りに進む。
そこはちょうど行き止まりで、忘れられたようなゴミ箱と痩せた犬がいるだけだった。
「ほんまにここ?」
「うん。慎重に30歩数えたぞ?」
「なートラジ、早く尻振れよー」
「ラビ、うっさいぞ」
誰もいない路地で、3人はだらだらと話す。
すると、なぜかガチムは率先して前に出た。
「この辺でやればいいのかな?」
「お前なぁ、なんでちょっと嬉そうやねん」
「べ、別に嬉しいわけでは……ちょっと楽しそうだと思って」
トラジに指摘され、ガチムは頬を赤らめて照れ笑いを浮かべる。
「もうええて、早よやって」
いい大人が照れていることに呆れ、トラジは雑に振りを出した。
「う、うむ。では、いくぞ」
ガチムは両脇をぐっと引き締め、ゆっくりと尻を左右に振る。
「1、2、3……」
暗がりの中、カウントと共にひとり尻を振る屈強な大男。
その光景だけでも見るに耐えないが、トラジとラビはそれを真剣に見守っていた。
(……今も、あのメルヘンパンツ履いとるんかな)
左右に揺れる硬そうな尻を眺め、トラジは昨夜に目撃したガチムのクマ柄ブーメランパンツを思い浮かべる。
そして、思考が逸れてきた頃、ようやく地獄の時間が終わった。
「……20!」
カウントが終わり、ガチムはやりきった顔でトラジたちの方を振り向く。
「どうだ? 何か変わったことは」
「見ての通り、何もない」
トラジの冷めた一言に、ガチムはしょんぼりとうなだれた。
「そうか……何が駄目だったのだろう」
「ふっ、これやから素人は」
「え?」
トラジはニヒルな笑いを浮かべ、自信を見せる。
突然の変化に、ガチムは間抜けな声で顔を上げた。
「俺が尻を振れば、枯れた大地は潤い、新たな生命が生まれると……地元では有名な話や」
適当なことを真面目に語りながら、トラジはガチムを押し退けて定位置に着く。
「おぉ!! 凄いぞトラジ!」
「いやラビ……きっとこれは嘘だ」
「そうなの?」
嘘を真に受け盛り上がるラビ。
ガチムがそんな2人に呆れていると、ついにトラジが腰を据えて構える。
「……刮目せよ!!」
トラジはカッと目を開くと、高速で激しく尻を振る。
それはもう、振っていると言うより回っているような。
とにかく目に止まらぬ速さで振り乱れる尻に、ガチムとラビは歓喜の声を上げた。
「おぉーー!」
「凄い凄い! 速いぞトラジー!」
大盛り上がりの2人にテンションも上がり、トラジは一心不乱に尻を振った。
「うおぉぉおぉぉ!!」
そして誰も取っていないカウントは、たぶんもう100回近く。
トラジは疲れ果て、糸の切れた人形のようにパタリと倒れた。
「はぁ、はぁ……これで、どうや」
その時、呆れたように見ていた痩せた犬が、トテトテとトラジの前に現れる。
「あ? 何やこの犬……きたな」
言い終わる前に、その犬はトラジの頭にかじりついた。
「いったーーー! 何すんねん!」
痛みに飛び上がると、地面に飛び降りた犬はもくもくと煙に包まれていく。
その煙は徐々に薄まり、中から見知った顔が姿を見せる。
「お、お前は!?」
大口を開けて驚愕するトラジに、その人物は人を馬鹿にしたような笑みで答える。
「神様だよ〜〜ん」
「なんと!?」
「かみさまぁ〜?」
ようやくトラジたちの前に実体を見せた神。
その目的とは、いったい何なのか。
神々しさの微塵もないジジイだが、トラジたちは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。




