10話 色欲と嫉妬の化身
前回のあらすじ
非モテの呪いを解くため、ジェロスの町にたどり着いたトラジたち。
酒場で得た情報を便りに、路地裏を訪れたトラジたちの前に神が姿を現した。
ややこしいことに定評のあるジジイは、一体何をしでかそうとしているのか……
【???】
「むふ、むふふふふ……今日は誰にしようかな〜」
じめじめと淀んだ洞窟の中、その魔物はねちゃりと笑い、品定めのように指を差す。
皮膚は人のものとは明らかに違いドス黒い紫色。頭部には大きな湾曲した角が2本。
小柄だが、腹部は餓鬼のようにぷっくりと膨れ、体は常に汗ばんでいる。
時折ふぅふぅと息を漏らし、顔に掛けられた分厚い眼鏡は真っ白に曇っていた。
「あっちゃ〜ん! 当然私よね?」
「ちょっとあんた! 昨日もあっちゃんのお世話係だったでしょ!? 今日は私に決まってるわ!」
「違います。今日こそワタクシが!」
生理的嫌悪感のある見た目にも関わらず、牢の中の女たちは次々と手を上げる。
彼女たちの瞳は、何かに操られたように正気を失っていた。
「むふふふふ……みんなぁ、ちょっと落ち着きなって。ボクチンが魅力的なのはわかるけどさぁ」
「きゃーー! あっちゃんカッコいいぃーーーー!」
「むひょ、むひょひょひょ〜! じゃあ、今日はチミねぇ〜」
「はぁぁ〜、ありがとうございます」
指を差された若い女は、たまらない声を上げパタリと後ろに倒れてしまった。
(むひょーー! 失神しちゃうなんてかわうぃーねぇ……ま、このアスモデウス7世の魅力の前じゃ当然! むひょ、むひょひょひょ)
魅了の魔物、アスモデウス7世は膨れた腹を突き出し、奇妙な高笑いを響かせるのだった。
◇
「……ん?」
神との邂逅を果たしていたトラジたち。
その時、ラビは長い耳をピクリと動かし、ひとり怪訝な顔で周囲を見渡していた。
「ジジイ! お前なぁ、人の体に何仕込んでくれとんじゃ!」
トラジは神の顔を見るなり、額の血管を浮き出させツカツカと歩み寄る。
「はて? 何のことかわからん」
わずか数センチの近さでガンを飛ばすトラジに、ジジイはほじった耳垢を吹き飛ばした。
「ボケてんちゃうぞ!? 毎日ツッコミ入れな死ぬとか糞みたいな縛り、絶対お前の仕業やろが!」
トラジの必死の訴えにも、ジジイは素知らぬ顔でニヤついている。
「な、何だって? トラジ、それはどう言う」
困惑するガチムに、トラジはガシガシと頭を掻き面倒そうに答える。
「はぁ……だからぁ、1日1回ツッコミ入れな死ぬの! 何回も言わせんな」
「そ、そんな!? う、不憫すぎるっ」
女人に激臭を放つ呪いの装備だけでなく、過酷な縛りを受けているトラジ。
ガチムは彼の不遇っぷりに、思わず口元を覆い哀れむ。
「大正解〜。案外早く気付いたよね。おめでと〜」
「何が大正解じゃ! 早よこんな縛り消せよ!」
「えぇ? そんなの面白くないじゃん」
トラジの怒りなど関係なしに、ジジイは依然ヘラヘラと笑う。
その態度に怒り心頭のトラジは、ついに握りしめた拳をジジイに向けた。
しかし、ジジイはその拳をひょいひょいと簡単に躱していく。
「くそっ、逃げるな卑怯もん!」
「何を言っておる。当たったら痛いんだ。避けるのは当たり前じゃ、ひひひ」
「くぅ〜〜、絶対シバく!」
トラジは至って真剣だが、傍目にはじゃれているようにしか映らない。
ちょっと飽きてきたガチムは、ふとラビの様子を気にかけた。
「ん? どうしたのだ? キョロキョロして」
落ち着きなく辺りを見渡すラビは、不思議そうに首を捻る。
「うーーん、何かさっきから変な声がするんだよ」
「変な声?」
「うん。むひょむひょ笑ってる声? みたいな」
「むひょむひょ? 俺には、全く聞こえないが」
兎の獣人であるラビは、遠くの僅かな物音さえも聞き分ける。
この場で彼女だけが、アスモデウス7世の高笑いを感じ取っていたのだった。
「ぐぇっ」
その時、考え込んでいたガチムの耳に、突然トラジの呻き声が聞こえる。
見ると、地面に倒れたトラジの背中に、ジジイがのしっと尻を降ろしていた。
「トラジ!」
「うぅ、ぐやじぃ……」
「ひひひ、小僧がワシに勝てるわけないよーん。ま、勇気だけは認めるけど」
ジジイは話ながら、持っていた杖でポカポカとトラジの頭を小突く。
「なぁ神とやら、これは少しやり過ぎじゃないか?」
見かねたガチムは、ジジイをじっと睨み付ける。
「なーに、ちょっと戯れてやっただけじゃ。そう怖い顔をするな大男よ」
立ち上がって腰を叩くジジイに、ガチムは表情を緩める。
「別にこんな事をするために、呼び出した訳じゃないしな」
ジジイはそう言うと、近くにあったゴミ箱に腰かけた。
「……では、一体何のために」
ガチムはトラジのそばに駆け寄り、ジジイに問いかける。
「ふふん、そこの小僧に教えて上げようと思って。もうひとつのスキルの事」
「なっ、まだ何か隠してんの!?」
ジジイの言葉に、ぐったりとしていたトラジはパッと顔を上げた。
「マヨネーズだけだと思ってた? そんな訳ないじゃーん、どうやって敵と戦うわけよー。ひひひ」
「じゃ、じゃあ……敵と戦える技が!?」
ゴクリと唾を飲むトラジに、ジジイはにんまりと目を細める。
(もしかして……炎とか、氷のカッコいい魔法とか!? それとも、魔法で光の剣が出せたりして!)
トラジは驚きつつも、内心とてもワクワクしていた。
「よいか? お主に付与したスキルはなぁ」
「俺の、スキルは?」
「ゆるキャラじゃ!!」
「……は?」
ジジイの言葉の意味がわからず、トラジは目を点にしたまま固まった。
「ゆる、キャラ?」
「そうじゃ! 対象を愛らしい無抵抗なゆるキャラの姿に変える、なんともロマン溢れる技なのだ〜!」
ジジイは誇らしげに胸を張る。
地面に倒れたまま呆然とするトラジに、ガチムは目を合わせないままポンと肩を叩く。
「……ドンマイ」
「うわぁぁぁん!」
マヨネーズとツッコミ縛り、それに加えて謎のゆるキャラのスキル。
訳のわからぬモノばかり授けられ、トラジは情けなさのあまり泣きじゃくっていた。
「なぁ、何だゆるキャラって? 美味いの?」
「ラビ、今は少しそっとしておいてやれ」
駄々っ子のように泣くトラジを無邪気に覗き込むラビ。
さすがのガチムも、今回は彼女を引き止めた。
「なんじゃ、喜ぶと思ったのに釣れないヤツ」
「うぅ……当たり前やろ! こんな何の役にも立たん能力、誰が喜ぶねん」
「わかっとらんの〜」
「あぁ!?」
やれやれと両手を上げるジジイを、トラジは恨めしそうに睨む。
ジジイは人差し指をズイッと前に出し、得意気に説明を始めた。
「いいか? 敵を無抵抗なゆるキャラに出来るんじゃぞ? どんな凶悪で狂暴な魔物も、ドラゴンであってもだ」
「……ドラゴン、も」
「そう。な~んにも出来ない、ただの可愛いマスコットに変えちゃうってわけ」
スキルの説明を受けて、トラジの涙はすっかり引っ込み、キラキラと目を輝かせる。
「それっ、どうやって使うんや?」
「ふふん、食いつたか……なに、簡単じゃ。対象に両手をかざして、自分の考えた〈ゆるキャラネーム〉を叫ぶだけよ」
「ゆるキャラネームを?」
「そうそう。とびきりゆるいやつ、付けちゃいなよー」
(こいつ、とことんふざける気やな……)
ようやく新たなスキルを受け入れたトラジだが、上機嫌のジジイにはまだ納得がいかなかった。
「しかし、そんな魔法。流石にやりたい放題ではないのか?」
「うむ。残念ながら使い放題と言う訳ではない。1日1回、それが限度じゃ」
「1日1回って……絶妙に不便な気もするけど」
「ふん、とりあえず使ってみい。ところで……」
話し終えると、ジジイはラビの顔をじっと見つめる。
「そこのガスマスクの小娘。お主、さっきから妙な気配を感じているのではないか?」
「へ? じいちゃん、何でわかったの!?」
「ほほ、ワシは神様じゃからな〜」
興味津々のラビに気を良くし、ジジイはニヤリと意味深に笑う。
「お主ら、この町の事件を解決しに来たんじゃろ? そのくっさい装備を外すために」
「何か知ってるんか?!」
本来の目的、非モテの呪いの話にトラジは真っ先に食いついた。
「ふむ。実はこの町についてから、ずっと魔物の気配がしておる。他のモンスターよりも強力な気配がの」
「まさか、この町に潜んでいるのか!?」
ジジイの話に、ガチムは驚きの声を上げる。
「うーん、それが場所まではわかんないんだよねぇ。近いような、遠いような……でも」
しばし考え込んだジジイは、ふとラビの方を指差す。
「その小娘なら、居場所を突き止められるかもしれん」
「ウチがぁ?」
ラビは全く自覚が無いように、こてんと首を傾げた。
「ラビ、何か気付いたん?」
「ううん。さっき遠くから変な笑い声が聞こえたくらいだぞ?」
「さっき言ってたやつだな。俺には全くわからないが」
3人の会話を、突然ジジイは大声で遮る。
「それじゃ! 昔から、兎の獣人は悪しき声を聞き分ける本能があると言われる。その小娘が違和感を感じた声こそ、呪いの主である可能性が高い!」
自信満々に言い切ったジジイの言葉に、トラジたちは嬉々として顔を見合わせる。
「ふ、ふふふ……ようやく尻尾掴んだで。ラビ! すぐにその声を辿るぞ!」
「らじゃーー! さっきは、あっちの方から聞こえた」
「よし、では早速行くとしようか」
トラジたちはジジイの事などすでに眼中になく、勝手に話を終わらせてその場を走り去る。
「お、おい! まだ話は終わっとらん! ゆるキャラの効果は、持って1日じゃからなーーーー!」
ジジイが大声を張り上げた時には、すでにトラジの後ろ姿は豆粒のようになっていた。
「あーあ……ま、いっか。もっかい酒飲みに行こーっと」
ジジイは特に気にした様子もなく、夜の町に消えるのだった。




