11話 欲望の主を探して
前回のあらすじ
非モテの装備の呪いを解くため、元凶となる魔物を探すトラジたち。
神から授かったゆるキャラの魔法を武器に、魔物の元を目指していく。
人通りのない夜の町。
そんな中、3人の地を駆ける足音だけが忙しなく響き渡る。
「はぁ……ラビ! ほんまにこっちなんか!?」
「わからん! でも、さっきより音は大きくなった!」
先頭を走るラビを必死に追いながら、トラジは息を切らし大声を上げていた。
「今はラビの耳を信じるしかない。ところで、少し休むか? 汗が吹き出しているぞ」
トラジを見守るように並走し、ガチムは彼の滝のような汗にぎょっとする。
「構わん! はぁ、はぁ……ようやく忌々しい呪いの手がかりに近づいたんや……休んでられるかぁ」
「うっ、ならいいのだが」
彼の狂気を含んだ笑顔にゾッとし、ガチムはすっと目を逸らした。
「あっ」
ラビは突然声を上げ、その場に急停止した。
「うおぉ!? おま、急に止まるなよ!」
止まりきれずにべしゃりと躓いたトラジは、恨めしそうにラビを見上げる。
「だって声が……ちょっと待ってて!」
ラビはひょいと家屋の屋根に飛び乗った。
そして、ピンと耳を立て、何かを探るように辺りを見渡していく。
「……わかった! アレだ!」
ラビは嬉しそうに声を上げ、何かを指差す。
視線の先には、民家が並ぶ通りの外れにポツンと存在する井戸。
周囲の廃れ具合から、今は使われていない古井戸のようだ。
「ラビ! 何か見つけたのか?」
ガチムは大声でラビに呼び掛ける。
その声に反応し、ラビは軽々と屋根から飛び降り戻って来た。
「声のする場所わかった! こっちだぞ!」
「マジか!? ラビ最高ーー!!」
「ふ、さっきまでとは大違いだな」
一瞬で元気を取り戻したトラジは、飛び跳ねながらラビの後を追う。
ガチムはその背中に呆れたような笑みをこぼした。
ラビを追いながら数分ほど走ったトラジたちは、古井戸の前に辿り着く。
周囲の民家に灯りは灯っておらず、人の気配は全く無い。
どうやらここ一帯は空き家になっているようだ。
「ここだぞ!」
「いや、ここって……井戸?」
「うん! この中から声がする」
即答するラビを見て、トラジはものすごく嫌な顔で井戸の中を覗く。
「……マジで言うてる?」
「マジだ!」
ラビの明るい声に、トラジはゾッと青ざめ後ずさる。
「まさか、井戸の中に潜んでいるのか?」
ガチムも同じく怪訝な顔で中の様子を窺う。
「だって、ここからむひょむひょ変な笑い声するし」
「……うむ、幸い水はもう枯れてるようだな。仕方ない、入るか」
少し悩む素振りをするも、ガチムは大した躊躇いもなく井戸の縁に足を掛けた。
「いやいやいや、決断はやっ! 井戸の中やで!?」
「しかし、呪いの主がこの中にいるんだぞ? 入る他にないだろう」
ガチムは掛けた足を戻し、冷静に諭す。
「そ、そうやけど!」
明らかに動揺しつつ、トラジは井戸の暗闇に顔をいれて覗き込んだ。
(井戸って言うたらもう、アレしかないやん……呪いのビデオ! 7日後にテレビから這い出てくる、あの有名な姉御。いくら常時彼女募集中の俺でも、あんな夜這いは嫌だ第一位やで!?)
トラジは悶々と暗闇を見つめ、ゴクリと唾を飲んだ。
そんな彼の背後に、ガスマスクの少女が虎視眈々と忍び寄る。
「……それ」
「へ? うおぉぉぉぉおぉぉ!?」
トンと背中を押されたトラジは、悲痛な叫びを上げながら井戸の中に頭から落下していった。
それを追うように、ラビも軽々と井戸の中をジャンプする。
「なっ!? ラビ、何を」
〈……バシャン〉
ガチムが慌てて井戸に駆け寄ると、ちょうど水面に落ちたような音が響く。
その数秒後、声を震わせキレ散らかす声がこだましてくる。
「お、お前……殺す気か!!」
「だって、なかなか入らないから。案外浅かっただろ?」
「浅いとか深いちゃうねん! 心の準備ってもんがいるやろ! 人の嫌がることはやめましょうって、学校の先生に言われたやろ!?」
「もー……ウチ、よくわからん」
中から聞こえるぎゃいぎゃいと騒がしい二人の声に、ガチムはとりあえずホッと息をついた。
(あいつ、案外頑丈だな)
「ふぅ、俺も行くか」
ガチムはその場で軽く屈伸と首を回した後、身軽な動きで井戸の中へと飛び降りていった。
◇
中には狭い水路が伸び、先が見えないほど続いているようだ。
ガチムが持っていたアイテム、発光石のぼんやりとした明かりを頼りに、トラジたちは慎重に歩みを進めていく。
「それにしても暗すぎ……なぁ、それもっと光らんの?」
「はは、無理だな。これが限界だ」
「笑い事ちゃうって。ってか、定番の松明とかでいいやん。何で石?」
トラジはぶつぶつ文句を垂れながらも、ガチムの背中にピタリとくっつき歩いていた。
「生憎、発火アイテムは無いし、俺は火の魔法も使えん。それにこれだけ湿度が高いと、きっと火も付きにくいぞ」
「ふんっ、使えんなぁ」
「まぁ、無いよりマシだろ?」
自分の背中に隠れて文句を言う男に、ガチムはイラつきもせずにこやかに振る舞う。
「それはそうと……なんでアイツはあんなズンズン進めんねん」
トラジの視線の先には、まるでピクニックでも楽しむように歩くラビの背中があった。
「恐らく耳が効くから、ある程度の空間認識が出来るんだろうな。便利なものだ」
「はっ、驚異的な地獄耳ってやつか」
トラジは小馬鹿にするように、小さく鼻で笑う。
「んー? トラジ、何か言ったー?」
「何も……ほら、前見とかな転ぶぞ」
「えー、気になる」
ふて腐れるラビに、トラジは手で払うような仕草を返した。
文句を言いながら水路を歩き続けて数十分。
突然、トラジはその歩みを止める。
「ん? 今、何か聞こえんかった?」
「いや……俺には何も」
「そんなはずは……ほら、女の子の声が」
トラジは両手を耳にかざし、静かに目を閉じる。
〈…………キャハハ……ウフフ〉
「ほら、やっぱり笑い声が! それも可愛い女の子の!」
「そうなのか? しかし、声だけで何故可愛いとわかる」
「童貞の勘や!!」
「そ、そうか」
(トラジ、段々と開き直ってきてないか?)
ついに堂々と公言する彼に、ガチムは乾いた笑いで誤魔化すのだった。
「トラジ、よくわかったな! ちょっと前から女の人の声もしてるぞ」
「なんと、本当だったのか!」
「ほら見てみぃ! ラビ、先を急ぐでー!!」
トラジはすっかり恐怖を克服し、ラビを追い越すほどの勢いで駆けていく。
「あ、待ってよー! 道わかるのかー?」
「ふふん、かわい子ちゃんの居場所ならバッチシよ!」
ラルの町以来の女人の気配に、彼は自分の呪いの激臭装備の事をすっかり忘れはしゃいでいた。
バシャバシャと水面を蹴りながら走る三人の目に、僅かな明かりが飛び込む。
それはまるで誘導するように、壁に立てられて松明だった。
「あれは!?」
「トラジ! 気配が近い、気をつけろ!」
ラビが叫んだ時、目の前に大きな鉄格子の門が現れる。
漂う陰気で湿り気の強い気配に、トラジたちは足を止めた。
「……この先に、呪いの主が?」
「うん、たぶん。もう声だけじゃない……魔物の気配が強烈にする」
ラビは耳だけでなく、ガスマスクの下で鼻をスンスンと鳴らす。
ラビの神妙な声色に、トラジは恐る恐る鉄格子に手を掛ける。
鍵穴は無かったが、門は重く開かない。
「くっそ、開かーん!」
トラジはイラついた様子で、ガシャガシャと扉を揺する。
「トラジ、少し離れてくれ」
「あ? お、おう」
笑顔のまま腕まくりをし、ガチムは扉の前に立つ。
そして、どっしりと腰を屈め、両手を鉄格子の門に掛けた。
「……フン!!」
ガチムは瞬間的に上腕筋をパンプアップさせ、いとも簡単に門を引き開ける。
「お、おおお! さすが筋肉マン!」
「ははは、これくらい大したものでは」
〈パリィイン〉
笑顔で振り返った瞬間、ガチムの修道着は綺麗に弾け飛ぶ。
あっという間に真っ裸になった大男を、トラジとラビは静かに見つめる。
「……もう何しても脱げるやん」
「ガチムのパンツ、何か可愛いな」
二人に凝視され、ガチムはゆっくり視線を自分の股間に向ける。
「……てへぺろ☆」
〈ぐおぉおぉぉぉぉ!!〉
「うぅ! 凄い声だぞ……」
「な、何やこの声!」
ガチムのしょうもない小ボケの直後、体内が振動するようなとてつもない雄叫びが響き渡った。
そのあまりの轟音に、ラビはしゃがみこんで耳をペタリと折りたたむ。
「お、俺じゃないぞ!」
「わかっとるわ! ついに、ご対面か……呪いの主に」
トラジは耳を両手で塞ぎつつ、門の奥を鋭く睨み付けていた。




