12話 チームワーク
前回のあらすじ
呪いの主を捜索するトラジたちは、ついにその居場所を突き止める。
町の古井戸に堂々と棲み付いていた魔物を追うトラジたちの前に、不気味な咆哮が聞こえるのだった。
〈ぐおぉおぉぉぉぉ!!〉
突如響いた魔物の雄叫び。
まるで聖域を汚さんとするものを祓うような声に、トラジたちはその場で息を呑む。
「……行くで」
「ラジャー」
「うむ、慎重に進もう」
それぞれ神妙な顔つきで、暗闇の先へと歩みを進めていく。
ポツポツとある蝋燭の灯りを辿ると、辺りは次第に湿った空気が漂う。
ぺったりと皮膚に膜が張るような、どんよりとした湿度。
不快感を煽りまくりの空間に、トラジたちは無意識にイラつきだす。
「マスク蒸れる……もう取りたい!」
「ラビ、この距離で取ると大変な事になるぞ。もうしばらく我慢しろ」
「えぇーー」
二人の声に、前方を歩くトラジはムッと眉をつり上げる。
「すいませんねぇ、臭い男で」
「別に、そんな事を言ってる訳じゃ。その僻みっぽい態度、少し改めたらどうだ?」
「はぁ!? 誰がねっちょり僻み童貞やと!?」
「誰もそんな事を言ってないだろ!? いったいどんな耳をしてるんだお前は」
「普通の耳ですぅー。そこのウサ耳カチューシャと違ってー」
「あぁ!? ウチの耳は本物だぞ!」
「こらラビ、下手な挑発に乗るんじゃない」
「だってぇー」
「ふん、常識人ぶって。言うとくけどガチム、お前はこの中で一番の変態やからな」
「な、変態だと!?」
「当たり前やろ! 事あるごとに服が弾け飛んで素っ裸になるやつ、変態以外の何者でもないわ!」
「くっ、散々協力しているのに何て言いぐさなんだ」
「……ガチム?」
俯きプルプルと拳を震わせるガチムを、ラビは不安げに見上げる。
「言わないでおこうと思ったが、宿代に飯代……これまで全部俺が出してやったのを忘れたのか? 転生者で右も左もわからぬだろうと、心配で共に行動してやったと言うのに」
ガチムの言葉に一瞬怯んだトラジだが、すぐにまたへらへらと軽口を叩く。
「そ、そんなん、ガチムが勝手にやったことやろ? ほんま、恩着せがましい男やで」
〈……ブチ〉
「あ、何か切れた」
「ブチ?」
穏やかな大男の血管の切れる音は、ラビだけでなくトラジの耳にもはっきりと聞こえた。
「……童貞」
「は?」
「貴様がさっさと卒業していれば、そもそもこんな事にはならなかったのだーー!」
「ぬぁーーー!?」
ガチムは堂々と指を差し、青年に残酷な真実を突きつけた。
稲妻が走ったような衝撃に、トラジは白目を剥いたままその場に立ち尽くす。
その時、どこかからパチパチと手を叩く場違いな音が響いてくる。
「むひょ、むひょひょ……いい感じに温まってきたじゃん」
特徴的な笑い声。
それはずっと探していた声の主の登場に、ラビは素早く振り向く。
「あの変な笑い声! トラジ、アイツだーー!!」
暗闇から徐々に露になるシルエットを指差し、ラビは大声を上げる。
気絶寸前だったトラジ、激昂していたガチムも、少女の声にハッと我に返った。
「はっ……何や、酷い迫害を受けた夢を見た気が」
「お、俺も、何か残酷なことを口走ったような……」
ぼんやりと頭を抱える二人を、ラビはどこからか取り出したハリセンで叩いていく。
「二人ともシャンとしろ! 呪いの主が出てきたんだぞ!!」
「……呪いの」
「主?」
ラビの必死の呼び掛けに、二人はようやく魔物の方を見る。
「むひょ! なんだ、覚めちゃったか? せっかく確執の魔法をかけてやってたのに」
全身紫の肌に大きく膨れ上がった腹。
大きな二本の角を生やした、いにしえのオタクのような出で立ちの魔物に、トラジたちの視線は釘付けになった。
「お、お前が……この呪いの装備の製造者!?」
わなわなと口を開いたトラジに向かって、魔物はにちゃりと含み笑いを漏らす。
「むひょ、それボクチンの作った服じゃん! 気に入ってくれた?」
悪びれもしない言い様に、トラジはひくひくと表情を引きつらせる。
「トラジ、しっかりしろ! 非モテの呪いを解くんだろ!」
「……ガチム。そやな、そのためにここに来たんやったわ」
ガチムの言葉で奮い立ったトラジは、魔物を見据えてボキボキと手を鳴らす。
「おいクソデ○……痛い目見んうちに呪いを解く気はあるか?」
魔物はキョトンと目を丸くすると、これまでのふざけた態度とは違う邪悪な笑みを浮かべた。
「ただの人間風情が……このアスモデウス7世に楯突くと言うのか?」
アスモデウスは手にしていた小さなフォークを放り投げると、それは大きな三股の槍へと形を変えた。
ドンと三叉槍を地面に突き立てると、洞窟内に地響きのような轟音が鳴る。
「気をつけろ。コイツ、かなりの魔力を秘めている」
アスモデウスの放つ邪悪な気に、ガチムは眉をしかめ口もとを覆う。
「知るか! こっちは――積年の恨みがあるんじゃ!」
ガチムの助言を気にもせず、トラジは助走をつけて飛び上がる。
そして、アスモデウスのブヨブヨの腹を目掛け飛び蹴りを仕掛けた。
「死にさらせぇ!」
〈……ブヨンっ〉
「何っ!?」
確かな手応えを感じたにも関わらず、深く沈み込んだ腹肉はゴムのように反発する。
弾き飛ばされたトラジは、ベシャリと地面に打ち付けられた。
「トラジ! くそ、次は俺が!」
ガチムは意外にも素早い動きで、アスモデウスに連撃を繰り出す。
「おぉ! 凄いぞガチムのおっちゃん!」
一方的な攻撃に盛り上がるラビ。
一見効いているように見えた攻撃だが、実は全て三叉槍によって防がれていた。
「ぬふふ、ぜーんぜんダメね。目を瞑ってても防げちゃうよ」
「くっ……(コイツ、こんな身なりでなんて素早い動きを!)」
攻防を繰り返すうち、徐々にガチムは疲弊していく。
そんな時、ほんの僅かに打撃の軌道がずれてしまった。
「……! 隙あり!」
「なに!?」
アスモデウスはスッと身を躱し、三叉槍でガチムを薙ぎ払う。
「ぐふっ!」
「ガチムぅ!」
ラビの叫びに、ガチムは必死に頭を上げる。
そこに、アスモデウスは更なる追撃のため上空に飛び上がった。
「これで終わりだぁ!」
振り下ろされる三叉槍に、ガチムは思わず顔を背ける。
その直撃の寸前、威勢のいい声が響いた。
「ホットマヨシャワー!!」
トラジの声と共に、ほぼマヨ要素の無い真っ赤な液体がアスモデウスの顔面を直撃する。
「ぶへっ! な、なんだこれは!?」
不時着したアスモデウスは、バタバタと足を踏み鳴らしながら顔についた液体を拭う。
「ふはははは! 辛み成分50パーセント増量キャンペーンじゃ!」
「はぁ? 何を……ぐえぇぇぇぇぇ!!」
時間差で聞いてきた激辛マヨネーズに、アスモデウスの皮膚は赤黒く染まる。
目の前でのたうち回る魔物を、トラジは悪魔のような笑みで見下ろしていた。
「辛いか? それとも痛いか? ふはははは! もっと回れクソ○ブがぁ!」
「痛い痛い痛い! 助けてママァーーー!!」
「ぬははははは!!」
あまりに板についた悪役ぶりに、助けてもらったはずのガチムやラビはすっかりドン引きだった。
「なんかウチ、あいつが可哀想になってきた」
「むぅ……同感だな」
苦しむ魔物を傍観する三人のシュールな構図がしばらく続いていた時、どこからともなくパタパタと大勢の足音が響いてくる。
「おぉ! なんか凄い音がする!!」
「なんや!? この地響き」
「あ、二人ともあれを見ろ!」
ガチムの指差した先には、数十人はいる女性たちの姿があった。
「あっちゃん!」
「今助けて上げるわよ!」
女たちはアスモデウスを守るように取り囲んでいく。
「お、女ぁ!?」
「もしや……誘拐された町の女性たちか!」
「確かに、おばちゃんも子供もいる」
突然の事に拍子抜けするトラジたち。
その前でアスモデウスは、女たちに甲斐甲斐しく世話をされていた。
「あっちゃん、しっかり! ほら、お水よ」
「んぐんぐんぐ……ぷはー、おいちい!」
「お目目もこんなに腫れちゃって可哀想……ほらこっち向いて、冷たいタオルで拭いて上げる」
「膝枕もしてぇ〜」
「もう、甘えちゃって可愛い」
取り囲まれた女の壁から聞こえてくる声を聞き、トラジは次第にピクピクと血管を浮き立たせる。
「あかん……今度こそ殺してまいそうや」
「お、落ち着けトラジ!」
「にゃはは! なんだトラジ、羨ましいのか?」
「ラビ! 今コイツの神経を逆撫でするんじゃない!」
腹を抱えて無邪気に笑うラビを、ガチムは慌てて宥めた。
「ふ、ふふふふ……こっちには、女人の嫌がるくっさい装備があるんですけど〜?」
ぶちギレた笑顔で歩みを進めるトラジ。
しかし、よく見ると女たちの顔には頑丈なマスクが装着されていた。
「トラジ、女たちの顔を見ろ! みんなマスクを着けている!」
「何っ!? くそっ、やりたい放題かよぉーー」
行き場の無い悔しさと逆恨みによって、トラジは膝から崩れ落ちた。
その時、女たちの壁が開かれ、ツヤツヤとした表情のアスモデウスが姿を表す。
「完☆全☆復☆活!!」
「くっ、せっかくの致命傷が!」
トラジはギリギリと歯を食い縛り、アスモデウスを睨み付ける。
「ボクチンには、かわうぃー女の子達が付いてるからねぇ〜」
「そうよ! あっちゃんを虐めるやつは絶対許さないんだから!」
「そうよ、そうよ! あんな変な奴ら、早くやっつけちゃってよー!」
アスモデウスの後ろで、女たちは口々にトラジたちを罵倒していた。
「これでは……どっちが悪かわからんな」
「くそ! これ以上、どうすることも出来んのか……」
厄介な親衛隊の出現に、すっかり諦めかけていた二人。
しかし彼らには、そんなピンチにも動じない、天然ボケの少女がいる。
「なぁなぁ、ねーちゃんたちのマスク、ウチが取ってきてやろうか?」
「……え?」
トントンと肩を叩かれ振り向いたトラジ。
いつもと変わらぬ平常心の少女の声に、彼の心に再び闘志が宿るのだった。




