7話 もうひとつの呪い?
《登場人物紹介》
トラジ(20)
主人公。お気楽関西人。アホ。1日1回ツッコまないと死ぬ縛り(本人はまだ気付いていない)
マヨネーズをこよなく愛し、指先からマヨを出すスキルを持つ。
現在、女人限定で激臭を放つ、呪いの装備に悩まされている。
ラビファー(15)
通称ラビ。うさ耳獣人の少女。
金も住む場所も無い、放浪の野生児。
身体能力、聴力が異常に高い。
マヨネーズ中毒者。
激臭対策で常時ガスマスク着用中。
ガチム(29)
褐色肌のガチムチヒーラー。
魔法を使うと気合いで服が弾け飛び全裸になる。
そのせいで凄まじい裁縫スキルを持つ。
こう見えて貴重な常識人。
アルマ(24)
女騎士。現在はラルの町の駐屯所で町の治安を守っている。
普段は凛とした態度を見せるが、予想外の出来事に弱くギャル口調になる。
不幸にもトラジに一目惚れされる。
その日の夜。
ジェロスの町の酒場では。
「ここの地酒ってあるぅ?」
「あるよ。少しばかり値は張るけど」
「ふーん、じゃあそれちょうだーい」
服と言うにはヨレヨレ過ぎる、ただの布を巻いたような姿のジジイがカウンターに腰かける。
痩せ細ったみずぼらしい姿のこのジジイ。
この人物、こう見えてここ異世界の神である。
ジジイは時々下界に降りたち、この世界を視察している。
ある程度は天界でもわかるのだが、人々の暮らしぶりを直に見て、肌で感じることが重要なのだ。
「かーー、しみるぅーー!」
ジジイはグラスをドンと置き、鼻を赤らめトロンとした顔で息を吐く。
「うまそうに飲むなぁ、爺さん」
主人は満足そうな笑みで微笑んだ。
「うん。キレが良くて強いし、わし好みの酒だよ」
「そりゃよかった」
「……おかわり!」
ジジイは一気に酒を飲み干し、早々におかわりを要求した。
立派な理由を説明したが、この視察、ただのジジイの趣味でもある。
「はいはい」
苦笑いで酒を入れる主人に、ジジイは軽く店内を見渡して尋ねる。
「そういえばさ、この町男ばっかじゃない? さっきから女人の姿が無いんだけど」
「あぁ……それはなぁ」
ジジイの問いに、店主は渋い顔で説明を始めた。
「ほへ? 呪いの服ぅ?」
「うん。ある時から町に出回りだして、同じ頃から女どもが町を出て行き始めた。もうこの町に女は一人もおらんよ」
「なんとむさ苦しい! 子供すらもおらんのか?」
「そうだ。子供は母親が連れて出ていった。元々小さな町だが、最近じゃあ余計に寂しくなっちまったよ」
主人は話ながら、いつの間にか自分も酒を煽っていた。
(なんだか事件の香り。臭くなったの、あの転生坊主だけかと思っていたけど違ったのねぇ)
ジジイは懐から片手ほどの大きさの水晶玉を取り出し、ニヤケ顔でそれを覗き込む。
そこには、騎士団の駐屯所で過ごすトラジの姿が映っていた。
「ドゥフフ……」
「何だよ、不気味に笑って」
「ん? 何でもないよ〜ん。ただ、近いうちに救世主が来るような気がしてねぇ」
「はぁ? 救世主だ?」
店主はジジイの言葉をまるで信じていないように、不審そうに眉を上げた。
(そう言えば……もうひとつのスキルには、まだ気付いていないようだけど)
「ま、そのうちわかるか」
ジジイは独り言を呟いて、呑気に酒を流し込んでいた。
◇
深夜、騎士団駐屯所。
時刻は23時58分。
トラジはガチムと同じ部屋で、布団を蹴飛ばしスヤスヤと寝息を立てていた。
コチコチと時計の音が静かに鳴り、時計の針は59分を示す。
その時……
《生命維持限界まで、残り60秒》
「ふがっ……へ? 誰?」
突然頭に響く声に、トラジは薄目を開けて辺りを見回す。
しかし、暗い部屋には誰もおらず、隣のベッドで眠るガチムの姿しかない。
それにも関わらず、機械的なカウントとアナウンスが頭に響き続ける。
《残り50秒……大至急ツッコミを行ってください》
「えっ……ツッコミ? なんで」
わけもわからず、トラジはベッドの上で体を起こしたままキョロキョロとする。
そうしているうちに、アナウンスは緊迫感を増して、衝撃的な言葉が流れ始めた。
《心拍停止まで、残り30秒……大至急ツッコミを行いましょう》
「し、心拍停止ぃ!? そんな、何の冗談」
トラジはその言葉を信じられず、引きつった笑いをこぼす。
そんな中、頭の中では大音量のカウントが1秒ごとに刻まれていく。
明らかな緊急事態を思わせるそれに、トラジはベッドから飛び降り大混乱でガチムの肩を揺する。
「なぁガチム! お、起きろって!」
《15、14、13……》
「あぁぁぁ、全然起きん!! 早よ起きろや筋肉お化け!」
進むカウントとスヤスヤと寝息を立てるガチム。
トラジは極限状態の中、キレ散らかしながらガチムに助けを求めた。
「うーん……」
ガチムは騒がしさに顔をしかめると、ごろんと布団を引っ張って寝返りを打つ。
その時、めくれた布団から、パンツ一丁の後ろ姿が露となった。
ファンシーな熊柄の、際どいブーメランパンツ。
むわっとする程の筋肉と相反する愛らしいデザインに、トラジは自分の状況も忘れ力一杯ツッコミを入れる。
「いやメルヘン変態パンツ!! どんなセンスしとんねん!! キャラ濃いいって! 筋肉、裸、メルヘンパンツ……もうええって、腹一杯じゃボケぇ!」
《ツッコミ確認……生命維持継続します》
「……へ?」
渾身のツッコミで息を切らしていると、それ以降アナウンスはピタリと止まる。
トラジはその場にへたり込み、呆然と口を開けて固まった。
(な、何やったんや今の……)
しばらく時が止まっていたトラジは、ふと昨日ラビと出会った時の事を思い出す。
◆◇
「あぁっ! せっかく上手に巻けたのに……」
「男が胸隠してどないするんじゃ! グラビアの撮影か!?」
《ツッコミ確認……生命維持完了》
◆◇
「そう言えば……昨日もあの声が頭に響いて」
呟いた後、トラジはピンと何かに気付いて目を見開く。
「はっ! もしかして……毎日ツッコミ入れな、死ぬってこと!?」
そう言った瞬間、クイズの正解音のような明るい音が頭に響く。
〈ピロリローン!〉
「いやピローンちゃうねん!! えぇ加減にせーよジジィーー!!」
静寂の夜。
トラジの宛もない怒りは、ガチムの大きなイビキにかき消されていった。
◇
翌朝。
「うーん……はぁ、よく寝たな」
朝日が昇り、鳥のさえずりが聞こえ始める頃。
ガチムは清々しい顔で目覚め、ベッドの上で大きく背伸びをする。
その時ふと、隣のベッドからただならぬ負のオーラを感じ取った。
「……おはようさん。よう、寝れたみたいやなぁ」
「と、トラジ!? どうしたんだ? 顔に、死相が出ているようだが」
ガチムはトラジのやつれた笑顔を見てぎょっとする。
「うふふ、何でもないよ。それより、はよ着替えて出発すんで」
「あ、あぁ」
含みのある笑いとともに立ち上がり、トラジは部屋を出ていった。
不気味な彼の後ろ姿に戸惑いながらも、ガチムは急いで着替え始める。
「うーん、俺のイビキがうるさかったのか? 悪いことをしたかもなぁ」
自分のパンツが彼を助けたことも知らず、ガチムは自分のイビキを気にしていた。
――――
出発前、トラジとガチムは屯所の兵士たちに交じり朝食をとる。
乾いたパンに指先から出したマヨネーズをかけるトラジを見て、ガチムは驚いて目を丸くした。
「な、何だそれは!?」
「あぁ? マヨネーズやけど。転生してから出来るようになってん」
「マヨネーズ? 聞いたことがないな」
興味深そうに手元を凝視するガチムに、トラジはニヤリと笑みを浮かべる。
「最高に旨い調味料やで。かけてみる?」
「いいのか? それは是非とも頼む!」
ガチムは嬉しそうにパンを差し出す。
「ん。ほなかけるで〜」
「おぉー」
ガチムはマヨのかかったパンに目を輝かせ、大きな口でかぶりついた。
「ん! 旨い!!」
〈ビリィ!〉
マヨの旨さに目を見開き声を上げた瞬間、ガチムの盛り上がった筋肉で服の袖がバリンと破け飛ぶ。
「……魔法使わんでも破れんねや、それ」
袖が破れたことに気付かずパンを貪るガチムに、トラジは冷めた視線を送っていた。
◇
朝食を済ませ、トラジたちはジェロスの町を目指すため屯所の門の前に立つ。
「すまないな。ちょうど輸送部隊が出払っていて、徒歩で向かってもわねばならんが」
「はぁ……ダルいな。その町までは、どんくらい歩くんや?」
「そこまで遠くはないぞ。半日くらいで着くはずだ」
「は、半日ぃ!?」
しれっと言ってのけたアルマに、トラジは大きな声を上げた。
「まだ近い方だぞ? エレフセリア大陸は山が多いから、町の間隔が遠いんだ。ちなみに俺は、ここまで3日は歩いた」
「ウチもー! トラジと会うまで7日くらい野宿して歩いてた」
「あかん……ここはバケモンしかおらん」
フィジカルの違いがありすぎる2人に、トラジはひとり頭を抱える。
それでも、自身にかかった呪いを解くためにも、一刻も早くジェロスの町に向かう必要がある。
トラジは身を屈め深いため息を吐くと、きりっとして前を向いた。
「はぁーーー、しゃーないなぁ……行くでぇ、お前らぁ!」
「おーー!」
「ふっ、気合い十分だな」
ガスマスク姿の少女に、筋肉隆々の修道士、そして激臭の装備に呪われた男。
まるで一体感のないパーティーは、新たな町を目指し出発していく。
「……頼んだぞ、トラジ」
アルマは彼らの後ろ姿を見送り、僅かな不安と、何かやらかしてくれそうな期待を感じるのだった。




