4話 女騎士アルマの受難
《登場人物紹介》
トラジ(20)
主人公。お気楽関西人。アホ。1日1回ツッコまないと死ぬ縛り(本人はまだ気付いていない)
マヨネーズをこよなく愛し、指先からマヨを出すスキルを持つ。
ラビファー(15)
通称ラビ。うさ耳獣人の少女。
金も住む場所も無い、放浪の野生児。
身体能力、聴力が異常に高い。
マヨネーズ中毒者。
ガチム(29)
褐色肌のガチムチヒーラー。
魔法を使うと気合いで服が弾け飛び全裸になる。こう見えて常識人。
アルマ(24)
女騎士。現在はラルの町の駐屯所で町の治安を守っている。
普段は凛とした態度を見せるが、予想外の出来事に弱くギャル口調になる。
もう日は昇っているのに雲は分厚く、雨が降る前のようにヒヤリとした風が吹く。
そんな頃、一行の宿泊する部屋から大きな叫び声が響き渡った。
「くっさーーい! うわぁーん! 寄るなトラジ!」
ラビは目を覚ますなり、鼻を覆ってのたうち回りベッドから転がり落ちた。
寝室のドアを開けて立ち尽くすトラジは、拳を震わせつり上がった口角をひきつらせる。
「……ねぇラビさん? そこの立派なマスク付けたらどないです?」
「マスク? あ! 取れちゃってたのか」
ラビは鼻を摘まみ、思い出したように枕元のガスマスクを付けた。
そう、少女がガスマスクを付けるのには深刻な理由がある。
一度着たら脱げない呪われた服。
トラジはこの【非モテの呪い装備】によって、女性限定の悪臭を放っているのだ。
更に屈辱的な事に、それは童貞にしか発動しない。
「よーし、これで大丈夫! すまんトラジ、寝てる間に取れたみたいだ」
(くそっ……コイツ、ナチュラルに人をこけにしやがって)
ガスマスク越しに能天気に笑うラビに、トラジは早朝から苛立ちを感じるのだった。
「ふぅ、落ち着け俺……今だけ今だけ」
「ん? どしたトラジ」
トラジは自身を落ち着かせるためブツブツと呟く。
冷静を取り戻した彼は、一呼吸置いて話を切り出す。
「今ガチムが朝飯買いに行ってるから、早よ起きて準備せぇ。食ったら速攻情報収集やぞ」
「おぉ、忘れてた! 昨日の露店のオヤジを探すんだったな!」
「昨日の事忘れんなよ……あと、俺とお前はコンビで動くからな。女人の相手は頼むぞ」
「アイアイサー!」
ラビは床に胡座をかいたまま、明るい声で敬礼を返す。
「はぁ、不安や」
ガスマスクを付けた底抜けに明るい少女に、そこはかとなく不安を感じるトラジだった。
――――
簡単な朝食を済ませた後、トラジ達は早速大通りの前に集結する。
臭い装備の男と、はち切れんばかりの修道着の筋肉質な大男、それにガスマスクを付けたウサ耳獣人。
見た目のインパクトは絶大だった。
いつになく真剣な表情のトラジに、修道士ガチムが朝に仕入れた情報を話す。
「さっきマーケットで軽く聞いてみたのだが、やはり心当たりはないようだった」
「まー、そんな簡単には見つからんやろな」
「うむ……ただ、全く手がかりが無いわけでもない」
顎を擦り勿体ぶるガチムに、トラジは食い気味で催促する。
「手がかりがあるんか!?」
「手がかりと言うほどではないが……露店をするにしても、ギルドで登録が必要になる。だからそこに登録された顔写真を見せてもらえば、例の男も見つかるかもしれんと思ってな。まぁ、闇商人でなければだが」
闇商人は、町で無許可に違法なアイテム等を売買する輩。
ある程度騎士団が取り締まっているのだが、どここらともなく沸いてくるネズミのような存在だ。
「おぉ、なるほど。じゃあ、ギルドには顔を知ってる俺らが行った方がえぇな」
「だな。ギルドはこの大通りを真っ直ぐ行って、左手の通りにある。目立つ看板もあるから、すぐにわかるはずだ。俺は、闇商人の方を探ってみるよ」
「おう、任せた! じゃあ、昼頃ここに集合しよう」
「了解!」
「イエッサー!」
各々やることが決まり、トラジ達はやる気に満ちた顔で町に散っていく。
◇
意気揚々と町に出たはいいが、トラジは自身の放つ臭いの事を少し忘れていた。
トラジの周囲はあからさまに女人が距離を取り、ヒソヒソと陰口が聞こえ出す。
耳の利くラビは、トラジの隣でピクピクと長い耳を傾けた。
「なぁトラジ、みんな臭いって」
「聞こえとるわ! あえて無視しとるの!」
天然と言うか無神経な少女のお節介に、トラジは声を荒げる。
「そうなのか? 黙ってるから聞こえてないかと思ったぞ」
プリプリと怒りを露に歩くと、大きな冒険者ギルドの看板が見えてきた。
トラジは足を止め、大きな建物を見上げる。
「あれか? ギルドってやつは」
周りに比べ大きな古い建物の屋根には、立派な看板がつけられていた。
言葉は日本語では無いが、トラジはこの異世界に転生してから言語には不自由していない。
自然と脳が受け入れ、言葉が理解できる。
ラビやガチムとの会話も、もしかしたら日本語ではない言語を介しているのかもしれない。
(これも、あのジジイ(神)の仕業ってことか)
突然素っ裸で異世界に放り込まれて不満しかなかったが、その事に関しては少し便利だと思うトラジだった。
「うん、そうみたいだな! ウチも違う町で行ったことあるけど、中に受付がいるはずだぞ? そこで聞いてみたらいい」
「っしゃ、早速突撃や……頼もー!」
ダッシュで駆け寄り、トラジは掛け声と共に勢いよく扉を開ける。
その瞬間、中にいた強面の冒険者たちの視線が二人に突き刺さった。
怖じ気づいて固まっていると、カウンターの受付嬢が片手を上げてにこやかに声をかける。
「御用の方は、こちらにお声かけを」
「あ、すんません。俺ら人探しを」
ホッとして近づいていくと、受付嬢は張り付いた笑顔のまま固まり、急に色気の欠片もない声を漏らす。
「お……おえぇぇぇー」
清楚な受付嬢の嘔吐きに、トラジはスンと無表情で立ち止まる。
チラリとラビに視線を送ると、無言で首だけを動かし合図をした。
「お、早速出番だな! ねーちゃん、ちょっと聞きたいんだけど」
「はぁ、はぁ……は、はい! 何でしょうか」
ラビがカウンターに行くと、受付嬢は平常心を取り戻したのか、再び営業スマイルを振り撒く。
トラジは入り口の壁に背中を預け、不貞腐れた様子で二人の会話を見守っていた。
「……なるほど。その呪いの装備を買ってしまった商人を探しているのですね」
「うん。トラジはそのせいで臭くなっちゃって。ウチも困るから、早く呪いを解きたいんだ」
ラビは幼い言葉ながら、辿々しく事情を説明する。
受付嬢はそんな彼女の言葉にも、真剣に耳を傾けていた。
「それはお困りですね。登録名簿を確認いたしますので、少々お待ちを」
「おぉ〜、助かるぞ!」
ラビは嬉しそうに飛び跳ね、トラジの方を向いて親指を立てる。
(ふ、順調みたいやな……待っとれよ、あのクソオヤジ)
臭いだけで役に立たないトラジは、不適な笑みを浮かべ復讐心に燃えていた。
――――
「ん? なんだあれは」
その頃、ギルドを訪れた騎士団長アルマは、入り口付近にたむろする冒険者たちの姿に眉をひそめる。
もうひとつ奇妙なことに、その冒険者は女性ばかりだった。
「どうした。何があった?」
「あ、騎士様……それが、なんかギルドの中から変な臭いがして入れないんだよ。生理的に無理な臭いって言うのかなぁ、どうしても足がすくんじゃって」
「なんだと!?」
事情を聞いたアルマの脳裏に過ったのは、当然昨日出会ったトラジの姿。
アルマは早速事実を確認するためドアに手をかける。
その瞬間、あの時の悪臭がふわんと鼻を突いた。
悪臭に顔をしかめても諦めずに、アルマは配下の兵士に指示を出す。
「くっ、これ以上は……おい、誰か防護マスクを持っているか?」
「ぼ、防護マスクですか? そんなもの私は」
「じゃあ何か……分厚い布のような物は!」
「はっ! この、加工用のレザーでよければ」
「もうそれでいい、少し貸してくれっ」
奪い取るように長いレザーを受け取ると、アルマはそれを顔半分に巻き付け鼻と口を塞いだ。
(う……息苦しいが、無いよりマシか)
「様子を見てくる。お前達はここで待機を」
「はっ」
レザーを巻き付けた異様な姿とは思えないほど、凛々しい姿でアルマはドアに手をかけた。
――――
「直近の登録者なら、こちらに記載されていますが……どうでしょうか」
「うーん……難しい文字が多い」
受付嬢から辞書ほどありそうな分厚いファイルをペラペラと捲り、ラビはガスマスクの中、仏頂面で口を尖らせる。
「心当たりのある方がいれば、私が読み上げますので」
「ホントか! じゃあ、ぺらぺらぺらぺら〜」
受付嬢の言葉を聞いて、ラビは調子よくページを捲り顔写真だけを見ていく。
すると、ちょうど半分ほどのところで、見覚えのある顔に行き着いた。
「ん〜、んん? コイツ……」
ラビはその写真を睨み、近づいたり離れたりと様々な角度から見比べる。
「この方に、心当たりが?」
「結構似ているような……ねーちゃん、ちょっとコレ借りるぞ!」
「あぁ! 重要書類ですので持ち出さないで下さいね!」
受付嬢の返事も聞かないうちに、ラビは大きなファイルをヒョイと持ち上げトラジの元に走った。
「トラジ、トラジー! コイツじゃないか?」
「お! 早速見つかったか!」
トラジはパッと目を輝かせ、ラビが開いたファイルを奪い取り見つめる。
まじまじと観察すると、確かに顔写真はあの男に似ていた。
あの時はサングラスで目元が見えなかったが、写真は鋭い目付きで、特徴的な髭もありほぼ同一人物に見える。
ただ一点、決定的に違う箇所を除いて。
「……なぁ、アイツ獣人ちゃうかったよな?」
「あっ、そうだ! 人間だった!」
「やっぱりな。惜しいけど別人や」
写真の男の頭には、獣の耳が付いていた。
トラジは大きなため息をつき、ラビにファイルを返す
「残念やけど調べ直しや……もっかい見てってくれ」
「えー、またぁー?」
面倒事を押し付けられ、ラビは不満そうな声を漏らした。
その時、入り口のドアがガランと開き、威圧感を放つひとりの女騎士が姿を見せる。
「うっ!」
入った瞬間漂うトラジの悪臭に、女騎士アルマはその場に蹲った。
「うおっ、どないしたん!? 調子悪いんか?」
突然蹲る人物に、トラジは自分の悪臭の事も忘れて近づく。
鎧に身を包んだ女は、何故かレザーで顔をぐるぐる巻きにしており、潤んだ瞳でトラジを見上げた。
その瞬間、非モテの関西人(童貞)の心はドクンと脈打ち、一瞬にして撃ち抜かれる。
「かっ……可愛い」
だが呟いた瞬間、アルマは盛大な嘔吐ボイスを吐き捨てる。
「おえぇぇえぇ!! マジくっせー!」
トラジの恋は、出会って3秒で砕け散ってしまったようだ。




