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26話 ボボンガの生存戦略


「ちょっと! いつまで引っ張るんですか! 服が伸びるでしょー」

「ピーピーうるさい男やのぉ」


 トラジはカズキの首もとの服を鷲掴み、ずるずると引きずるように廊下を歩く。

 そのまま廊下の突き当たりまで行くと、カズキを壁際に追い詰めた。


「な、何ですか……お、お金なら持ってないですよ」

 カズキは伸びた服を直しながら、おどおどした口調で言う。

 

 ガラの悪い輩に追い詰められるこの状況。

 それは現世でも数回経験した、カズキにとって最も肝の冷える瞬間だった。

 

「アホか。わざわざ異世界でカツアゲなんかするわけないやろ」

「へ……違うんですか?」

「当たり前や! 俺は生まれてこのかた、犯罪だけは犯したことはない」


 自慢げに言い切るトラジに、カズキはホッと胸を撫で下ろす。

 だがすぐに、特段自慢するようなことではないことに気がついた。


「……あの、それって別にあたりまえの事なんじゃ」

「細かいことはえぇねん! それより……」


 トラジはふと言葉に詰まると、周囲を見渡してからカズキの耳元で囁く。


「……お前、マリアちゃんとどんな関係?」

「マリアと? どんなって言われても……まぁ、旅の仲間としか」

 予想していなかった質問に、カズキは上手く言えず口ごもる。

 

「マジ!? ホンマにそれだけ?」

「えっ、はぁ」

 トラジは何故か鼻の下を伸ばして、怪しげな笑みを浮かべていた。


 (部屋での嬉しそうな顔といい、この気持ち悪い笑い……この男もしや)

 

「もしかして……マリアを狙ってるんですか?」

「ギクっ! そ……そんなことないって?!」

「今ギクって言った! そんなベタなリアクションしておいて、誤魔化せる訳ないでしょ!」


 トラジはリアクションが口に出るタイプの人間だった。

 隙を逃すまいとしたカズキに揚げ足を取られ、二人の形勢は徐々に変わり始める。


「な、なんやお前急に……別にちょっと聞いてみただけやん! ほら、どこに出会いがあるかわからんしさぁ」

「やっぱりだ。ちょっと年頃の女の子がいたから期待してるんでしょ」

「ちち、違うわい!」


 顔を真っ赤にして声を荒げる男を呆れた目で見つめ、カズキは小さく嘲笑う。


 (この人はまだマリアの外面しか知らないんだ。もしあのキレた姿を見たら、どんな顔をするんだろうな)


 カズキの含みのある笑いは、更にトラジを苛立たせた。

 自分の知らないマリアの情報を、この男は確実に知っている。

 妙な余裕に溢れたその姿は言うなれば、後方腕組み彼氏。  

 トラジの頭の中は、嫉妬と妄想でいっぱいだった。


「お前、さてはあの子と付き合ってるな?」

「はぁ?! 違いますよ! マリアとはそんなんじゃ」

「嘘つけ! お前のその妙な笑い……一歩リードしとるヤツ特有の余裕や!」

「な、何をさっきから言い掛かりばっかり……あんたこそ、仲間にウサ耳の女の子がいるじゃないですか!」

「アホか! あいつはただのマヨネーズ中毒者。俺の体にしか興味ないんや」

「かかか、体にしか、興味がない!?」


 トラジの独特な言い回しで、今度はカズキの頭が妄想で支配されていった。

 睨み合う二人は膠着状態が続き、カズキがごくりと息を飲んだ瞬間トラジがついに口を開く。


「わかった、こうなったら正々堂々勝負や」

「勝負?」

「そうや……どっちがマリアちゃんに相応しい男か、俺と勝負せぇ!」

「なっ、なんだって!?」


 (そんなこと……いったい俺に何のメリットがあるんだ!?)


 あまりにもめちゃくちゃな展開に、カズキは心の中のツッコミを口に出来ないまま白目をむいて固まっていた。


「俺らは明日、ボボンガの討伐依頼に挑戦する。お前もそれに着いてこい。そんでどっちが多く討伐できるか勝負や!」

「ボボンガって……あんたらも同じ依頼を」

「おぉ? お前らも同じ目的やったんか」

 トラジは一瞬目を丸くするも、すぐに挑戦的な目を向ける。


「ほんなら話は早い。ここを出たら、お前らとは敵同士。せいぜい覚悟しとけよ」

「うっ……」


 カズキの首もとに指先を突きつけ、トラジはドシドシと足を鳴らして去っていく。

 全く意図していなかった争いが始まり、カズキの頭は混乱していた。  

 

「なんで……こんな面倒なことに」


 一人になった宿の廊下で、カズキは壁にもたれ呆気にとられてしまうのだった。

 

 ◇

 

 そして翌日。

 一行はボボンガの生息地である密林を訪れた。


「ここにやつらが……マリアさん、大丈夫かい? 結構歩いたから疲れたんじゃ」

 

 じめじめした森を歩きながら、ガチムは隣を歩くマリアを気遣う。

 アクアリウスの街から数時間歩くことになったが、ガチムは爽やかな表情をしていた。


「大丈夫ですよ。実家が岩山の上でしたから、多少の体力はあるので」  

「はは、それは安心したよ」


 マリアも少し息は上がっているが表情は明るい。

 その二人の少し先には、ラビが長い耳をピンと立てて歩いていた。

 

「なぁガチム、ここ変な鳴き声がいっぱい聞こえるよ」

「そうか。ならそれが、ボボンガの鳴き声なのかもしれないな」


 話をする二人を見ながら、マリアはふと後ろを気にする。


「カズキとトラジさん、遅いですね。もしかして迷子に」


 心配そうに呟くマリアに、ガチムは苦笑いを浮かべた。


「あはは……まぁ大丈夫。トラジはなんと言うか、体力がないのだ」

「そ、そうなんですね。カズキもどっちかと言うと体力なさそう」

「似た者同士というやつだな」


 マリアが少し安堵していると、急にラビが歩みを止める。


「ん? どうした、何か見つけたか?」

「……た」

「え、なんて」

「喉乾いた! ガチム飲み物くれー」

 ラビは子供のように駄々をこねながらガチムのもとに走ってくる。


「全く、突然どうしたのかと思えば……マリアさん、この辺で少し休もうか。あいつらが追い付くまで」

「ふふ、そうですね」

 

 大きな背中の荷物を下ろし、ガチムは中の水筒をラビに渡す。


「いただきまーす!」


 ラビは豪快に喉を鳴らして水を飲み干し、満足げな笑みを浮かべた。


「はぁー、生き返った! なぁ、トラジはまだ?」

「あぁ、そろそろ来るだろう」


 三人が倒木に腰かけて休んでいる頃、二人の転生者は密林の環境に苦しめられていた。


「暑い……何なんここ、湿度100%あるんちゃうん! ほんでブンブン虫も集るし……もう嫌! 俺大阪帰る! 冷房ガンガンの部屋で毛布にくるまりたい!」

「……うるさいな。いいから黙って歩いてよ」

「なんやねんクールぶりやがって。お前も髪の毛ベッタベタに汗かいてるやんけ」

「仕方ないでしょ。現代人には過酷な環境なんだから」


 トラジとカズキは息を切らしながら、トロトロと密林の中を歩く。

 現代から来た二人にとって、高温多湿の密林は不快極まりない。

 トラジたちの多量の汗に引き寄せられ、彼らの周りには無数の虫が飛び交っていた。

 カズキに至っては、それを気にするほどの体力もなくなっているようだ。

 

「こらー。足が止まってるぞー? きりきり歩け軟弱ものー」


 背中を曲げて立ち止まる二人の後ろから、一人の男が煽るように声をかける。


「くそ、ヴィアロ……お前、なんか生き生きしてないか?」

「何を言ってるんだ。俺はお前たちが怠けないよう監視しているだけだぞ」


 恨めしそうに睨むカズキを鼻で笑い、ヴィアロは白々しいことを言い返す。

 その手には何故か手頃な棒が握られ、彼はそれを愉しそうに振り回していた。


「おのれ鳥人間。人をおもちゃにして楽しむとは」

「言い掛かりだ。俺は疲れを隠して、お前たちの監視をだな」

「ちょっと浮いとるやんけ!!」


 トラジが勢いよくツッコミを入れた先を見ると、確かにヴィアロの足は地上から10センチほど浮いていた。

 三人の間には無言の時が流れ、トラジとカズキは突き刺すような視線でヴィアロを見つめた。


「……飛ぶのも疲れるんだよ」

「嘘つけ白々しい!」

「やめとけ、こいつは性格が悪いんだ。これ以上言い合っても疲れるだけだよ」

「お前ら……マリアちゃんおらんかったら最悪やな」

 

 トラジが呆れながら腰を上げた時、頭上からポタリと何かが落ちた。


「ん? 何やこれ」


 頭を触ると、ベットリとした何かが髪に付着している。

 手に付いた茶色い何かは、とても馴染みのあるものであった。


「これ……ウ○コ?」


 漂う香りにトラジは頬をひきつらせる。

 その瞬間、そばにいた二人はサッと無言で距離を取った。


「はは……まぁ、そのうち取れるだろ。ドンマイ」

「おま、もっと気の利いたこと言えねぇのか。そういう適当な優しさが一番傷つくんだ」

「はぁ? 知らねぇよ。そもそもボケッとしてっから頭にウンコなんか付くんだよ」

「それはまぁ、確かにそうだけど」


 二人の心ない言葉は、トラジの精神をグサグサと刺す。

 その時、汗と汚物の臭いに支配されたトラジの耳に、微かに何かの鳴き声が聞こえた。


「……今なんか聞こえて」

 

 〈きゅう〜ん〉


 子犬のような愛らしい鳴き声のする頭上を見上げると、見覚えのある生き物が木の枝にしがみついていた。


「あっ、あれは!」


 トラジが声を上げるのと同時に、ヴィアロはその生き物に向けて素早く小石を投げつける。


 〈きゃん!〉


 ヴィアロの小石は見事に命中し、生き物はドサッと枝から落ちてきた。


「これは……ボボンガ!?」

「弱ってる今がチャンスだ。カズキ、やっちまえ!」

 ヴィアロは手に持っていた棒をカズキに放り投げる。

 

「わっ……やっちまえって、俺が?!」


 ボボンガは潤んだ大きな目でこちらを見上げ、ふるふると小刻みに震えている。

 体長はおよそ日本猿程度。フサフサの毛並みも合間って、それは妙に庇護欲を掻き立てる姿だった。

    

「お、おぉ……」


 複雑な心境で、カズキは棒を手にゆっくりと間合いを詰める。


「わ、悪く思うなよ」


 目を瞑り大きく振りかぶった瞬間、ある男の大きな声が響き渡る。


「やめぇーーい!」

「……はぁ?!」


 目を開くと、トラジはボボンガを赤ん坊のように抱きこちらを睨んでいた。


「あんた、何やってんだよ」

 ジトっとした視線を向け、カズキは心底呆れた声を上げる。


 トラジは腕の中のボボンガと見つめ合い、何か言いたげに口を動かしていた。


「俺は……俺は……」


 不審な空気を感じつつ、二人はトラジの言葉を待つ。


「……コイツを俺のペットにするんや!!」


 その瞬間二人の肩はガックリと落ちた。

 想像通り、いやそれ以上にくだらない言動。

 カズキは言葉も出ずに拳を震わす。


「おいカズキ、こいつアホ過ぎやしないか?」


 ヴィアロの一言に完全にキレてしまったカズキは、鬼の形相でトラジの前に立ちはだかった。


「そんな、むちゃくちゃな事ばっかり言って……家じゃ飼えません! もとの場所に返して来なさい!!」

「が、がーーーん!!」


 やっぱりトラジは、リアクションが口に出るタイプの人間だった。


 

  

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