27話 愛らしい獣の正体
ついにカズキに怒鳴られてしまったトラジは、雷に打たれたような衝撃を受けた。
彼の腕の中では、ふさふさの毛並みをした小猿型モンスター『ボボンガ』がプルプルと震えている。
「い、イヤや! こんな震えてるんやで?! それにこの、ぬいぐるみのような抱き心地……お迎えせんわけにはいかんやろ」
「馬鹿が! 男がぬいぐるみに夢中になるなんて、キモいんだよ!」
「何やねん、急に強気になって……それよりコイツ、ウニバのキャラにも似てない? 俺が初デートで女の子に撒かれた時もな、ウッドペッパー君が閉園まで隣に座って慰めてくれて」
トラジは中学生の時に念願の初デートを果たしたものの、その女の子はトイレに行ったきり永遠に戻ってこなかった。
遠い目をして語られる悲しい昔話に、カズキは内心ひどく共感を覚えていた。
けれど、そんなことでこの男に対する苛立ちは止まらない。
「懐かしいキャラ出すなよ! エピソードが悲しすぎるんだよ! そんな話聞いたら、余計に否定しづらいだろーが!」
「だ、だったらほら……えぇやろ? こいつを一緒に連れてっても」
「ダメだ!!」
「くっそぉ……この鬼! 悪魔! 人の心とかないんか!」
議論はすっかり収拾がつかなくなっていた。
お互いに譲らないぶつかり合い。ヴィアロに至っては完全に興味をなくし、胡座をかいて退屈にあくびを溢している。
進展しない状況に、ボボンガまでもが観察するように大きな目をくるくると動かした。
「だいたい、ここに来た目的を忘れたのか!? こいつは討伐対象なの! しかも百匹も……ペットにしてる場合じゃねーの!」
〈!!?〉
カズキが言い切った瞬間、ボボンガは瞬時にトラジに強くしがみつき、あの可愛らしい声で鳴く。
〈……きゅう〜ん〉
「お、お前……」
ボボンガの潤んだ瞳を見つめ、トラジは何か決意したような目で顔を上げた。
「これでもくらえ!」
「なっ」
トラジは突如カズキに指先を向け、そこから勢いよく辛子マヨネーズを噴射する。
ほとんど真っ赤な色をしたマヨは、ポカンと開いたカズキの口内に命中。
燃えるように広がっていく辛さに、カズキは両手で喉を押さえ悶えた。
「ぐっ……か……おぇ」
その隙を見てトラジは脱兎のごとく駆け出し、あっという間に密林の奥へと姿を消す。
「お、おいおい、大丈夫か?」
「……あの、馬鹿が……ヴィアロ……追って、くれ」
「えぇ〜? 俺が?」
掠れた声を絞り出すが、ヴィアロは半笑いで動こうとしない。
「お前なぁ……時間止めて、素っ裸で縛り上げてやっても……いいんだぜ?」
「うっ……わかった。わかったから、それだけはやめろ。な?」
カズキは唇を真っ赤に腫らし涙を浮かべていたが、その目には明らかな殺意があった。
今の彼なら本当にやる。それを感じ取ったヴィアロは苦笑いを浮かべ、渋々トラジの跡を追うことにした。
◇
その頃、休憩してカズキたちが来るのを待っていたマリアは、荷物のポケットを探りあるものを取り出した。
「ラビちゃん、キャンディー食べる?」
「食べるー! あーー」
「じゃあ……それ」
マリアはラビの大きな口めがけ、丸い飴玉を放り込む。
「うーん! 甘くて美味っ!!」
「えへへ、よかったね」
飴玉に喜び小躍りするラビを、マリアは微笑ましく見つめていた。
ラビとマリアの歳は、実は二つほどしか変わらない。
だが、ラビは落ち着きがなく欲望に忠実で、そのせいかマリアと比べかなり幼く見える。
そんな二人のやり取りを見て、ガチムは苦笑いで口を挟んだ。
「マリアさん、あまり甘やかさない方がいいぞ? 調子に乗ってもっと食べ物をねだるようになる」
「あはは……それは、ちょっと困りますね」
ガチムに陰口を言われているとも知らず、ラビは大きなキノコの上で呑気に跳びはねていた。
能天気な獣人少女を見つめながら、マリアは何気なく気になっていたことを口にする。
「そういえば、ガチムさんたちはどうしてボボンガ退治を?」
「あー……それはだな」
ガチムは穏やかな表情から一転、何故か気まずそうな笑みを浮かべた。
そして、渋い顔をしてマリアに事情を話し始める。
「俺たちがピスティスに来たのは、ある騒動を調べるためなんだが……」
「ある騒動?」
◇◆
今からしばらく前。
トラジたちは、エレフセリア大陸の町【ジェロス】で起きた婦女子魅了事件を解決した。
その主犯である魔物アスモデウス7世は、ひょんな事から何故か人間の娘に恋をしてしまった。
しかし、それをきっかけに改心したアスモデウスは、今や王国の騎士団長アルマのもとで騎士として励んでいる。
元々魔王の配下だったアスモデウスが、人間のために働くなどおかしな事だが、娘に対する恋心が彼の人格まで変えてしまったのである。
アスモデウスが敗れたことを知っても、魔王は動じなかった。
なぜなら彼は、既にアスモデウスの心を操る能力をコピーしていたから。魔王はその力を使い、今度はピスティスでモンスターを暴走させ人々を苦しめ始めたのだ。
騎士団の屯所でアスモデウスから相談を受けたトラジたちは、その件を探るため、ここピスティス大陸へと赴いたのだった。
【中心都市アクアリウス】
カズキたちが到着する数日前。
トラジ一行を乗せた船がアクアリウスの港に到着する。
「おぇ……マジ吐きそう」
「大丈夫かトラジ、顔が真っ青だぞ? あ、マヨ飲めばきっと元気になるよ!」
「アホか、今だけは逆効果や……うっ、想像しただけで出そう」
「ラビ、いいから放っておいてやれ。トラジ、水でも飲むか?」
ガチムはトラジに水の入ったボトルを手渡す。
人混みを避けた場所でしゃがみ込んでいたトラジは、げっそりした顔で見上げボトルを受け取った。
「……はぁ、ピークは治まったわ」
「なら良かった。どうだ、もう少し休んでいくか?」
「いや、ええわ。アルマが言ってた教団のとこに急ご。じゃないとまた鬼電が……」
〈パーパーパーパッパパ〜……♪〉
膝に手を当て立ち上がったトラジの尻ポケットから、軽快なメロディーが流れる。
突如響き渡るその音に、彼の顔はまた青ざめていった。
「来た! 地獄のメロディー」
「またアルマのねぇちゃん? 今度はラビが出てあげよっか?」
「お前、話ちゃんと聞かんやろ……どうせ途中で代われ言われんねんから」
気だるげに文句を言う間も、地獄のメロディーは流れ続けサビに入ってしまいそうだった。
「と、トラジ。そろそろ出ないと」
「はぁ……わかったわかった」
トラジが渋々ポケットから取り出したのは、小鳥の人形のようなもの。
小鳥の目は光り、ブルブルと震えている。
トラジはその小鳥の嘴をパカッと開いて耳元に当てた。
「いつまで待たせる気だ!! 3コール以内に出ろと何度言えばわかる!!」
その瞬間に聞こえたつんざくようなアルマの怒号に、トラジは思わず小鳥を耳から遠くに離す。
およそ30センチ以上離していても、彼女の声は十分すぎるほど聞こえた。
(俺が出て良かったわ……ラビが出たら鼓膜破れるぞこれ)
聞こえないようにため息を漏らし、トラジは小鳥を慎重に耳に近づける。
「お、おうアルマ……10分前ぶりやん? ちょっとほら、船酔いで休んでたんや」
「ふん! 全く情けない男だな。それより、教祖さまの場所はわかっているんだろうな? まず、エレフセリア王国からの使いであることを証明して、協力を得ないとだな」
「わかったわかった。もう旅に出てから100回以上聞いてるから大丈夫やって」
「はぁ、私も同行できればいいのだが……これは国王陛下からの特命だ。ヘマは許されないのだぞ? わかっているな」
「あーもうわかってるって! えぇから早よ自分の仕事でもしとき!」
トラジは勢いに任せて言い切ると、小鳥の嘴をパタリと閉じ通話を終えた。
「どうだった。また小言を言われたのか?」
「聞いてたやろ? ほんましつこ過ぎる……ここまで頑ななやつと思わんかったわ」
「はは……ご苦労様」
トラジたちが依頼を受けた暴走モンスターの調査は、国王直々の命だった。
旅費と褒美に釣られ旅に出たは良いものの、トラジを不安に思ったアルマは、彼らに小型の通信機を持たせたのだ。
着信は1日何十回と続き、3コール以内に出ることを強要される。
初めは女子からの電話に喜んでいたトラジだが、その喜びはすぐに地獄へと変わったのだ。
「……もうえぇ。とりあえず行こ。また電話かかってくる前に」
小鳥を手に青ざめたまま、トラジは歩き始める。
その時、ラビがピクピクと長い耳を動かした。
「んあ? 何か凄い来る……」
「え?」
「何がだ?」
ラビの声に二人が振り返ると、次第に人々の悲鳴が聞こえ始める。
異様な気配にガチムは咄嗟に構え、トラジたちの前に出る。
すると人混みを縫うように、何かの群れが砂煙を巻き起こして近づいてきた。
「なっ、なんだあれは」
驚くまもなくその群れはトラジたちに迫り、大きな目を赤く光らせ次々と飛びかかる。
「おわっ!? いたっ、ちょ……何やねんコイツら!!」
「くそっ、纏わり付く……二人とも、とりあえず身を低くして守るんだ!」
「わわわわわ〜! 目が回るーー」
トラジは細かい打撃を何度も受け、頭には無数のたんこぶが膨れ上がる。
一方、ラビは素早く避けてはいるものの、そのモンスターの動きを追いすぎてフラフラと目を回していた。
攻防は数十秒ほど続き、モンスターの群れは過ぎ去っていく。
〈キィーー!〉
鳴き声を聞き、ガチムはモンスターの後ろ姿を睨む。
素早い動きで姿はハッキリと見えなかったが、大陸出身のガチムにはその鳴き声に聞き覚えがあった。
「……ボボンガ? しかし、あの狂暴性は」
考え込んで立ち尽くしていると、突然トラジが大声を上げる。
「な、ないーーーー!! アルマの通信機が……無くなってる!!!」
「んなぁ!?」
恐怖におののき、硬直してしまったトラジとガチム。
ラビはそんな二人を不思議そうに眺め、あらゆるところを指でつつき回り遊んでいた。
「それ、それそれそれそれ……うーん、全然動かない」




