24話 出会い
「あれ? おい、あの馬鹿がいねぇぞ」
ヴィアロはふと違和感を感じ立ち止まる。
混雑する通りを振り返ると、カズキの姿がポツンと消えていた。
「え? さっきまでいたのに」
マリアは心配そうに胸に手を当て、背伸びをして人混みを覗く。
すると混雑する間を縫うように、くたびれた様子のカズキが顔を出した。
「あっ、いたよ! おーい、こっちだよー」
「おぉ!」
元気に手を振るマリアを見つけ、カズキはホッとして顔を綻ばせる。
小走りで駆け寄ると、ヴィアロは聞こえるように舌打ちをした。
「まったく、何回迷子になんだ。この田舎もんが」
「こ、これでも都会で育ってんだよ! さっきはちょっと、人とぶつかってだな」
「鈍臭ぇな。大方人混みにビビって下ばっか見てたんじゃねーの?」
「ちょっとヴィアロ! カズキを馬鹿にしないでよ! きっと初めての街にウズウズして、ちょっと景色を見ていただけよ」
「お、おう! そうだそうだ」
ヴィアロの言っていることは、半分以上当たりだった。
だが、カズキはマリアの背中に隠れて同調する。
すっかり2対1の構図になり、ヴィアロは呆れた様子でバリバリと頭を掻いた。
「はぁ〜……もういいよ。それより、早いとこ入ろうぜ」
「入るって、どこに?」
「ギルドだよ。もう着いてる」
ヴィアロは親指を立てて後ろを指す。
後ろの立派な建物見上げると、屋根の看板には冒険者ギルドの文字が書かれていた。
「あ……ほんとだ」
カズキは自然と異世界の言葉が理解できた。
訳のわからない文字でも、なぜか頭ではそれが理解できる。
気付いたのは最近だが、これもジジイ(神)の仕業だとカズキは疑問なくそれを受け入れている。
これも、彼がゲーム脳の中二病だからかもしれない。
「全然気付かなかった。本当に大きな建物ねぇ」
マリアとカズキは入り口に立ち、ポカンと口を開けてギルドを見上げる。
「アホ面してないで、早く入るぞ」
「お、おう」
「あぁ、待ってよぉ」
ヴィアロの後を追って入ると、中は現代の役場のような作りになっていた。
カウンターには受付が立ち、依頼の説明や報酬の受け渡しを行う。
テーブルもいくつかあるが、そこは冒険者と思われる者たちの休憩や情報交換に使われているらしい。
「本日はどのようなご用ですか?」
入口付近に立つ女性は、室内を見渡すヴィアロに声をかけた。
「……手っ取り早く大金を稼ぎたい。賞金の懸かったモンスターはいないか?」
案内係の女性は笑顔のまま、ヴィアロの姿をじっくりと見ていく。
「失礼ですが……お一人様で、でしょうか?」
「いや、コイツらと一緒」
ヴィアロの後ろからひょっこりと顔を出す二人を見て、女性は笑顔のまま固まった。
ひょろりとした男と、華奢な少女。どう考えてもモンスターの討伐など出来そうには見えない。
ヴィアロも身長は高いが細身な部類。大鳥の姿を知らな者が見れば、ただの線の細い男だった。
「えっと……そういう依頼があるにはあるのですが。なんと言うか、少々危険なように見受けられますが」
愛想よく丁寧な言い方だったが、女性の口元はひくついていた。
「なぁ、やっぱ俺たち見た目からして弱そうなんだよ。いきなり大金得ようなんて無理があるって」
「はぁ? 安い依頼なんてチマチマやってられっかよ。俺は大鳥になりゃ、大体の奴には負けねぇ。それに、お前の時間停止もあれば楽勝だろ?」
「そうかもしれないけど……マリアだっているし、あんまり危険すぎるのはさぁ」
「わ、私なら大丈夫! サポート出来るように、色々魔法も勉強したもん! まだ、使ったことないけど」
案内係の女性をよそに、カズキたちは内輪で揉め始める。
カズキはマリアの震える足元に気付き、怪しむような視線を送った。
「震えてるし……無理すんなって。お前に何かあったら、おじさんにシバかれるのは俺なんだぞ?」
「む、無理なんかしてないってば」
言い合う二人を無視し、ヴィアロは女性に声をかける。
「なぁ、とりあえずどんな討伐対象がいるか見せてくれないか。やれるかどうかはそれで決める」
「……承知いたしました。では、こちらに」
女性はヴィアロの押しに負け、彼をカウンターへ案内する。
「ちょっと、勝手に話を進めるなよ」
カズキは慌てて後を追い、マリアは緊張した様子で彼に着いていく。
討伐依頼のカウンターには、様々なモンスターの貼り紙があった。
凶悪そうな見た目で描かれた物や、シルエットが映った写真。その中でも一番低い賞金は100万ギルを越えていた。
「見ていただけるとわかると思いますが。ここに貼ってあるものが、今ある高額の討伐依頼ですね」
「……ふぅん」
「これが、討伐モンスター」
動じないヴィアロとは対照的に、カズキとマリアは硬直して息を飲む。
「どれも危険度レベル5以上の賞金首。腕の立つ冒険者でも、油断すれば死ぬレベルでございます」
案内係はやんわりとした口調で恐ろしい内容を口にした。
カズキはビクッと肩を揺らしヴィアロに耳打つ。
「おい、ヤバイって! 考え直すなら今だぞ」
「はぁ!? ここまで来てやめるわけねぇだろ」
二人が言い合っていると、マリアが突然声を上げる。
「あぁ! この子可愛い!」
「へ?」
「は?」
マリアの場違いな反応に、二人は惚けた声を出して彼女の指差す方を見る。
その賞金首の貼り紙には、くりっと大きな目玉の毛むくじゃらのモンスターの写真があった。
「な、なんだこいつ……猿みたいだな」
「あぁ……この中でも群を抜いた間抜け面だ」
「この間抜けな感じ、なんだか可愛くない?」
「可愛い、か? 狂暴な感じはしないけど」
「うーん」
ヴィアロは悩み声を上げると、突然驚いたように目を見開く。
「お、おい! こいつの賞金見てみろよ!」
「えっ……1000万ギル!?」
姿に似つかわしくない報酬額に、二人は一気にテンションが上がる。
「なぁアンタ、このモンスターは?」
「こちらはボボンガというモンスターですね。高額賞金に釣られる方も多いのですが、正直あまりおすすめは……」
「えっ、どうしてですか?」
「貼り紙、ちゃんと見ましたか?」
案内係に指し示された貼り紙を、カズキたちは顔を寄せて覗き見る。
すると、討伐対象となるボボンガの写真の横に、小さく『×100』という数字があった。
「こ、これは!?」
「ボボンガ100匹の討伐報酬になります」
ニッコリと笑う女性に、カズキたちは白目を剥き口を開けたまま固まった。
しばらくして、ヴィアロは気を持ち直して提案する。
「……け、けどよ、100匹だろ? 粘れば何とか」
「ちなみに、その討伐の成功者はまだおりませんよ? ボボンガは素早く、一匹見つけるのにも骨が折れますので」
その言葉にヴィアロはガックリと肩を落とす。
「ダルい……ダルすぎる! やってられっかよこんな依頼」
ヴィアロが声を上げる中、カズキは少し考え込んで案内係に尋ねる。
「あの……このモンスターって危険なんですか?」
「危険度だけで言えば、討伐依頼の中で最も低いですよ。高額報酬の理由は、ほぼ達成難易度の影響ですね」
話を聞き、カズキは真剣な顔で考え込む。
「おい、まさか受けようってんじゃないだろうな、こんなダルい依頼」
「……でもさ、一番危険は少ないんだぜ?」
カズキは話しながら、チラリとマリアに視線を向ける。
キョトンとした顔のマリアを見て、ヴィアロは少し悩んでため息を吐いた。
「はぁ〜……でもよ、もっと効率いい方が」
「それにさ、俺なら時間止められるし、多少素早くてもやりようがあるかも」
唸り声を上げ、ヴィアロは悩んだ末にカッと目を見開く。
「わかった! この依頼にしよう。お前もそれでいいな?」
「へ? あ、うん! 頑張るよ」
マリアは緊張した面持ちで両手を強く握った。
案内係はコクりと頷き、事務的な口調で話を進めていく。
「承知いたしました。では、登録の為こちらの用紙にお名前を」
三人は顔を見合わせ、それぞれ書類に記名していった。
依頼の契約も終わり去ろうとした時、案内係の女性は思い出したように口を開く。
「そう言えば、先程も同じ依頼を受けられた一行がいらっしゃいましたね」
「え、そうなんですか?」
「はい。同じく男女の三人組でしたよ? もしかしたら、目的地で出会うかもしれませんね」
「……はぁ」
適当な相槌をし、カズキたちはその話を特に気にせず冒険者ギルドを後にした。
「先輩、またボボンガの依頼ですか?」
「うん。今日は何故だかよく出るわ」
「大丈夫ですかね? 特に彼女、いかにもって感じですけど」
後輩の言葉に先程の案内係は困ったように唸る。
「うーん、まぁ大丈夫でしょ。そうなればこの依頼は無理だろうけど」
「そうですね」
軽い世間話のように話しながら、女性たちは業務に戻るのだった。
◇
ギルドを出た頃にはもう日が落ちかけており、カズキたちはこの日の宿を探して回る。
どこも客で埋まっていたが、何件か後に訪れた宿でようやく空きを見つけられた。
「三名様ですね。女性の方は、別にお部屋をお取りしましょうか?」
「あぁ、はい。ところで……ここっていくらなんですか?」
カズキは綺麗な宿の中を見渡し、苦笑いで受付に尋ねた。
「そうですね。空いている部屋で、一泊お一人様7000ギルになります」
受付が言った瞬間、マリアの体がピクリと跳ねる。
「ほ、そこまで高くなくて良かった……マリア、まだ資金足りるよな?」
振り返ると、マリアの体はチワワのようにふるふると震えていた。
顔は真っ青に血の気が引き、じんわりと滲む涙を唇を噛んで耐えている。
「ま、マリア? あの……マリアさん、もしかして金が」
「……ご、ごめんなさい! もうお金、5000ギルしか残ってないの」
「ご、5000ギル?! えマジで?」
カズキは人目も憚らず大声を上げた。
するとマリアはついに泣き出してしまい、三人は慌てて宿を出ることに。
外に出て、カズキは泣きじゃくるマリアを宥めながら所持金の謎を問い詰める。
「な、なぁ……何でそんなに減ってるんだ? ダミアンさんに貰ったレアアイテム換金して、結構余裕あったよな?」
「う、うぇ……うん。でも、来る途中にね……道端のお店でね……幸運のお守りだって勧められてね」
「おう、おう……ん? 幸運のお守り?」
「うん……それで私、そのお守りの指輪、買っちゃったの、三人分」
「えぇ?! 指輪買ったって、三人分も?! い、いつの間にそんな事に」
驚愕するカズキの反応に、マリアはまた涙が溢れだす。
旅の出発前、資金の少ないカズキたちを心配して、ダミアンはレア物の鉱石をひとつ譲ってくれていた。
売れば10万ギルにはなるだろうと受け取ったそれを、換金して旅費当てていたのだ。
「はは、野宿確定ってか? ま、俺は慣れてるから何でもいいけど」
「お前、ちょっとは空気読めよ……はぁ、残金5000ギルって、装備とかも買えないんじゃ」
「ひっ……ごべんなざいぃぃ」
何気なく口走った言葉に、マリアはさらに大きな泣き声を上げ始める。
「おい、空気読めよ」
「うぅ……すまん」
ヴィアロに背中を小突かれ、カズキはシュンと頭を下げた。
辺りもすっかり暗くなり、宿の軒先で途方に暮れるカズキたち。
腹を決めて野宿が頭に過った時、背後から聞き覚えのある声がした。
「あの……もしかして困り事かな?」
「へ? あ、あなたは!」
振り返った先にいたのは、昼間にぶつかった大男だった。
驚き目を丸くしていると、大男の影からチャラい男とウサ耳の少女がひょっこりと顔を出す。
「何や? あ、お前昼間の陰キャやんけ」
「いんきゃ? それって何々? 美味いのか?」
「出た、知らん言葉何でも食いもんやと思う奴。聞きすぎて新鮮味もなくなってきたわ」
「ねぇー、トラジ教えてよー」
ウサ耳少女はトラジと言う男の体をガクガクと揺さぶる。
大男はいつもの事と言った風に、二人を全く気に止めず話を進める。
「うるさくてすまんな。何か困っているようで声をかけたのだが」
「あ、あぁ……ちょっと、宿に泊まる金が足りなくて」
「そうなのか」
大男は目を丸くすると、しばらく悩むように腕を組む。
そして、パッと急に顔を輝かせて口を開く。
「そうだ。俺たちの宿に一緒に泊まらないか? もちろん、そちらがよければだが」
「えっ……そんな、いいんですか?」
カズキは驚いた顔で二人と顔を見合わせた。
マリアはビックリして涙が止まったようで、置物のように固まっている。
一方のヴィアロは、しめしめと言う表情で何度も頷いていた。
カズキもこの機会を逃すまいと、深く頷いて大男に向き直る。
「お、お願いしていいですか!? お礼は、金が入れば必ずしますから」
「いいよ、気にしなくて。トラジ、構わないだろ?」
「別に俺の金ちゃうしいいけど……ほんまお人好し過ぎるで」
呆れるトラジを、大男は豪快に笑い飛ばした。
「俺はガチム。こいつはトラジで、そっちの娘はラビ。少し前から一緒に旅をしてる。変わってるが、悪い奴らじゃない。安心してくれ」
「ど、どうも」
カズキは軽く頭を下げて三人を見上げる。
まだ何者かもわからないが、何故かこれから長い付き合いになるような、そんな予感をカズキは覚えたのだった。




