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23話 返済の旅の始まり


 ピスティス大陸、中心都市【アクアリウス】

 海岸に面し、活気に満ちた大きな街。

 漁船や貨物船、他にも連絡船の発着地として、様々な職種と人種の者たちが集う。

 

 そんな中、崖っぷちの田舎町出身の少女がこの地に降り立つ。

 マリアは見たこともない光景にあんぐりと口を開け、忙しなく首を横に振った。

 

「わ、わぁ〜、人がいっぱい……あ、あっち、凄い高い建物もある! ねぇカズキ! あそこ、何があるのかな?!」

「……ん? 誰だいお嬢ちゃん」

「えっ、すみません! あれ? か、カズキは……」


 声を掛けられた中年男性は困った笑みを浮かべ、すぐにその場を去っていった。

 マリアはぺこぺこと頭を下げ、赤い顔でカズキの姿を探す。

 そして、わけもわからず一歩踏み出すと、何者かにガシっと肩を掴まれた。


「おい、ウロチョロすんじゃねぇ」

「ひゃ! あ、なんだヴィアロか」

「何だじゃない……まったく、船を降りた途端に姿を消してやがって、こんなとこで迷子になったら洒落にならんぞ」

 ヴィアロが話ながら人混みを見ると、更にもう一人、挙動不審に動き回る者がいた。


「やべぇ……何ここ! すっげぇ、マジでRPGみたいなんだけど! あぁ、何でスマホねぇんだよ。こんなヤバイ状況なのにぃ!」


 カズキは大きな独り言を口にして、まるでテーマパークにでも来たように騒いでいる。

 異様な様子に人々は自然と彼を避けて通り、カズキの周りにはポッカリと寂しい空間が広がっていた。

 ヴィアロは額に手を当て天を仰ぎ、ため息を吐きながら彼に近寄る。


「やべぇのはお前なんだよ!」

「いってぇ! くそ、いきなり叩くなよ……しかもグーで」


 後ろから叩かれたカズキは後頭部を擦り恨めしそうに見上げた。


「馬鹿が、迷子役は一人で十分なんだよ。こんなとこで止まってないで、さっさと目的の場所に行くぞ」

「ちっ、わかってるよ。ギルドだろ? ったく、それだってほぼお前の目的じゃんか」

 カズキは不満げに唇を尖らせ、先を行くヴィアロに着いていく。


「もうカズキ、ぶつぶつ行ってないで楽しみましょ!」

「はぁ……そうだな!」

 心から楽しそうなマリアの笑顔に、カズキは少しだけ呆れたように笑い返した。


 彼らがどうしてこうなったのか。

 それは数日前のある事がきっかけだった。

 

 ◇


「よし、ようやく完成じゃ! 皆、ご苦労様であったなぁ!」

 最後の民家の修理を終え、ダミアンは腕組姿で屋根を見上げる。

 

 ヴィアロを含めた町人一丸で取り組んだ町の修復作業。

 ちょうど古くなっていた建物が新しく生まれ変わり、中にはそれを喜ぶ者もいた。

 

 最初は、町を壊した張本人であるヴィアロを警戒する者がほとんどだった。

 だが、無口ながら黙々と働く彼の姿に住人たちの印象は変わり、次第に彼を受け入れていた。


「ほんとに、見違えたもんだねぇ! 屋根も雨漏りしてたんだけど、これで問題無しだよ」

「そうそう、実はわしの家も色々とガタがきちまっててよ。この際皆で直してもらえて助かったわ。あんたも、ありがとよ!」

「……えっ」 

 調子のいい住人から肩を叩かれ、ヴィアロは驚き目を丸くする。


「どうして……感謝なんて」


 住人からの感謝に、ヴィアロは呆然と呟いた。

 明らかに自分の行いのせいだが、この町の者はそれを気にもせず呑気に笑っている。

 これまで人との関わりを避けてきた彼には、到底理解しがたい状況だ。

 キョトンと言葉に詰まるヴィアロに、カズキはクスクスと嫌みな笑みを浮かべていた。


「ぷぷぷ……なにお前、もしかして今まで感謝とかされたことないわけ?」

「…………ない」


 てっきり言い返されるものと思っていたカズキだが、ヴィアロは予想外に俯いて黙り込んだ。

 しおらしい姿に、カズキは不貞腐れた顔で軽く鼻を鳴らす。


「ばーか、冗談だっての」


 カズキの声に、ヴィアロは静かに顔を上げた。


「別にいいじゃん。感謝されたって」

「え?」

「確かに町はぶっ壊したけど、お前は誰も傷つけてない。だから……もう償いは終わり! 暗い顔してんな馬鹿」


 ヴィアロの目は徐々に光を宿し、完成した民家を清々しい表情で見上げた。


「そうそう! ヴィアロもカズキも、町の皆も頑張って直したんだよ。ありがと、カズキ! ヴィアロ!」


 マリアは嬉しそうに駆け寄り、ヴィアロとカズキの腕を掴む。


「ほら、握手握手!」

「ま、マリア!?」

「おい! やめねぇか気色悪ぃ」

「あはは! いいじゃない、お祝いの握手だよ」


 いたずらに笑い声を上げ、マリアは二人の手を握り会わせた。

 あからさまに嫌そうな顔をしつつも、カズキたちは彼女の好意を渋々受け入れるのだった。

 

 そんな微笑ましい空気の中、神父は三人に歩み寄る。


「えっと……ちょっといいかな?」

「ん? どうしたの? お父さん」


 何かを隠したような笑顔に、カズキとヴィアロは僅かに身構える。    

 

「少し言いにくいことなんだけど……まぁ、とりあえずこれを見てもらえるかな?」


 カズキは神父から一枚の紙切れを受けとり、マリアとヴィアロもそれを囲うように覗き込む。


「こ、これは」


 書かれていたのは修理費用の諸々の請求。

 その額なんと500万ギル。

 

「修理もタダじゃないからね。ヴィアロ君が調達してきた資源のおかげで、なんとかそれくらいに納められたよ」


 冷や汗を流すカズキに、神父は爽やかな笑顔で話す。

 カズキはこの時初めて、この男に恐怖を感じた。

 そしてすぐに頭をふる回転させ、ヴィアロに紙を押し付ける。


「も、もとはと言えばお前のせいだからな。支払いは頼んだぞ?」

「はぁ? そんなん無理に決まってんだろ。そもそも俺には借金があるんだぜ?」

「しゃ……借金だぁ?!」

「言ってなかったか? 1000万ギルの借金があるって。だから手っ取り早く大金を手に入れようとコイツを攫ったんだ」


 ヴィアロは悪びれもなく話し、親指を立ててマリアを指した。


「……ってことは、1500万ギルの借金」


 カズキの冷や汗は止まることなくダラダラと量を増す。

 ふるふると震えながら神父に視線を移すと、相変わらず恐ろしいほどの笑顔だった。

 カズキはゴクリと唾を飲み、ぎこちない笑みで口を開く。


「さ、災難だな、こんな巨額の借金抱えて。ちゃんと頑張って返すんだぞ! こ、これでいいですよね? おじさん」


 恐る恐る神父の顔を見るも、彼は笑顔のまま首を傾げる。

 どうやら満足する答えではないようだ。


「カズキくん……彼が逃げずに全うな手段で返済してくれるように、手伝ってあげてくれないかな?」

「は、はぁ?! なんで俺が!」

「いいかな? カズキくん」


 張り付いた笑顔のまま至近距離に近づく神父に恐怖し、カズキはついに高速で首を縦に振った。

 神父はパッと表情を明るくし、カズキの手を握りブンブンと揺らす。


「よかったぁ〜! 君ならそう言ってくれると思ったよ!」

「は、ははは……」  


 カズキは白目を剥いたまま、ひたすら乾いた笑い声を上げていた。

 当のヴィアロは、全く無関心に耳をほじる始末。

 そんな二人を交互に見て、マリアは何か思い付いたようにポンと手を打つ。


「ねぇお父さん。それ、私も手伝うよ!」


 マリアの一言に、神父はピタリと動きを止めて口元を引きつらせた。


「な、何を言ってるんだいマリア」

「だって、カズキはこの世界の事をまだ何も知らないのよ? それをヴィアロと二人なんて、心配じゃない」

「……い、いやぁ、お前だってこの町の外に出たことがないだろう? それに女の子だし、危ないじゃないか」

「大丈夫よ! 外のことなら、お父さんの本で色々勉強してるから!」

「そ、そうじゃなくてだな」

「そうだ! アクアリウスに行くのはどう? きっと報酬のいい依頼があるはずよ! 私本で見たの。持ってくるね!」


 神父の言葉はマリアに届かず、彼女は砂煙をあげて走り去っていった。


「はぁ……マリア」


 深いため息を吐いた後、神父は鋭い目でカズキを見据える。

 そして彼の耳元で、ドスの効いた声で囁いた。


「ああなったマリアは言うことを聞かないんだ……娘を頼んだよ、カズキくん。もし何かあれば、どうなるかわかるね?」

「はっ……はひぃぃ!」

 

 飛び上がるように奇声を上げ、カズキはピンと背筋を伸ばした。

 その圧を感じ取ったのか、ヴィアロは彼の後ろでたらりと冷や汗を流すのだった。


 ◇


「はぁ……まさかこんなことになるなんてなー」


 アクアリウスの街を歩きながら、カズキはため息混じりに呟く。

 目の前には足取り軽やかな金髪の少女と、スタスタと歩く背中に翼が生えた男。

 改めて見ても奇妙な組み合わせに、カズキは俯き唸り声を上げた。


 地面ばかり見ていると、突然壁のような巨体とぶつかる。

 カズキはその反動で後ろにふらつき、ドスンと尻を着いてしまった。

  

「うぉ!? いってぇ」

「おっ、すまない少年、怪我はないか? 見せてくれば治せるんだが」

「い、いえ……大丈夫です」


 よたよたと立ち上がると、別の男の声が耳に入る。


「やめとけアホ。こんな道のど真ん中で裸になったら通報されるぞ」


 (ん? これって……関西弁か?)


 目の前に現れたのは、金髪と派手なピアスを付けた青年。

 頭頂部はプリンのように黒いので、マリアのような自前の髪ではないとわかる。

 服はこの世界のもののようだが、見た目から繁華街にいそうな輩の匂いが漂っていた。

 カズキはその男を不審者でも見るように観察する。

  

「む、アホとは失礼な。けどまぁ、それもそうだな」

「なんや、今日は理解が早いやんけ……ん? お前さっきから何ジロジロ見てんねん」


 男に詰め寄られ、カズキは思わず視線を逸らす。


「べ、別に、何でもないですよ」

「ふぅん……まえぇか。行くでガチム」

「おう」 

 

 去っていく二人が何故か気になり、カズキはしばらくその背中を見つめていた。


「はっ! やばっ、また迷子になってしまう」

  

 すっかり見失ってしまったマリアとヴィアロを探し、カズキは慌ててその場を離れるのだった。 

  

 

   

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