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22話 修復


 崖の上にポツンとある田舎町。

 若者の少ないこの町で、今日はあちこちで活気ある声と木材を叩く音が響いていた。


「カズキさん! あと10枚ほど板を持ってきてくだされ!」

「またぁ!? さっき持ってきたところなのに……」

「ほほ、修理する場所はまだまだ残っております! 若人の力の見せ所ですぞ?」

「チッ、わかったよ」


 民家の修復作業をするダミアンにこき使われ、カズキは文句を言いつつ重い腰を上げる。

 そんな時、マリアがたくさんの飲み物をトレーに乗せてやってきた。


「みんなー! そろそろ休憩にしましょーー!」


 少女の明るい声に、ダミアンや住人達も手を止めて振り向く。


「おぉ、マリアちゃん! 皆さん、ちょっと休憩にしましょうか」

「ふぅ……そうですな。もう腰が痛くてかなわん」

「ほんと、年寄りには堪えるわ」


 ダミアンの一声に、同じく高齢の男たちは腰を曲げながら屋根から降りてくる。


「ご苦労様です。どうぞ、温かいハーブティー」

「うーん、いい匂いだ。ありがとうマリアちゃん」

「温かくて美味しいよ」


 手に取った住人たちの感謝の言葉に、マリアは少し照れ臭そうに微笑む。

 そして、そばにいたカズキにも、笑顔でハーブティーを手渡した。


「はい! カズキもどうぞ」

「う、うん……ありがと」

「えっへへ」

 マリアは空になったトレーを抱え、子供っぽく声を上げ笑った。


 カズキはハーブティーを一口飲み、少女の嬉しそうな笑顔を見てホッと息をつく。

 未知の異世界で、何者かもわからない自分を助けてくれた少女。

 そんな彼女の笑顔を取り戻せたことに、カズキは心の底から安堵していた。

 

「……どうしたの? 私の顔、何か付いてる?」

「へ?! い、いやぁ別に……これ、美味いな! 何か、よくわかんない味だけど」

 マリアに顔を覗き込まれ、カズキは一気にハーブティーを飲んで誤魔化した。


「ハイビスって言うお花で淹れたんだ。体の疲れが取れるんだよ!」

「へぇ〜……花なんだ」

 気のきいた言葉が浮かばず、カズキは目を点にして呟いた。 


「……あ、そう言えばアイツは?」

「あぁ、今は石材を取りに出掛けてるよ。そろそろ戻るんじゃないかな」

「ふぅん……もしかして、逃げたりしてねぇだろうな」

「えぇ? まさか、流石にそれは……あ!」

「ん?」


 話の途中マリアは何かに気付き、空を見てポカンと口を開ける。

 すると、つられて見上げたカズキの脳天に、突然小さな固い何かがいくつも降り注いだ。


「イタタタタっ! ちょ、ちょっと何これ! 痛いって! 何で追ってくんの!?」


 それは逃げても執拗に降り注ぎ、なぜかふわんと甘い匂いがした。


「ちょっとヴィアロ! カズキをいじめないで!」


 マリアの一声に最後の一粒を落とすと、ヴィアロは大鳥の姿でのしっと地に降り立つ。

 その黒い大きな背中には、大きな岩がいくつも積まれていた。

 ヴィアロは不機嫌な顔で岩を降ろすと、徐々に人の形へと姿を変える。


「こいつが先に嫌みを言ったから……種をぶつけてやったんだ」


 ヴィアロは懐から木の実を取りだし、一口齧ると小さな種をプッと吹き飛ばした。


「き、汚ねぇな! 変なもんぶつけんじゃねーよ鳥人間!」


 頭を擦りながらキレるカズキを見て、ヴィアロはニヤニヤと嫌みに笑う。


 町を襲撃し、マリアを攫った張本人、<ヴィアロ・グロウリー>

 彼がなぜ、自然にこの町に馴染んでいるのか。

 それは数日前に遡る。

 

 ◆◇


 マリアの勢いに圧倒され、渋々町を訪れたヴィアロ。

 ゆっくりと滑空し、教会の前にドシンと降り立つと、物音に気付いた住人がドアを開ける。


「ひぃっ!」


 悲鳴と共に尻を着いた住人に駆け寄る神父は、目の前の大鳥の姿に驚愕する。


「お、お前はっ……どうしてここに」


 神父は声を震わせながらも、住民を庇うように前に出る。 

 その時、神父の耳にマリアの声が届いた。


「お父さん!」

「ま、マリア!?」


 姿の見えない声に辺りを見渡すと、体を伏せた大鳥の背中からカズキが飛び降りる。


「か、カズキくんも!?」

「どうも……おい、降りれるか? 暗いから気をつけろ」

「うん、大丈夫」


 カズキは神父に頭を下げると、続いて降りるマリアに手を差しのべる。

 マリアはその手を握り、ゆっくりと地面に片足ずつ降ろしていく。


「マリア! 無事だったのか!」

「……お父さん」


 二人はお互いに駆け寄り、存在を確かめるように抱き合った。

 マリアは声を震わせながら、何度も父の名を呼んでいた。


 その光景をしばらく眺めていたヴィアロは、ぶっきらぼうにカズキに声をかける。

  

「おい、こいつも降ろせ」

「あぁ? う、ダミアンさん……まだ気絶してる」

 ヴィアロに促され、カズキは面倒くさそうにダミアンを引きずり降ろす。

 足を引っ張り地面に落とすと、ダミアンは地面に顔を打ち付けようやく声を上げた。


「ぐへぇっ! う〜ん? ここはどこじゃ?」


 ダミアンは顔だけ持ち上げ、キョロキョロと見回す。


「教会だよ。町に帰ってきたの」

「カズキさん! そうか……確か大鳥に乗って」

 やっと思い出したのか、ダミアンはぴょんと飛び起きて手を打った。

 

「ふん……ボケたジジイが」

 ヴィアロは呆れたように呟くと、徐々に人の形に戻っていく。

 

「なっ……人間に!?」


 その光景に驚いた神父は、マリアから体を離し声を上げた。

 驚き声に詰まる父に、マリアは気まずそうに事情を話し始める。


「お、お父さん? 実は……彼、ヴィアロは魔物じゃなくて、人間なの。町を襲った事は、当然許されることじゃないわ。でもヴィアロは、崖から落ちた私を助けてもくれて……そんなに悪い人じゃないんだよ!」

  

 必死に説明するマリアを見つめ、神父は軽くため息を漏らした。

 自分が攫われたにも関わらず、その犯人を庇うような口ぶり。

 誰にでも優しい自慢の娘だが、お人好しの過ぎる言動に、神父は父親として危うさを感じていた。


「はぁ……マリア。お前は優しすぎるよ。世の中には、悪意を隠して近づく者もいるんだよ? そう簡単に人を信じては」


 静かに諭す神父に、マリアはぎゅっと唇を結び目を逸らす。

 そして、話を遮るように声を上げた。


「違うわ! どんな相手でも、信じて話せば気持ちが通じるって、お父さん言ってたじゃない! なのにどうして、そんなこと言うの?!」

「……マリア」

「ヴィアロは、確かに町をめちゃくちゃにしたけど。それもたぶん、何か理由があって……だから、ちゃんと謝ってもらうために、一緒に来てもらったんだよ!」


 マリアの勢いに押され、神父は困惑しつつもヴィアロの方を見る。

 肩まで延びた紺色の髪、褐色の肌。夜道を照らすランプによって、赤い瞳が怪しく光る。

 ヴィアロは悪びれた様子もなく、堂々とその場に立ち尽くしていた。


 神父はゴクリと息を飲み、ゆっくりとヴィアロに歩み寄る。


「……君は、なぜこんなことを。どうして、娘を攫ったんだ?」


 ヴィアロは神父の姿を睨むように見つめると、黙ったまま目を逸らした。

 二人の間には気まずい空気が流れ、カズキはヴィアロの背中を小突いて耳元で話す。

 

「おいコラ、何とか言えよ。謝るために来たんだろうが」

「うっさい。別に、この女がしつこいから来ただけだ」

「はぁ? この期に及んで往生際悪すぎだろ! とにかく頭下げろよ。減るもんじゃ無し」

「何だお前……偉そうな口利きやがって、もっかい崖から放り投げてやってもいいんだぜ?」

「くっ……こいつ」


 カズキは怒りと悔しさから、歯軋りをしながら拳を震わせる。

 いくら腹を立てても、残念だが力では大鳥に敵わない。

 完全に強く出れない状況に、それ以上文句も言えなくなっていた。


 そんな時、突然ヴィアロの後頭部に衝撃が走る。


 〈ポカン!〉


「……いってーなぁ! 何すんだ女!」

「女じゃない、マリア! あんた、ちゃんと町の皆に謝りなさい! 悪いことしたら謝るって、あ母さんに言われなかったの!?」


 ヴィアロの頭を叩き、マリアは例の剣幕で捲し立てる。

 しかし、ヴィアロは頭を抱えたまま、答えることなく押し黙っていた。

 

「マリア……もういい」

「……お父さん?」


 神父は冷静な表情でヴィアロに近寄り、そのまま静かに頭を下げた。


「なっ、おじさん! なんで」

「娘を無事に返してくれた事には礼を言います。ですが、もうお引き取りを……そして、もうこの町には関わらないでください」


 神父が頭を下げると、辺りにはしばらくの沈黙が続いた。

 誰もがそれ以上何も言えない中、ヴィアロはフッと口角を緩める。


「……心配しなくても、こんな何もない町に誰が来るかよ」


 そう言い放ち、ヴィアロは寂しそうな笑みを浮かべ背を向ける。

 マリアは彼を心配そうに見つめるも、声を掛けることができなかった。


「……悪かったな」


 最後に小さな声で呟き、ヴィアロは背中の翼をバサリと広げる。

 空に羽ばたこうとする彼の姿に、マリアはようやく声を上げた。


「ま、待ってよヴィアロ!」


 引き留めようと駆け寄るも、もう間に合いそうにない。

 しかしその瞬間、パチンと指を弾く音が響いた。

 

「止まれ!」


 カズキが叫ぶと、ヴィアロは宙に浮かんだままピタリと体を止めた。


「え? 何これ」

「マリア、とにかくコイツを引きずり降ろすぞ」

「カズキ? う、うん!」


 ヴィアロの体はまだ手の届く高さにあった。

 二人はヴィアロを地面に降ろし、手際よく阿吽の呼吸でグルグルと体を縛り上げていく。


「あの……カズキくん? いったい、何を」


 神父は瞬きを繰り返し、ただ困惑した様子でおろおろとしていた。

 カズキは縄を引っ張りながら、神父に向かってニヤリと微笑む。


「おじさん、甘いですよ」

「えっ」

「こんな悪人を野放しにしたら、また別の場所で悪さをしますよ? だから……」

「だ、だから?」

 カズキのただならぬ雰囲気に、神父はゴクリと息を飲んだ。


「強制労働させるのです! 壊した民家を全て、修復し終えるまでね!」


 カズキは拳を握り、高らかに声を上げた。

  

「きょ、強制労働!?」

「わぁ! それ凄く素敵なアイデア! さっすがカズキ!」


 驚愕する神父とは対照的に、マリアは楽しそうな笑顔ではしゃぐ。

 カズキは気を良くしたのか、さらに得意気に話を続けた。

 

「ふっ……犯した罪は償わせなければなりません。ちょっと優しさを見せたからと言って、甘い顔をするなど言語道断! それに、なんか名前がカッコいいから気に食わねぇ!!」


 ついでに個人的感情もぶちまけ、カズキは縄を引っ張りながらヴィアロの体を踏みつける。

 するとその時、低くドスの効いた声が下から聞こえてきた。


「……えらく調子が良さそうじゃねぇか。おぉ?」

「はっ……ひぃ!」 

 ヴィアロに鋭く睨み上げられ、途端にカズキは情けない悲鳴を上げて距離を取る。


「あぁ、負けないでカズキ! さっきの意気込みはどうしたの」

「お、おう」


 マリアに励まされ、カズキは気を取り直してヴィアロに立ち向かう。

 ヴィアロは胴体を縛られたまま、いつの間にか胡座をかいて座っていた。


「……これからお前には、壊した家の修理をしてもらう。それまで自由に動くことは許さないから」

「ほぉ……そんなの、俺が聞くとでも思うのか?」

「お、俺には特別な力があるから。そう簡単に逃げられないぜ? 今だってお前を簡単に拘束できてる訳だし」 

「ふーん」


 ヴィアロは縛られた腕をごそごそと動かし、呆れたようにため息を漏らす。


「……こんなもん、大鳥になりゃすぐ千切れるけど?」

「へ?」


 豆鉄砲を食らったようなカズキの顔に、ヴィアロは突然吹き出し笑い声を上げた。 


「ぶっ……あっはははは! 何だお前、バカすぎだろ。ふっ、ふふふふ」

   

 急に笑い者にされてしまい、カズキはみるみる顔を紅潮させる。


「う……うるせぇよ! バカって言うな!」

「いや、どう見てもバカだろ」

「あぁ!?」

「か、カズキ! 落ち着いてってば!」


 赤い顔でヴィアロに食って掛かるカズキを、マリアは慌てて止めに入った。

 その様子に、ヴィアロは観念したように笑みを浮かべる。

 

「ふっ……わかったよ」

「え?」 

「……やってやるって言ってんの。強制労働」


 一瞬キョトンとして、カズキとマリアは顔を見合わせる。

 そして、弾けるような笑顔でお互いの両手をパチンと突き合わせた。


「やったねカズキ!」

「おう!」

 

 喜び合う二人の姿を、ヴィアロは何故か満足そうに見つめていた。

 

 (変な奴ら……でも、退屈はしなさそうだ)


 ◆◇


「おい、いつまでニヤついてんだよ。キモいやつだな」


 ニヤニヤと意味深に笑うヴィアロに、カズキは引き気味に声をかける。


「別に……変なやつだなと思って」

「お前、喧嘩売ってるのか?」


 笑いながらもガンを飛ばし合う二人の間を、マリアが強引に割って入る。


「ストーーップ! 喧嘩はダメよ二人とも! ほら、休憩終わり。早く作業始めましょ?」

「はぁ、わかったよ」

「なぁ、俺今帰ったとこなんだけど?」

「ヴィアロは強制労働だから、休憩無し!」

「えぇ〜〜」


 文句を言い合いながらも、マリアは二人の間で、いつまでも楽しそうな笑顔を見せていた。

 

     

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