20話 あの子を守るための勇気(ボケ)
陽が高く昇る頃、ダミアンは装備を固めてキリリと表情を引き締める。
「では神父殿! 行って参りますよ!」
「ダミアンさん……娘の事、どうかよろしく頼みます」
「お任せくだされ! この町を守り続けて50年、百戦錬磨のダミアンですよ!? 大鳥など、この銃で打ち落としてやりますよ!」
不安げな神父をよそに、ダミアンは豪快に笑い声を上げた。
一方、すっかり救世主の座を奪われてしまったカズキは、ダミアンの隣でしらけた視線を向ける。
「……じゃあおじさん、行ってきます」
「うん。カズキくんも、気を付けてね」
神父は穏やかに微笑み、祈るように手を組んだ。
カズキとダミアンは力強く頷くと、慎重な足取りで町を出ていった。
その背中を、神父は町の入り口から見えなくなるまで見守る。
「どうか……女神様のご加護があらんことを」
◇
町は崖の頂上付近にある。
周囲も壁のように崖がそびえ、民家や教会、最低限の商店が並ぶだけの小さな町だ。
町の外に出ると、足場の悪い岩山をぐるぐると下って海岸沿いの平野に出ることが出来る。
といっても、徒歩では半日以上かかるのが普通だ。
「……何で、大鳥はこの町を襲ったんだろう」
ごつごつの岩肌を支えに細い道幅を下りながら、カズキはため息混じりに呟く。
ふらりと訪れるには辺境すぎる場所だ。
それもこんな小さな町をわざわざ襲うなど、何かしらの目的がないと不自然に思えた。
先導して歩くダミアンは、たいして気にもせず呑気に答える。
「さぁ、何でしょうな〜。案外、空から見えやすかっただけかも知れませんぞ? 何にもない寂れた町です。わざわざ狙う理由など、それ以外考えられませんな!」
「そんな単純な。それに、自分の町をそんな風に言わなくても」
「ガハハハ! この何もないのが良いのですよ!」
「……そういうもん、ですか?」
カズキは呆れて返事をする。
するとダミアンは足を止め振り返り、目を細めて笑う。
「わしの大事な故郷ですからな」
老人のその言葉に、カズキは小さく微笑み返した。
「ところで、剣は重くなかですか? 扱いやすいよう、短剣にしたんですが」
「いやまぁ、それは重くないんですけど」
カズキはしっくりこないような顔で、腰のベルトに引っ掛かっている短剣を見る。
「そうですか! 良かった良かった! なははは」
笑い声を上げるダミアンに、カズキは不満からフルフルと震える。
「……良くないですよ! 何で俺だけこんな大荷物背負わされてんすか!?」
「おぉ?」
背負った大きなリュックを揺らして喚くカズキを、ダミアンはキョトンとした顔で見つめる。
「おお? じゃねぇよ! 1000万ギルってこんな重いの!? どう考えても札束の重さじゃねぇんだけど!」
身代金の用意は、ダミアンが村長に掛け合い用意したものだ。
鞄ごと渡されたので中身は見ていないのだが、体感で20キロぐらいの重さがあった。
「あっはは! そりゃあ鉱石ですからね。それくらいの重みはありますよ」
「はぁ? 鉱石!? 金じゃないの?」
「この辺りの岩山で採れる稀少なもんですぞ? なんでも、鉱石の中にある特殊な物質が、貴重な武器の素材になるようでして、高値で取引されるんです。それで十分、1000万ギルの価値はありますぞ!」
「ほ、本当かよ……ってか、そんなのよく持ってましたね」
「ほほほ! 以前村長の家に置いてあるの見て覚えてたんですよ。わしくらいになれば、一目でわかりますがね? 他の人が見ても、ただの石ころくらいにしか見えんのです!」
「へ、へぇ……でも、よく譲ってくれましたね」
「そりゃあもう! わしは村長の生まれた頃からの付き合いですからな。おほほほ!」
自慢気に笑うダミアンに、若干ジジイ(神)の気質を感じるカズキだった。
「さぁ、お喋りはここまでにして……先を急ぎましょう! この先、もっと険しくなりますからなぁ!」
猟銃だけを背負った身軽なダミアンは、軽やかな足取りで先を行く。
「ちょ、ちょっと待って!」
カズキはふらつきながら、必死にダミアンの後を追い歩いていった。
◇
陽は低くなり、日没は徐々に近づく。
岩山の中腹。ぽっかりと空いた洞窟の中で、ヴィアロは何かを察して立ち上がる。
「ど、どこに行くの?」
マリアは手足を縛られたまま、体を起こし声を上げる。
ヴィアロは僅かに首を捻り、彼女の顔を見ることなくまた前を向く。
「……お迎えが来たようだ」
そう呟くと、ヴィアロは背中の羽をバサリと広げる。
(あ……黒い、翼)
大きな翼に驚きつつも、マリアは彼の姿から目が離せなかった。
そして、翼はみるみる大きく、ヴィアロは大鳥の姿に変化していく。
見覚えのある姿に、マリアは恐れを抱き目を見開いた。
「やっぱり……あ、あなただったの?」
マリアの震える声に、大鳥は鋭く光る赤い瞳を向ける。
(はっ……所詮コイツも、他の人間と同じだ)
「……怖いか? この姿が」
「えっ」
恐怖と戸惑いの表情を浮かべ、マリアは言葉が出なかった。
そんな彼女の姿に、ヴィアロは静かに前を向く。
「もういい、忘れろ」
ヴィアロはそのまま、ずんずんと洞窟の外に出ていく。
「ま、待って!」
マリアは声を上げ、ずりずりと地面を這ってヴィアロを追う。
洞窟を出た瞬間、ヴィアロの動きがピタリと止まった。
「……誰だ? お前」
「え?」
マリアは外の様子を伺おうと、一生懸命に首を伸ばす。
そしてヴィアロの背中越しに、ひとりの青年の姿を見つけた。
「カズキ!!」
「ま、マリア!? 無事なのか?」
「うん! 大丈夫だよ!」
マリアの声に反応し、洞窟の奥に呼び掛けた。
ヴィアロは片方の羽を振り払い、阻止するようにカズキを威嚇する。
「……くそっ」
巻き起こった風に顔を背け、カズキは必死に足を踏ん張らせた。
「何勝手に話をしている。金は持ってきたんだろうな?」
凄みのある低い声に、カズキは一歩後ずさる。
しかし、その後ろは断崖絶壁。
逃げ場のない状況に、カズキはぎゅっとリュックの紐を握った。
「……し、心配しなくても持ってきたさ」
怖じ気づきながらも言い放ち、カズキは背負っていたリュックを勢いよく放り投げる。
ヴィアロはそれをじっと見つめ、カズキに視線を移す。
「中身を見せてみろ」
カズキはゴクリと息を飲むと、慎重に歩みを進め荷物の前にしゃがみ込んだ。
荷をほどくと、くすんだ青い石がごろごろと出てくる。
それはゴツゴツとした歪な形で、カズキからしてもただの石ころのように見えた。
(これ……本当に1000万の価値があるのか?)
目の前に出された石を見て、ヴィアロの赤い瞳はみるみる怒りに淀んでいく。
「……何の冗談だこれは!」
地響きのような声に、カズキは体をびくつかせる。
「こ、これは! 価値のある鉱石だ! 売れば1000万ギル以上になるはずで」
カズキが怯えながらも釈明するも、ヴィアロは怒りを露に声を荒げた。
「そんな戯言信用できるか! ならば何故、これを金に替えてこない!?」
「は、はぁ!? そんな時間なんて無かっただろうが! 急に大金なんて用意できるはずないだろ!?」
カズキは大鳥相手に食い下がった。
変に意志疎通がとれるものだから、それが逆に彼を冷静にさせたのだ。
「うるさい! 娘が大事なら、何だって出来るはずだ! 所詮、お前らの覚悟はその程度のものなんだ!」
ヴィアロは翼を広げ、空に向かって声を張り上げる。
「お、お前なぁ……好き勝手に町を襲っておいてその言いぐさ」
カズキが怒りに拳を握った瞬間、どこからともなく銃声が響く。
それと同時に、ヴィアロは右の翼を撃ち抜かれた。
「ぐぅっ」
ヴィアロはふらつき、右の翼を庇うようにうずくまる。
その隙をついて、カズキは洞窟の中に駆けていった。
「マリア! 大丈夫か!?」
「う、うん! 縛られてただけで」
「良かった。今ほどくから!」
カズキは手にした短剣で、手早く縄を切っていく。
それから手足が自由になったマリアを支え、立ち上がらせる。
「ありがとう。でも、さっきの銃声は?」
「ダミアンさんだよ。隙を見て撃ってくれる手はずだったんだ」
「ダミアンさんも来たての!? 良かったぁ」
マリアは心底安心したように声を漏らした。
その様子に、カズキはなんとも複雑な感情を覚える。
(あのジジイ、めちゃくちゃ信頼されてるな……くそ、なんか負けたような感じがする)
「と、とりあえず早く出よう!」
「わっ、ちょっとゆっくり」
まだ足の覚束ないマリアの手を引き、カズキは走って洞窟を出る。
外では、ダミアンの威嚇射撃にヴィアロが翼を振り乱して抵抗していた。
カズキとマリアは岩肌をつたい、慎重に歩みを進めていく。
「だ、大丈夫かな」
「安心しろ。今なら気付かれないはず」
「……そうじゃなくて」
「え?」
マリアは心配そうな顔で振り向き、ヴィアロの翼を見つめていた。
「あの人……怪我してる」
「あの人?」
マリアの言葉に違和感を感じつつも、カズキはその場を離れることに意識を向ける。
「とにかく、今は逃げないと!」
「う、うん」
そのまま壁づたいに山道を駆け上がるカズキたち。
しかし、突如強風に煽られその足を止める。
固く瞑った目を開けると、そこには漆黒の大鳥が立ち塞がっていた。
「逃げきれると思ったか」
「くそ……マリア、下がってろ」
マリアを背中に庇い、カズキは腰の短剣を抜く。
自分の数倍も大きな相手に、短剣ひとつで敵うはずもない。
それがわかっていながらも、カズキは震える剣先を向ける。
「そんなもので……俺に勝てると思うのか?」
明らかな苛立ちのこもる声で、ヴィアロはカズキを見下す。
「や、やってみなきゃ、わかんないだろ」
強がりを吐き捨て、カズキはマリアにしか聞こえない声で囁く。
——隙を見て逃げろ。
「で、でも」
「いいから。俺も後で追いかける」
カズキは前を向いたまま、マリアに言い放つ。
「ぶつくさ喋ってんじゃねぇ!」
ヴィアロは大きな翼を振り回し、カズキに襲いかかる。
「カズキ!」
カズキはなけなしの剣を盾に、ヴィアロの攻撃に必死で耐える。
「い、いいから早く逃げて!」
「そんな……無理だよ。カズキを置いてなんて」
マリアは傷つくカズキを放って行くことが出来ず、混乱の中その場に立ち竦んでいた。
「くぅっ……ど、どうすれば」
完全に手詰まりの状況の中、カズキの脳裏にある言葉が甦る。
——『あの子を助けたいなら、死ぬ気でボケればいいじゃないの』
(そうだ! 時間停止! ボケればパワーアップするってジジイが)
「あっはははは! ちょっとは抵抗して見せたらどうだぁ!」
ヴィアロは高笑いと共に、激しい風の刃でカズキを切りつける。
腕や頬に無数の切り傷をつけながらも、カズキは必死に思考を巡らせていく。
(ボケ、ボケ……ボケって何だよ!! くそっ、全然思い付かねぇ!!)
体力も限界に近づく中、カズキは覚悟を決める。
「黙れ!! そんなに言うなら見せてやる! この俺の必殺奥義を!!」
「何だと?」
苦し紛れにカズキが短剣を振り払うと、一瞬だけヴィアロの攻撃は止まった。
その隙に、カズキはくるりと後ろを振り向く。
「マリア! ちょっと目を瞑ってろ!」
「えっ? は、はい!」
カズキの気迫に押され、マリアは言われた通り固く目を閉じた。
「見ろ! これが俺の必殺奥義……ビッグバンインパクトだ!!」
空に轟く叫び声を上げ、カズキは勢い良くズボンを下げる。
体を折り曲げ、股の間から顔を覗かせると、眩い夕日が目に染みた。
その夕日に、マリア特製の花柄メルヘンパンツが茜色に照らされていた。
「……………………は?」
長い長い沈黙のあと。
ヴィアロは目を点にして声を漏らした。
「今だ! 時よ止まれぇぇ!!」
カズキはヴィアロに向けてパチンと指を鳴らす。
その時、空中に光る魔方陣が現れた。
「お、おぉ」
初めてのスキルの発動に感動するカズキ。
その直後、脳内には信じられない言葉が響く。
《滑り判定ペナルティ。停止時間を1分半に半減しました》
「なっ、ペナルティって……そんなん初耳なんだけどぉぉぉ!?」




