19話 もうひとりの勇者のスキル
ジジイ(神)の声を聞き教会を飛び出したカズキは、壁を背に慎重に辺りを見渡す。
「……誰もいないな」
カズキは軽く深呼吸をし、脳内のジジイ(神)に話しかける。
「おい! 何だよ、大事な話って」
『カズキくん怖ぁい……せっかくいいこと教えて上げようと思ったのに』
ジジイ(神)の気色の悪い声に、カズキはゾッと身震いした。
「くそ……だからそのキモい声をやめろって!」
『もう、ノリ悪。まいいや、さっき言い忘れてたことを思い出したんだけどさぁ』
「……言い忘れてたこと?」
『うん、スキルの内容』
苛立っていたカズキは、ジジイ(神)の一言に目を見開く。
そして鼻息を荒くし、前のめりで続きを急かす。
「スキル!? 教えてくれ! 一体どんな凄い技が」
『時間停止』
「は?」
カズキは目が点になり、まさに時が止まってしまった。
「……え? そ、それだけ?」
『うん』
明るく返事をするジジイ(神)に、カズキの意識は遠のいていく。
(え……時間停止? 何それ……いや、凄いかもしれないけど、それでどうやって戦うわけ? え? 企画もののA○か何かか? てゆーか、普通もっとカッコいい魔法とかじゃねぇの?!)
数分後、遠くに旅立っていた意識は戻り、沸々とわいてくる怒りにカズキは肩を震わせる。
「……いかげんに」
『ん? 何か言ったぁ〜?』
「いい加減にしろよジジイ! 時間なんか止めたところで、どうやってバケモンと戦えって言うんだよ!」
激しい身振りで講義するも、脳内のジジイ(神)は耳をほじりながら退屈そうに目を逸らす。
『はぁ〜、わかってないねぇ』
「なっ、何が」
嘲笑うように言われ、カズキは狼狽え言葉に詰まる。
『時間が止めれるのは、対象となる者だけ。その間、君や君の仲間は自由に動けるんだよ? つまり、制限時間までボコボコのやりたい放題。戦わず安全に逃げることだって出来るし』
ジジイ(神)の説明に、カズキはハッとして考え込む。
しばらく悩んだ後、おずおずと口を開く。
「そ、それって……どれくらい止めていられるんだよ?」
すると、ジジイ(神)はニヤリと口角を上げ、待っていたとばかりに満面の笑みを浮かべた。
『最初はだいたい3分』
「3分……それだけ」
『これ、話は最後まで聞く。最初はって言ったでしょ? 条件を満たせば、対象となる範囲も広がるし、時間も延びていくよ〜ん』
「ほ、本当か!? そ、その条件ってのは?」
カズキの一言に、脳内のジジイ(神)の映像は毛穴が見えそうなほど拡大される。
『ズバリ! ボケじゃ!!』
「……は?」
全く脈絡のない言葉に、カズキは危うく二度目の旅に出てしまいそうになった。
しかしジジイ(神)は気にも止めず、饒舌に話を続ける。
『ボケじゃよボケ! 知らない? ほら、漫才とかであるじゃん。モノボケなんかもいいよねぇ〜! おやじギャグに一発ギャグ、体を張った下ネタギリギリのギャグとかゾクゾクしちゃうよ〜。あ、もしかしてカズキくん、お笑い知らない? 気取っちゃって〜、最近は面白い人の方がモテるのよぉ?』
カズキはしばらく言葉もなく、豆粒のようになった目をパチパチと瞬かせる。
『あれ? おーい、聞いてるぅ?』
徐々にアップになっていくジジイ(神)の脳内映像に、カズキは顔をしかめ激しく憤る。
「寄るなクソジジイ!! チクショー、何だよボケって! 全く意味がわからん! 何で俺が……そんな恥ずかしいことをしなきゃなんねーんだよ!!」
カズキは地団駄を踏み、傍目も気にせず大声を上げた。
『何でって言われても……無条件にパワーアップしたって面白くないし。あ、ちなみにレベルアップでも多少は効果が上がるよ?』
「そ、そうなのか?」
『うん! 十秒くらい延びるだけだけどねぇ』
調子よく答えるジジイ(神)に、カズキはガックリと肩を落とした。
「たった3分止めたところで、どうやってマリアを助ければいいんだよ……」
泣き言のように呟くカズキを、ジジイ(神)は退屈そうに見つめる。
『はぁ〜……そんなにあの子を助けたいなら、死ぬ気でボケればいいじゃないの』
「……そんな事言っても、人を笑わせたことなんて今まで一度も」
カズキは一瞬ハッとするも、複雑な表情で俯いた。
『そうなの? あの時の君の死様、ワシは凄く面白かったけどね〜』
「そ、それは別に、笑わせようと思ったわけじゃ……てゆーか、人の死様で笑ってんじゃねーよ!」
『ぷぷぷ、いいじゃない。天然ボケってのも立派な才能だよ?』
「そんな才能はいらん! 別に、お笑い芸人を目指してるわけでもないんだし」
『ま、とりあえず頑張んなよ。3分って言っても、意外と長いもんだしね〜』
ジジイ(神)は好き放題言うと、脳内画像から徐々に消え始める。
呆然としていたカズキは、慌ててそれを引き留める。
「はっ、待てよ! その技、どうやって使うんだよ!」
『うーん、そうだなぁ……あ、指パッチン! 時間を止めたい対象に向かって、指パッチンでもしてみなよ〜』
「ゆ、指パッチンでも?」
『そうそう。じゃあ頑張ってね〜』
ジジイ(神)は適当に返事をし、カズキの脳内から完全に消え去った。
「あいつ……絶対今思い付いただけだろ」
カズキの呟きに反応するように、遠くで何かの遠吠えが響いていた。
◇
翌日の早朝。
村に魔物の声が響く。たった一声だけだが、神父はあの時の大鳥だとすぐにわかった。
神父は急いで教会の外へ飛び出す。しかし、辺りは静まり返り魔物の気配もしない。
ただひとつ、足元には古びた紙切れだけが落ちていた。
——日没、崖下の洞窟で待つ。来なければ女の命は無い。
「これは……」
神父は苦しげに顔を歪め、くしゃりと紙切れを握りしめた。
「おじさん! さっきの声って」
神父が立ち尽くしていると、大鳥の声に気付いたカズキが外に出てくる。
カズキは神父の背中を見て静かに息を呑んだ。
「……おじさん?」
神父はゆっくり振り返り、暗い顔で口を開く。
「カズキくん……これが落ちてたんだ」
くしゃくしゃの紙を受け取り、カズキは眉間にシワを寄せる。
「これって……」
「たぶん、大鳥が」
「お、大鳥って、魔物って字も書けるの!?」
「わからない……けれど、行くしかないよ」
神父はカズキを押し退けると、暗い表情のまま教会の中に戻っていった。
「言葉も喋って、金を要求して……おまけに手紙まで? どんな魔物だよ」
カズキはひとり呟き、ただ小鳥が舞うだけの薄明かるい空を見つめていた。
その後、神父は礼拝堂で過ごす住民たちに、ほとんど具の無いスープを降るまう。
神父の表情は穏やかで、先程の暗い影は見えない。
(おじさん、大丈夫か?)
片付けを手伝いながら、カズキはチラチラと神父の様子を気にしていた。
その時、突如教会の扉が勢いよく開かれる。
「皆さん! 大丈夫ですかい!?」
バーンと効果音が響きそうなほど開け放たれた扉に、皆の注目が一斉に集まった。
そこにいたのは一人の老人。
ヘルメットを被り、頑丈なベストを着込んだ老人は、背中に猟銃のようなものを背負っていた。
「だ、ダミアンさん!?」
老人を見て、神父は驚きの声を上げた。
「ダミアン!? え、昨日言ってた……自警団の爺さん?」
カズキは老人を上から下までじっくりと見つめる。
その姿はどう見ても、地域の掃除や交通整備に精を出す、どこにでもいる見慣れた老人だ。
(こ、こんな人が……たったひとりで村の警備を? 心許ねぇ〜)
しかし、カズキの不安をよそに、住人たちは歓喜の声を上げ始める。
「ダミアンさん! あんた、どこにいたんだい?!」
「そうだよ! 無事だったのはいいけど、昨日は大変だったんだよ!」
住民たちはあっという間にダミアンの回りに集まり、不安の消し飛んだような笑顔を見せていた。
(えぇ〜〜!? 超絶人気だな……ダミアン)
「まぁまぁ、落ち着いてくだされ! 昨日はたまたま月に一度の狩りに出ておったで、すまんが騒ぎに気付けんかった。けどもう大丈夫だ!」
ダミアンは住民たちを宥め、ちらりと神父に視線をやる。
そして、囲まれた輪を抜けて神父に駆け寄ってくる。
「神父様! 感じんな時におらず、申し訳なかです」
「い、いえ……ダミアンさんも、無事でよかったですよ」
挨拶を済ませたダミアンは、キョロキョロと辺りを見渡す。
「そう言えば、マリアちゃんの姿がなかですが」
ダミアンの言葉に、神父は目を伏せ静かに答える。
「マリアは……大鳥に攫われました」
それを聞いて、ダミアンはみるみる顔を真っ赤にした。
「な、何ですと!? それは真ですか!!」
「え、えぇ。実は……今日の日没までに、身代金として1000万ギルを用意しろと」
「け……けけけけしからん!!」
突如、ダミアンの大声が教会中に響き渡った。
「だ、ダミアンさん!? 少し、落ち着いて」
神父が必死に宥めても、ダミアンの興奮は収まらない。
「これが落ち着いていられますか! 神父様の大事な一人娘のマリアちゃんが攫われたのですよ!?」
大声で騒ぐダミアンの声を聞き付け、住民のひとりが話に加わる。
「えっ!? マリアちゃん、攫われたんですか!?」
近づいてきた中年の女性は、心配そうな顔で声をかける。
「……は、はい。けど、どうか心配なさらず」
「水くさい!! どうして言ってくれなかったんですか!?」
「えっ」
驚く神父に、女性は血相を変えて捲し立てた。
「マリアちゃんの一大事よ!? もう、私たちの面倒なんて見てる場合じゃないじゃないの!」
女性の必死な形相に、神父は声を詰まらせる。
「皆! もう神父様のお世話になってばかりじゃダメよ! マリアちゃんを助けるために、団結しましょ!」
「何? マリアちゃんが?!」
「みんな集合! 作戦会議するよ!」
女性の声に応じて、住民たちはみるみるうちに団結する。
余りに唐突な出来事に、神父とカズキはポカンと口を開けて固まっていた。
「ほら、カズちゃん! あんたも来な!」
「え? お、俺も!?」
「当たり前でしょ! ダミアンさんが大鳥の洞窟について教えてくれるって」
「ワシに任せぇ!! この辺りのことは完璧じゃて」
活発に発言しだす住人たちを見て、神父は安堵の表情を浮かべていた。
「……よかったですね、おじさん」
「あぁ……こんなに、嬉しいことはないよ」
神父は静かにメガネを外し、僅かに潤んだ目尻を拭い微笑んだ。




