18話 救世主の誕生?
「転生者……本当に君が」
神父は瞬きを繰り返し、珍獣でも見たように眼鏡を持ち上げ顔を近づけた。
「な、何?」
その妙な圧に、カズキは身構えて距離を取る。
それでも神父はお構いなしに、じっくりとカズキを眺めていく。
「いやぁ……たまげたよ! まさか、書物に載ってた幻の転生者に会えるなんて!」
「……まぼろし」
「そう、百年に一人現れるかどうかの幻の革命者! 私の愛読書にはそう書かれていたよ!」
神父は興奮した様子で、身振りを交えて話をする。
その様子に、懐疑的だったカズキの瞳は徐々に輝きを宿しだす。
「か、革命者って?」
「なんでも、世界を変えるほどの力を持ち、誰にも成し得ないことが出来る者らしいよ」
神父のフワッとした説明を、カズキは何の疑いも持たず鵜呑みにしていく。
「世界を変える、革命者……秘められし力、救世主……勇者!」
ブツブツと繰り返すカズキの脳内に、突然ジジイ(神)の声が耳元で囁く。
『そうそう勇者! みんな好きだよね〜。もちろん、君にしかない特別な力も授けてるのよ?』
「……俺にしかない、特別な力!?」
カズキはカッと目を見開く。
『そうだよ〜? 手始めに、その攫われた少女っての助けてやりなよ。勇者の冒険の始まりとして、最高にドラマチックじゃない?』
「勇者の……冒険の始まり!」
端から聞けば、それは明らかに詐欺師の甘い口車。
だがカズキは、そんな神の口車にまんまと乗せられ、胸をときめかせてしまっていた。
理由は簡単。
彼が重度の中二病であるからだ。
「か、カズキくん? さっきからどうしたの? その大きなタンコブ……やっぱり、どこか打ち所が」
独り言を繰り返すカズキに、神父は心配そうに声を掛ける。
「……けましょう」
「え?」
「俺が助けましょう! 大鳥に連れ去られたマリアを!!」
カズキは布団を振り払い、ベッドから飛び降りた。
驚いた神父は大口を開けるが、すぐに感激の涙を流す。
「ほ、本当かい!? ありがとう!! 女神様は、まだ私たちを見捨てていなかったんだなぁ……」
感謝の言葉と、祈りのように手を組む神父に、カズキは不敵な笑みを返した。
「任せてください。俺にかかれば大鳥退治など、赤子の手を捻るようなものですよ」
「お、おぉ! なんと頼もしい!! もちろん私も協力を惜しまない、何としてもマリアを……娘を助け出してくれ!!」
神父は感激しながらも、真剣な表情でカズキの手を握る。
小刻みに震えるその手を見つめ、カズキはぎゅっと口元を引き締めた。
「大丈夫です……マリアは必ず、俺が連れ帰りますから」
さっきの調子に乗った態度とは違う素直な言葉に、神父は安堵の笑顔を浮かべる。
「あぁ……ありがとう、カズキくん」
神父は転生者としてではなく、カズキを信じていた。
不器用ながらも愛娘を思いやってくれる、心優しい青年として。
◇
「あ、あなたになんか……負けませんから!」
挑発するように見下す謎の男に、マリアは震えながらも強気な言葉を吐く。
男は首を傾げ、一口齧った食べかけのリンゴを投げて遊ぶ。
「……手、めちゃくちゃ震えてるけど?」
「こっ、ここここれは、武者震いよ!!」
マリアは縛られた両手を面白いほどに震わせ、必死でそれを押さえながら叫んだ。
男はその様子を無表情で見つめると、退屈そうな声をあげる。
「ふーん……変な女」
そう言ってしゃがみ込んだ男は、手に持ったリンゴをマリアの口にねじ込む。
「ぁがっ……むぁ、むぁみふうおぉ(何するのよ)!?」
リンゴを口に入れたまま喋るマリアを、男は呆れた顔で睨みつける。
「うるせぇ。それでも咥えて黙ってろバーカ」
(な、何なのよこの人……ん? あれって)
マリアは縛られた両手を使い器用にリンゴを食べながら、立ち上がり、振り返った男の背中をじっと見つめる。
男の背中には、ぴっちりと折り畳まれた黒い翼があった。
食べ終えたマリアはゴクリと喉を鳴らし、男の背中を凝視したまま呟く。
「……黒い、鳥の羽?」
それから数時間が経ち、夜が更けた頃。
男は仰向けになり、真っ暗な天井を見つめていた。
(あのオッサン、ちゃんと金持ってくっかな……まぁ、大事な娘を人質に取ったんだ。1000万には足りずとも、それなりの大金は用意するか)
「……これでようやく、自由に動けるようになるか」
男は鼻を鳴らし笑うと、くるりと体を横に向ける。
暗がりの中視界に映ったのは、人質の娘マリア。
マリアは手足を縛られたまま、静かに体を横にしている。
(……寝てる)
男が何気なく眺めていると、マリアは僅かに眉をひそめ、小刻みに肩を震わせていた。
それに気付いた男は、ふと考え込むように息を漏らす。
——『忌々しいその黒い翼……不吉の象徴とされる、災いをもたらす存在か。お前は一族として認められない……直ちにこの村を去れ、ヴィアロ!』
「くそっ、どうしてあんな大昔のこと……」
脳内に甦る過去の記憶に、男は悔しそうに顔をしかめた。
そして不機嫌な顔のまま、マリアに背を向けて体を丸める。
(俺には関係ない……)
「……ぅん……おとう、さん」
逃げるように固く目を閉じる男の耳元に、小さな寝言が聞こえた。
「あぁ!! くそ、世話の焼ける!」
苛ついて声を上げた男は、背中の翼を広げ、大きな黒い鳥へと姿を変える。
それは、マリアの村を襲った大鳥の姿そのもの。
大鳥は洞窟内いっぱいになった体を窮屈に丸め、長いフサフサの尾羽をマリアの体に掛ける。
するとマリアの表情は少し和らぎ、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「……本当に、世話が焼ける」
男の名はヴィアロ。
鳥人一族のひとりであり、厄災の象徴と言われる黒い翼を持つ異端者である。
◇
一方、村の教会では、家を壊された村人たちが集まり夜を過ごす。
神父は人々を礼拝堂に集め、簡単な食事を配る。
特にやる事もないカズキも、言われるでもなくそれを手伝っていた。
「どうぞ。スープとパンしかありませんが」
「ありがとうございます。ここに置いてくれるだけでも十分ですのに、こんなお食事まで」
「気にしないでください。こういう時のための教会ですから」
神父に食事を渡された老婆は、感激して涙を流す。
そして隣にいた少女にパンを分け与える。
「ほら、神父様にお礼を言いな?」
「……ありがとう」
俯いたまま小さな声でお礼を言う少女を、神父は微笑ましく見つめた。
礼拝堂に集められたのは子供含め十人ほど。
たまたま食料の買い出しを済ませていたため、少量の食事を分けることは出来たが、もう既に明日の分は底をついてしまっていた。
「しかし、申し訳ないですが明日以降の食料はもう……」
神父は正直に現状を老婆に説明する。
「仕方ないですよ。この子には私の分をあげれますし、これ以上お気を遣わないでください」
「すみません」
笑顔で話す老婆に、神父は深く頭を下げた。
「あぁ、頭を上げてくださいな。村長の家も被害に遭われたから、皆がここに集まってしまって……ご迷惑掛けているのはこっちなんですよ?」
「迷惑だなんてとんでもない。でも、まさか村長の家まで半壊になるなんて……」
(困ったな……マリアのことを話さないといけないのに。今はきっと、そんな余裕もないだろう)
神父は深いため息をつき、老婆に会釈をして場を離れた。
そして気持ちを切り替え、別のグループに食事を配り終えたカズキに声をかける。
「カズキくん、手伝ってくれてありがとう」
「あ、いえ……それより、大丈夫なんですか?」
「何が?」
「何がって……自分も大変なのに、こんなことして」
けろっとした顔で答えた神父に、カズキは戸惑いながら返事をする。
すると、神父は気が抜けたように笑い、息を漏らしながら長椅子に腰かけた。
「確かにね……でも、この村の人だって大事な家族みたいなものだから」
神父は集まった人々を、優しく眺めながら話す。
それを見て、カズキも静かに隣に腰を下ろす。
「……大鳥の要求は? 本当にお金を用意する気ですか?」
「もちろん、あんな大金なんて宛がない。かといって、何も用意しないわけにも」
神父は眉間に深い皺を寄せた。
「1000万ギル……この村の村長とかなら、持ってたりしないかな」
ブツブツと考えるカズキに、神父は苦い顔で話す。
「村長の自宅も損壊が激しいんだって。明日の朝一に相談するつもりだけど……難しいかもしれない」
「そんな、村人が攫われた大事件なのに! あ、警察みたいなのはいないんですか?!」
「けいさつ? もしかして、自警団のことかい? 生憎、ここは辺境の小さな村でね、顔馴染みばかりで争いもほとんどないんだ。だから自警団といっても、ダミアンさんってお爺さん一人だけ」
「じ、爺さんが一人で!?」
まさかの情報に、カズキは思わず声を上げた。
「あはは……今はお爺さんだけどね。長年村人の安全を守ってくれているよ」
呑気に笑う神父を見て、カズキは落胆して肩を落とす。
(まさか、ジジイ一人が村を守っているなんて……頼り無さすぎる!! この俺でも勝てそうだぞ?)
フィジカルに自信の無いカズキだが、不思議とこの村では大犯罪を成し遂げれそうな気がしていた。
その時、頼る宛もなく途方に暮れるカズキの頭に、またジジイ(神)の囁きが聞こえる。
『ちょっと、ちょっとちょっと』
「あぁ? 何だ!?」
『あのねぇ……大事な話があるんだけど』
ジジイ(神)は妙に上擦った声で、カズキの脳内に語りかける。
「気色悪ぃぃ!! やめろジジイ!!」
「ひっ……か、カズキくん?」
突然大声で立ち上がったカズキに、神父は怯えた目を向ける。
「はっ……ごめんなさい、俺、ちょっとトイレ」
「う、うん」
戸惑う神父を残し、カズキは慌ててその場を離れた。




