17話 大鳥襲来
「大丈夫かい? えっと……そう言えば名前は」
「あ……武藤、壱樹です」
カズキは体勢を直して座り、ボソッと名前を口にする。
「むとうかずき……カズキくんでいいかな?」
「はぁ、何とでも」
神父は軽く微笑むと、険しい顔で窓の外を睨む。
「今の声、かなり近かったな。少し様子を見てくる。カズキくん、その間マリアのことを頼むよ」
「え、俺が?」
戸惑い声を上げるも、神父はすでに部屋を後にしていた。
カズキはワシワシと頭を掻き、ゆっくりと立ち上がる。
「何だったんだ、さっきの声は……とりあえず、マリアのところに行くか」
カズキが居間に戻るとマリアの姿はなかった。
不思議に思い辺りを見渡すが、物音も気配もない。
「ま、マリア? おーい、マリアー!」
カズキは恥じらいながらも声を上げ廊下を歩く。
すると、礼拝堂の方からガタンと音が鳴った。
「マリア?」
急いで礼拝堂に行くと、大きなハンマーを引きずって歩くマリアの姿があった。
カズキはぎょっと目を見開き、慌てて駆け寄り彼女の腕を掴む。
「お、おい! 何してるんだよ」
「えっ……あなた」
驚くマリアに、カズキは呆れた顔で名乗る。
「カズキ……なぁ、何する気だ? おじさんが心配するだろ」
マリアは不安げに俯き、小さく肩を震わせる。
「……私だって、お父さんが心配なのよ」
潤んだ瞳で見つめられ、カズキは動揺してぐっと身構えた。
「そ、そうは言っても、お前が行って何が出来るんだよ」
落ち着かせるように言った言葉に、マリアは過剰に反応する。
「私だって! お父さんを守れます!」
「いや無理だろ。そんな、ハンマーすら引きずってる状態で……だいたい、あの声の主がどんなヤツかわかんないだろ? とんでもない怪物だったらどうするんだ? お前なんか、出ていった瞬間にやられるって」
くどくどと言い返され、マリアはふるふると肩を震わせる。
今度は、目の前の男に対する怒りによって。
「……さいです」
「へ?」
「うるさいですよ! このネチネチ男ーーー!」
マリアは叫びながら、手に持ったハンマーをカズキの脳天に振り下ろした。
「ぐへぇ!」
(わぁ〜……綺麗なお星さまが沢山。線香花火かな? 目の前がチカチカするよ〜)
カズキは痛みを感じる間もなく気絶し、床にめり込み目を回していた。
マリアははぁはぁと荒い息を繰り返して、はっと我に返る。
「はっ……やってしまった。けど、今のうちに」
◇
夏の終わり。
庭先でたった一人でやる手持ち花火。
そんな物悲しい夢から覚め、カズキはゆっくりと目を開ける。
「うぅ……いてぇ」
カズキは体を起こし、頭頂部に走る鈍痛に顔を歪めた。
「……目が覚めたんだね」
「え? おじさん」
カズキはベッドの上で、そのそばには神父が付き添っていた。
しかし、神父の表情は暗く、声にも生気が感じられない。
妙な胸騒ぎを覚え、カズキは周囲を見渡す。
「ま、マリアは?」
そう口にした瞬間、神父は悔しそうに顔を歪めた。
そして神父は声を震わせ、途切れ途切れに話し始める。
「マリアは……マリアは、あいつに」
「えっ」
「あの大鳥に、拐われてしまった」
「は!? お、大鳥って?」
状況が飲み込めず混乱するカズキに、神父はポツポツと事情を話し始めた。
「……私が出ていった後のことだ」
◇
神父が慌てて教会の外に出ると、町のあちこちから悲鳴のような声が響き渡っていた。
「な、何があったんだ」
その場に立ち尽くしていると、町人の一人が慌てて駆け寄ってくる。
「神父様! た、大変です! と、鳥の化け物が!」
「……鳥の化け物!? モンスターですか?」
「わからない。あんなのは見たことがないです! 突然現れて、民家をめちゃくちゃに」
「なんだって!? と、とりあえず、どこか頑丈な建物に避難を」
話の途中、突然太陽が陰り、辺りが暗く覆われる。
神父が空を見上げると、そこには目を疑う大きさの鳥が飛行していた。
「ひいぃぃ! あ、あいつだー!」
町人は腰を抜かし、その場にへたり込む。
「し、しっかりしてください!」
神父は町人のそばに付き添い、大鳥を睨み上げる。
(な、何なんだあれは……20? いや、30メートルはあるぞ?!)
空を舞う大鳥は、大きな翼を広げ滑空する。
鷲のような太い嘴、つり上がった目。
瞳は赤黒く光り、決して太刀打ちできる相手でないことが一瞬でわかった。
(頼む、こっちに来ないでくれ!!)
神父は町人を庇うように低く体を伏せ、心の中で必死に祈り続ける。
しかし、大鳥に祈りなど届きはしなかった。
上空から狙いを定めるように、大鳥は風を巻き起こしながら下降していく。
地面に着地した時、ドシンと地響きと共に砂煙が立ち込める。
神父は固く目を瞑り、内心諦めの境地だった。
(ここまでか……マリア)
心の中で娘の名を呟き、神父は薄く目を開ける。
その目の前には、大鳥の鋭い瞳が光っていた。
「うわぁーー!?」
覗き込むように近づいた大きな顔を見た瞬間、神父は悲鳴を上げて地面に尻を着く。
慌てて距離を取ろうと町人の方を向くと、すでに恐怖で気を失っている。
「……くぅ」
大鳥は羽ばたきで塀を壊し、さらに神父に近寄る。
その時、予想しないことが起きた。
〈お前の大事な物を差し出せ。金、宝物、持ってこなければ、ここを破壊する〉
「しゃ、喋った!?」
人形の魔物を除いて、大陸に存在するほとんどのモンスターは喋ることはしない。
明らかに獣の見た目の大鳥が話すなど、予想外の出来事だった。
〈早くしろ、今すぐ踏み潰すぞ〉
「ま、待ってくれ! すぐに、持ってくる」
震える足で立ち上がろうとした瞬間、教会の扉が勢いよく開く。
「お父さん!!」
「ま、マリア!?」
神父が振り返ると、必死の形相のマリアが立っていた。
その手には大きな木のハンマーが握られ、重みで足や腕を小刻みに震わせている。
「お父さん! わ、私も戦うよ!」
「ま、マリア! 危ないから下がりなさい!」
神父の声は届かず、マリアは大鳥めがけて走り出す。
「こ、ここから出て行きなさーーい!!」
目を瞑ったままハンマーを振ると、案の定的は外れた。
息を切らすマリアをしばし見つめ、大鳥は嘴でマリアの首もとを摘まんだ。
「きゃあ!!」
「マリアーーー!!」
大鳥はマリアを高く放り投げ、自分の背中に落とす。
〈コイツは預かる。返して欲しければ、明日の日没までに金を用意しろ〉
「待て!! 今すぐに渡す! だからマリアは」
神父は必死に声を荒げる。
〈駄目だ。はした金では意味がない。そうだな……1000万ギルだ。それを崖下の洞窟まで持ってこい〉
「い、1000万ギル!? そ、そんな金は」
〈用意できなければ、コイツを喰らう……それだけだ〉
大鳥はそう言い捨てると、一気に天高く舞い上がる。
「ま、マリア……」
神父は絶望し、ガクッと地面に膝を付いた。
あっという間に町から消えた、大鳥が飛び立った先を力無く見つめて。
◇
「私が不甲斐ないばかりに、マリアは……あいつに」
神父の話を聞き、カズキは驚愕し、布団をぎゅっと握りしめる。
「マリアは……無事なのか?」
カズキの問いかけに、神父は暗い顔のまま目を逸らす。
「……あの大鳥の言葉を信じるならば、今はまだ」
神父の震える声を聞き、カズキは複雑な表情で固まった。
(そんなの、信用できるのか? 何でモンスターが金なんて欲しがるんだよ……そもそも何で喋るんだ?)
ズキズキと痛む頭で、カズキは思考を巡らす。
「あの……モンスターって喋るのが普通なの?」
「え? いやぁ……私も、あんなヤツは初めてだ」
困惑する神父の様子に、カズキは話を続ける。
「しかもさ、金を欲しがるなんておかしくないか? わかんないけど、そういうモンスターって人を襲って食べたりするんじゃないの? だいたい金なんか何に使うんだよ。この世界って、モンスターが買い物でもするのか?」
次々と疑問を投げ掛けられ、神父は言葉に詰まりながらも冷静になっていった。
「た、確かに、君の言うとおりだ……混乱してて、気がつかなかったけど」
神父はカズキの考えに同意するが、また頭を悩ませた。
「だけど……それじゃあヤツは何者だ? 姿は完全にモンスターなのに」
ぶつぶつと悩む神父に、カズキも腕を組み声を漏らす。
「うーん、わからない……そもそも、この世界のことだって俺には」
カズキの言葉に反応し、神父はふと顔を上げる。
「この世界のこと? カズキくん、さっきから気になってたけど……君はどこから」
「え? あぁ……」
カズキは面倒くさそうに目を逸らし、しばらく口ごもる。
「俺、この世界の人間じゃないんだ。何て言うか……転生? 違う世界の人間だったというか」
曖昧に説明すると、神父は勢いよく立ち上がった。
「転生者!? まさか……本当に存在するなんて!」
目を見開き興奮したように話す神父に、カズキは戸惑い思わず身を引いていた。
◇
【???】
「……あなた、誰なの?」
松明の明かりが灯るだけの薄暗い洞窟の中。
マリアは手足を縛られ、隅っこに放置されていた。
彼女の視線の先では、一人の男が手掴みで食料を食い漁っていた。
男はマリアの声を無視し、果物とパンを両手に持ちガツガツと交互に頬張る。
「ね、ねぇ……聞こえてるんでしょ!?」
怖じ気づきながらも声を上げると、男はピタリと手を止める。
「チッ……うるせぇ女だな」
男の凄むような声に、マリアは恐怖で固まった。
手にした食べ物を放り投げ、男はマリアに近づく。
そして、暗くよく見えなかった男の姿が、徐々にハッキリとしていく。
「その口、聞けねぇようにしてやろうか?」
真ん中で分けられたさらりとした紺色の髪と、大きなリング状のピアスが揺れる。
瞳は真っ赤で、暗い洞窟の中でも怪しく光った。
人間の姿をしているが、とても人間とは思えない。
(……お父さん……カズキ!)
マリアは恐怖を感じながらも、強気に男を睨み返す。
震える胸の内に、二人の事を強く想いながら。




