16話 出会いのメルヘンパンツ
周囲を崖に囲まれた、辺境にある小さな町。
ある日の昼下がり、町の教会ではドタバタと騒がしい足音が響いていた。
「いやぁーー! 来ないでくださーーい!!」
ぜぇぜぇと息を切らし、カズキと教会の少女は礼拝堂の中をぐるぐると走り回る。
こうなってしまった原因は一つ。
カズキが全裸だからだ。
「だ、だから違うんだ! 俺は変態じゃない!」
「ひぃぃ! 皆最初はそう言うんですよ!? そんな変態の常套句、誰が信じるものですかーー!!」
「だから変態じゃないって! あぁ、もう! わかった、とりあえず止まってくれ! そうしたらパンツを履くから!」
これは嘘だ。パンツなど無い。
カズキは少女を落ち着かせるため、無我夢中で口からでまかせを言った。
しかし、これでも少女は止まらない。
「パンツだけなんですか!?」
「ちち、違う! ちゃんと、服も着る! 約束する!」
「じゃ、じゃあ、止まりますから……あなたが先に止まってください!」
「わ、わかった、絶対だな!? その隙に逃げて通報なんてするなよ!?」
「約束しまーーす! 女神様に誓って!!」
少女は腕を振り走りながら、力一杯に叫ぶ。
「……よし! 忘れるなよ!?」
カズキはその言葉を信じ、前のめりになって急停止した。
少女はそれを見て、徐々にスピードを落として立ち止まる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ……もう、苦しい」
無駄に疲労していた二人は、しばらくその場から動けず荒い呼吸を繰り返した。
先に顔を上げたカズキは、キョロキョロと辺りを見渡す。
すると、ちょうど近くにあった長椅子に、薄い布が掛けられていた。
「はっ!」
カズキは突然に閃き、その細長い布切れを腰に巻き付けていく。
とりあえず局部は隠れ、ホッとしたカズキは深呼吸のあと少女に呼び掛ける。
「あ、あのぉ!」
「はぁ……な、何ですか!?」
少女は息を整え、一定の距離を保ったまま返事をした。
「何か、着るものが欲しいんだけど!」
「えぇ? じゃ、じゃあ……持ってきますから、ここにいて下さいよ?」
恥ずかしそうに呟いた少女の声は、微妙にカズキに届かない。
「え、何て? 何て言ったんですか!」
「……服を持ってきますから、待っててください!!」
顔を赤らめた少女の叫びに、カズキは目を瞑り思わず耳を塞いだ。
「そんな……怒らなくても」
カズキは若干シュンとし、隅の長椅子に腰掛け少女の帰りを待つことにした。
◇
「ま、全く! 何考えてるのあの人……あんな、素っ裸で追いかけ回すなんて」
少女はひとりブツブツと言いながら、タンスを開けて着替えを探す。
タンスには同じような修道着がいくつか仕舞われており、少女はそれを引っ張り出しては広げていく。
「背は私より少し高いけど、体は細そうだし……お父さんのじゃブカブカになっちゃうな」
少女は、父親と二人でここに住み込んでいる教会のシスターだ。
神父である父親と共に、日々人々の悩みに寄り添い、住民たちからの信頼は厚い。
「そうだ! パンツもなかったんだ。お父さんのパンツは確か……」
少女は別の引き出しを開け、ゴソゴソと中を漁る。
しかし、引っ張り出した白いパンツを広げ、少女はがっくりと肩を落とした。
「……デカすぎる。こんなの履いたらずり落ちちゃうよー」
少女は深いため息を吐き、しばらくその場で頭を抱える。
「履かないわけにもいかないし。私のパンツは……無理無理! そんなの絶対無理!」
無意識に自分のパンツを履くカズキを想像し、少女は赤い顔でブンブンと頭を振る。
「……仕方ない、縫うしかないか」
少女は大きなパンツを握って立ち上がり、部屋の隅にあった裁縫箱を持ち上げた。
◇
(お、遅い……遅すぎる! もしかして、ああは言ったけど逃げて通報したとかじゃないよな!?)
少女がいなくなって、はや一時間が経つ。
カズキは気が気じゃない様子で、そわそわと辺りを見回していた。
「でも、出口はここっぽいし……はっ、裏口とかがあるのかも」
心配が勝って立ち上がった時、礼拝堂の大きなドアがゆっくりと開く。
「ただいま〜……あれ? 君は」
現れたのは、紙袋を抱えた神父姿の中年男性。
彼はカズキの姿を見つけ、不思議そうな顔で眼鏡を持ち上げた。
「ん? 君は確か」
「ひぃっ」
ほぼ裸の姿を見られ、カズキは動揺から思わず両腕で顔を隠す。
しかし、カズキの心配は外れ、神父の声は意外にも友好的だった。
「目が覚めたんだね! いやぁ、良かったー」
「……え?」
目を丸くするカズキに、神父は紙袋を置いて近づく。
「たまたま外に行く用事があってね? 町の近くに倒れてた君を見つけて、ここへ連れてきたんだよ」
「そ、そうなんですか……どうも、ありがとうございます」
初対面の男性に、カズキは目を伏せて答えた。
「そうだ、マリアはどこに行きました?」
「え、マリアって?」
「私の娘です。買い出しに行くから、君の看病を頼んでいたんですが」
「あ……そ、それなら」
カズキは気まずそうに目を逸らし、少女が出ていった先をチラリと見る。
(あの子、マリアって言うのか……でも、パンツを探しに行ったなんて、お父さんにどう説明したら)
「ん〜? どうかしたかい?」
「え!? い、いやぁ」
言葉に詰まるカズキを見て、神父は眼鏡を怪しく光らせる。
その妙な威圧感に、カズキはほぼ裸にも関わらず大量の汗を吹き出していた。
「出来ました!! パンツ持ってきましたよーー!!」
気まずい空気の中、マリアはパンツと着替えを手に、誇らしげに大声を上げて現れた。
カズキと神父はキョトンと黙ったまま、マリアに視線を向ける。
「お、お父さん!? 帰ってたの?」
驚くマリアに、神父は恥ずかしそうに咳払いをする。
「……ただいま。それはそうとマリア、どうしてそんな物を?」
「へ?」
マリアは自分が手にした物を見つめ、一気に顔を紅潮させる。
「こ、これはっ……その、この人が裸だったから仕方なく!」
激しく動揺する娘に、神父は深いため息を吐く。
「はぁ、もういい。着替えなら私が買ってきたから……早く部屋に戻ろう」
「……はい」
父親に呆れられ、マリアはシュンと項垂れていた。
「ほら、二人とも行くよ」
「え……あ、はい」
神父の後を追うカズキに、マリアはすれ違いざまにボソッと声をかける。
「もう、あなたのせいで怒られたじゃない」
「べ、別に、俺のせいじゃないだろ!?」
二人は部屋につくまで、しょうもないいがみ合いを続けたのだった。
◇
居間に集まった三人は、テーブルを囲むように座る。
そして、その上に置かれた白いパンツを静かに見つめる。
「……これは、マリアが作ったのかい?」
神父用の白いパンツは、カズキのために小さめサイズに縫われている。
それはいいのだが、問題はそれに、大きなお花のアップリケが縫い付けられていることだった。
「うぅ……はい」
マリアは俯いたまま肩を丸め、消え入りそうな声で答えた。
「こんな花までつけて……全く、余計に着られなくしてどうするんだ」
「だって……どうせなら可愛い方がいいかなって」
「可愛くしてどうする! はぁ、うちの娘がすみません。多少、抜けたところがあってねぇ」
突然話を振られ、カズキはピクッと体を揺らす。
「い、いえ、大丈夫です」
神父は困ったように微笑むと、パンツを持って立ち上がる。
それを見て、カズキは思わず声を上げた。
「あの、それ」
「ん? あぁ、こんな小さいの私も着られないし、処分するよ」
「す、捨てるんですか?」
「仕方ないよ。君も着ないでしょ? 服なら、私の買ってきたのがあるし」
カズキは落ち込むマリアの顔を見て、少し悩んで返事をする。
「……あの、俺着ます。そのパンツ」
「えっ」
カズキの返事に、マリアは驚いて顔を上げた。
「君、無理しなくていいよ?」
「べ、別に無理ってことは……そ、その、俺変わったもの好きなんで」
「そう? ならいいけど。じゃあこの服もあげるから、向こうで着替えてきなよ」
「はい。助かります」
カズキは椅子から立ち上がり、着替えを受け取る。
マリアは少し照れてように頬を染め、カズキに小さく声をかける。
「ありがと」
彼女の顔を見て、カズキはフッと顔を背けた。
「別に……気に入っただけだし」
素っ気ないその言葉に、マリアはくしゃりと顔を綻ばせ、嬉しそうに微笑んでいた。
〈グギャアアアアアーーー!!〉
カズキが着替えに入ってから数分後、突然恐ろしいほどの轟音が響く。
振動で教会の壁はミシミシと震え、マリアは椅子から崩れ落ちうずくまった。
「マリア!!」
「お、お父さん! な、何が起こったの!?」
「わからない! は、あの子は」
神父は慌てて、カズキがいる部屋のドアを開ける。
「だ、大丈夫か!? ん?」
カズキは無事服を着ていたが、轟音に驚き大股を広げ後ろに倒れ込んでいた。
「な、何ぃ!? 今の声は」
逆さまになったまま窓を見つめ、異常事態発生に大混乱のカズキだった。




