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18/30

《東の転生者》武藤壱樹の場合


 酒の味を覚えたばかりで、事あるごとに打ち上げと称して飲み明かす若者たち。

 ある格安チェーン店の居酒屋では、そんな大学生グループの飲み会が連日続いていた。


「あれ、武藤くんお酒飲んで良いの?」


 この日もサークルの新歓イベントとして、20人ほどのグループが来店している。

 その新入生の一人である武藤壱樹(むとうかずき)は、テーブルの隅で静かに酒をあおっていた。


「俺、もう二十歳だから」

「あ、あぁ、そっか。いいなぁ〜……お酒飲めて」

 彼が一浪していることに気付いた女子学生は、気まずそうに目を逸らし苦笑いを浮かべる。

 壱樹はそれ以上何も話さず、静かにグラスに口をつけた。


「あ、あたし向こう行ってくるね〜」


 逃げるように去っていった女子を横目で見つめ、壱樹は退屈そうに息を漏らす。


「ふん、浪人がそんな珍しいかよ」


 確かにそこまで珍しいことではない。ただ、彼の通う大学は入試偏差値が極めて低く、言わばFラン大学。

 わざわざ浪人して入る者はほぼいない。


 しかし、壱樹はアホだった。

 一見落ち着いた雰囲気を漂わせているため、インテリ風に見えなくもない。

 本人はそれで誤魔化しているつもりだが、残念ながら喋ればすぐにボロは出てしまうのだ。


 それから壱樹は、皆が会話に盛り上がる中、誰とも話さずひたすら酒を飲み続けていた。

 二十歳になって初めてビールを口にした壱樹は、全く酒にハマらなかった。

 以降今日まで飲むことは無かったが、この退屈を紛らわすには酒に逃げるしかない。


「二次会行く人〜」


 数時間後、幹事は会計を済ませ二次会の参加者を募る。

 ほとんどの人が手を上げる中、壱樹はふらつきながら鞄を手に立ち上がった。


「あれ、帰るの?」

「……あぁ」

「大丈夫? 足元ヤバイよ」


 壱樹は小鹿のような足で立ち、壁に寄りかかる。

 女子学生はその姿を見て手を差し伸べるが、壱樹はそれを振り払った。


「やめろ……俺に触るんじゃねぇ」

「え? でも」

「黒い風(電車)が、俺を呼んでいる……」


 プルプルと震えたまま、壱樹はニヤリと意味深な事を呟き去っていく。

 壱樹は中二病でもあったのだ。

 

「黒い風……何それ?」

 聞き慣れない言葉に、女子はポカンと口を開き固まる。


「おーい、二次会参加者集合してー」

「あ、はーい!」


 女子は壱樹の事など一瞬で忘れ、二次会メンバーに混ざるのだった。


 ◇


 (ヤバイ……頭が割れそう。電車の揺れで気分悪ぃ……うっぷ)


 ふらつきながらも意識を保ち、壱樹は何とか自宅の最寄駅に到着する。

 しかし、電車の揺らぎで気分は最悪。

 喉元まで迫ってくる吐き気に、壱樹は階段の途中で立ち止まっていた。


 (うっ! もうすぐそばまで来ている……もう、俺の意思ではこの邪悪(嘔吐)を抑えられないっ) 


 視界はグニャリと歪み、どっちが上か下かもわからないほど目が回る。

 壱樹は手すりを持ったまま、僅かに前方にぐらついた。


「やばっ! 速く走れって! 終電行っちまうぞ!?」

「おい、待ってくれよー」


 〈ドン……〉


 (イテっ……あれ?)

 

 それは一瞬の出来事だった。

 目の前から駆けてきた若者二人組。その一人と、壱樹はすれ違いざまに肩を強くぶつけてしまった。

 壱樹の体は簡単によろけ、残り十数段はある階段をゴロゴロと転がっていく。

  

 勢いのついた回転は止まらず、壱樹は途中で気絶。

 ようやく止まった場所は、ぽっかりと空いた側溝の中。


 壱樹はそこに頭から突っ込み、逆立ちのようなポーズで息絶えた。

 享年20歳。

 あまりにも早すぎる、哀れな最期であった。


 ◇◆


「何々? 初めての大学の飲み会で泥酔、帰りの駅の階段から転落……そのまま溝に頭を突っ込んで死亡!? ぷぷっ、犬神家みた〜い! 変なポーズぅ〜」


 何もない真っ白の空間。

 痩せ細ったジジイはバインダーを手に、ヘラヘラと笑い鼻をほじる。

 ジジイは申し訳程度の布を纏い、頭には片手で足りる程の髪の毛しかない。


「性格、プライドが高く協調性なし。基本無口だけど、喋ると口が悪くて友達もなし。勉強は出来ないのに、インテリぶった中二病……うーん、悲しくなるくらい残念な若者だねぇ」

 

 ジジイは資料に書かれた項目を淡々と読み上げる。

 その目の前には、ぷかぷかと宙に横たわる壱樹の体があった。


 彼に憐れみの視線を向け、ジジイは何か考えるように顎髭を触る。

 

「カッコつけのお馬鹿さんには、特別なスキルを授けよう! あ、むふふ……いいこと思いついちゃった〜」

 

 大袈裟に声を上げたジジイは、楽しそうに目を細め意味深な笑みを浮かべる。

 そして、ジジイがパチンと指を鳴らすと、壱樹の体は泡のように消えてしまった。


 ◇


「あ、目が覚めましたか?」


 壱樹が目を開けると、淑やかな女性の声が耳に入る。


 (何だ? あれ、俺の部屋じゃない……って、今の声は、誰?)


 まだぼんやりとする頭で、壱樹は天井を見つめゆっくりと視線を動かす。

 すると、ぼやけた視界に一人の少女の顔が現れた。


「えっ!? あ、えっと」


 戸惑い瞬きを繰り返す壱樹に、少女は柔らに微笑む。

 肩にかかるくらいの金髪はさらりと揺れ、優しく細められた青い瞳。

 突然現れた謎の少女に、壱樹の頭は電流が走ったような衝撃を受けた。


「気が付いて良かったです! 今、お水を持ってきますね」

「え? ちょっと待……行ってしまった」


 少女は壱樹の声を待たず、ドアの向こうに消えていく。

 すっかり目が覚めた壱樹は、上体を起こして部屋の中を見渡す。


「見慣れない部屋だけど、何か馴染みがあるような」


 質素なベッド、木を基調にした内装。

 見たことはないが、不思議と記憶にあるような風景だった。


「それにさっきの子、金髪碧眼の美少女……胸も、結構あったよな」


 先程の少女の姿を思い浮かべ、壱樹は神妙な表情で頬を染める。


『や〜ん! 壱樹くんのエッチ〜』


「ぬぁっ!?」


 突如頭に響く声に、壱樹は白目を剥いて固まった。

 壱樹は慌てて辺りを見渡すが、周りには誰の姿も見当たらない。


「……な、何だったんだ今の声」


 バクバクする胸を押さえ、壱樹は深呼吸で無理矢理自分を落ち着かせる。


『ちょっとちょっと〜、無かったことにしないでよ! せっかく転生させてあげたんだから』


「ま、また!?」


 ガバッと顔を上げた瞬間、壱樹の脳内画面いっぱいに、とぼけたジジイの満面の笑みが映し出された。 


「うわっ!! じ、ジジイ!?」

  

『ジジイじゃないよぉ、神様だよ〜ん!』


 ふざけた声と同時に、両手ピース姿のジジイのアップが迫り来る。


「き、汚ぇ!! 何だ、この清潔感の欠片もないジジイは」

『悪口止めて! あ〜、これだからルッキズムに支配された若者は嫌だねぇ〜』

「な、何者だお前は!?」

『だからぁ、神様だって言ってるじゃん。武藤壱樹くん』


 名前を言い当てられ、壱樹は驚き目を見開く。


「どうして……俺の名前を」

『どうしてって、ワシがお主を転生させたから』

「転生!?」

『そ、お主は事故で死んだのよ。酔っぱらって、階段から転がり落ちて……覚えてないか?』


 壱樹は必死に頭を働かせ、あの日の事を思い返す。

 けれど泥酔していたせいか、駅についてからの事は全く記憶に無かった。


 (転生? 事故死? 嘘だろ……俺、本当に死んだのか)


 ジジイの話を整理していくと、また気絶しそうな程に気が遠くなっていく。

 壱樹は布団をぎゅっと握りしめ、ふるふると震えた。


『おーい、聞いとるかー? もう、せっかく楽しい異世界に転生したってのに、辛気臭いヤツじゃのー』

「……異世界?」


 ジジイの一言に、壱樹はピクリと耳を動かす。


『お、ようやく反応があった。そうそう、異世界。みんな好きでしょ? こういう冒険ファンタジー』

「異世界……冒険ファンタジー」


 繰り返す言葉と共に、壱樹の瞳は輝きを取り戻していく。

 中二病の壱樹にとって、異世界転生など超がつく程の大好物なのだ。

 そして、壱樹は勢いのまま布団を捲り、綺麗なフォームでベッドから飛び降りる。


「くくく……秘められし俺の力を、ようやく解放するときが来たようだな」


 意味深な言葉とともに、キメ顔でポーズを決めた壱樹。

 その目の前には、ちょうどドアを開けた少女が立ち尽くしていた。


「あ……」


 少女は壱樹の顔を見て、ゆっくりと視線を下に動かしていく。

 その視線に合わせ、壱樹は自分の体を見下す。

 

「……あ」


 壱樹はその時、ようやく自分が全裸だったことに気付いた。

 だが、気付くには遅すぎたのだ。


「いやぁーーーーー!! わわわ、私、そう言うの無理ですからぁーーー!!」

 

 少女はお盆に乗せた水を放り投げ、大声を上げて逃げ出した。


「ま、待って、え!? ち、ちが、そう言うんじゃないから〜」


 自身の潔白を証明すべく、逃げる少女の後を追う。

 今の自分が全裸であることを忘れて。


『あーあ、こっちもアホじゃな〜……ワシしーらない!』


 

 



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